さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
 映画『君の名は。』の興行収入が9月23日時点で111億円に達していたらしい。前回の記事で「(『シン・ゴジラ』より)『君の名は』の方がずっといいよ。」と書いたけれど,まったく異なるジャンルのものを比べるのはナンセンスではあった。で,何がそんなにいいのかと訊かれても返答に窮してしまうが,『シン・ゴジラ』との比較で言いたかったのは,圧倒的な「後味の良さ」である。その理由については,今も沢山のテキストが生み出されている最中で,その多くが,風景描写の緻密さ,巧みさに触れている。例えば下記,


 これは,新海作品でしばしば目につく「光源の矛盾」は,それぞれの場面において明確な意図のもとに綿密に設計され,巧妙に創作されたものであるとのプロの指摘である。この点については監督自身がNHKの朝の番組で語っていたのを観たことがあったので,YouTubeで捜したら,あった。


 8分30秒あたりから「新海マジック」と呼ばれる光の演出について,夕日に照らされた街中のシーンを例に解説されている。

「現実ではあり得ないことなんですけど,太陽が二つあることになってしまうので・・・二人の立っている場所を,影の中,光の中と分けたかったんですね・・・」

 新海作品の風景描写の来歴を辿れば,ひとつの原体験のようなものに行き当たるようだ。上記動画の1分10秒あたりからの文字おこし:

ナレーション:新海さんの作品の特徴は緻密な風景描写。なぜそこまで風景にこだわるのか。それは,高校生の時に故郷長野で出会った風景が影響していると言います。

新海:「何でもない日だったんですけれど,その夕日がすごくきれいだと思った瞬間に,あの,なんか恥ずかしいんですけど,急に涙がこぼれてきたことがあったんですね。自分は普通の高校生で,まだ何のためにここにいるのか,どこに行きたいのかも分からないけども,でも,なんかこう大きな場所に囲まれていて,で,こんなに美しく見える風景の一部なんだ,ちょっと大げさな言葉ですけど,こう,世界との一体感みたいなのを,あの,ふいに感じたことがあったんですよ。」

ナレーション:東京の大学に進学し,就職した新海さん。生活に追われる中で,あの夕日が自分を変えるきっかけになったと言います。

 これは,僭越ながら私にも似たような体験があるので,良く分かる,けれど,私にはそれを何かに昇華させる才能がなかった。

 個人的に印象深いのは,彗星のかけらが大気圏で「尾」を引いて落下する場面で,大気浮游塵に投影された「尾」の影が,扇型に開いていく描写である。この場面は,『君の名は』公式サイト にある動画『君の名は』特報の冒頭部分で観ることができる。

イメージ 1


 太陽が水平線近くに位置している時に遠方の雲が晴天の大気浮游塵に影を落として空が直線的に接合する明暗領域へ分けられている風景は日常においてもしばしば目撃される。空を眺めることなど滅多にしない人にとっては「ごく希に目撃される」と書いた方が実感に近いのかもしれないが,例えば次の画像で理解されるだろう。


 で,こちらは,飛行機雲の影が上層にある巻雲の幕に投影されたもの。この例のように,影を投影する「幕」が一定の高度に限られる場合は,高角度で落下する流星の尾の影は,次第に伸びてゆく太い直線状のものになる筈である。『君の名は。』での例のように,大気圏上層部であっても,大気浮游塵の密度は一般に層構造をなしているので,実際の影はまだらな扇型になる筈だ。おそらく新海監督は,それをわかった上で,敢えてあのように表現したのだろう。

 一つだけどうしても分からないのは,「閃光」を表現する際に,必ずと言って良いほどレンズを通した映像,つまり,レンズフレアやレンズゴーストや,絞りによる回折光を伴うものになっていることだ。これは宮崎駿監督の作品を含め,日本のほとんどのアニメや漫画に共通する表現手法となっていて,ああまたかと思ってしまう。世の中にはレンズオタクという者も少なからず居て,やれこのレンズは7群9枚構成だとか,絞りは6枚羽根だとか言い出しかねないが,描写がいい加減なのでそれもできない。実写と違って,せっかくレンズを通さない画像を自由に創作できるのだから,いっそやめたらどうかと思うのは私だけだろうか。

