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今朝の毎日新聞の「広島平和宣言70年」と題する特集ページに、「1969年 初めて「ヒロシマ」と片仮名表記が宣言文に盛り込まれる」とあった。大江健三郎さんの『ヒロシマ・ノート」(岩波新書)が出版されたのは1965年。かつてこのブログの記事「東電原発事故による被曝影響を心配するのは差別に繋がるのでやってはいけないという奇妙な論理」に書いたように、被爆者はいろいろな差別に直面していたので、「ヒロシマ」をことさらに取り上げて言い募ることへの反発もあったに違いない。「ヒロシマ」に込められた一切の出来事が世界史的な意味を持つものであることを、当の広島市民自身が自覚し、この表記が受容されるのに20年ほどを要したということで、それは、二度と同じことが起こらないようにとの想いが込められた積極的な意味を持つ表記として受け入れられたということであろう。
「フクシマ」の表記をめぐっても同じように差別を助長するという趣旨の非難の声が続いてきた。最近もまた、ビキニ環礁での水爆実験による被曝影響を取り上げたテレビ朝日の本日の特集番組「ザ・スクープスペシャル ビキニ事件63年目の真実」の予告サイトに、副題として「フクシマの未来予想図」とあったことで「炎上」して、この副題が削除されるということがおこった。例えば江川紹子さんの次のtweet がある。
また、毎日新聞の斗ヶ沢秀俊さんも次のようにtweetしている。
他にも、田原総一朗さんの公式サイトにある記事「福島」を「フクシマ」と呼ぶのは、もうやめよう!」 では、福島では「「放射能に負けない農業」「原発事故に負けない農業」を彼らは目指して、懸命に努力した」結果、もう、相当程度復興している。「僕たちが目を向けるべきは、「フクシマ」から「福島」へ変わろうと努力を重ねている人びとの前向きな姿ではないのか。」・・・「「福島」を「フクシマ」と呼ぶのはもうやめる時期にきている」と、2012年4月2日の時点で主張されている。
一方、このことにかかわって、このブログの前回の記事に引用した早稲田大学松岡俊二さんのウェブサイトに「「フクシマ」という表記について」 という文章が置かれている。これは東京大の森口祐一さんとのメールでのやりとりを記録したもので、2015年3月2日にアップされている。松岡さんは結論として次のように述べている。
これに対する森口さんの返答も含め、多くの方に読んでいただきたい文章である。また、私のように「フクシマ」という片仮名表記を積極的には用いて来なかった者でも能川元一 @nogawamさんの次のtweetは普通に頷けるものである。
例えば、You Tubeの ドイツZDFフクシマの嘘 を観ればいい。原題は “Die Fukushima-L?ge”だが、これを「福島の嘘」と訳したら翻訳者として失格だろう。”Fukushima”は、地名ではなく、福島第一原子力発電所で起こったレベル7の原発事故と、その後に引き続く様々な出来事の全体が世界史的な意味をもつ固有の現象であることを象徴的に示すために用いられているからだ。しかもこのZDFの番組は、事故がおこる前から、日米の「原子力ムラ」がその事故を準備してきた過程についても切り込んでいて、その一切が “Fukushima-L?ge” に込められているのである。
どんなにあがいても、世界が「フクシマ」をそのように認識し、位置付けていることは厳粛な事実である。福島でおこった事故の影響は世界へ波及し、原発という事業そのものが立ち行かなくなり、少なくない国々が脱原発へと舵を切った。こうしたことが世界史的な出来事でなくて何であろう。
不思議なことに当の日本は原発を次々と再稼働し、新たな建設計画さえ復活しようとしている。もう原発事故などなかったかのようである。しかし、現実の福島はどうだろう。福島県のウェブサイトの「避難指示区域の状況」 のページにある「避難指示区域のイメージ」(下図)を見ると、浪江町、双葉町、大熊町を中心に、広大な「帰宅困難区域」があり、今も6万人ほどが避難生活を余儀なくされていると言う。
![]() また、Googloマップで浜通り周辺の航空写真を見ると、「帰宅困難区域」だけでなく避難指示が解除された区域にもいたるところで除染廃棄物置き場が目につく。下に示すのは富岡町小良ケ浜にある一例であるが、脚注1にはざっと見渡して目についた廃棄物置場の緯度・経度を示している。
Google 航空写真にみる福島第一原発の様子から、これらの画像取得は1〜2年ほど前と思われ、今はどこも満杯で、現状はさらに逼迫していると考えられる。人の住むすぐ傍でこのような風景が日常化している地域が地球上のどこにあるだろうか。ところが、「フクシマ」の表記に異を唱える人たちの中には、まるでそうした問題が、もう片付いてしまった過去のことであるかのように言う人が多い。甲状腺癌の多発も決して認めたくないようだし、復興に何の役にも立ちそうにない「復興オリンピック」に異を唱えることもない(注2)。現実に起こっている被害を無いことのように言うのは人権蹂躙に他ならない。
本来、差別を心配して「フクシマ」の表記を用いることに慎重になることと、現実の福島の被害を認識することとは別のことである筈なのに、なぜだろうか。冒頭に引用した過去記事に書いたように、事故がおこった初期段階において被害を過小評価する言説を振りまいて、福島の人々に取り返しのつかない無用な被曝をさせてしまったことを自覚しているが故の、その罪を逃れるための悪あがきなのではないか。そうした行為は福島の人々に分断を持ち込み、却って事態を悪化させるだろう。世界史に記録された以上、悪あがきは無駄だと悟り、願わくば、もう黙っていてほしい。
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注1)除染廃棄物置場の位置。下記の緯度・軽度をコピーし、Google Mapの検索窓にペースト入力する。これらは航空写真をざっと見渡して目についたものであり、一部に過ぎない。
相馬市
37.777048, 140.713914
飯舘村
37.664093, 140.737646 37.615532, 140.747028
南相馬市
37.521453, 141.002150 37.523185, 141.028709 37.535498, 140.931428
37.560953, 141.021082 37.566028, 140.923466 37.578126, 140.941158
37.631523, 140.939258 37.663945, 140.906243 37.686791, 140.923529
浪江町
37.477166, 141.031658 37.485070, 141.018747 37.485575, 141.010374
37.492859, 141.027146 37.495940, 141.032497 37.503046, 140.988110
37.506628, 140.985813 37.515687, 140.953813
葛尾村
37.510054, 140.700522 37.499077, 140.762477 37.535458, 140.820521
双葉町
37.455163, 141.029662 37.462252, 141.024783 37.437939, 141.016395
大熊町
37.399251, 140.872941 37.382227, 140.966334 37.395372, 140.963556
富岡町
37.321318, 141.004792 37.324151, 141.020149 37.363083, 141.014887
37.355843, 141.017504 37.337414, 141.023928 37.324408, 141.020211
楢葉町
37.278994, 141.012102 37.291921, 141.019029 37.309577, 141.018914
注2)ただ、江川紹子さんは、昨年11月のtweet で、「だから、オリンピックなんか招致しなければよかったんだわ。当時の都知事の世界で一番安上がりの五輪という言葉を信頼し、それなら、そして、そこまでやりたい人たちが多いなら、仕方ないか……と思ってとことん反対しなかった自分の甘さも反省する」と述べてはいる。
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