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オバマ大統領 広島訪問を日本政府に伝達(NHK NEWS WEB)
5月10日 20時53分
(以下、略)
同記事は、安倍総理大臣がオバマ大統領の広島訪問に同行する方向で日程調整に入ったと伝えている。先月4月11日に広島で開かれたG7外相会合では、ケリー国務長官がアメリカの国務長官として初めて広島平和記念資料館(原爆資料館)を訪れている。
さて、このケリー氏が原爆資料館を訪問した際に現館長らが案内しようとしたら日本政府の担当者がそれを拒否し、案内はもっぱら岸田外相によってなされたこと、また、内部では報道陣による取材も拒否されたことをどれくらいの人が知っているだろうか。
ケリー氏は、「すべての人が広島に来るべきで、アメリカ大統領にもその1人になってほしい」と述べたとされる。アメリカ人の多くが原爆投下は戦争の早期終結のために必要だったと考えていることは周知のこと。岸田外相がすばらしい解説をおこなってケリー氏を悔い改めさせたのだと考えるのは、あまりにお目出たい発想であろう。オバマ大統領の案内役は安倍首相がつとめることになるのであろうが、やはりここは被ばく二世でもある志賀賢治館長による案内を働きかけるべきだろう。「原爆資料館長といえば、国内外の来賓も案内する「ヒロシマ」の顔」なのである。
ところで、資料館の東館の常設展示室が2014年9月1日から改修工事に入っていて、今年3月にはリニューアルオープンの予定であったのに、工事が長引いてオープンは10月に延期されたとのこと。これはちょっと解せない。なぜなら、東館には極めて重要な展示があり、その展示をとおして次のようなことが説得的に語られているからである。
つまり、アジア・太平洋戦争中、アジアの多くの国々で日本軍による侵略と残虐行為がおこなわれていたこと、原爆投下前の広島が軍都として栄えていたこと、トリニティー実験場での最初の原爆実験は1945年7月16日であったが、この時点で既に沖縄戦は終結しており、日本軍は主力艦のほとんどを失って反撃能力は皆無に等しい状況に陥っていたこと、トリニティ実験からからひと月もしないうちに、いわば大慌てで広島・長崎に原爆が落とされたのは、ぼやぼやしていたら原爆を落とす前に日本が降伏してしまう「おそれ」があったからである。戦後の世界情勢の解析から、アメリカとしては、戦争終結の前に世界に原爆の威力を見せつけておく必要があった。原爆を使用する「チャンス」はこの時期をおいて他にはない。原爆投下の命令が下されたのは8月2日のことである。原爆の威力を見せつけるため、原爆投下の候補となった都市は通常兵器での爆撃を控え、無傷のまま残しておく必要があった、等々。
アメリカのこのような思惑によって、広島・長崎の20万の市民が一瞬のうちに絶命させられたのである。もちろん広島と長崎が標的とされたのは、軍都としての性格から一般市民への無差別攻撃が多少とも正当化できると考えられたのであろう。
原爆資料館は東館の1階から入場して二階へと巡り、渡り廊下を経て本館展示場へ至るようになっている。東館の、特に1階から入場して最初からしばらくの間の展示物をつぶさに見てまわれば、およそ上記のようなことが理解されるようになっていた。3月にリニューアルオープンの予定であったのが10月に延期されたのは、実は、G7でケリー国務長官やオバマ大統領がここを訪れるのに「配慮」したためではないのかとの疑念は拭えない。本来の展示のままでは、岸田外相や安倍首相がまともに案内することなど不可能だろう。
私は海外からの客人には、日程の許す限り広島を訪れ、原爆資料館を見学するよう勧めてきた。実際に見学した者は例外なく、感嘆のうちに多くを学んだことを語ってくれた。資料館内でよく目にするのは、一つ一つの展示物を食い入るように見つめ、熱心にメモをとる海外からの訪問者達の姿である。可能なら10月のリニューアルオープンを待っての訪問を勧めたい。海外からの訪問客とは対照的に、足早に見てまわる日本人修学旅行生らの様子を見ていると、学校教育の場における「平和教育」の実効性に大いに疑問を抱かざるを得ない。
私はまた、語り部の被ばく者達による「被ばく講話」を幾度となく聞いてきた。のべ人数にするとおよそ10人くらいになるだろうか。その中には館長経験者も含まれるが、その一人から聞いたことで記憶に残っているのは、被ばく者の多くがなぜ被ばく体験を語りたがらないのかということについてである。館長としては、語り部になってくれるよう被ばく者達を説得して回るのだが、彼自身が口を開くのに大きな飛躍が必要であったのだ。
