さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 9月4日の朝、吹流しが真横にたなびく滑走路をイチかバチかで離陸した飛行機に乗り、迫り来る台風21号を振り切って新千歳経由で札幌入り。やれやれと思うも束の間、翌未明にその台風が再びやってきて、進路右側に位置していた全道は風速30mの暴風に見舞われた。台風のストーキングに遇うとは何て運が悪いんだ。それでも、関西での痛ましい被害の報道に接し、これくらい大したことはないと気を取り直した。

 それもまた束の間、翌6日未明(03時7分)には地震の不意打ちをくらい、激しい揺れに熟睡からたたき起こされた。札幌中心街にあるホテルの6階で、体感的には震度5強くらいか。この揺れなら付近で大きな被害が発生することはないだろうと思いつつも、初期微動の継続時間からやや離れた震源地のことが気になった。しかしテレビがつかない。室内の明かりが停電時の非常灯に切り替わっていたことを了解した。窓から見える周囲のビルも全て非常灯だけが点いているようだ。PCを起動してネットで確認しようとしたが、ホテルの無線LANが停電でダウンしている。私はスマホを持たないので、たちまち情報弱者になってしまった。

 深夜に申し訳ないと思いつつ、携帯で妻に電話して、今こちらで大きな地震があったのでテレビをつけて震源の位置と地震のマグニチュードを教えてくれと頼んだ。聞きなれない「胆振地方」が太平洋に面した側であることはわかったが、正確な位置がわからず、M6.7、震源の深さ40 kmと聞いて困惑した。まずこれは海溝型地震に特徴的な深さで、地殻内地震だとしたら異常な深さだ。しかし、海溝型地震でM6.7というのは決して大きな規模ではなく、その程度で日本海側の札幌中心街がこれほど揺れるとは思えない。そのうちマグニチュードや震源の深さが修正されるだろうと考えて、ひとまず落ち着いた。

 落ち着いてみると、天井にある非常灯の明るい豆電球のスイチの紐の取っ手が部屋の壁に影を落とし、それがゆらゆらと揺れ続けているのに気がついた。これは一種の光テコだ。体では感じないごく僅かな揺れを増幅して可視化してくれている。それが何分も揺れ続いているのは、断層の「割れ」が少しずつ拡がっているからなのか、それとも初動があちこちに反射して行き交っているからなのか、大変興味深い。やがて遠くから救急車や消防車のサイレンが間欠的に聞こえるようになったが、近くで火災が発生している様子はなかったので、とりあえず寝ることにした。寝る前にトイレを使ったが、手を洗おうとして断水に気づいた。後で、トイレのタンクの水を不用意に流し去ってしまったのを後悔することになる。

 夜が明けて目が覚めるとバッテリー切れらしく、非常灯が消えている。えーっと、テレビはつかない、ネットは見れない、トイレも使えない。これは大変だ。外をみると、近くのコンビニの店頭に人だかりができている。そうだ、今のうちに飲み物と食料を手に入れなければ。窓のない非常階段は真っ暗だ。備え付けの懐中電灯を使って下まで降りて外へ出ると、店内は立ち入り禁止で、表で飲み物だけを売っている。お茶やミネラルウォーターはたちまち売り切れ。出遅れたようだ。とりあえず、乳酸飲料のようなものを買ってホテルへ帰った。2階のフロント横にあるトイレには水の入ったバケツが用意してあり、これで流せという。以降、トイレの度に真っ暗な非常階段を使って6階と2階を往復することになる。

 しばらく後、北海道大学へ行って知人達に会い、ようやく何がどうなっているのかわかった。先ず、送電網の連鎖解列がおこって全道ブラックアウト、完全復旧には一週間程度を要するらしいとの情報を得た。大学構内もどのホテルも断水で、トイレは使用禁止になっている。トイレが使えないことを理由にホテルを追い出され、旅行者向けの避難所へ身を寄せている人もいると聞いた。私の地元では大学もホテルもマンションも屋上に給水塔があるので、停電即断水とはならないが、これは北国特有の問題らしい。そんな訳で、レストランも全て臨時休業だ。それでも近くの弁当屋さんはガスレンジでご飯を炊き、昼頃にはなんとか営業を再開した。その前の歩道には長い行列ができている。コンビニもレジは動かないが電卓で勘定をして開店しているところがチラホラ。薄暗い店内には、しかし、パンや弁当は既に売り切れているので、カロリーの高そうなお菓子の類をひとしきり買って、ホテルへ帰る。