 ネタばれしないよう,ストーリーには立ち入らないが,結局今回もまた何かのオタクっぽい映画評になってしまった。
 『シン・ゴジラ』をひと月ほど前に観た。映画通で年に200本以上は観るという知人に勧められたからで,情報量が多いのでもう一度観たいと思いつつ時は過ぎ,結局『君の名は』を観たら,とたんに『シン・ゴジラ』への関心が薄れてしまった。したがって,表層的な感想しか書けないが,ひと言でいえば,後味の悪い映画だった。

 私は,もともとゴジラ映画への関心は薄く,ハリウッド版の『GODZILLA』2作は観たが日本のゴジラシリーズは1作も観ていない。日本映画の特撮やCGのチャチさに対する不満はそれなりにあるが,時代劇のカツラの髪の生え際の処理がまずくても気にしない方ではある。もともと私の映画の好みはゴジラシリーズとは対局にあるので(注1),『シン・ゴジラ』がファンタジー映画だとしたら,見方そのものがわかっていないという自覚はある。

 SFであれば,それなりに科学的な理屈をこねくり廻して観客をうまく騙してあげる,あるいはその気にさせてあげることが成功の秘訣だろう。その意味で『オデッセイ( The Martian)』は成功しているが,『ザ・コア(The Core)』は失敗,というか別物。『インターステラー(Interstellar)』は微妙だが,一般向けには成功していると思う。SFでもストーリーと役者の演技の奥の深さが加われば『ブレードランナー』のように多くのファンを獲得して「金字塔」と評されるような名作になれる。

 しかし『シン・ゴジラ』は単なるSFではないし,単なるファンタジーでもない。その証拠に,東京という実在の都市が危機に陥り,日本国政府首脳陣と官僚組織,自衛隊,それに米軍がこれに立ち向かう訳だが,いちいち登場人物の肩書きや実在する武器が大文字のスーパーで説明される。実際の法律の細かな条文も説明口調で問題とされる。そう,説明が多すぎるのだ。重要な役回りであってもさらりと流してしまう粋なつくりの多いハリウッド映画に比べれば,ずいぶん野暮ったい。もちろん作り手はプロだから,明確な意図のもとに敢えてそうしている筈で,やはりこれは,ファンタジーの意匠を借りたある種の社会派映画として創られたものだろう。しかし,その意匠にはほころびも目立った。

 冒頭,海ほたるの辺りだったか,何かの爆発的噴出とアクアラインのトンネル崩落がおこったとき,招集された専門家は海底火山の水蒸気爆発説を主張したのだが,全く「火の気」のないところだから,せめて泥火山の噴出(注2)くらいのことは言ってほしかった。しかし,巨大生物が海上に現れると,御用学者は役に立たないという言葉が投げられたり,この方面の学者はさんざんな扱われ方である。

 その巨大生物は上陸して一暴れした後,一旦東京湾へと戻り行方不明になる。ここでもまた,おいおいあんなに巨大だったら確実に地震計で追跡できるよと突っ込みを入れる。東京湾,相模トラフ一帯には海底地震計観測網が完備している筈だ。今の高感度広帯域地震計は,数千メートルの海底下で洋上の波浪による岩盤の脈動さへもちゃんと捉えているんだぞと。

 ゴジラの造形については,最初に出現する両生類型のものは目がかなり大きすぎると感じた。巨大化して再登場したゴジラは圧巻である。造形を担当したスタッフの才能を感じる。しかし,その巨体のリアリティを台無しにするような不自然な「物の動き」にしばしば興ざめする。例えば,体側から血の塊のようなものが吹き出してドサッと落ちる場面があって,まさにドサッと落ちるのだが,滞空時間が明らかに短すぎる。30 mの高さから物が自由落下するには2.5 秒ほどかかるので,それを1.5 秒にしてしまうと10 mくらいに感じてしまう。こうした突っ込みどころはいっぱいあって,ハリウッドCG技術陣との差が否が応にも目に付いてしまう。

 もっとも,『オデッセイ』だって,火星の砂嵐から逃れ,主人公一人を残して脱出する場面で,ロケットの巻き上げた粉じんが砂嵐の暴風に全くたなびいていないというチョンボもあったりはする。

 他にも,十数台もの車が蹴散らされて宙を舞う場面で,車両火災必至なのに一台も燃えないのは何故だ,とか,そうでなくてもゴジラの通った後はあちこちから出火して東京中火の海になる筈だぞ,とか,自衛隊の「弾切れ」早すぎっ,とか,政府首脳人の避難のタイミングが議論になるのに,天皇家の避難の問題がスルーされる訳はないだろう,とか,こんな化け物が来襲しているのに,東京人はどうして早い段階で関東圏から逃げ出さないのかとか,いろいろ思った。

