さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

社会のこと

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 BS日テレの「深層NEWS」で8月19日に放送された番組『「海軍反省会」の証言 特攻作戦の真相』  が日テレNEWS24で期間限定の公開になっているので、こちらを観た。内容に関しては、実際のところ新事実の発掘に類するものはない。例えば毎日新聞の栗原俊雄記者の著書『特攻―戦争と日本人 』 (中公新書)や、講談社「現代ビジネス」に掲載されている同氏による「特攻三部作」  などを読めば、この番組で指摘されていることをはるかに凌駕する内容があるし、日付なども正確な記載がある。それでも、当事者達の肉声の記録は貴重なので、その部分を重点的に文字起こししておきたい。

 その前に、番組のイントロ部分でポイントとなるところを要約しておく。まず、「海軍反省会」は、かつての海軍上層部、といってもトップクラスではなく中堅の指導的立場にあったメンバーが、戦後35年、70〜80代になって記録を残しておきたいということで集まって開催されたもの。1980年から12年間、会は131回を重ねた。音声を記録したカセットテープは200本を超え、400時間分くらいあるとのこと。番組のゲストである戸高一成大和ミュージアム館長は、この会の裏方として世話をした縁でテープを預かり、その文字起こしを続けて来た。(その内容は『[証言録]海軍反省会』のシリーズとしてPHP研究所から刊行され、まもなく第11巻を持って完結する)

 戸高氏によると、海軍の当事者が高齢になって、自分たちの体験を残しておかなければ消え去ってしまう記録があるという危機感の中で行われた。忌憚なく、個人を非難するということもあえて躊躇しないでやろういう気持ちで始められたとのこと。当然のことだが、個人的な怨みつらみや保身によるバイアスもあるであろう。特攻作戦について取り上げられたのが、131回の「反省会」中わずか数回に過ぎなかったということが象徴している。

 番組ではもう一人、作家のなかにし礼氏がゲストとして招かれている。なかにし氏の実兄は学徒出陣で陸軍に入隊し、特攻隊に配属されたが終戦になった由。

 内容は二部構成で、前半は特攻作戦が発案された経緯について、後半は特攻隊員は本当に志願したのかについて、となっている。以下、発言中の括弧書きは番組による注釈である。
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第一部:特攻作戦はどのようにして発案されたのか

ナレーション:1980年、終戦から35年後、東京原宿に海軍の元将校たちが集まっていました。海軍反省会、メンバーの年齢は70代から80代、太平洋戦争の真実を語り、残しておこうと開かれました。この反省会は12年に渡り、131回行われましたが、特攻作戦について議論されたのはわずか数回だったといいます。

反省会の司会者:それではただいまから第11回の反省会を始めさせていただきます。

ナレーション:海軍反省会が始まって1年、この日(1981年(昭和56年)2月13日)初めて、特攻についての議論が行われました。口火を切ったのは、鳥巣健之助元中佐。特攻作戦を現場で担当していました。鳥巣元中佐は、海軍の作戦構想が練られていた軍令部の中で特攻作戦が計画されていたにもかかわらず、その関与を認めてこなかったと批判しました。

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鳥巣健之助元中佐:ちょっとあのー、今お配りしました、これちょっと見ていただきたいと。実はあのー、中澤さんが水交会で講演をやられて、その時に、特攻については中央から指示したことはないということを最後に言ってましたな。私は、冗談じゃないよと。これはね、中澤さんはですね、誠にその点けしからんと私は思うんですよ。

ナレーション:軍令部は予算や人事を司る海軍省に対して、作戦を立案する機関でした。鳥巣元中佐が名前をあげた中澤とは、この軍令部で第一部長を務め、作戦を統括する立場だった人物、中澤 佑(たすく)元中将です。鳥巣元中佐の指摘に対し、軍部で航空作戦を担当した経歴のある三代一就(みよ かずなり)元大佐は、特攻作戦は軍令部の発案ではないと反論します。

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三代一就元大佐:僕の知っている範囲においてはね、特攻隊の生みの親の大西さん(大西中将)がねえ、あの、赴任する前に軍令部に来たわけです。軍令部の方では、総長と次長と部長と、これがおられたわけです。それで(大西中将が)「もう日本海軍の航空兵力の連中の実力が到底敵を攻撃するなんてできないから こりゃ体当たりでもやるほか手がないでしょう」と、そうしたら、みんな黙っちゃったと・・・