筆舌に尽くしがたい悲惨な目にあって思い出したくないと言えばその通りなのだが、その内実、生き残った被ばく者の多くは、彼ら自身、瀕死の者を見捨てる、生き残るために弱っている者を足蹴にする、皮がズル剥けになった死体を踏みしだいて彷徨う、等々の、通常であれば人にあるまじき行為として指弾されるような修羅場をくぐり抜けて生きながらえたという負い目があるのだ。館長経験者の一人は、それまでの冷静さとはうってかわり、嗚咽をまじえながらそう語ってくれた。掛ける言葉がみつからなかった。
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こんな医者はイヤだ(その1)
Wedge Report:子宮頸がんワクチンとモンスターマザー
2016年04月22日(Fri) Wedge編集部,村中璃子
本人の取材ができていないのに伝聞だけで特定可能な個人をひどく貶める記事を公開するなんて、とても医者のやることとは思えない。ゴシップ週刊誌並の記事だと思う。
こんな医者はイヤだ(その2)
こんな医者はごく例外的な存在だと信じたい。ワクチンの必要性を訴えるのはいいのだけれど、副作用として認められている例もあるのだから、保障や救済を求めるのは当然の権利でしょう。
気になること
ちょっと気になっているのは、子宮頸がんワクチンにアルミニウムが含まれているということ。
アルミニウムは地殻中では酸素、ケイ素についで3番目に多い元素であるにもかかわらず生体中で何の役に
アルミニウムの現在の海水中の存在度は大変低く、0.000030 mg/kg、すなわち 30 ppt に過ぎない。生体必須元素である鉄も同程度であるが、古海洋において鉄ははもっと高濃度だったことが分かっていて、岩石中には易溶性の二価鉄も多く、希には自然鉄(金属鉄)さえ存在する。そのため陸水中の溶存鉄の濃度は比較的高い。一方、アルミニウムは陸水中の溶存濃度も極めて低く、溶けにくいために風化残留物としてアルミ鉱石のボーキサイトが生成される。
金属アルミニウムは酸性の水に溶けるが、地球上にまとまった量の金属アルミニウムが出現したのは人類が電気分解を始めた近代以降であって、生命は生まれてこの方アルミニウムを生命活動に利用することが不可能だった。
元素の中にはもともとの地殻存在度が極めて低いために陸水や海水中の溶存濃度が極端に低いものがある。このような元素(原子番号が奇数の微量元素)には生体に毒性を示すものが多い。つまり、
知人の一人は、ある種のアルツハイマー症患者の脳にアルミニウムが濃集しているということが発覚する以前からアルミニウムの摂取を極力避ける生活を心がけていた。例えばアルミ缶には手を出さず、ビールはもっぱら瓶ビール。アルミ製の鍋や皿なども決して使わない。私はズボラで缶ビール大好きなのだが、さすがにアルミニウムを主成分として含むとなると、こんな薬はイヤだ、となる。そうなると、他にアルミを含む薬やワクチンがないか気になる。どうやって調べたら良いのだろう。
以下、追記(5月6日)
ワクチンのアジュバントと添加物のページによると、ほとんどのワクチンにはその効果を強めるためにアジュバントと呼ばれる補助剤のようなものが付加されているとのこと。その多くがアルミニウムを含んでいるようだ。それぞれに臨床試験を経て安全であることが確かめられている筈のものであることは理解できるし、公衆衛生上どうしても必要なものもあるであろう。
しかし、臨床試験で確かめられているのが単独での短期的な安全だけだとしたら、何本ものワクチンを接種したときの相乗効果であるとか、長期的な影響であるとかの心配は残る。アルミ化合物に代わるものを開発するのは難しいのだろうか。
こんな医者はイヤだ(その3)(5月15日追記)
この情報は医師本人の発言ではなく伝聞なので、仮にその通りであったとするとという注釈付になるけれど、何が何でもワクチンのせいではないとの強い思い込みがこの医師を支配しているように感じる。科学者失格である。
医は仁術と言われるが、その意味では医師不適格とも言えるだろう。
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昨日(4月14日)21時26分頃熊本地方を震源とするマグニチュード6.5の直下型地震が発生した。震源は北緯32.7度、東経130.8度、深さ11 kmで、気象庁はこの地震を「H28年熊本地震」と命名したとのこと。震央に位置する益城(ましき)町では震度7、鉛直方向の最大加速度1580galに達し、死者9名、負傷者1,000名以上となっている模様。被害の全貌がわかるにはもうしばらくかかるであろう。妻の友人が震央近くに住んでいて、無事だと確認できたのは丸1日が経過したつい先ほどの事である。この地震の報道やWeb上での発言に関連していくつか気になることがあったので、以下にメモを残しておく。
1)活断層の活動セグメント
