さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 映画『この世界の片隅に』については既にここで簡単な評を書いた。その後いろいろな批評に接して、人それぞれに多様な評価があるのはごく自然なことと思いつつも、個人的にスルーできないこともあった。

 そこで、コメント欄で「『この世界の片隅に』を『はだしのゲン』と対立して論じる方がいてびっくりです。中沢啓治氏も悲しむでしょう。そいう方には、映画『草原の実験』をお薦めしておきます。」と自己レスした訳だが、このことにかかわって少しばかり書き足しておきたい。

 最近では、1月12日NHK「クローズアップ現代+」の放送内容にかかわる次のtweetが多数Retweetされているのが気になった。

NHKのクローズアップ現代、被爆者の方々の経験を口承で語りついだり、記録フィルムからドキュメンタリーを作ったりしてずっとヒロシマと向き合ってきた人たちが、「この世界の片隅に」を観て「こんな方法があったのか」とぽつりと呟いた一言が重すぎて、うちのめされてる。
5:27 - 2017112

 「クロ現+」の放送内容はこの映画の核心をつくものであったと思う。上記のはまりさんのtweet は正確さを欠くと思ったので、「ヒロシマと向き合ってきた人たち」として紹介されたお二人の登場場面の文字おこしを記す。

ナレーション:
原爆資料館で被爆者の体験を語り継ぐ活動をしている(被ばく体験伝承者)の渡部公友(わたなべこうゆう)さんは、被爆者が次々この世を去り、危機感を抱いてきました。この映画は世代を超えて伝える可能性を示してくれたと感じています。

渡部さん:
「日常を丹念に描くということ、これが非常に臨場感を膨らませているというか、みる者に訴える力が心にしみいる。これからの伝承活動に有益になっていくんじゃないかという気がしました。」

ナレーション:
映画が、戦争を知らない若い世代の心を深く捉えたということに驚かされたという人もいます。被ばく二世の友川千寿美(ともかわちずみ)さんです。友川さんは原爆の実態を若い世代に伝えるために、ドキュメンタリーフィルムの上映に力を入れてきました。(上映中の映画のナレーションに「どうか終わりまで目をそらさないで下さい」との声あり)。しかし、原爆の被害を直接訴える映像は敬遠され、こうした映画の上映の機会もほとんどなくなりました。

友川さん:
これは真実だからということで、すごく直接的な表現がある届け方をするのは逆(効果)になることもあるなというのをね、思うことがありましたので・・・

ナレーション:
戦争がもたらした過酷な現実をどうすれば次の世代に伝えることができるのか、友川さんが作品の中で強く印象に残ったというシーンがあります。主人公すずが丘の上から呉港の軍艦をスケッチしているのをスパイと疑われて憲兵につかまります。すずのぼんやりした人柄を知る家族は、憲兵が去った後、大笑いしていつもの日常に戻るのです。

友川さん:
けっして暗いだけの時間を過ごしていたわけではない。その当時でも家族みんなが涙を流しながら大笑いするような、そういう風景があった時代、素敵なシーンですよね。こういう、戦争・平和・原爆についての伝え方が、あ、やっとできた作品という印象でした。二度とこういうことがあってはいけないという人々の思いを、私たちで断ち切ってはいけない。

 お二人ともこんな方法があったのかとぽつりと呟いたりなんかしてない。友川さんのあ、やっとできた作品という印象でしたというのがお二人の心情をよく表現していると思う。そんな重箱の隅をつつくような指摘をしなくても趣旨は同じでしょ?と思われるかもしれない。しかし、世代を越えて戦争を語り継ぐことの困難さ、形骸化する平和教育をどう立て直したら良いかといった難問が20〜30年も前から議論され続けてきたことを知っているので、やっとできた作品の「できた」は伝えることができたという意味であろうが、待望されていた作品がついに世に出たという喜びもまたひしひしと伝わってくる、そこを汲んで欲しかったと思うのである。

