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社会のこと
[ mar*h*ge49 ]
2013/10/27(日) 午前 2:10
遠山啓さんのこと (表現といみ)
科学と認識
[ さつき ]
2013/9/30(月) 午後 11:48
遠山啓さんのこと (表現といみ)
科学と認識
[ さつき ]
2013/9/30(月) 午後 11:39
積分定数さん、お久しぶりです。
ネット圏外を旅していまして、お返事が遅れました。
既に私は、シカゴ・ブルースさん同様、かけ算の順序論争そのものついての興味をなくしています。遠山啓さんが、かけ算の順序を固定することに、いかなる場合においても、理論的にも、教育上の観点からも明確に反対していたという事実が周知されれば、それで良いのです。
遠山さんは、割り算には順序があり、割り算とかけ算はある種の関係を結んでいるというところから、かけ算における「ひとつあたり」と「いくつ分」という意味付けを導入したのですが、これは、割り算の教育戦略上のものでしたね。しかも、かけ算については、どちらも自明なものとしては区別できず、式の表現上もどちらが先でも良いと主張していました。
そのことが、数協会の中にかけ算の順序に拘る考えが蔓延した原因になったというのは、私には理解不能です。
遠山啓さんのこと (表現といみ)
科学と認識
[ pou**nc31* ]
2013/9/27(金) 午後 8:43
遠山啓さんのこと (表現といみ)
科学と認識
[ 積分定数 ]
2013/9/25(水) 午前 9:32
遠山啓さんのこと (表現といみ)
科学と認識
[ 積分定数 ]
2013/9/25(水) 午前 9:26
遠山啓さんのこと (表現といみ)
科学と認識
[ さつき ]
2013/9/23(月) 午前 9:26
「福島のエートス」プロジェクトが内包する問題
社会のこと
[ さつき ]
2013/9/21(土) 午後 0:08
コメントありがとうございます。
>「住めるなら住むという主体的選択をした人たちの集まり」
この「主体的選択をした」が、「どんな結果になろうと自己責任で対処するという選択をした」の意味なら、まさに自己責任論ですね。私は、こうした選択は普段の社会生活でも普通にあることですから、それ自体を批判するつもりはありません。ですが、強いられた非常時において自己責任を強調することには慎重でなければならないと考えています。
まず、「住めるなら住むという選択」の前提として「住めるという判断」があるでしょう。その判断には、「安心して住める」や、「不安だけどたぶん住める」など、いろいろなレベルがあると思います。ここで忘れてならないのは、「とっても不安だけど経済的に避難する余裕がないので住むしかない」が含まれていることです。これはもはや「住めるという判断」ですらありません。そうした人たちに「主体的選択」を迫ることを「奴隷の選択」と書きました。
「できる限り合理的な選択ができるサポート」も、そうした奴隷の選択を迫ることにつながらなければ良いのになあと思います。
「福島のエートス」プロジェクトが内包する問題
社会のこと
[ keo*10*3 ]
2013/9/21(土) 午前 9:35