気象庁等の発表によると、この地震は日奈久(ひなぐ)断層帯と布田川(ふたがわ)断層帯の接合部付近を震源として発生しているそうである。マスコミの報道でしばしば引用される活断層分布図は、地震調査研究推進本部によるものであるが、説明書を良く読めばわかるように、布田川断層帯の西側3分の2は地表活断層の存在しない実体のはっきりしないもので、重力異常などから「地下活断層」の存在が想像されているだけのものである。そのため、図ではその部分が幅の広いグレーの帯として描かれている。下にその図の一部を拡大して示した。
図1 地震調査研究推進本部による布田川ー日奈久断層帯の分布図
ところがこのグレーの部分を、他の実体のある活断層より太い濃い赤色で塗色した図が出回っている。これではまるでそちらの方が活断層としての「実力」が上であるかのように誤解されない。昨日来、誰か注意する専門家はいないのかと不思議でならない。
活断層の正確な分布図として統一されたものは存在しないが、最新のデータをまとめたサイトとしては産総研地質情報総合センターの「活断層データーベース」がベストであろう。同センターが運用している地質図Naviでは、そのほとんどを地質図に重ねて表示させることができるが、孤立した活断層で10km未満のものは割愛されていることがある。活断層研究のコミュニティはいくつか異なるものがあって、たとえば防災科学技術研究所が運用しているHi-net高感度地震観測網の公開サイトが使用している分布図は、産総研の編集したものと異なっている。
下に示す図は、地質図Naviによる地質図に活断層と重力異常のコンターを重ね、さらにHi-net の余震分布範囲を図示したものである。
図2 産総研地質図Naviによる地質図と余震分布域
この図をみると、余震分布から予想される震源断層は布田川断層帯から日奈久断層帯へとゆるく屈曲しながら連続して動いているように見える。それが事実であるなら、従来の活動セグメントの認識は、地震調査研究推進本部よるものも、産総研によるものもの、どちらも正しくないということになる。活断層の活動セグメントの認識はそれくらい難しく、これまで出回っている図もあまり当てにはならないと考えた方が良いだろう。
なお、2000年6月8日にほぼ同じ場所でM4.9の地震がおこっており、やや詳しい解析もなされている点は注目して良いかもしれない。
2)布田川ー日奈久断層帯の地体構造論的位置づけ
今回動いた活断層を中央構造線の一部とする報道があったが、その認識は大変難しい問題を多々含んでいるので、整理しておきたい。中央構造線の多義性の問題については、こちらでも簡単に触れたが、九州に至るとさらに複雑化する。以下に示す図3は、四国西端から九州にかけて分布する構造線を図示したものである。
図3 九州における構造線の分布
中央構造線の発生時期は白亜紀の中頃までさかのぼることがわかっているが、それより古い可能性もあって、まだよくわかっていないことが多い。いずれにしても、四国から紀伊半島にかけての部分では、西南日本外帯の三波川変成帯(南側)と西南日本内帯の和泉層群(北側)が接している。三波川変成帯は白亜紀後期に海洋プレートの沈み込みによって形成された低温高圧型の変成帯で、和泉層群はやはり白亜紀後期に中央構造線の運動によって形成された横ずれ堆積盆(pull-apart basin)の浅海・汽水相の砂岩主体の地層である。
四国の和泉層群の西端部は愛媛県伊予市に分布することが知られているが、その西方延長は伊方原発の建設時および最近の再稼働申請に向けた調査によって、佐多岬の北岸をかすめた海底下に伏在していることがわかっている。佐多岬の陸上部は全て三波川変成岩が分布しているので、図3に示すように、この部分の中央構造線は伊方原発をかすめた沿岸部付近を通ることになる。
ところが、九州へ至ると泉層群の西方延長と考えられている後期白亜紀の大野川層群が臼杵市の辺りに分布し、その北側の佐賀関半島に三波川帯の結晶片岩類が分布し、南北が逆になっている。両者の間には南傾斜の佐志生(さしう)断層があって、これは、本来低角度で北へ傾斜していた中央構造線が褶曲によって南傾斜になった部分と考えられている。佐賀関半島の西方で三波川帯の延長は途絶えるが、佐多岬から佐賀関半島へ至る三波川帯をそのまま西へ延長した長崎に白亜紀後期の結晶片岩の孤立した分布が知られており、これを三波川変成岩に対比する考えがある。この場合の中央構造線は、おおよそ、松山ー伊万里構造線付近を通ることになるが、これ自体は実体のはっきりしないものである。