ナレーション:最初の特攻作戦は軍令部の指示ではなく第一航空艦隊司令長官の大西瀧治郎中将が発案し、軍令部は認めただけだと語りました。これは戦後長らく通説とされてきました。しかし、そこに異議を唱えたのが鳥巣健之助元中佐でした。

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鳥巣健之助元中佐:いやそれはあくまでですね、飛行機だけの話であってですね、とにかく特攻作戦をやれということがもう出てですね、すでに神風特攻よりずっと前にですね、回天(水中特攻)をね、採用しているわけです、中央で。


ナレーション:鳥巣元中佐は軍令部が立案した作戦を現場で実行する第六艦隊で人間魚雷と言われた特攻兵器「回天」の作戦を担当、現場で隊員たちを送り出していました。

鳥巣健之助元中佐:回天はですな、もうすでに兵器として計画採用して、神風よりは遅くなったけどもですね、実際の計画はもう、中澤さん(軍令部第一部長)がおらるる時にやっとるわけですから。それをね、俺は中央で指令した覚えはないなんていうことで、それ自体おかしいんですよ。

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三代一就元大佐:時期が違うんじゃないかと・・・





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鳥巣健之助元中佐:違いませんよ。





ナレーション:この鳥巣元中佐の発言を受けて、重要な証言がありました。特攻作戦が始まった時に軍令部にいた土肥一夫元中佐です。

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土肥一夫元中佐:今の問題ね、三代さん、ちょっと待ってください。今のお話の大西さんとの話じゃなくて、その遥か前にですね、回天も桜花もマル四艇(「震洋」水上特攻)もみんなね、海軍省で建造始めてるんですよ。そうすっとね、特攻をね、えー、(軍令部)一部長ともあろう者がね、知らないというのはおかしいと、こういうふうに言うとる。

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鳥巣健之助元中佐:そうなんですよ。





ナレーション:土肥元中佐が語ったのは、神風特攻作戦が開始される以前に、海軍省で特攻兵器で製造されていたというもの。さらに、海軍の組織である海軍省が進める特攻兵器の開発を、軍令具が知らないはずはないというものでした。海軍反省会に当時もっとも若いメンバーの一人として参加した市来俊男元大尉(98)は、特攻作戦に関する議論について、当時の様子をこう記憶しています。

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市来俊男元大尉:特攻作戦についてはですね、やっぱり、代償がいろいろ・・作戦とはいえない、やっちゃいけないというのはみんな認識していました。ところが(海軍は終戦まで)ずっと特攻隊でいって、人間が弾になって飛び込んでいく・・、結局は頭、トップの問題ですよね。


ナレーション:終戦まで続けられた特攻作戦、この作戦で、五千人以上が命を落としたと言われ、その多くは、十代や二十代の若者達でした。

(ここで、スタジオに戻る:この部分は一部のみ文字起こし)

なかにし礼氏:葉隠なんかにね、武士道とは死ぬことと見つけたりという言葉がありますけど、多分、こういうの見てますとね、なんか死に方の研究のようなね、回天で死ぬのか、桜花で死ぬのか、なんか死に方の研究をしているようでね、戦争で勝つという研究はね、なされてないとしか思えませんね。

司会のアナウンサー:防衛省防衛研究所に残されている資料に軍令部の第一部長、中澤元中将の直属の部下で、軍令部にいた源田実元大佐が、神風特攻隊が初めて作戦を実行した12日前(1944年(昭和19年)10月13日)に作った電報の案文が残されているとのこと。その文面に次のようにある。

神風隊攻撃の発表は全軍の士気昂揚並びに国民戦意の振作に至大の影響を関係あるところ 各隊攻撃実施の都度 (中略) 適当の時期に発表のことに取り計らいたきところ・・・


第二部:特攻隊員は本当に志願だったのか

ナレーション:海軍の軍令部に所属した源田実元大佐、戦後、神風特攻隊の慰霊碑の碑文には、「青年が自らの意思に基づいて赴いた」と記しています。出撃は死を意味する特攻作戦、隊員達は本当に自らこの作戦に志願したのか、この作戦に従事し、奇跡的に生き残った特攻隊員達の貴重な証言があります。そのひとり、海軍航空隊に所属し23歳の時に出撃した柳井和臣(よしおみ)さん、

(筑波のパイロットが)120人ね、特攻隊はそのうち50人選ぶから、お前達が希望するしないはお前達(の判断)なんだから書いて出せと、だいたいみんながね、希望すると出したんじゃないかと思います。お役に立つにはね、特攻隊しかないんじゃないかと、いうことだったんですね。