 さて、どうしよう。札幌のホテルの予約は翌7日の朝までで、その後小樽へ移動してレンタカーを借りてあちこち行くことにしている。小樽のホテルは受け入れ可能ということだが、移動する手段はあるのか。予約を入れていた小樽のレンタカー屋さんはIP電話で連絡が取れない。とりあえず情報収集のために札幌駅へ行くと、非常用発電機があるのか明かりが点いていてトイレも使えるらしい。札幌市内で断水していないのは病院などごく一部の施設だけのようだ。JRは全て運行を停止し、再開見込みは未定とのこと。駅員と話をすると、旅行者向けの避難所を案内する地図をくれた。既に2箇所は満杯のバツ印が付いており、残りは札幌市民ホール(わくわくホリデーホール)1箇所のみ。携帯電話も基地局のバックアップ電源が時間切れで次々にダウンし、ソフトバンクの私の携帯は通じにくくなり、次第に心細くなってくる。

 バス乗り場へ行くと、こちらも高速バスを含め全便運行停止中で、いつ再開できるかわからないとの張り紙。電光掲示板には「悪天候のため運行停止」とある。「地震のため〜」という定型文がなかったのだろう。後で知ったことだが、全てのバスが運行を停止したのは停電で交通信号が作動していないのが理由だったらしい。札幌市内の交通信号は、ソーラーパネルを装着したごく一部のもの以外ほとんど消えていたが、渋滞は起きていないし交通事故が増えたという話も聞かない。歩行者は車の切れ目を縫って道を渡るのに苦労している様子もない。信号待ちがないので、却ってスムースに移動できたのは意外だった。なんだ、信号なんていらないじゃないかと思ったくらいだ。

 いろいろと策を練っているうちに、生来のズボラな性格が出て、なるようになるさと、考えるのが面倒になった。誰もいない札幌駅の高速バス亭の乗り場にあった自動販売機に、奇跡的にミネラルウォーターが残っていたのを2本買って、ほら、運がいいじゃないかと思いながら、ホテルへ帰った。しかし、午後7時になると部屋の中はもう真っ暗だ。ビルの谷間からはカシオペア座がきれいに見える。携帯もPCも懐中電灯も充電する術がないので、無闇に使えない。仕方ないので寝ることにした。寝入ってしばらく経った午後10時頃、知人からの電話で目がさめると目の前のマンションに明かりが復活している。窓の外を見ると、通りを挟んだ向かい側の一角は通電したらしい。こちらも夜が明けるまでには復活しているだろうとたかをくくって、また寝た。

 7日朝、起きてもまだ停電・断水が続いていてがっくり。今日はチェックアウトの日だ。9時すぎにホテルを出て、なんとかタクシーを拾い、とりあえず、避難所に指定されている「わくわくホリデーホール」へ向かった。しかし、着いて見るとなぜか扉が閉まっている。もう閉鎖されたのか。札幌駅へも行ったが、JRはまだ動いていない。高速バスの乗り場へ行っても、相変わらず「悪天候のため運行停止」中だ。最寄りのトヨタレンタへ行ったが、予約で全て埋まっているという。隣のホンダレンタは営業停止中。とりあえず、高速バス乗り場の柱の袂にコンセントがあったのを思い出し、そこで携帯を充電した。

 万事休す。小樽へ行くのは諦める他ない。復活した携帯で、あちこち電話をかけまくった。結果、知人が滞在中のホテルが既に通電し、断水も解除されたと聞いて、東区にあるそのホテルへ移動することにした。キャンセルが相次いで新規の受け入れが可能になったという。地下鉄が止まっているのでタクシーを拾おうとしたが、なかなか捕まらない。どうやら札幌駅周辺では駅のタクシー乗り場に集約されているらしい。そこへ行くと、タクシー待ちの行列が70 mほどに達していて、そこへやってくるタクシーもまばらだ。行列をなしている6〜7割くらいの人が新千歳空港を目指しているという。声を掛け合って相乗りするグループも多かった。待つこと1時間半、ようやくタクシーにありついて、次のホテルへ向かう。運転手の話では、ガソリンの調達が難しいせいで札幌市内のタクシーの半分くらいしか動いていないうえに新千歳への往復に時間がかかることもあって、タクシーが捕まりにくくなっているらしい。