 もちろん,核エネルギーを利用しているという核心部分に,んな訳あるかいと突っ込むようなヤボなことはしない。それを言っちゃあお仕舞いよ的なアレについては分かっているつもりで,最後に突然マイナス百何十度かになって固まったところで,それ,エネルギー保存則に反しているからと突っ込んだりはしないが,そんな極低温の巨体が立っていれば霧を伴ったダウンバーストが発生する筈だろとの突っ込みは譲れないタチだ。

 最初から荒唐無稽だとわかりきったことに突っ込みを入れるのは野暮だが,どうだリアルだろと作り手が推してくる場面,例えば崩れ落ちるビルの描写に,いや,それだったら直ぐ火の手があがる筈だからと突っ込みを入れたくなるのだ。

 さて,関東地方ではM7クラスの大地震が30年以内に70%の高確率で襲来するとの予測が公表されている。震災での死者は最大2万3000人、その約7割の最大1万6000人が火災で亡くなるとの想定だ。これこそが,今そこにある危機である。

 震災では自衛隊のお世話にならなければならないが,その時は戦車もミサイルも何の役にも立たない。火災がおこれば消防の出番だ。ゴジラが襲来して東京が火の海になれば,消防の問題がクローズアップされるから,多数の車が蹴散らされてぐちゃぐちゃになっても,ゴジラビームで胴切りにされた高層ビルが崩れ落ちても,いちいち出火して火の海になるようなことではまずい。にもかかわらず,自衛隊の火力は非力で,直ぐに「弾切れ」する必要があるのだ。そうでないと,この映画が本当に描きたかったことが霞んでしまうのだろう,と,そう思って観た。

 私の妻のように,映画は比較的よく観る方ではあるが『シン・ゴジラ』は最初から全く観る気がしないということで,誘いを断ったりする者も案外多いのではないかと思う。私としては,期待せずに観たが意外に良かったということもあるかもしれない,そう思って観たけれど,結局ダメだった。『君の名は』の方がずっといいよ。

-----------------------------------------------
注1)記憶に残る映画と言えば,ビヤンバスレン監督の『ラクダの涙』(2004年ドイツ)や『天空の草原のナンサ』(2005年ドイツ),トム・マッカーシー監督・脚本の『扉をたたく人,The Visitor』(2008年アメリカ),キャスリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー(The Hurt Locker)』(2008年アメリカ)などで,地方都市ではなかなか観る機会に恵まれない作品が多い。『ハンナ・アーレント』(2012年)は結局DVDを購入するハメになってしまった。若い頃観た(古い)映画では『幸福の旅路(Heroes)』(1978年アメリカ)が忘れられないが,主演のヘンリー・ウィンクラーが第35回 ゴールデングローブ賞の最優秀主演男優賞(ドラマ)を獲得し,ハリソンフォードも出演しているのにDVD化もされていない。

注2)泥火山は,「火山」という語とはうらはらに,マグマ活動とはほぼ無縁で,液状化した泥水が多量のガスとともに噴き出す現象。ガスの主成分は二酸化炭素,水蒸気,メタンガスなどで,硫化水素を含むこともある。最近ではインドネシア・ジャワ島やサハリンなどで規模の大きな噴出があった。一方,水蒸気爆発はマグマ活動(火の気)が遠因となっておこる。

 気になったので、これ・・・

川内原発の許可取り消し求め 住民らが提訴 | NHKニュース www3.nhk.or.jp/news/html/2016… 何度目? あとこの人達に噴火は地上に放射性物質を供給しており、巨大噴火が起きた場合、殆どの場合福島の平均を超える放射性物質が供給されるって言ったらどんな反応するんだろうw
20:16 - 2016年6月9日

あ、計算ミスったかも。 100km3÷(2750kg/m3)=275,000,000,000,000kg (5mg/kg)×(1.2Bq/mg)=6Bq/kg なのでウラン鉱山が吹っ飛ばない上での最大は1650テラベクレルか。 ごめんねてへぺろ。
0:33 - 2016年6月10日

 まあ、人をひっかけて嘲笑する系なのだろうから、どうでもいいと言えばそうなのだけれど、この方の一連の Tweet にはいろいろと問題がありそうなので、この際ちょっと厳密に計算してみよう。

