さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 TMI 事故の前から、原発新増設への抵抗はそれなりにあったようだが、それぞれの地域の問題とみなされていた。多くの科学者は「平和利用」という呪縛から解かれず、「反原発」の理念もごく一部の先進的な人のものに過ぎなかったように思う。それも各自ばらばらで、75年に発足した「原子力資料情報室」においてさえ、武谷三男氏と高木仁三郎氏との間で、運動の方針をめぐる確執があったようである。

 そうした諸々の背景には、原水爆禁止運動の分裂が長期に渡って固定化されていたことも影を落としていた。それでも82年には、核戦争の危機に抗した統一行動として、「82年 平和のためのヒロシマ行動」(反核20万人集会、3/21)や「82年 平和のための東京行動」(40万人集会、5/23)が実現し、さらにニューヨークでも6月12日に100万人規模のデモが行われたりと、運動そのものは大きな高揚をみせていた。この年のことについては、ジャーナリスト岩垂 弘氏による「核兵器完全禁止へ――内外で空前の盛り上がり」に詳しい。ちなみに私は、大江健三郎氏の講演を聴きたい一心で広島集会へ参加した。写真はその時に撮ったものである。

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 ところがこの高揚は、少なくとも日本では、あっという間にしぼんでしまった。統一行動の際の団体旗の規制問題などの収拾がつかず、84年には共産党の組織的介入によって原水協幹部や彼らを支持した古在由重氏(天文学者古在由秀氏の叔父)など大勢の党員が党籍を剥奪されるということがおこった。自ら離党する人もあいついで、共産党の退潮はこのことによって加速していった。

 「原水禁」と「原水協」の統一が叶わなかった遠因には、原発へのスタンスの違いもあった。「原水禁」は、放射能による被曝の危険性において核兵器も原発も同等との主張で反対、「原水協」は、反原水爆でスタートした運動の中に一致できない課題を持ち込むべきではなく、原発は不問に付すという立場であったと理解している。この「原水協」の立場は、「平和利用三原則」が守られるなら原発を容認するという共産党のスタンスからきていたのだろう。共産党系と目されている「日本科学者会議」のメンバーに原子力関連の研究者・技術者が大勢いたのも事実である。したがって、「容認」は、実質的に「推進」に荷担する結果を生んでいた。原発や核廃棄物処分場建設の候補地となった地方自治体では、私の知る限りどこでも共産党はその建設に反対の立場をとっていたのであるが、これは、ゴミ焼却場反対運動のような性格のものにすぎなかったのである。

 やがて86年にチェルノブイリ原発事故がおこると、それまでに立ち上がっていた草の根的な反原発運動が日本のあちこちで息を吹き返した。院生達を誘って広瀬隆氏の講演会に行ったのは、その数年後だったと思う。その会場で手にした著書『東京に原発を!』(1981)は、問題の本質をついて人々を覚醒させる力があり、新鮮な感慨を呼びおこさせた。ベストセラーとなった『危険な話 チェルノブイリと日本の運命』(1987)は読んでいないが、多くの人々が広瀬氏の影響を受けた。

 広瀬隆講演会で配られたアンケートに、反原発コミュニティの連絡誌の購読希望を記入したことをきっかけに、一つの小さな反原発グループとの付き合いが始まった。高木仁三郎氏に会ったのは、そのグループからの誘いによる。参加者10名に満たないこぢんまりとした集まりだった。以来、求めに応じて知る限りの知識を提供し、協力するという関係が続いたのだが、むしろ、こちらの方が勉強になることが多く、私のかかわりは受動的なもので、積極的に何事かをなすということはなかった。

 やがて、高木氏らの指摘によって、広瀬氏の主張にいくつかの無視できない事実誤認が含まれていること、そして、それらの誤りが反原発グループの中に蔓延し、運動の障害にもなっていることを知った。誤解をおそれずに書いておくと、私自身は、揺るぎない反原発の理念を広瀬隆氏から学んだと自覚している。一方で広瀬氏の人物像については、性急な変革を望み過ぎて失敗するタイプの扇動家のように感じていたのも確かである。