 では、従来の伝え方が無意味であったかと言えば、それは逆で、これまでの努力があったからこそ、この作品が活きてきたと考えるべきであろう。従来の伝え方に欠落している部分をこの作品が補って止揚したのだ。

 何が欠落していたか。、津原泰水@tsuharayasumiさんの次のtweetで紹介されている『ピカドン』をみてみよう。
木下蓮三と妻が制作した短篇アニメ『ピカドン』(1978年/僕は14歳)がYouTubeにあったのでリンクしておくが、広島長崎出身者以外は超閲覧注意。『この世界の片隅に』ではお茶の間向け幻想場面だった部分。とにかく自己責任で観ること。ピカドン
2016-12-08 21:22:48

イメージ 1

 この作品では原爆が落とされる前の平穏な日常の描写もあるが、登場する人物の全ては名前のない記号化された「お母さん」、「お父さん」、「幼子」、「女学生」等々である。『この世界の片隅に』は、それらの人物に命を吹き込み、みる者に身近な出来事として追体験をせまる質を獲得している。

 くり返すが、『ピカドン』のような作品が無意味だと言いたいのではなく、その逆で、原爆の実相を伝えるのにまぎれもなく必要不可欠な努力の一端を構成しているだろう。それでも、津原さん自身が「超閲覧注意」と但し書きを付けざるを得なかったことは無視できない。いずれにしても、登場人物に命を吹き込むこと自体が誰にでもできることではなく、それなりの才能と熱意を必要とし、ここへ来てやっとそれが登場したのである。両者を兼ね備えた作品など望むべくもない。

 なお、桃井かおり主演で1988年公開の『TOMORROW 明日』(黒木和雄監督、原作は井上光晴の『明日―1945年8月8日・長崎』)も、長崎に原爆が落とされる前の一日を淡々と描いた傑作だが、『この世界の片隅に』と違って救いのなさが際立っており、そのせいで爆発的なヒットには至らなかったのだろう。これはもう、どちらが良いという話ではない。

 『この世界の片隅に』は、今後海外14カ国での上映が決まっているそうだが、海外においてこそ真価が問われるだろう。思うに、日常を丹念に描くことは小津安二郎監督に始まる日本映画の伝統芸である。これから海外進出した際には、世界中の小津ファンがこの映画のルーツを取り沙汰することになるのだろうか。

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オスプレイの墜落位置です。

次の文字列をGoogle Map の検索ウィンドウに入力して下さい。
N26.5389 E128.1003

墜落時刻は13日午後9時半ごろとされています。

イメージ 2


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以下、追記です(12月24日)

 オスプレイの事故を「墜落」と表記した私の記事に対して墜落ではなく不時着だとのコメントが風の谷さんより寄せられましたので、私の見解をまとめておきます。

 オスプレイの残骸を報道人として最初に目撃したのは、沖縄タイムスの伊集竜太郎記者のようです。

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    沖縄タイムスの伊集竜太郎記者撮影

 伊集記者が現場に到着したのは14日午前0時すぎ、オスプレイが墜落したとされる13日21時30分から2時間30分あまりが経過した頃です。ちょうど大潮の干潮時で、写真にあるように、その残骸を横たえた岩礁が海面上にあります。最寄りの東地区の潮汐表を見ると、事故が起きた時間に既に潮位はかなり低く、「着水」地点から流されてきたのだとしても、その距離はわずかであったと推定されます。
したがって、風の谷さんご指摘のような(着水後に)「干潮(深夜)と満潮(明け方)があり、大潮も手伝って、機体は岩礁の中を引き摺られ」そのせいで壊れてしまったとするのは誤りで、浅瀬に「着水」して壊れたのだと推定できます。

 伊集記者による写真や、他の多数の写真からもわかるように、オスプレイのプロペラの角度は水平飛行(巡航)モードになっています。オスプレイはプロペラが車輪より下にはみ出るので、水平飛行モードでは離着陸できません。軟着陸を試みる際にはヘリコプターモードにする筈ですが、それができない切迫した事情があったということでしょう。