ナレーション:人間魚雷「回天」の搭乗員だった中川荘治さん、特攻隊員になった経緯についてこう語っていました。

それで特殊な仕事があるんやけど、希望者どうや?いう募集があって、もうほとんどみんな応募しています。(兵器が)何かいうことは言われんかった。特殊な兵器ということは言われた。それで死ぬとか死なんとかいうことは覚えないですけどね。

ナレーション:中川んさんは、特攻兵器と知らされないまま、特攻隊員になったと話しました。
人間爆弾「桜花」の特攻隊に所属した長浜敏行さん、

決してこれは命令じゃないけれど、もう、お前達を心から信頼して頼むと、どうかこの攻撃方法についてくれと、決してこれは命令じゃないぞと。命令じゃないけど、お前達にしか頼むものはおらんのじゃ、そう言われたら嫌とは言われんですもんね。それでみんな特攻隊員になったんですね。だから、命令じゃないけれども行かざるを得ないようにしむけられたと、いう感じですね。

ナレーション:16歳の時、海軍予科飛行練習生の試験に合格した桑原敬一さん(2015年当時89歳)は、予科練での訓練の最中、

練習航空隊は解散して特攻隊を編成する。ついては、特攻隊を希望するかどうか、誰にも相談しないで書いて出せと、いう、命令が出たわけですよ。それで、あのお、みんなにね、聞いてみたんですよ。お前なんて書いたと。そしたらね、熱望なんて書いたの一人もいないわけですよ、私らのクラスはね。もう、命令のままだとかね。まあ、私は、命令のままと、書きましたよね。

ナレーション:1987年(昭和62年)10月30日に行われた94回目の海軍反省会。この日、現場の隊員達は本当に特攻作戦に志願したのか、議論が行われました。現場の航空隊にいた小池猪一(いいち)元中尉が語り出します。

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小池猪一元中尉:特攻に関するいくつかの質問事項を用意して参りましたので、えー、大所高所から先輩諸公のご意見を承りたいと思っております。



ナレーション:小池元中尉は、海軍兵学校で養成された幹部ではなく、1943年、大学生から学徒出陣で動員、飛行予備学生として海軍の航空隊に配属されました。小池元中尉は、同期が特攻隊員として出撃する姿を見続けてきました。戦時中は、口をきくことも許されなかった上層部を問い質しました。

小池猪一元中尉:航空特攻の場合はですね、志願という形はとっていますが、これは命令で、要は編成という形で命令をされているんで、戦闘機に爆装して、えー、攻撃隊を編成したというのはどういう根拠から、いわゆる上層部がそれを命じたのか、

ナレーション:軍令部で航空作戦を担当した経歴のある三代一就元大佐が応じました。

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三代一就元大佐:僕はね、あんたがいろいろ言われたけれどもね、これはやっぱり人の性格によると思いますから、性格とそれから時の情勢ですな。



ナレーション:現場からの問いに、三代元大佐は、特攻作戦への参加が軍令部の命令かどうか、明確には答えませんでした。しかし、この日の反省会では、海軍の幹部自ら、特攻作戦を作り出して、おこなった、その組織の体質を問う意見がありました。

中島親孝元中佐:人間を自動操縦機の代わりにするんだと、こういう思想があると、これがですね、日本海軍を毒した最大のものだと私は思います。

平塚清一元少佐:日本海軍の上層は、それに頼りすぎていたんじゃないかという考えです。人の命は消耗品だと、いう考えが、あったんじゃないかと・・・万やむを得なかったというならば、これは、私は一億総玉砕の思想そのものじゃないかと・・・

(ここでスタジオに戻る:この部分は一部のみ文字起こし)

戸高一成氏:私自身はですね、あの当時のパイロット100人以上に話を聞いていると思うんですけど、やはり、基本的にはもう、選択肢のない中で回答を求められているというところがあるんですね。ですから、よほど自信のある人以外は拒否できないんですね。ただ、あの、本当に、中にはですね、ホントに純粋に、もう、自分の命を持って特攻に行きたいという人も、まあ僅かですけど、ありますけど、ほとんどの人は、命令であれば止むを得ない、というような形が多かったように思いますね。

アナウンサー:その、選択肢というのも、極めて限られている。

戸高一成氏:当時のパイロットに話を聞いてですね、自分たちは、要するに今日死ぬか明日死ぬか、来月死ぬかと、どこかで必ず死ぬのだから、それが早いか遅いかにすぎないというふうに感じてたという人は割合多かったですね。ですから、そういう中で手段を求められたということですね。

 以上

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