 そうした中、正確な情報を求めて読んだのが、武谷三男編『原子力発電』(岩波新書、1976)と、日本科学者会議編『原子力発電 知る 考える 調べる』(合同出版、1985)であった。両方とも、今でも通用し、必要とされる名著であるが、後者の方はあまり知られていないようなので簡単に紹介しておこう。

 21人の専門家集団(注1)により執筆された400ページほどのこの本は、原発にかかわるあらゆる分野の、原理、歴史、現状、問題点などが網羅的に整理されていて、すぐれた資料集となっている。「まえがき」には、筆者集団は日本科学者会議のメンバーである旨書かれている。いろいろ調べると、この本の出版は、日本科学者会議の原発に対するスタンスが大きく転換するターニングポイントになっていたように感じられる。共産党が国政の場で盛んに原発の問題をとりあげるようになるのは、この本の出版からさらに15年以上を経過した後のことである。組織であっても、個人であっても、過去の過ちを認めることは現状の責任を引き受けるということであって、なかなか容易なことではない。今もなお、原水爆禁止運動が統一できていないことも、そうしたことが関係しているのだろう。

 反原発グループとの付き合いの中で学んだことは、「理念」ばかりではない。何より、この国の隅々にまで行き渡っている「原子力文化」の腐敗しきった実態をこそ学んだのだった。それは、ある種の心ない人々に「プロ市民」などと揶揄される運動家達の日々の実践によって、時にはあからさまな妨害にあったり、公安警察に付け狙われたりしながら掴み取られた事実の集積である。だから私は、3.11後に、原発の問題にふれて好評を得た書物や「論」も、そのことを素通りしているものは「私の人生には必要ない」と感じてしまう。

 それにしても、いろいろと知るにつけ、私は次第に絶望的な気分に陥っていった。この国は骨の髄まで「原発的なるもの」に冒されていて、もうどうしようもなく手遅れであるように思われた。そうして、反原発グループとの付き合いも、付かず離れずの状態が続いているうちに、3.11が来てしまった。しかも私は、オロオロするばかりで、何も出来なかったのである。

 さて、かつて原発を推進してきた者が考えを改めて脱原発の立場に立った時に、どう接したら良いだろう。『原発事故と科学的方法』にも登場する共産党の吉井英勝議員が、平成18年衆議院で巨大地震の発生に伴う原発の安全機能の喪失について核心を突いた質問を行ったとき、「お前が言うな」とヤジを投げるべきだったのだろうか。少なくとも、私には、何もなし得なかった自分に忸怩たる想いがあるので、もちろん、そんなことを言える筈はない。小泉元首相の「改心」に際して、少し早く「改心」しただけの共産党としても小泉氏に対して「お前が言うな」と言える道理もない。

 小出裕章氏や鎌田慧氏がなぜ小泉元首相の「改心」を歓迎したのか、良く考えて欲しい。それは単なる道義的問題ということでもない筈だ。小泉氏を叩くことは、今も原発を推進しようとしている者らを喜ばせ、勢いづかせることにつながる行為でもあろう。

追記(10月30日)
下記のブログ記事は、小泉元首相の「脱原発論」にかかわって必読です。
小泉氏の脱原発発言」(Arisanのノート、2013-10-17)

ただ一点、文末に、
僕たちは、小泉氏の名の元に行われる「脱原発」という儀礼、欺瞞的な国民統合のための儀礼には、参加すべきではない。
その不参加によって、たとえ「脱原発」という目的からどんなに遠く離れると思えたとしても、これ以上「犠牲」のシステムの存続に手を貸すことは、僕たちには許されないはずである。

とありますが、これは、小泉氏の影響力についての誇大妄想に近いものだと思います。私は、10月6日の「小泉純一郎元首相の脱原発論について思うこと」と題する記事で、「そもそも共闘と言っても、具体的なことを考えれば、たいしたことはできないに違いない。」と書いたように、彼に大きな期待を寄せる発想自体が荒唐無稽なものだと考えています。したがって、小泉氏との共闘への不参加によって「脱原発」という目的から遠く離れるという危惧もまた、杞憂にすぎないものだと思います。社民党が本気で共闘を考えていたことには少々あきれましたが、批判しなくても、そうしたことは現実には成立し得ない訳です。