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V-22 Osprey2010 Guidebook(pdf 3.1 MB) より

 もともとの事故原因が、空中給油中に給油パイプを引っかけて片方のプロペラが破損したことにあったようですから、無理もありません。ヘリコプターモードでは、二つのプロペラの駆動力が絶妙なバランスを保っていないと墜落してしまいます。実際、ウェブ上にはそのような事故の動画がいくつか上がっています。

 結局、普天間基地への帰還を断念し、辺野古のキャンプシュワブに目的地を変更したようです。キャンプシュワブは残骸発見現場からおよそ6 kmの沿岸部にあって、住宅地を通らずにたどり着けます。幅の広い砂浜もあるので、その沖に着水できれば救出も容易になった筈です。しかし、コントロール不能でそれも叶わなかった。それもそのはずで、オスプレイは翼面積が小さく、グライダーのように滑空することができないばかりか、片方のプロペラが破損しただけでも航行不能に陥りまます。

 巡航モードで着水すると、その極端に大きなプロペラが先に海面に接触し、その事によって翼の付け根に大きな応力がかかって破損してしまうでしょう。残骸の写真をみると左側の翼が完全にもげていますが、着水前まで健全だったのは、こちら(左側)のプロペラだったのではないかと思います。で、前のめりに浅瀬に激突して、コクピットももげてしまったというのが、私の見方です。これはやはり不時着ではなく、墜落と表現すべきでしょう。でないと、日航ジャンボ機123便も御巣鷹の尾根に不時着したことになります。

 いずれにしてもオスプレイは、プロペラの一方がわずかでも破損すると軟着陸が不可能になる大変危険な航空機であると言えるでしょう。

12月26日、さらに追記


 私が「墜落」と判断する理由は単に言葉の定義に則ってのことに過ぎません。
「航空軍事用語辞典++」 :墜落 とは「航空機が、二度と離陸できなくなるような不適切極まる手順で着陸する事。」

 映画『ハドソン川の奇跡』の元となった「USエアウェイズ1549便不時着水事故」(ウィキペディア)のように、二度と離陸できなくなるケースでも機体に致命的損傷がなければ不時着とするのが一般的ですね。

 どのような事故でもパイロットは最後の最後まで最善を尽くすでしょう。接地・着水して大破した場所を「最終的に意図した場所」とか「変更後の目的地」などと称するのは勝手ですが、状況が強いた結果なのであって、それで大破したなら墜落でしょう。「日本航空350便墜落事故」(ウィキペディア)では離陸直後に機長が意図的に逆噴射して羽田沖に着水しましたが、機首と機体後部で真っ二つになったので「墜落」とされています。 


 米軍や、その傀儡である日本政府に事故をできるだけ軽く見せかけたい意図があることはわかりますが、マスコミや一部市民までが、普通に流通している「墜落」の言葉の意味をねじ曲げてまで「不時着」であると執拗に主張することは理解に苦しみます。

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はじめに
 ユーキャン2016新語・流行語大賞に「保育園落ちた日本死ね」がノミネートされて、「日本スゴイ」な方面からの反発があったようだ。私は、これらの「日本」は今の安倍政権下での「日本的なるもの」を意味すると理解しているが、安倍政権が続けば日本は死なない代わりに別のいろいろなものが殺されるのだと思う。弱い立場のものから順に死んでいく訳だが、当然、「日本スゴイ」と思いながら殺される者もいるだろう。

 考えてもみてほしい。東電原発事故の後始末に何十兆円もかかるというのに、また、放射性廃棄物の処分さえ目処がたっていないというのに、免震重要棟もないまま次々と原発は再稼働されている。一兆円以上を食いつぶした高速増殖炉「もんじゅ」は、何らの成果もないまま廃炉になるというのに、見通しのない後継機の研究を続けるという。

