さつきのブログ「科学と認識」

安倍政権はとっくにスリーアウト・チェンジなのにゴネている

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タイトル中poohさんの名前の綴りを誤ってしまいました。
大変失礼しました。訂正し、お詫びいたします。

 前回の記事に対してpoohさんから下記の批判記事をトラックバックいただいていました。
 認識の異なる点が多々あると感じましたので、以下、お返事いたします。

1)「ニセ科学撲滅運動」とは
 山形大学の天羽さんによる「ニセ科学まとめ」にある「ニセ科学とは何か」に次の記述があります。

この「擬似科学」の代わりに、「ニセ科学」という用語が広まるきっかけになったのは、菊地誠の講義やネット上の文書による。ニセ科学関連文書のリストを見ると、「ニセ科学」という単語が登場するのは、2003/02/17の「大阪府研究職職員研修会講演」のレジュメのタイトルからである。それ以前の文書には「ニセ科学」という単語は登場しない。・・・

 その下には菊池誠さんによる定義のようなものが引用されていますが、私自身は、前回の記事に引用した「疑似科学」とはなにか(2008/6/23)の冒頭部分において、「『科学を装い、基本的な部分において虚偽の内容を主張するような科学に叛く行為』を、大阪大学の菊池誠氏の定義に従って『ニセ科学』と呼ぶことにしよう」と書いています。かなり端折った書き方になっているのは、この語の有用性に<多少の>疑問を持っていたからで、これ以降も「ニセ科学」について掘り下げるような考察はしていません。ちなみに、私のこの記事の一つ前のエントリー:「水からの伝言」のススメ(2008/5/29)には、「私は、これが『疑似科学』だからという理由で批判するのではない。これは詐欺だから批判するのだ。」と書いていて、ここでも、「ニセ科学」という語の使用を(意識的に)避けています。かと言って、「ニセ科学批判批判」に取り組んできたのでもありません。

 このような立ち位置の私にとって、「ニセ科学批判」とはつまり、「ニセ科学」という語を用いて何かを批判する行為のこと、というほかない訳です。「ニセ科学」と同じ意味で「偽科学」や「疑似科学」という語を用いる場合も含めて良いでしょう(私の中では「ニセ科学」と「疑似科学」は別物ですが)。

 では「ニセ科学撲滅運動」とは何か。「撲滅」とは、どんなに小さなものでもしらみつぶしにやっつける、というほどの意味で使いました。そう間違った用法ではないと思いますが、これをネガティヴな文脈で用いたのは、明らかに行き過ぎだと思われる例をいくつも見てきたからです。例えば、米のとぎ汁でこしらえた乳酸菌風呂を個人的に楽しんでいる方に対して、学術雑誌に論文を書いてからやれという、意味不明な批判を執拗にする人がいる。

 まあ、その他にもたまりかねるようなことがいろいろあって書いたのが、奇跡のトマト(追記あり)という記事です。案の定と言うべきか、同じ言葉を用いた批判をたくさんいただきました。その時に浮かんだ言葉が「運動」であった訳です。

団体戦?
 さて、poohさんは、
いくつかポイントがあって。まずはなぜか彼我を陣営に分け、団体戦に持ち込もうとすること(うちもコメントスクラムを喰らった)。「撲滅されるべき不正義な論者」は、論点が科学であるか、ニセ科学であるかにかかわらず、撲滅されるべきであると云う認識。

と書いていますが、この「コメントスクラム」にリンクされている記事を読んでも、なんのことか思い出せません。そこに寄せられた152件のコメントをざっと見渡したのですが、実際、私は一度もコメントしていません。「彼我を陣営に分け、団体戦に持ち込もうとする」ことの証拠として持ち出されたのでしょうが、私とは無関係なことですね。どのような意図でこれを持ち出されたのか理解に苦しみます。

 poohさんは、
ちなみにこの「ニセ科学撲滅運動クラスタ」はその後内部で小さな陣営に分裂し、互いに不正義を“撲滅”しあった結果として多くの論者は表舞台で発言しなくなり、その一部はそのまま「ニセ科学批判クラスタ」になんとなく紛れ込んだりしている。ただ、どこかで彼らはまた同様の行動を繰り返すのだろう、みたいに思ってぼくは見ていたりする。