一方、臼杵の大野川層群を切って臼杵川火成岩が細長く分布する部分を構造線ととらえ、その西方延長が八代地域の秩父帯と肥後帯の境界部に至るとの考えから、古くより、臼杵ー八代構造線が提唱され、これが本来の中央構造線であるとする考えも根強く残っている。さらにまた、中央構造線活断層系と一括されるものは、伊予灘セグメントまでははっきりしているが、伊予灘においては、本来の中央構造線から北へ数km 離れたところを通っている。別府湾の活断層帯を経て、その西では大分ー熊本(構造)線が提唱されており、九州における第四期の中央構造線であるとする考えもあり、その西方延長がこの度の布田川ー日奈久断層帯へ連続するとされている。ただし、大分ー熊本(構造)線もまた、実体のはっきりしないものである。
このように、九州における中央構造線は、その歴史性の複雑さからまだわかっていないことが多く、定義さへはっきりと定められていないので、「中央構造線」という言葉を用いた議論には固執しない方が良いだろう。
以下、追記(4月16日21:00)
上記は15日夜の10時頃書き始め、四苦八苦しながら日付が変わって午前1時05分にアップ完了。ところがその20分後にM7.3の地震がおこり、こちらの方が本震で、それまでの地震は皆前震ということになってしまった。さらに朝起きてみると阿蘇より東方および大分県の湯布院の辺りに飛び火したように震源域が拡大している。これは全く予想外のことであった。これらの震源域を防災科研のHi-net観測網で見てみると一続きの帯状に連なって、九州が真っ二つに割れてでもいるかのように見える。中央構造線のからみで言えば、上記図3の大分熊本線に沿っているようにも見える。その後、産総研の地質図Naviの「データ表示」の項目に「2016年熊本地震」が追加されているのを知り、震央をプロットしてみると、やや詳しい分布がわかった。その図を編集したものを以下に示す。
図4 産総研の地質図Naviによる2016年4月16日17:00頃の震央分布図
この図をみると、阿蘇の東までは大分ー熊本(構造)線に近いところを通っているが、大分県の地震は「別府−万年山(はねやま)断層帯」と呼ばれる別系統の活断層帯にあたることがわかった。いわゆる誘発地震(の連動)として説明できるものだと思う。今夜は大雨の予報もあるが、これ以上被害が拡大しないよう願うばかりである。
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タイトル中poohさんの名前の綴りを誤ってしまいました。
大変失礼しました。訂正し、お詫びいたします。
前回の記事に対してpoohさんから下記の批判記事をトラックバックいただいていました。
認識の異なる点が多々あると感じましたので、以下、お返事いたします。
1)「ニセ科学撲滅運動」とは
山形大学の天羽さんによる「ニセ科学まとめ」にある「ニセ科学とは何か」に次の記述があります。
その下には菊池誠さんによる定義のようなものが引用されていますが、私自身は、前回の記事に引用した「疑似科学」とはなにか(2008/6/23)の冒頭部分において、「『科学を装い、基本的な部分において虚偽の内容を主張するような科学に叛く行為』を、大阪大学の菊池誠氏の定義に従って『ニセ科学』と呼ぶことにしよう」と書いています。かなり端折った書き方になっているのは、この語の有用性に<多少の>疑問を持っていたからで、これ以降も「ニセ科学」について掘り下げるような考察はしていません。ちなみに、私のこの記事の一つ前のエントリー:「水からの伝言」のススメ(2008/5/29)には、「私は、これが『疑似科学』だからという理由で批判するのではない。これは詐欺だから批判するのだ。」と書いていて、ここでも、「ニセ科学」という語の使用を(意識的に)避けています。かと言って、「ニセ科学批判批判」に取り組んできたのでもありません。
このような立ち位置の私にとって、「ニセ科学批判」とはつまり、「ニセ科学」という語を用いて何かを批判する行為のこと、というほかない訳です。「ニセ科学」と同じ意味で「偽科学」や「疑似科学」という語を用いる場合も含めて良いでしょう(私の中では「ニセ科学」と「疑似科学」は別物ですが)。
では「ニセ科学撲滅運動」とは何か。「撲滅」とは、どんなに小さなものでもしらみつぶしにやっつける、というほどの意味で使いました。そう間違った用法ではないと思いますが、これをネガティヴな文脈で用いたのは、明らかに行き過ぎだと思われる例をいくつも見てきたからです。例えば、米のとぎ汁でこしらえた乳酸菌風呂を個人的に楽しんでいる方に対して、学術雑誌に論文を書いてからやれという、意味不明な批判を執拗にする人がいる。
まあ、その他にもたまりかねるようなことがいろいろあって書いたのが、奇跡のトマト(追記あり)という記事です。案の定と言うべきか、同じ言葉を用いた批判をたくさんいただきました。その時に浮かんだ言葉が「運動」であった訳です。
団体戦?