 東区は震度6弱だったとのことで、実際、路面がうねったり陥没したりして通行止になっているところが多かった。既に復旧工事も始まっている。ビルの外壁やガラス窓が落ちて粉々に砕けているところもあった。まだ時間は早かったが、チェックインを受け付けてもらい、再開したばかりの傍の食堂でまともな食事にありついて、ようやく一息ついた。久しぶりにテレビをつけ、PCを起動してインターネットで情報を収集。地震本部の速報(注1)で、今回の地震が、従来から異常に深いところで地殻内地震のおこっている付近で発生したものであることがわかった。深さ37 kmでM6.7だと地表地震断層は現れていない可能性が高い。テレビでは札幌市南部の清田区で発生した液状化による住宅の倒壊現場の様子を伝えていた。10日に帰るまで時間はたっぷりあるので、翌日はそこへ行くことにした。

 明けて8日、動き出した地下鉄に乗って、東豊線終着の福住駅で降り、タクシーで現場へ向かう。既に復旧工事が始まっており、現場の多くが立ち入り禁止になっていた。

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 報道のカメラクルーや、被害調査の自治体職員・大学の専門家等が多数動き回っている。最近の雨で含水量が多かったのだろう。宅地開発の際に元の谷地形を埋めたところが地震動で液状化して多量の土砂が吹き出し、下流へ流れ去って陥没がおこったようだ。

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 本日9日までの情報では、埋め立てるのに火山灰を使ったのも被害を大きくした原因らしい。水道管が破裂して液状化を増幅したとの情報もある。それだけでなく、宅地の一つ上の段丘面上では側方流動がおこったらしく、その先端の土手で斜面崩壊がおこっている。

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 土手の上の駐車場の管理人に聞くと、かつてここには二段の段丘があって、その下段を削り取って宅地とした部分は何事も起きていないが、谷を埋めた下流側に被害が集中しているらしい。道路のマンホールが盛り上がっているとの報道があったが、これは盛り上がったのではなく、周囲が陥没して相対的にマンホールの部分が盛り上がったように見えているだけである。つまり、マンホールと同じ基礎工事をしていれば住宅が傾くこともなかったということだろう。

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 私はかつてここに「日本は自然が豊かで素晴らしいというのも甚だしい勘違いで、むしろ、凶暴な自然に四苦八苦しながら人々がなんとか暮らしてきた地域に属する、というのが自然災害研究者の一致した見解である」と書いた。ところが、多くの日本人や彼らが選んだ与党政治家だけでなく、官僚達にさえその認識が欠落している。だから、「泊原発が動いていればこのようなブラックアウトは起こらなかった」などといった莫迦なことを言い出す人が後を絶たない。

 滞在中の小さなホテルは、予約客の全員がキャンセルし、昨夜から、そして今日も私一人だけである。いろいろと親切にしてもらい、感謝に絶えない。不幸中のさいわいは、連日たいした雨も降らず、ほど良い気温で冷房も暖房も不要だったこと。ただし、この先は気温が下がって朝晩は冷え込むとのこと。被災地へのきめ細かな支援が必要だ。

追記(9月10日)
 全道ブラックアウトに至る経過についての報道があった(注2)。先ず地震のために苫東厚真火力発電所の2号機(60万kW)と4号機(70万kW)が緊急停止した。これで大きく需給バランスが崩れたので、(過負荷による他の発電機の損傷を避けるために)強制的に一部地域の停電措置がとられた。私が滞在していたホテルとその周辺は地震直後から停電になったので、その「一部地域」に含まれていたようだ。その後しばらくは持ち堪えたが、17分後に「何らかの原因で」同発電所の1号機(35万kW)が停止したのをきっかけに全道ブラックアウトになった、ということらしい。

 では何故、17分間は持ちこたえたのにそれがダメになったのか。一つには、私がそうであったように、地震で飛び起きたほとんどの人が、とりあえず明かりとテレビを付けようとして、需要が急増したというのも原因になったのではないかと思う。

*この追記については、翌日の記事で補足した。

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書き忘れましたが、ヒマだったので、札幌シネマフロンティアで映画『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』を観ました。もうこれしかない気分だったので・・・

2018/9/12(水) 午後 6:47 [ さつき ]


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