 ここではしかし、例えば秋原葉月さんの次の呟きについて、考えてみましょう。

志位さんが小泉に脱原発一点共闘を呼びかけたのにはガッカリした。以前も書いたが小泉は原発推進の戦犯の一人。その反省も責任追及もないままエエ格好していきなり「脱原発」を唱えたって、その真摯さは疑わしいばかり。たったそれだけでそれまでの罪が帳消しになるはずもないではないか
 
 これは、共産党も、少なくともかつては「原発推進の戦犯」であったことを無視した謂いです。そのような重大なことを簡単に忘れて勇ましいことが言えるのはなぜでしょう。いつも頼もしく思いながら拝見させていただいている秋原さんの tweet を例にしてしまって大変失礼な物言いになりますが、自らの過去も一緒に忘れてしまったからではないでしょうか。共産党がこの一点に限って小泉氏にシンパシーを感じるのは当然のことなのです。

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注1)
執筆者(肩書は執筆当時)
青柳 長紀 日本原子力研究所・原子炉工学
井沢 庄治 日本原子力研究所・保険物理学
出井 義男 日本原子力研究所・原子炉工学
赤塚 夏樹 日本科学者会議原子力問題研究委員会(委員長)・電力工学
安斉 育郎 東京大学医学部・放射線防護学
市川富士夫 日本原子力研究所・放射化学
梅津 武司 東海区水産研究所・水産生物学
角田 道生 日本原子力研究所・気象学
北村 洋基 福島大学経済学部・工業経済学
菅井 正晴 日本原子力研究所・電気工学
舘野  淳 日本原子力研究所・材料科学
田村 修三 日本原子力研究所・分析化学
鶴野  晃 日本原子力研究所・原子力工学
渡名喜庸安 福島大学経済学部・行政法
中島篤之助 中央大学商学部・化学
野口 邦和 日本大学歯学部・放射化学
林  弘文 静岡大学教育学部・物理学
原沢  進 立教大学原子力研究所・原子炉物理学
本間 照光 埼玉県立与野高校・保険諭
町田 俊彦 福島大学経済学部・財政学
松川 康夫 東海区水産研究所・海洋物理学

閉じる コメント(33)

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>「禁・協分裂」
この問題については私は被団協の立場から考えるようにしています。そうすると、分裂を巡って問われたことは「部分的核実験停止条約の評価」ではなく、いかなる国の核兵器にも反対するかどうかであった筈です。私の恩師の一人は被団協の中心的なメンバーでしたが、ソ連が(最初の)核実験に成功したとの報を聞いてワインで乾杯したのだと、痛恨の思いを語って下さいました。そのことへの後悔が強く、その後は『原水禁』と行動を共にするようになったようです。大江健三郎氏も、どのような核兵器であっても反対を貫くことのできない原水禁運動などあり得ないという意味のことを書いていましたが、その通りだと思います。

>「あなたにそれを言う資格があるのか」という問いかけ
なるほど私は、小泉元首相に対して「あなたにそれを言う資格があるのか」と問うて批判している人に向けて、それを言うなら「あなたにはそれを言う資格はあるのか」と問うている訳ですが、確かに非生産的ですね。この点は私も反省しなければなりません。「絶望からの突破口も、少なくとも当面は、先の「共通課題の協同による深化」の過程でしか得られない」に同意します

2013/11/10(日) 午後 9:56 [ さつき ]

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> 分裂を巡って問われたことは「部分的核実験停止条約の評価」ではなく、いかなる国の核兵器にも反対するかどうかであった筈です。
さつきさんの恩師のお一人の「痛恨の思い」については、その通りだと思います。また、加藤哲郎さんのレジュメは、ザッと目を通しておりました。
ただ、やはりこの分析は、共産党の誤り(それが「誤り」であることは間違いありません)を抉るという目的によるバイアスがかかっているように思います。加藤さん自身のスタンスが、党を離れた初期の時点から、ずいぶんと変わっているように思っています。私は、自分自身の経験から、この点の「公正さ」の維持が、論者の信頼性の試金石だと思っています。
私が言いたかったことは、さつきさんの直上の私の引用の最後の部分に照らすと、分裂の原因は「部分核停条約の評価」以外の何ものでもない、ということです。当時、自分たちの意見の方が正しいからといって、組織を割る必要はありません。何年も「意見の違い」を抱えながらやって来ていた筈です。