とも書かれている訳ですが、そもそも多くの人は個別の問題で意見が一致することもあれば異なることもあるのが普通でしょう。「内部で小さな陣営に分裂し」の「内部」が、全ての問題で意見が一致していた筈の空想上の組織としてpoohさんの脳内に存在していたのだと読み解かれます。

メルトダウンについて
 poohさんは、菊池誠さんの「メルトダウンじゃないだす」発言をめぐる私の批判に対して、
5年も前の、しかも発言者本人がとうの昔に誤りを(なぜそう誤ったか、と云う説明を含めて)公式に認めている発言をあげつらうのも、まぁ目的が“撲滅”なので、本人的にはなんの違和感もないのだろう

と書かれていますが、これは、何が「誤り」なのかについて論点がずれています。菊池さんが認めたのは「崩壊熱ではメルトダウンしない」はメルトダウンの定義問題ではなく単なる「勘違い」であったということですね。当然ながら、単なる「勘違い」を「ニセ科学」と言ったのではありません。

 菊池さんがよく話題にする映画「チャイナシンドローム」の公開直後にTMIのメルトダウン事故がおこったのは有名な話ですが、既にその3年前に出版されていた武谷さんの『原子力発電』(岩波新書、1976)に、冷却ができなくなって「空焚き」になった商用原子炉の、メルトダウンと放射性物質の大規模放出に至る経過予測が詳しく書かれています。そもそも水を中性子の減速材とする一般の商用発電炉では、事故で冷却できなくなったとき、たとえ制御棒の挿入に失敗したとしても原子炉内の水位が下がって燃料棒が露出すると、その露出した部分では核分裂反応は停止するので、もっぱら崩壊熱と燃料棒ケースの水との反応熱によってメルトダウンがおこる。そうしたこともちゃんと説明されています。

 つまり、菊池さんは「崩壊熱でもメルトダウンすることがある」との考えに改められたようですが、東電原発事故のケースでは「メルトダウンはむしろ臨界を伴わずにおこる」と改めるべきでしたね。このことは、3.11の前から原発の危険性に関心を寄せて情報収集を続けてきた人々の間では周知のことであったようです。東電原発事故も実際にほぼ武谷さんの本に書かれている通りに進行しました。

 いずれにしても、菊池さんとして物理学者にあるまじき無知が露見したと自覚されたのなら、そこで黙ればよかっただけなのです。ところが、次々と議論を誤った方向へ誘導する行為にでられました。たとえば「melt downはずっとカジュアルな言葉だと知った」として、次のtweet

(2011-10-05 19:37:01)
melt downは、もともとアイスクリームでもチーズでもmelt downするという普通の言葉だという意味。崩壊熱で燃料が融け落ちても、もちろんmelt down。ただ、僕は3/15以前には「原子炉のメルトダウンとは臨界暴走だ」と思い込んでいたということ

 "melt down" はもちろん「融かす」や「駄目にする」の広い意味に用いられますが、ひと綴りの "meltdown" は  "melt down of core" の意味で用いられる(そこから転じて株価の大暴落などの破局的な崩壊現象に用いられることもある)言葉です。これをカタカナ語として訳したのがメルトダウンであり、その議論をしていた筈です。「メルトダウン」がいくらか幅のある使われ方をしていたとしても、燃料棒の融解を核とする一定の事象を表現した業界用語として流通していたことは明らかです。たとえ「炉心溶融」と表現したところで、いくらか幅のある使われ方をしていたという点では事情は同じです。

(2011-10-05 11:31:47)(時系列としてはこちらが先)
さらに、僕は「メルトダウン」とmelt downは指す範囲が違うと言っているのですが、もしかするとそれは翻訳をやったことがある人でないとなかなか同意してもらえないかもしれません。「青」とBlueは違うというような意味に近いですが、違いはもっと大きいと思います

 「青」が "blue" と違うのは、『青」は"blue"の訳語として作られたのではなく、元から日本語として存在していたからですね。東電は「メルトダウン」という語を使っていないというのも噓です。上杉さん叩きは歴史の捏造です。いちいちのつっこみはしませんが、とにかく、ほとんどのtweet がデタラメです。何故?