 昨年度、職場ではe-ラーニングによるお試し期間の研究者倫理試験を受けさせられた。そこに、予算要求に際しての研究計画書に出来もしないことを書いてはならない、とあった。言われるまでもないあたりまえの事だが、原発のことになると例外扱いになる。そこに群がってデタラメ科学(注1)に手を染める自称科学者達、電力会社から金をもらいながら平気で規制庁の専門委員になる自称科学者達が続出している。ああ美しきかなこのニッポン、である。

 原発がデタラメ科学であるのは、「安全神話」にかかわることだけではない。原子力発電というシステム全体が、デタラメな科学を用いて人々を騙すことで維持されているのだ。以下には、そのほんの一例として、原発の温排水が海の生態系を破壊している現実を暴いた良書『九電と原発 ①温排水と海の環境破壊』(中野行男、佐藤正典、橋爪建郎共著、2009年、南方ブックレット2)を紹介したい。本書はもっぱら鹿児島県薩摩川内市に設置されている九州電力川内原子力発電所による海の環境破壊を扱っている。

第1章「ウミガメの死亡漂着」は、薩摩川内市の海岸における、おびただしい数のウミガメ、クジラ、イルカ、サメ、エイの死亡漂着の報告である。海岸清掃ボランティアをしていた中野氏は、海の異変を感じて2006年から記録をとるようになったらしい。その原因は不明であるが、編集部の補足コメント「かつて水俣ではまず猫が狂い死にしたではないか、次は人間の番だ、と。」は、その通りだと思う。しかし、国も県も原因について調査する気配はない。異常が常態化すればそのうち誰も異常とは感じなくなる。そうして告発者が諦め、人々が忘れ去るのを待っているのだろう。

第2章「海の生物の子どもを殺し、海を温暖化する原発」は、底生生物学が専門の鹿児島大学理学部教授佐藤正典氏による調査・研究報告で、原発に吸い込まれたプランクトンや魚卵、稚魚などがどれくらい死んで排出されているのかが示される。

第3章「温排水による海洋環境破壊」は、元鹿児島大学理学部助教で環境物理学が専門の橋爪建郎氏によるもので、川内原発が日本で唯一、一級河川の河口域に設置されていることからくる様々な問題が論じられる。

 詳しくは本書を読んでいただくとして、要点をかいつまんで整理、紹介したい。

原発の温排水流量は一級河川と同じくらいである
 先ず、原発の熱効率は33〜35%程度で、発電出力の2倍の熱を温排水という形で放出していること、温排水の温度上昇は法律により7度まで認められており、全ての原発で7度ぎりぎりまで上昇して排出されているということ、温排水の流量は電気出力100万キロワットあたり毎秒70〜75トンに達することをおさえておこう。

 原発から排出される温排水の流量は日本の一級河川の流量とほぼ同じオーダーである。本書によれば川内原発の直近に注ぐ川内川の流量は年平均毎秒108トン、一方、川内原発2基(各89万キロワット)の合計の電気出力は178万キロワットで、温排水の流量は毎秒133トン。つまり、川内川の流量より多い。

 日本最大の新潟県柏崎刈羽原発7基合計の電力出力は、821.2万キロワットで、川内原発と同じ熱効率を仮定すると合計の温排水の流量は毎秒614トンとなる。国交省の「水文水質データベース」で同じ新潟県の信濃川下流の流量を調べると、下図のように、平常時の流量は毎秒400トンくらいであることがわかる。蕩蕩と流れる日本屈指の大河信濃川を見れば、その量が実感されるであろう。これはただ事ではないと思う筈だ。環境生物学の専門家なら直ちにあれこれの環境影響が<予感>されるだろう。既に届いている異変情報との関連に思い至ることもあるだろう。

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   2013年の信濃川下流域の帝石橋観測所における流量。帝石橋は現在の平成大橋。