2013/11/11(月) 午前 1:18 [ 樹々の緑 ]

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しかも、禁の側も、その後ソ連・中国の核に対して「柔軟になった」と評されている(ウィキペディア)なら、なおさらのことだと思います。
こうした歴史的経緯を見てくると、ある一時期の「誤り」を指摘して、事態の推移全体の責任を問うかのような評価分析には、どうしても同意できないのです。

2013/11/11(月) 午前 1:20 [ 樹々の緑 ]

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これは、おそらくさつきさんが研究者であり、私が社会運動家に軸足を置いていることとも関係しているかも知れません。
それと、いま私は、若年非正規労働者の労働運動にもタッチしているのですが、その中で、1980年代以降の共産党の労働運動指導の誤り、1970年代以降の学生運動指導の誤りの双方を、痛感しています。
しかしだからといって、一部の若手論客が強調するように、共産党など既成政党の労働運動指導が誤っていたために、ロスジェネを始めとする若年労働者の悲惨な現状がもたらされたとは考えません。彼・彼女らの現状は、「たたかう方針を誤った」からではなく、日本資本主義のもたらしたところだと思っているからです。

2013/11/11(月) 午前 1:28 [ 樹々の緑 ]

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もっとも、現在の日本共産党が、相変らず自己分析ができず仕舞いであり、「自らの誤りを正直に認めない」体質が嫌われているために、政策にも拘らず支持を伸ばせないでいるとは考えています。もちろん、政策全体も「正しい」とは言えないでしょうが…。
たぶん、誰にとっても(さつきさんや私にとっても)、自分の人生で最も大事に思ってきたことに関する共産党の愚かさや不誠実さが、それを体現した個人とともに許せない、ということは同じだろうとは思っていますが、それに目を眩ませられないように自戒を心がけたいものです。

2013/11/11(月) 午前 1:39 [ 樹々の緑 ]

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【追記】
1960年代以降、共産党系の原子力研究者の中から、高木仁三郎のような人物が生れてこなかったのは事実でしょうが、その愚昧さはなぜかくも長きに亘って是正されなかったのでしょうか? なぜ、共産党系の研究者の中から、小出裕章のような人物が出なかったのでしょうか?
その点について、私は1970年代を通じた学生運動に対する共産党の誤った指導により、政治的訓練を経たポスト団塊世代の研究者が育たなかったことが、大きな原因の一つだと確信しています。ここに「失われた10年」があるために、いま定年を迎えつつあるこの世代を指導教官とする若手研究者の中にも、信頼に値する研究者が圧倒的に不足している、と私は痛感しています。
もし加藤哲郎さんが、学生時代に活動家だったとすれば、まさにそのとんでもない学生運動指導方針と、当時たたかっていたのかが鋭く問われるでしょう。
こうしてすべての問題は連鎖してくるのであり、自分を度外視してある事柄に対する方針の誤りをどれほど精緻に跡づけたとしても、それだけで運動の大局的利益が確保され解明されるわけではないと思っています。

2013/11/11(月) 午前 2:21 [ 樹々の緑 ]

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樹々の緑さん、仕事が忙しく、お返事が遅れがちになります。

>「公正さ」の維持が、論者の信頼性の試金石
確かに「禁」と「協」、あるいは社会党と共産党の間での「公正さ」の問題として捉えるとき、共産党ばかりに(分裂の)責任があると言えないのはその通りと思います。ただ、この問題で私が、そのどちらでもない「被団協の立場から考える」と書いたのは、前回最後のコメントで樹々の緑さんの言葉として引用した中の「共通課題の協同による深化」の、その「共通課題」そのものが見失われ、運動のヘゲモニー争いに堕していたと判断しているからです。原点を少しでも見失えば運動は必ず衰退するというのは歴史の教えるところです。ちなみに、70年代後半にこのことを共産党員に訊くと、決まって「いかなる国の問題だね」と言って口をモゴモゴ。当時、共産党の多くの文献にも「いかなる国の問題」との記載があるだけでそっけなく、若い党員の多くは問題の所在さへ理解していないようでした。たぶん、長崎や広島では違っていたでしょうが、そんなものです。