 まず火山噴出物の体積が 100 km3 に達するVEI(火山爆発指数)=7の噴出物の密度について。VEI は爆発的な噴火による噴出物の体積で定義され、静かに流れる溶岩流には適用されない。これに対して早川の噴火マグニチュードは質量で定義し、溶岩流にも適用される。典型的な破局噴火はほぼ火砕流であり、質量への換算密度は 1 g/cm3 が推奨されている(溶岩流では 2.5 g/cm3 )。上記の計算で密度を2.75としている根拠がわからないが、ここでは 1.5 g/cm3 を採用しよう。

 次に、火山噴出物に含まれる放射性核種について、

@CordwainersCat はははw 崩壊系列と放射線量に何の関係があるんですか? 巨大噴火時に放出される放射性物質の殆どはウランですよ。 量が膨大だから半減期が長いウランでも上回るのです あと何が釣れたかって? 専門用語の割に私が安定核種を上げても気付かなかったでしょう?
23:51 - 2016年6月9日

 かつてこの記事の脚注に書いたように、通常の岩石の放射能はウランよりカリウムの寄与が大きく、トリウムもウランとほぼ同じオーダーくらいはある。破局噴火に典型的な珪長質火成岩の代用として岩石標準試料の JG-1 を例にとれば、ウランが 3.47 ppm、トリウムが 13.2 ppm、カリウムが 3.34%含まれ、1 kg 中のそれぞれの放射能はウラン系列が 600 Bq、アクチニウム系列が 22 Bq、トリウム系列が 537 Bq、40K が 1,044 Bqとなる。

 lyiaseさんの計算式の (5mg/kg) から、ウランの重量濃度を 5 ppmと仮定していることがわかる。(1.2Bq/mg) は、単位が比放射能のそれで、238U 単体の値と思われるが、これは実際より一桁小さくなっている。また、系列核種の放射能も無視されている。ウラン系列とアクチニウム系列を合わせた実際の値は以下に示すように、これより二桁も大きい。

 ウランの平均原子量は 238.03 なので、ウラン238.03 g 中にアボガドロ数 = 6.022 × 10^23 個のウラン原子が存在する。1 mg 中だと 2.53 × 10^18 個となる。
その 99.27%が 238U で 2.51 × 10^18 個、0.72%が 235U で、1.82 × 10^16 個となる。
238U の半減期は T = 4.468 × 10^9 年なので、
壊変定数はλ= ln(2)/T = 1.551 × 10^-10 1/y となる。
従って1年間に崩壊する 238U の原子核の数は
(2.51 × 10^18) × (1.551 × 10^-10)=3.90 × 10^8 個となる。
これを1秒当たりに換算するとベクレルになる。
(3.90 × 10^8) ÷  (3.156 × 10^7)= 12.35 Bq
これは 1 mg あたりの値なので、 238U 単体 の比放射能は
12.35 Bq/mg = 12,350 Bq/g ということになる。(注1)

 天然ウラン中の 238U から出発するウラン系列は14回の放射壊変が永続平衡に達しているので、全体の放射能は、12.35 × 14 = 172.9 Bq となる。
同様に 235U から出発するアクチニウム系列について計算すると、6.3 Bq となり、天然ウラン 1 mg を含む物質の放射能は合計 179.2 Bq となる。5 ppm のウランを含む岩石1kg だと 875.3 Bq となる。

 ということで、岩石標準試料 JG-1 と同じ組成の火砕流 100 km3 の放射能を計算してみよう。
質量:(1.00 × 10^11 km3) × (1500 kg/m3) = 1.50 × 10^14 kg
放射能は
ウラン系列:600 × (1.50 × 10^14 kg) = 9.00 × 10^16 Bq
アクチニウム系列:22 × (1.50 × 10^14 kg) = 3.25 × 10^15 Bq
トリウム系列:537 × (1.50 × 10^14 kg) = 8.06 × 10^16 Bq
40K:1,044 × (1.50 × 10^14 kg) = 1.57 × 10^17 Bq
以上を合計すると、3.30 × 10^17 Bq (330 ペタベクレル)となり、lyiase さんの計算より二桁大きくなる。で、次の tweet、

@ishtarist @CordwainersCat さっき計算間違えました。 1650テラベクレル、ヨウ素131換算はウランの場合係数500として、825ペタベクレルとなります。 福島第一は810ペタベクレルですね。 そしてこの100km3と言うのは破局噴火で最も低い値です。
0:44 - 2016年6月10日