原発の冷却システムに吸い込まれて、多量の微小生物が死んでいる
 鹿児島県による昭和60年度温排水影響調査報告書によると、取水口と排水口における微小生物の密度は、植物プランクトンで30%、動物プランクトンで50%、魚卵で65%、稚仔魚で85%ほどそれぞれ減少している。これは大変深刻な事態であるが、このような調査は平成7年度以降おこなわれていないという。

 ネットをすり抜けて取水口から吸い込まれた小さな生き物は、まず、取水口に注入される生物付着阻止剤(次亜塩素酸ソーダ)の有毒作用にさらされ、続いて、復水器の配管内部を通過する際に、急激な水温上昇(ヒートショック)を受ける。私見だが、配管内乱流の剪断応力による機械的な「破壊作用」も加わるだろう。こられにより、多くの稚魚や微小生物が死滅、または衰弱させられる。生物が冷却システムの内部に付着し成長すると支障を来すので、そもそも、生物付着阻止剤は生物を殺す目的で使用されるのである。

 ところが、環境アセスメントにかかわった自称科学者達は、次亜塩素酸ソーダは放水口から外に出て希釈され、やがて無害化されるので、環境への負荷はないと結論してそれでおしまいなのである。それはそうだろう、水道水に加えられる塩素も、やがて大気中へ放出されて無害化するので、環境への負荷はほぼない。しかし、その塩素は水道管の中でしっかりと<消毒>の作用を発揮しているのである。なんというデタラメぶりであろうか。

 佐藤氏によると、鹿児島県の温排水影響調査の結果として示された「浮游生物密度の比較」は、生死に関係なく、形で分類して計数されたもので、<減少>分は、原型をとどめないほどひどく損傷したものであり、生存しているものも多くが瀕死の状態で、事後に死滅するものを合わせると致死率100%に達する種があるという報告もある。

温排水の環流によるさらなる高温化と「生物浄化」
 第3章で橋爪氏は、反原発・かごしまネットによる調査結果として、川内原発から放出された温排水は周辺海域より平均8℃、最高10℃も高温になっていると報告している。検討の結果、排水口から放出された温排水の一部が取水口へ環流して、取水口の水温そのものが周囲より高くなっている、というのが事の真相であるらしい。下図は、Google航空写真に加筆したものであるが、なるほどこれでは環流するのもあたりまえだ。

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 九州電力は、取水口と排水口の温度差は法律で認められている7℃以下となっているので問題ないとしているが、これは、そもそもの法律の趣旨に反しているのは明らかだ。

 これも私見だが、温排水が取水口へ環流しているとなると、先に示した鹿児島県による温排水影響調査結果の解釈にも影響してくる。つまり取水口付近で採取された浮游性生物の量そのものが、周辺海域のものより減少してしまっている可能性があり、これに対して排水口で採取されたものが比較されているのである。周辺海域のものと直接比較するなら、排水口での減少率はもっと大きくなる筈だ。

おわりに
 本書は2011年3月の東電原発事故の1年半前、全国で50基ほどの原発が稼働している最中に出版された。その翌年、環境省は請負調査事業として、「平成22年度国内外における発電所等からの温排水による環境影響に係る調査」を業務委託し、事故のおこった平成23年3月に報告書が上がっている。業務を請け負ったのは財団法人 海洋生物環境研究所と日本エヌ・ユー・エス株式会社である。ここでの記述に関係するところとして、次のような結論が述べられている。

1)動植物プランクトンへの取水影響(p11)
・ 水路系通過中の動植物プランクトン死亡率(活性の低下率)は数%程度であった。また、動植物プランクトンの密度は取水口から放水口にかけて低下する場合が多いが、発電所周辺海域の動植物プランクトン現存量(存在量)には影響は認められない。冷却水路系通過中の密度低下の主要因としては、冷却水路系に付着している生物による捕食が考えられる。