さて、poohさんは、
と書いていますが、この「コメントスクラム」にリンクされている記事を読んでも、なんのことか思い出せません。そこに寄せられた152件のコメントをざっと見渡したのですが、実際、私は一度もコメントしていません。「彼我を陣営に分け、団体戦に持ち込もうとする」ことの証拠として持ち出されたのでしょうが、私とは無関係なことですね。どのような意図でこれを持ち出されたのか理解に苦しみます。
poohさんは、
とも書かれている訳ですが、そもそも多くの人は個別の問題で意見が一致することもあれば異なることもあるのが普通でしょう。「内部で小さな陣営に分裂し」の「内部」が、全ての問題で意見が一致していた筈の空想上の組織としてpoohさんの脳内に存在していたのだと読み解かれます。
メルトダウンについて
poohさんは、菊池誠さんの「メルトダウンじゃないだす」発言をめぐる私の批判に対して、
と書かれていますが、これは、何が「誤り」なのかについて論点がずれています。菊池さんが認めたのは「崩壊熱ではメルトダウンしない」はメルトダウンの定義問題ではなく単なる「勘違い」であったということですね。当然ながら、単なる「勘違い」を「ニセ科学」と言ったのではありません。
菊池さんがよく話題にする映画「チャイナシンドローム」の公開直後にTMIのメルトダウン事故がおこったのは有名な話ですが、既にその3年前に出版されていた武谷さんの『原子力発電』(岩波新書、1976)に、冷却ができなくなって「空焚き」になった商用原子炉の、メルトダウンと放射性物質の大規模放出に至る経過予測が詳しく書かれています。そもそも水を中性子の減速材とする一般の商用発電炉では、事故で冷却できなくなったとき、たとえ制御棒の挿入に失敗したとしても原子炉内の水位が下がって燃料棒が露出すると、その露出した部分では核分裂反応は停止するので、もっぱら崩壊熱と燃料棒ケースの水との反応熱によってメルトダウンがおこる。そうしたこともちゃんと説明されています。
つまり、菊池さんは「崩壊熱でもメルトダウンすることがある」との考えに改められたようですが、東電原発事故のケースでは「メルトダウンはむしろ臨界を伴わずにおこる」と改めるべきでしたね。このことは、3.11の前から原発の危険性に関心を寄せて情報収集を続けてきた人々の間では周知のことであったようです。東電原発事故も実際にほぼ武谷さんの本に書かれている通りに進行しました。
いずれにしても、菊池さんとして物理学者にあるまじき無知が露見したと自覚されたのなら、そこで黙ればよかっただけなのです。ところが、次々と議論を誤った方向へ誘導する行為にでられました。たとえば「melt downはずっとカジュアルな言葉だと知った」として、次のtweet
(2011-10-05 19:37:01)
"melt down" はもちろん「融かす」や「駄目にする」の広い意味に用いられますが、ひと綴りの "meltdown" は "melt down of core" の意味で用いられる(そこから転じて株価の大暴落などの破局的な崩壊現象に用いられることもある)言葉です。これをカタカナ語として訳したのがメルトダウンであり、その議論をしていた筈です。「メルトダウン」がいくらか幅のある使われ方をしていたとしても、燃料棒の融解を核とする一定の事象を表現した業界用語として流通していたことは明らかです。たとえ「炉心溶融」と表現したところで、いくらか幅のある使われ方をしていたという点では事情は同じです。
(2011-10-05 11:31:47)(時系列としてはこちらが先)
「青」が "blue" と違うのは、『青」は"blue"の訳語として作られたのではなく、元から日本語として存在していたからですね。東電は「メルトダウン」という語を使っていないというのも噓です。上杉さん叩きは歴史の捏造です。いちいちのつっこみはしませんが、とにかく、ほとんどのtweet がデタラメです。何故?