 これは国際原子力事象評価尺度(INES)の換算係数をもとに、238U をヨウ素131に換算したもの。このような換算は、放出された核種構成の大きく異なる事象を被曝影響の面から同一の尺度で比較する目的でおこなわれる。この場合は核種毎に換算して合計しなければならないが、238U だけでもレベル7の原発事故に相当するという次第。

 もちろんこれは単なるお遊びであって、日本列島の地殻は、もとよりこれと同じくらいの濃度の放射性物質を含んでいるので、この噴火によって空間線量が上昇するというようなことはおこらない。それを承知の上で「釣り」をしている訳だが、こんなことをして何が楽しいのだろう。

 ここでどうしても気になるのは、ウランの比放射能を 1.2 Bq/mg と一桁小さめに間違ったのはなぜか、さらに系列核種の放射能に思いが至らなかったのはなぜかということ。ここにも書いたが、うっかりミスにも、数値を多めに間違うのと少なめに間違うのとで、それぞれに異なる何らかの認知のバイアスが影響しているのではないか。

 ウランによる被曝影響を取るに足りないものとするような言説は、原子力村によってさんざん流布されてきたことである。だから、他国民の頭上に何百トンもの劣化ウランをばら撒いたり、大量のウラン残土を放置したり、数kg のウランを人がバケツで運んだりすることが平気でおこなわれる。そういう次第で、ミスを重ねつつウランの放射能の計算をやったところ、予想よりかなり小さすぎる値になってしまったので、健康影響の増加とは無関係なのにわざわざ INES のヨウ素131換算係数などを持ち出さなければならなくなった・・・なんだか、そんな気がする。

@ChouIsamu あーマントル付近だともっと高いですね、もちろん。 破局噴火なので元々の噴出量がとても多いんです。 VEI7の場合、重さにして1000億トンは最低が吹き飛びます。 ここにたった1Bq/kgでもあるとその量は100TBqになってしまうわけです。
0:57 - 2016年6月10日

 どうでもよいが、ウランはマントルにとって典型的な不適合元素で、マントル中では地殻中より二桁ほど濃度が小さい。トリウムもカリウムも同じ。

@ChouIsamu あ、それでもVEI7以上なので同じですね。 多分ですが、VEI7の後半でも川内原発は動くと思いますよ。 川内原発から見た場合、各火山から十分離れてますから、どの火山からも火砕流を受けるとは考えにくい。 火山灰は原発にはあまり影響しません。
1:06 - 2016年6月10日

前にも言ったけど原発って相対的には噴火に強いんだよね。 さすが火砕流やマグマには耐えられないかも知れないけど(高さで普通は到達しない)、基本閉鎖系なので、より広範囲に広がる火山ガスも火山灰も影響は火力より小さい。 あと川内原発の周辺に火砕流やマグマが到達するような火山は存在しない
20:42 - 2016年6月9日

 これは端的に言って間違い。鹿児島湾奥の姶良カルデラでは2万5千年ほど前の数ヶ月間に相次いで大噴火が発生し,合計の噴出量は 450 km3 に達した。その前駆的な活動である大隅降下軽石だけでも100 km3 である。私のこの記事にリンクした大隅降下軽石の写真は、その露頭位置を記事中図1に赤丸で示したが、噴出源からの距離が川内原発までの距離とほぼ等しいものをウェブ上で捜して選んでいる。写真の説明にあるように、この位置で「大隅降下軽石の層厚は約 5.5m,入戸火砕流堆積物の層厚は 15〜25m」である。

 図1には入戸火砕流(シラス)の分布も示されているが、これはあくまで侵食されずに残った部分で、かつては九州南半部一帯が厚さ数m〜150 m の火砕流堆積物で覆い尽くされていた。上記写真のものは下部が弱く溶結していることから、もとの厚さは 50 m 程度はあり、その下部は 300 ℃ 程度の高温になっていたと推定される。原発などひとたまりもない。ちなみに、450 km3 の噴出物が九州全土(36,749 km2)に均等に堆積したとすると、その厚さは12.2 m になる。