2)魚卵・仔稚魚・幼魚等への取水影響(p11〜12)
・ 室内実験により、魚卵・仔稚魚や無脊椎動物の幼生は、発生・発育段階により水温変化や機械的刺激に対する感受性が異なること例えば、また、動植物プランクトン(カイアシ類や珪藻類)に比べると構造的に脆弱ではあるが、現地調査により取水とともに冷却水路系に取り込まれた魚卵・仔魚のすべてが死亡するわけではないこと等が明らかになっている。

・ 魚卵・仔稚魚については取り込み範囲の予測手法も開発されている。また、現地調
査に基づき取水取り込みやスクリーン衝突の資源影響について、スケトウダラ、カサゴ・シロサケ・イシカワシラウオ、イカナゴなどを対象にデータ解析が行われた。いずれの場合も発電所内に取り込まれた魚卵・仔稚魚・幼魚が全て死亡すると仮定しても、その死亡量は周辺海域における自然死亡や漁業による減耗の数%以下と推定され、資源影響はほとんどないと判断されている。

 根拠とされたのは、本書によって批判された、公益財団法人海洋生物環境研究所による 「取水生物影響調査報告書 -平成8〜15 年度調査結果のまとめ-」(2004)である。7年間全く進歩がないということだが、佐藤氏によると、調査を行った委員18人のうち、8人が電力会社や電気事業連合会の関係者であったという。さもありなんという結果である。ちなみに、個々の原発については、その再稼働はおろか新設に際しても公益的な環境アセスメントは義務づけられておらず、すべて電力会社の「善意」による調査・報告しかないのだという。

 事故後3年を経た2014年4月12日、その間の原発の稼働停止によって海の生態系がどのように回復したのかを「報道特集」がとりあげた。その文字起こしを次のブログで読むことができる。

by みんな楽しくHappy♡がいい♪ さん

 これを読むと、本書の指摘の正しさがいっそう際立つ。

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注1)「デタラメ科学」とは文字通り、科学を標榜しながら、その内容がとても科学とは呼べないほどデタラメなものを指す。「ニセ科学」でも良いのだが、この言葉には、勝手な解釈はまかりならぬと先取権を主張する方もいるようなので、ここでは用いない。

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 映画『この世界の片隅に』を広島で観た。結論を先に書いておくと、簡単にはネタばれしない映画で、その一点だけでも観る価値があると思った。

 上映開始間際に駆けつけるとほぼ満員で、妻と並んで座れる席がなかった。既に暗くて客層が良くわからなかったが、私の両隣が高齢の女性らしいことは分かった。上映中、広島や呉の昔の風景・風習を懐かしむささやき声が聞こえた。江波や草津に遠浅の砂浜が拡がり、海苔の養殖が行われていたこともご存じの様子。原作者のこうの史代氏は広島市西区の出身らしいので、祖父母から伝え聴いていたのだろう。

 映画化に当たっては片渕須直監督自ら6年にわたる綿密な調査・取材を行ったという。今は平和公園となっている辺りの当時の町並みや、原爆の投下目標となったT字型の相生橋、原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)などの当時の姿は平和記念資料館の展示でなじみのものだ。

 しかし、私にとっては空襲のシーンが最も新鮮で衝撃的だった。空襲のシーンを観ながら、そして映画館を出た後もずっと、私の母から聞いた戦時の体験談を思い出し、反芻していた。

 母の郷里は九州の僻地にあったので、都市部のような大規模な空襲を受けることはなかった。それでも敗戦の年の春頃になると、大都市を爆撃するB29の編隊が上空を通過することが度々あり、その都度空襲警報が鳴って、家の傍の小さな手堀の防空壕に逃げ込んでいた。やがて、5キロほど離れたところにある小さな造船所に、都市空爆への行き帰りの米軍機が気まぐれに爆弾を落とすというようなこともまま起こるようになった。