2013/11/11(月) 午後 7:47 [ さつき ]

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>1980年代以降の共産党の労働運動指導の誤り、1970年代以降の学生運動指導の誤り
「ロスジェネを始めとする若年労働者の悲惨な現状」が「たたかう方針を誤った」からではなく、日本資本主義のもたらしたところ」というのは、その通りと思います。したがって、そうした悲惨な現状は個人の努力のみではとうてい克服できない。このブログで私が、共産党のあれこれの誤りを指摘しつつも、選挙ではいつも共産党へ投票すると公言しているのは、やはり私たちには、資本の論理によく対抗できる組織だった「力」が必要だと考えているからです。そうすると、共産党の「政策にも拘らず支持を伸ばせない」でいる原因はどこにあるのか、ということが問題になるでしょう。それは単に力負けしているということだけではない筈です。

2013/11/11(月) 午後 7:48 [ さつき ]

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原発の問題も含めて、私はもう、私たちの世代で解決するのは無理だから、次世代に期待する他ないと考えています。そこで、次世代に渡すために、とりあえず、科学者はなぜ間違うのか、共産党はなぜ間違うのか、といったようなことだけでも整理しておこうと考えました。間違えないための方法論から考え初めて、結局、人はどうあがいても間違うものだという単純な結論になり、そうである以上、人は過ちを犯すという前提で政策立案や運動論の再構築をしなければならないだろうと。「間違えない」と考えると、人も組織も反省ができませんからね。このブログに書いてきたことは、それらの思考過程の残骸のようなものである訳です。
期待される組織に求められるのは、原点を見失わず、開かれて、歴史に学び進化し続けるものでなければなりません。これは大変なことです。「運動の大局的利益」を損なわないよう配慮しつつ、「共通課題の協同による深化」を図らなければならない訳ですから。

2013/11/11(月) 午後 7:50 [ さつき ]

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>共産党系の原子力研究者の中から、高木仁三郎のような人物が生れてこなかった
高木さんが実直な科学主義に基づいて行動していたことを想起するなら、共産党の「科学信仰」だけに帰すことのできない問題ですね。高木さんと同世代の党員科学者について言えば、やはり、原水禁運動の分裂がヘゲモニー争いの性格を帯びていたことと無関係ではないと思います。
団塊の世代の次の世代である私たちは、大学の「荒廃」のあとで、新たな大学像の再構築を求められた世代です。樹々の緑さんは文系の学部にいらしたでしょうから、事情はやや異なると思いますが、当時の全国のほとんどの理系学部(多くは国立大学)の自治会は共産党系で占められていました。世間では「代々木系全学連」とも言われていましたね。当時の自治会スローガンは「学問の甦生」といったようなことだったと思います。自治会が主催した学生による学術シンポジウムが盛んに開催されていました。私が在籍したところはやや異なっていましたが、多くの理系学部が「政治的訓練」などできる環境になかったことは同じでしょう。

2013/11/11(月) 午後 7:52 [ さつき ]

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> 「共通課題」そのものが見失われ、運動のヘゲモニー争いに堕していたと判断しているからです。

さつきさんとまったく同じ意見です。いまでも、当時の「大学の民主化」という言葉を、「学生自治会執行部の多数派を共産党系の学生が占めること」という意味で用いる人がいます。「民主化」という言葉が、「民主」の中身を問われれないままにヘゲモニーに勝手にスリ替えられているのです。
ただやはり、さつきさんとこの論題で話していると、問題意識のズレを感じますね。それはおそらく、さつきさんの方が私よりもずっと、この「原子力発電に対する基本的態度」に関して人生の主要問題として考えて来られたからだろうと思っています。

2013/11/14(木) 午後 10:06 [ 樹々の緑 ]