 もちろん、こうなったら九州人は絶滅の危機にさらされる訳だが、原発の過酷事故が重なれば四国人も本州人もタダではすまない。「原発震災」ならぬ「原発火山災害」である。かつて、このブログでも何度か触れたが、2001年3月におこった台湾第3 (馬鞍山) 原子力発電所の電源喪失事故は、塩害による高圧送電線のショートがきっかけだった。これまでがそうであったように、次の原発事故も、まったく新しい、これまで未経験の原因によっておこるだろう。たとえ10 cm の火山灰が降り積もるだけでも、未経験である以上、何がおこるか本当のことは誰にもわからないのだ。イチかバチか、洪水は我が亡き後に来たれという思想で原発は稼働されるのだが、推進側にはその自覚がない。

----------------------------------------------------------
注1)単位質量あたりの放射能(Bq/gなど)は比放射能と呼ばれ、ウィキペディアに解説がある。そこに、比放射能の逆数(g/Bq)がリストされていて、238U は 8.06 x10^-5 と書かれている。その逆数は 12407 Bq/g (= 12.407 Bq/mg)である。これは純粋な238U についての値であるが、私の計算は 238U を 99.27%含む天然ウランについてのもので、若干小さい値となっている。

 ウェブサイト放射性物質のベクレル値では、238U 単体は12,445 Bq/g と算出される。アボガドロ数の丸め誤差や年→秒への換算などに起因して微妙な差が出る。

 なお、天然ウラン中の 234U はウラン系列に含まれる中間娘核種の一つであり、永続平衡に達しているのでその放射能は 238U と等しいが、これを独立に計算してさらに加えるというミスをしばしば見かける。

 高橋健太郎さんのこれ
ポール・サイモンの新作をめぐる原稿。S&G時代から、『時の流れに』、『グレイスランド』もさらい、19世紀のアメリカにも遡り、7000字も書きました。マイクロトーナルの解説も。 mikiki.tokyo.jp/articles/-/112…
6:06 - 2016年6月3

 高密度な7000字、やっぱりプロはすごいなあ。「ビートルズ世代」の下は「サイモン&ガーファンクル世代」? ポール・サイモンのファンとしては嬉しい記事で、夢中になって読んだ。74歳と81歳のコンビということでロイ・ハリーが出てくるけれど、懐かしい。

 ファンには周知のことで、そうでない人には無用なエピソードとして触れられてないのだろうけれど、デビューアルバム『水曜の朝、午前3時(1964)』が不発に終わって、失意の中、ポールはヨーロッパ放浪の旅に出る。その間、アルバムに収録された『サウンド・オブ・サイレンス』にエレキギターやドラムを被せてかってにシングルカットされたのが世界中で大ヒット。その時のレコーディング・エンジニアがロイ・ハリーだった。その後に出たベスト盤のライナーノーツでその時の苦労話を読んだ記憶がある。別々にマスター録音されたのを完全にシンクロさせるのに、二台のデッキのスピードを微妙に調節したと書かれていた。今はもっと簡単にできると思うけれど、当時は大変だったようだ。それでも聴き込めば、この『サウンド・オブ・サイレンス』の音にはやはり積み木細工のような危うさが残っている。

 YouTubeに置いてある64年のオリジナルヴァージョンの『The Sound of silence』の 視聴回数は6千3百万回以上で、これはコアなファンによるものか。

 「マイクロトーナルの解説」もあるけれど、ペルシャ音楽の微分音階とどう違うのだろう?

 健太郎さんの解説記事の末尾を引用:
現在行われているアメリカ大統領選の予備選挙において、民主党のバーニー・サンダース候補は、サイモン&ガーファンクルの〈アメリカ〉をキャンペーン・ソングに使っている。その曲の有名なサビ〈I’ve come to look for America〉(僕はアメリカを探すためにやってきた)そのままに、どこへ行っても、どこまで踏み込んでも、アメリカを探し、アメリカを見つけてしまうのが、ポール・サイモンというソングライターの宿命なのかもしれない。そして、『Stranger To Stranger』というアルバムもまた、そんな彼の半世紀以上に渡る旅の果てに生まれた作品であることを強く、深く、感じさせるのである。

 私はこの曲『アメリカ』を聴くと、どうしても映画『卒業(1967)』のラストシーンを思い出してしまう。花嫁を「奪還」しに来たベンジャミン(ダスティン・ホフマン)と真実の愛に目覚めた花嫁エレーン(キャサリン・ロス)は、結婚式場から二人連れだって表通りへ出て走り、そこに居合わせたバスに飛び乗る。一見ハッピーエンドのようになっているが、エンディングでは、バスが動き出して、後部座席に座った二人が次第に戸惑いと不安にかられた表情へと変わっていく様を長回しで追い、『サウンド・オブ・サイレンス』がながれるという趣向になっている。