 母は当時13才。ある日、田植えの終わった田んぼのあぜ道を歩いていると、前触れもなく突然裏山からグラマン(母の言)が現れ、低空を舐めるように自分の方にまっしぐらに向かってきて、パンパンパンパンと機銃掃射を浴びせて来た。とっさに伏せたが、やられたと思った。半ば気を失っていたかもしれない。気がついてみると無傷だった。後でわかったことには、母が居た地点の数百メートル先の海岸から少し離れたところで漁をしていた小さな漁船が狙われ、漁師夫婦二人が亡くなったとのこと。

 母から何度も聞いた「パンパンパンパン」という破裂音の機銃掃射の音は、これまで観たどの映画でも表現されていないものであったが、この映画では、そのままであった。空襲の場面についての感想は公式HPに寄せられた「応援コメント」の中にも見いだすことができる。

これから戦争を語り継ぐにあたって、とても大切な映画が誕生した。
空襲のシーンは、これまで見てきたどの映画よりリアル。ついにそれがどういうものであったかがわかった。
―――塚本晋也(映画監督)

よく作っていただいた。まずはそう言いたい。
個人的には音が衝撃的だった。オタク的な話になるが、戦闘に関わる音、飛行機の爆音とか、機銃の音とか、爆発音とかどの音も聴いたことがない音だった。おそらくアリモノでなく新録なのだろう。安易に音をつけていない。
(抜粋)
―――とり・みき(漫画家)

 音の記憶は決して曖昧なものではない筈だ。母の恐怖は音の記憶とともにある。にもかかわらず、それを他人に正確に伝えるのは、他のどのような記憶にもまして困難なものであるように思える。とり・みき氏の言うように「アリモノでなく新録」だとしたら、おそらく片渕監督は、いろいろな音を体験者に実際に聞かせて、その中から選び取られた音を採用するという気の遠くなるような作業を実行したのだろう。

 音は、映画『野火』を撮った塚本監督をして「どの映画よりリアル」と言わしめた空襲のシーンの、そのほんの一端を構成しているに過ぎない。全体を通して描かれる日々の暮らしの中にあるリアリティ。当時の社会で女性がどのように理不尽にあつかわれたか。それでもなお愛おしく思える日々の暮らしがある。若い男達はどのように死地へ赴いたか、それらを受け入れねばならない空気感の機微のようなものを含め、多くの評者が賛辞として贈るリアリティに満ちた映画である。

 とは言え、この世界の全体を丸ごと描き出すことなど誰にもできない。それはそもそも不可能だ。したがって、この映画のリアリティもまた切り取られた世界の一断面、すなわち選択されたリアリティには違いない。その<選択>を由としない声があるのも当然であろう。

 このことは、例えば、前作『夕凪の街 桜の国』へ寄せられた作家・山口泉氏による「美しい物語に潜む「歴史」の脱政治化」と題された批判(『週刊金曜日』2005年09月02日号掲載)が、『この世界の片隅に』にとってもなお一面有効な批判たり得ている理由となっていよう。(以下、抜粋)


 問題は何か。本書の性格を象徴するのが、巻頭の献辞だ。
「広島のある日本のあるこの世界を/愛するすべての人へ」−。
だか「この世界」は愛したくとも、「日本のあるこの世界」など、終生、拒絶せざるを得ない人々が、現に日本の内外に存在する。少なくとも日本は、
1945年8月、突如として、この地上に出現した国ではない。「平和」を、真に人間普遍の問題として共有しうるためには不可欠の、地を這うように困難な手続きをあらかじめ回避したところに、この物語は成立している。
 本書の抱え持つ脱政治性ともいうべき傾向が、事柄のいっさいを「無謬(むびゅう)の「桜の国」の美しい悲劇」へと変質させかねないことを、私は危ぶむ。そして、痛ましくも口当たりの良い物語の「受け容れられやすさ」が、「被爆」を単に「日本人の占有する不幸」にのみ矮小化し、さらには新しいナショナリズムに回収される迷路へと誘(いざな)う場合もありうることを、私は恐れる」