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少し内容的に飛ぶのですが、さつきさんが教えて下さった今田真人氏による日本共産党の原発政策の変遷のまとめは、1985年の第17回党大会による綱領改定から始まっていて、私が言っていることには直接関係はありません(纏まっているとは思いますが…)。
私が言及した不破発言は、旧民学同系の「アサート」というサイトの第417号への「福井杉本達也」子の投稿では否定的に触れられていますが、より直接的には衆議院の議事録の1979年9月1日本会議代表質問と1980年2月1日予算委員会質問に出ている発言を指しています。3つのURLをコピーしようとしたのですが、投稿できないのでやむをえずこのような紹介の仕方をしました。

2013/11/14(木) 午後 10:20 [ 樹々の緑 ]

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「鮮明に憶えている」と言った手前、それをネット上で検索しながら改めて気づいたのですが、さつきさんは、反原発派への共産党の「反科学主義」というレッテル貼りや、「原子力利用を含む科学技術全般に対する楽観主義」に対して厳しい態度を執られているのであって、そこから見ると「百八十度路線転換をしているのに、口を拭っている」と胡散臭さを感じているのでしょう。
しかし私は、共産党の認識は全体として評価すれば誤っていたと思うものの、その「認識の変化」の過程は、普通の人間(=政府や支配勢力の原発宣伝に多かれ少なかれ惑わされていた人間)の認識の変化発展の過程として十分に納得できるものだと思っているのです。
すなわち、以前は何となく疑いを持ちつつ全面否定もしないと曖昧な態度を採っていたが、福島原発事故によって「断乎否定」路線に到達した、ということです。

2013/11/14(木) 午後 10:28 [ 樹々の緑 ]

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問題は、それなのになぜ、「わが党は最初から原発の危険性を強調してこれに反対してきた」などという、誇大広告のような言回しをあえてするのか、ということです。この点では、小泉純一郎氏の方がよほど正直です。現在の共産党指導部は、このようにいうことによって一体「何」を守ろうとしているのか、ということです。
「なせ間違ってしまったのか」を解明するに当っては、まず「間違ってしまった」という深刻な自己認識が不可欠です。実はそこがごまかされている(=自分たちは間違っていない、と本気で思っているか、間違っているとは思うがそれを認めてはならないと思っている)ように思うのです。

2013/11/14(木) 午後 10:38 [ 樹々の緑 ]

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その「最初の一歩」で躓いているうちは、真に科学的な思考だとか、より正確な認識論の会得には進めません。
それは、指導部を構成する人たちにとっての問題としては、自分たちの指導性の権威が大きく傷つけられることへの恐怖があるように思います。そう考えると、「本気でそう思っている」わけではない」と私が判断していることがバレてしまいますが…。とにかく、彼ら・彼女らにとっては、現在の地位が、一つの私的利益にまでなっているのだろうと推測しています。
指導部を構成しない、とくに末端の人たちについて言えば、何といっても、さつきさんが詳しく分析解明された「民主集中制」の弊害が大きいと思います。これがあると、同時に末端では「ものを深く考えない」で済む(というかしようとする習慣が身につかない)ことになりやすいのです。しかも、「おかしいな」と感じる人たちは常に「少数意見」として表面に出なくなるのです。

2013/11/14(木) 午後 10:46 [ 樹々の緑 ]

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私は、学問を虚心かつ真剣に追究すれば、結局のところ「おかしいものはおかしい」という認識に到達する人が出てきて、多少の時間はかかっても、その人が社会的に発言する場がある限り、何れは同調者が増えていくと思っています。そういう意味では「超楽観主義者」と揶揄されるかも知れません。学問の力を信じているとも言えます。
しかし残念なことに、その「虚心かつ真剣な学問追究」を妨げている勢力に、支配勢力ばかりか、日本共産党も加わってしまった(現在も?)のが、とてつもない負の遺産として、現在の社会進歩を目指す勢力にのしかかっていると思っています。
それは、学問の方法や内容を歪める形のみならず、学問をしようとする青年の意欲を阻喪させ、学問を「世過ぎの手段」として身につけさせてしまった点にも、顕れていると考えています。
研究者も労働者であると考えれば、「生活を脅かす」者に対しては「たたかう」以外に自己を守る方法はありません。それは、個人にとっては大変な(場合によっては人生全体をかけるような)苦労をもたらします。