イメージ 1

 このラストの数十秒で表現されているある種の暗転は、ポールの書いた『アメリカ』にも共通するもので、激しさを増していたベトナム戦争が当時の若者に暗い影を落としていて、祭が終わって冷静になれば未来は決して明るくなどないと気づかざるを得ない状況が暗喩となっているように感じる。テト攻勢のあった1968年のアメリカ軍の死者は1万2,000人で、ベトナム人の死者はその5倍ほどだった。

 サイモンとガーファンクルは二人の音楽性の違いから70年頃よりソロ活動に移行するが、72年には民主党大統領候補ジョージ・マクガヴァン支援コンサートに揃って登場している。Wikipediaによると、当時のマクガヴァンの選挙公約は、ベトナムからの米軍の即時撤退とそれを引き換えとする捕虜の返還、および脱走兵に対する恩赦、3年間に37%の軍事支出の削減、全国民に対する1000ドルの給付(これは6500ドルの最低収入制度の創設に切り替えられた後に公約から外された)、憲法への「平等条項(Equal Rights Amendment)」の挿入など。本選挙の結果は、現職のニクソンに得票率で60-38%(獲得選挙人数で520-17)の惨敗。

 ちなみに私は、82年の大阪球場でのS&G再結成コンサートに、後に妻となる女性と一緒に行って聴いている。演目は前年9月のニューヨーク・セントラル・パークでのコンサートのライブ盤に収録されているのとほぼ同じだった。『アメリカ』の歌詞が少し変えられていたのも同じ。当時、そんな話をしたら年長のビートルズファンから少女趣味だと言われたことがある。これは少女を小バカにしているのだな、きっと。天の邪鬼の私は、いや、S&Gのファンなのではなくて、ポール・サイモンのファンなのだとは、敢えて言わなかった。と書いて思い出したのだけれど、ここに書いた大庭里美さんもS&Gの、特にポール・サイモンの大ファンだった。

 この時のコンサートの様子はYouTubeにいっぱいアップされている。

 東電原発事故の放射能によって汚染された地域における被曝の健康影響は深刻である、あるいはこの先深刻な影響が出る可能性があると主張すると、それは差別に繋がるのでそういうことを言ってはいけないと主張する人たちがいる。何を言っているのか私にはまったく理解不能である。その論拠として広島・長崎の原爆被ばく者達への差別が持ち出される。そうした差別があったことは周知の事実で、『はだしのゲン』でも描かれているし、次のブログ記事でも紹介されている通りである。


 ここには、差別を恐れて被爆者健康手帳をとらない被爆者が多くいると書かれている。実際、私の義父と義祖父は長崎で被ばくしたが(注1)、二人とも被爆者健康手帳をとらなかった。被爆者達は、生活苦や病魔に加え、そうした差別とも闘わねばならなかったのだが、その過程では、決して放射線被曝による健康影響は小さいと主張されたのではない。被曝影響があってもなくても、人を差別してよい理由など存在しないと、くり返し粘り強く主張されてきたのである。

 上記ブログ記事には「広島と長崎から遠いほど差別は厳しい」とも書かれているが、冒頭に書いたようなおかしな事を言う人たちは、広島・長崎でそうした差別を克服するためにどのような努力がなされたのか、何も知らないのだろう。だいたい、「黒人は肌が黒いことで差別されているのだから、黒人の肌が黒いことを認めてはいけない」みたいなロジックにしか聞こえないから、次のような批判もおこる。

被曝や被爆により身体的な悪影響が生じ得ることが科学的に明らかになったら被爆者や被曝者を差別する気でいっぱいの皆様が、「そのような差別があってはならないというのであれば被曝や被爆により身体的な悪影響が生じ得ると言うこと自体否定するんだな」と凄んでいる状況ですね。

 「皆様」は、自分はそうした差別はしないが世の中にはちょっとしたことですぐに差別をする人が溢れているという現実があるのだから、そうした差別意識を刺激するようなことは控えるべきだと主張しているのかもしれない。しかし、「正当な理由があれば差別をしても良い」という思想そのものと闘わずして差別などなくならないのは自明のことではないのか。