 <選択>されたのはあくまで主人公すずを通して体験される「この世界の片隅」であり、その「片隅」をとことんリアルに描ききろうとしたのが本作と言って良いだろう。すずは、その個性や境遇からくる特殊性と、当時の社会的存在としての普遍性をまとっている。そこをリアルに描こうとするなら、「日本の内外に存在する、この世界は愛したくとも、「日本のあるこの世界」など、終生、拒絶せざるを得ない人々」が登場しないのも当然ではあろう。敗戦の玉音放送後の場面に一瞬現れる「太極旗」の描写が中途半端であるのもまた、すずの目を通したリアリティである。

 そして、それらの<選択>が、消極的に割愛された結果ではなく、極めて意識的に追求された結果であることは、こうの史代氏自身の言葉から推測することができる。


広島市で生まれ育ちました。それなのに、高校生のころには、原爆や戦争の話が嫌いになっていました。どうしてだと思いますか?
 「二度と原爆の悲劇を繰り返してはいけない」という答えがもう用意されていて、何度も大人に言わされる。残酷なものを、みんなと一緒に見せられるのもいやでした。

 ここに少し書いたように、間違いなく、従来の平和教育は失敗している。そのことは当の広島の政治的惨状を観れば明らかであろう。そして、こうの氏はそのことを良く理解している。

 最後に、この映画の意図をよく汲んでいると思われるので、公式HPに寄せられた「応援コメント」から引用しておく。

原作とこれほど相思相愛のアニメはいまだかつて見たことがない。自分の中の「思春期」がすり切れてしまう前にこの作品に出会えたことに感謝。
恐るべき精度で重層的に描かれた「あの時代」「この片隅」の愛おしき日常。そこから世界中のあちこちにいる「すずさん」に思いをはせてみること。たとえばシリアや南スーダンにも、たったいま、まちがいなく存在する「片隅の日常」を想像すること。そう、私たちには「想像力」が、「日常を生きる力」がある。
「戦争」に抗する二つの力がある。この映画は、私たちにもそんな力があることを想い出させてくれる。
懐かしいのに鮮烈で、愛らしくも力強い、そんな新しい古典の誕生である。
―――斎藤環(精神科医)

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 ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したと聞いて思い出した。数年前に地元のFM局のインタビュー番組に呼ばれたことがある。番組の途中で好きな曲をかけるから事前に決めておくようにとのことで,熟考の末,ジョニ・ミッチェルの『青春の光と影(Both side now)』をお願いすることにした。放送直前の打ち合わせの時にそれを伝えると,捜したが局内に音源が見つからないのですぐに別のを選んで欲しいという。

 これは全くもって想定外のことで,別のをと言われても熟考する時間がない。仕方なしに口をついて出たのが「それじゃあ,ボブ・ディランの『風に吹かれて(Blowing in the wind)』をお願いします」だった。

 結局,放送中盤の中休みでそれが流されて,どうしてジョニ・ミッチェルの代表曲がないのだと不満に思いながらシラーっと聴いていたのだけれど,「それじゃあボブ・ディラン」はないだろう,という後悔もあった。

 たぶんその頃,次のブログ記事を読んで,脳内でジョニ・ミッチェルとボブ・ディランがリンクされていたからだろう。



 そういえば80年代前半だったか,まだ鼻息の荒かった頃のジェーン・フォンダが,ボブ・ディランは転向して堕落したと批判していた(ような記憶がある)。たしか,ジョーン・バエズもやり玉にあげられていた。後に自らも「転向」して和解したようだけれど・・・

 スウェーデン科学アカデミーからの受賞の報せに,当のご本人からはまだ何らの応答もないと言う。想像だけれど,ボブ・ディランとしては,自分のどの年代の仕事が評価されたのか,たぶん,かけ出しの頃の作品が評価されたのだろうけれど今の自分は違うよと戸惑い,様子見しているのではないかな。

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