2013/11/14(木) 午後 10:57 [ 樹々の緑 ]

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学問の場という知的労働をしている人たちであれば、なおいっそう、その「苦労」が自分の学問研究を如何に阻害するかを痛感するでしょう。その忌避感が無意識に自己の学問研究を歪めていることに気づけなければ、なかなか「原発の人類に対する根源的敵対性」をドラスティックに結論づけることはできないと思います。
他方で、こうした人たちを「大馬鹿者の集合」と視る「正しい見地に最初から到達していたごく少数の人たち」が、そのような(あえて言いますが)小ブルジョア的な苛立ちを心底に持って「学問」をしようとするとき、それが真に「理論といえどもそれが民衆を掴むやいなや物理的な力を発揮する」(ヘーゲル法哲学批判序論)ものとはなりえないでしょう。加藤さんの研究に私が感じているのは、個人的な怨恨を「ソフィスティケイトされた」研究という衣装をまとわせている感じだけでなく、そのような、学問本来の性質とは切り離すことができる小ブルジョア的な弱点なのです。

2013/11/14(木) 午後 11:09 [ 樹々の緑 ]

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不破さんの国会質疑における発言の件、了解しています。80年前後の日本における原発の状況をふり返ると、74年に成立した「電源三法」によってイケイケ状態に突入。既に20基以上が稼働中でさらに15基ほどが建設中、20基以上が計画中。79年にTMI事故がおこっても、いかに安全性を高めるかの議論しかおこらず、この時点で、国内での大規模な事故発生のみが、原発を根本的に見直す契機となり得ることが運命付けられていました。最初の返信に「初めの一歩から対処を誤っていた」と書いたのは、そういう意味ですが、控えめに見ても、高レベル廃棄物処理の技術が確立し、なおかつ使用済み燃料の最終処分場の完成を待って原発の稼働をスタートさせるべきでした。それらの技術は日本ではいまだに確立していないのですから、福島の事故もおこっていなかったでしょう。このことは、科学の(無限の)進歩を信じるとしても認めうる倫理的に妥当な判断であった筈です。

2013/11/17(日) 午前 0:10 [ さつき ]

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>しかし私は、共産党の認識は全体として評価すれば誤っていたと思うものの、その「認識の変化」の過程は、普通の人間(=政府や支配勢力の原発宣伝に多かれ少なかれ惑わされていた人間)の認識の変化発展の過程として十分に納得できるものだと思っているのです。

私も、「大多数の科学者が正しい見通しを持てていなかった以上、共産党に責任を押しつける訳にはいかないというのはその通り」とも書きましたが、だから「前衛党」なんか気取るなよということですね。「普通の人間」は誤りに気づいたら反省の弁を述べるものですが、そこが普通じゃないと。

「学問を「世過ぎの手段」として身につけさせてしまった」ことなどに端的に顕れている学問の危機については、樹々の緑さんと同じ認識です。そしてまた、かつては大学の自治だとか学問の自由だとかが正面切って主張されていましたが、今それを言えば袋だたきにあうという状況。もはや守るべきものさへ無くなってしまっている、つまり、「有名無実」でさへないという惨憺たる状況にある訳です。

2013/11/17(日) 午前 0:11 [ さつき ]

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ここで、そもそも大学の自治や学問の自由などといったことは、最初からなかったのではないかと疑うことも必要だけれども、大学人は学問というものを大学に付属させて考える傾向にあるような気がします。そのような、これもおそらく「小ブルジョア的」な発想を捨てるなら、例えば、高木仁三郎さんは大学を去ることで真に学問の自由を獲得したと見るとき、もっといろいろな可能性を信じることができるような気がしています。加藤さんの書かれたものは、最近はあまりフォローしていないので良くわかりませんが、加藤さんは大学に拘りすぎているのかもしれません。

最後に、コメント欄へのURLの書き込みは、Yahooのアカウントを取得してログインした状態だと受け付けられるようです。

2013/11/17(日) 午前 0:14 [ さつき ]


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