(2011-10-06 03:24:04)
僕が3/12頃に「メルトダウンしない」と言っているのは、臨界にならないという意味で、燃料が融けないという意味ではなかったということ。まあまあ、まいったたね

 この燃料の融解こそが、ベントが不可避になる時に大規模な放射性物質の放出へと繋がる最も憂慮すべき事象である訳で、それがおこる可能性があるとしたら事前に強い警告を発しなければならない性質のものです。多少とも知識のある人々にとっては、メルトダウンがおきたTMI事故を超えるような事態になるのかどうかが電源喪失の第一報が届いた時点での大きな心配事だったと思います。

 いくつかのマスコミは12日になって、1号機建屋が爆発するより前に「炉心溶融(メルトダウン)」という言葉を使い始め、1号機が爆発すると、ほとんどのマスコミが「メルトダウン」を報じるようになります。識者の多くはTMI事故を超えたと確信したでしょう。枝野さんが13日の会見で「炉心溶融だがメルトダウンではない」と言ったのは、1号機ではなく3号機についてのものでしたが、既に信用されなくなっていたのではないでしょうか。

(2016-02-20 03:11:35)
いや、メルトダウンと炉心溶融は違いますよね
(2016-02-24 22:02:16)
炉心溶融じゃなくてメルトダウンと認めろ、と言ってたのは上杉隆なんだけどね
(2016-02-24 22:14:59)
「炉心溶融=メルトダウン」という共通認識になったのは、2011年5月の東電の記者会見だったかな。資料がすぐには出てこないけれども。東電側は「これこれこういう意味でメルトダウンと呼ぶなら、そうである」という感じの表現をしました。これは当時記者会見を見てた人は覚えてるはず

 今年になってからのこれらの tweet は一見支離滅裂ですが、言葉の定義問題に矮小化して少しでも自らの失地回復を果たそうとの努力としては一貫しています。菊池さんは科学者であり、ニセ科学批判の旗頭であった訳ですから、「科学を装う」どころではないですね。その方が「東電原発事故におけるメルトダウン問題」でデタラメを書き続けている訳ですから、これをニセ科学と言ったのです。

 私も含めて、この問題に多くの人々が拘りを持つのは、メルトダウンが何時の時点でどれくらい進行していたのか、ベントや水素爆発とのタイミングはどうだったのかといったことが、データーの不完全な初期の放射性物質の放出量の見積もり、転じて、初期被曝の見積もりにとって、さらに、既に再稼働し、あるいは今後再稼働されようとしている原発の事故時の避難計画の中身をどうすべきかという議論にとっても重要な意味を持つからです。

 東電原発事故の最大の特徴は、一度に三つの原子炉がメルトダウン事故をおこしたということにあるでしょう。事故時に炉心に蓄積されていた放射性核種の存在量(炉心インベントリー)は、三機を合わせるとチェルノブイリの1.9〜2.5倍に達するそうです。希ガスはほぼ100%放出されたとの見積もりですが、その他の核種の放出割合は、メルトダウンの規模や格納容器の破損の程度、ベントのタイミングなどによって大きく異なってきます。ヨウ素などの揮発性の高い元素の放出量は、場合によってはチェルノブイリを超えることだってあり得た訳ですが、最初期のデータが圧倒的に不足しています。

 このことは当然、福島での甲状腺癌のスクリーニングの結果をどう評価するかという問題とも絡んできます。東電としては、訴訟沙汰になるのを恐れて、被曝のせいで甲状腺癌が多発したとは認めたくないでしょう。これまでも散々「隠蔽」という手法で「ニセ科学」をおこなってきた東電が、放射能の放出量をできるだけ小さく見せようとするのは自然なことのように思えます。また、これまで散々放射能安全論をふりまいてきた論者にとっても、(予想外に)被曝の影響が大きいと分かるような事態は避けたいのだろうなと、東電の「ニセ科学」を弁護する菊池さんをみていてそう思います。

最後に
まぁ、科学を正義を意味する錦の御旗と捉える考え方には、ぼくも以前から何度も反論してきたけれど。でも、この方が今になって(しかも以前からのスタンスを変えないまま)それを標榜するのは、ぼくのヴォキャブラリーのなかでは「盗っ人猛々しい」ってのがいちばん適切なところかな。

 poohさんが私の「以前からのスタンス」をすっかり正しく理解していらっしゃることを前提に意味を持つ主張ですが、この「盗っ人猛々しい」という表現に、この方の強い正義感がにじみ出ていますね。

 ちなみに、原発は「ニセ科学」かという問題については、天羽さんによる「原発の問題がニセ科学の問題になりにくいわけ」という記事がありますが、論評は、今は控えておきましょう。

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