 ちょっと考えればおかしいと誰でも気づくようなことを平気で主張するのは恥ずかしいことである筈だ。にもかかわらず敢えてそのようなこと言ったりするその裏には、いったいどんな魂胆があるのかと勘ぐりたくもなる。

 そうしたおかしな事を主張している「皆様」は、総じて東電原発事故による被曝の健康影響は「九分九厘ない」と考えているようである。その理由として、福島で居住が認められている地域の追加被曝線量は自然放射線によるレベルに近いことが持ち出される。しかし、自然放射線が人の健康を害していることは、例えばWHOが2009年に公表したラドン被曝への警告文からも明らかになっていることである。


その本体部分の邦訳は「国立保健医療科学院」のサイト内に置いてある以下の資料で読むことができる。


そこでは、キーメッセージとして以下のことが掲げられている(注2)
疫学調査は、住居のラドンが一般集団の肺がんリスクを増加させることを確認した。ラドンによる肺がん以外の健康影響に関しては、一貫した結果はえられていない。
全肺がんのうちラドンに関係したものの割合は、国のラドン濃度平均および計算法の違いによって、3%から14%の間と評価されている。
多くの国でラドンは喫煙に次ぐ最も重要な肺がん原因である。ラドンは、生涯非喫煙者であった人々より、喫煙者あるいは過去に喫煙していた人々で肺がんを誘発していると思われる。しかしながら、ラドンは、非喫煙者の肺がんの第一義的な原因である。
リスクが無くなるラドン曝露のしきい値濃度は知られていない。例えラドン濃度
が低くとも、肺がんのリスクは少し増加する。
大多数のラドン誘発肺がんは、高濃度のラドンよりは低ないし中濃度のラドン濃度での被ばくが原因である。これは、一般に少数の人々しか高濃度の住居ラドンに被ばくしないからである。

 当然、ラドン以外の自然放射線もなんらかの害があると考えた方が良いだろう。原因不明の癌の無視できない割合が自然放射線によるものである可能性だってあるだろう。福島を初めとした、東電原発事故による放射能の汚染地域に住む人々は、それにプラスして無用な被曝を強いられている訳である。いまだによくわかっていない初期被曝のことを考えると、個人の累積線量が不当にも高められてしまったそれらの人々は、これ以上1mSvだって無用な被曝をしないよう考慮されるべきなのである。

 事故から5年が過ぎた今でも汚染地域に住み続けることを無理強いされている人々の健康を心配するのは、人として当然のことであって、それを差別に繋がるからという訳のわからない理屈で非難するのは何の目的があってのことなのか。取り返しのつかない無用な被曝をさせてしまった罪を逃れるためなのか。もはや、そうした理由くらいしか思い浮かばない。

-----------------------------------------------------------------------
注1)義祖父は長崎の造船所に勤めていて、原爆が落ちた時には地下室にいて助かったが、妻(私の義祖母)と娘を亡くしている。義父は二日後に入市被ばくをした。二人とも60代前半に癌で亡くなっている。

注2)国立保健医療科学院の「屋内ラドンと肺がんに関する国際的な疫学研究の概要」と題するサイトページには、補足として次の記述がある。

 今世紀になり、それまでに実施されてきた肺がんと屋内ラドンに関する症例対照研究のデータを統合して、再解析する研究が相次いで実施されました(北米プール解析、北米・中国プール解析、欧州プール解析)。この結果、屋内ラドンの濃度レベルであっても、ラドンは有意に肺がんのリスクになっていることが判明しました。屋内ラドンが100Bq/m3増加するたびに、喫煙の有無にかかわらず、肺がんのリスクは10〜20%程度増加します。詳細は、WHOラドンハンドブックの第1章を参照して下さい。
 
 これらの新知見を背景に、国際保健機関(WHO)や国際原子力機関(IAEA)や国際放射線防護委員会(ICRP)は、ラドンの参考レベルを改訂し始めました。具体的には、WHOは屋内ラドンの参考レベルを100Bq/m3未満(それが実際的でない地域においても300Bq/m3未満)に改訂しました。

 日本の各地における居住スペースのラドン濃度は日本分析センターによる測定結果が年報 に記載され、公開されている。日本家屋は通気性が良いために世界の中ではラドン濃度の低いグループに属するが、床下の構造に起因するばらつきが大きく、壁材に石膏ボードを用いているところでは極端に高くなっている。


.
さつき
さつき
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事