(2011-10-06 03:24:04)
この燃料の融解こそが、ベントが不可避になる時に大規模な放射性物質の放出へと繋がる最も憂慮すべき事象である訳で、それがおこる可能性があるとしたら事前に強い警告を発しなければならない性質のものです。多少とも知識のある人々にとっては、メルトダウンがおきたTMI事故を超えるような事態になるのかどうかが電源喪失の第一報が届いた時点での大きな心配事だったと思います。
いくつかのマスコミは12日になって、1号機建屋が爆発するより前に「炉心溶融(メルトダウン)」という言葉を使い始め、1号機が爆発すると、ほとんどのマスコミが「メルトダウン」を報じるようになります。識者の多くはTMI事故を超えたと確信したでしょう。枝野さんが13日の会見で「炉心溶融だがメルトダウンではない」と言ったのは、1号機ではなく3号機についてのものでしたが、既に信用されなくなっていたのではないでしょうか。
(2016-02-20 03:11:35)
(2016-02-24 22:02:16)
(2016-02-24 22:14:59)
今年になってからのこれらの tweet は一見支離滅裂ですが、言葉の定義問題に矮小化して少しでも自らの失地回復を果たそうとの努力としては一貫しています。菊池さんは科学者であり、ニセ科学批判の旗頭であった訳ですから、「科学を装う」どころではないですね。その方が「東電原発事故におけるメルトダウン問題」でデタラメを書き続けている訳ですから、これをニセ科学と言ったのです。
私も含めて、この問題に多くの人々が拘りを持つのは、メルトダウンが何時の時点でどれくらい進行していたのか、ベントや水素爆発とのタイミングはどうだったのかといったことが、データーの不完全な初期の放射性物質の放出量の見積もり、転じて、初期被曝の見積もりにとって、さらに、既に再稼働し、あるいは今後再稼働されようとしている原発の事故時の避難計画の中身をどうすべきかという議論にとっても重要な意味を持つからです。
東電原発事故の最大の特徴は、一度に三つの原子炉がメルトダウン事故をおこしたということにあるでしょう。事故時に炉心に蓄積されていた放射性核種の存在量(炉心インベントリー)は、三機を合わせるとチェルノブイリの1.9〜2.5倍に達するそうです。希ガスはほぼ100%放出されたとの見積もりですが、その他の核種の放出割合は、メルトダウンの規模や格納容器の破損の程度、ベントのタイミングなどによって大きく異なってきます。ヨウ素などの揮発性の高い元素の放出量は、場合によってはチェルノブイリを超えることだってあり得た訳ですが、最初期のデータが圧倒的に不足しています。
このことは当然、福島での甲状腺癌のスクリーニングの結果をどう評価するかという問題とも絡んできます。東電としては、訴訟沙汰になるのを恐れて、被曝のせいで甲状腺癌が多発したとは認めたくないでしょう。これまでも散々「隠蔽」という手法で「ニセ科学」をおこなってきた東電が、放射能の放出量をできるだけ小さく見せようとするのは自然なことのように思えます。また、これまで散々放射能安全論をふりまいてきた論者にとっても、(予想外に)被曝の影響が大きいと分かるような事態は避けたいのだろうなと、東電の「ニセ科学」を弁護する菊池さんをみていてそう思います。
最後に
poohさんが私の「以前からのスタンス」をすっかり正しく理解していらっしゃることを前提に意味を持つ主張ですが、この「盗っ人猛々しい」という表現に、この方の強い正義感がにじみ出ていますね。
ちなみに、原発は「ニセ科学」かという問題については、天羽さんによる「原発の問題がニセ科学の問題になりにくいわけ」という記事がありますが、論評は、今は控えておきましょう。
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毎年3月11日になると、この日は東北の大震災で亡くなった大勢の方々を静かに悼む鎮魂の日なのだから、福島の原発事故のことをことさらに採りあげて反原発運動に利用するのはけしからん、みたいなことを言う人が湧いて出るようなのですが、そうした物謂いが、まるで原発の過酷事故などなかったかのような言葉を吐き続けるのを日課としている人々から発せられているのをみると、やはりそれは、被災者に寄り添ったフリをしているだけなのだと思わざるを得ません。直接的にせよ間接的にせよ現実におこった悲しい出来事に接して私達が涙するのは、その悲しみを我が身に引き寄せつつ、本当に寄り添うことなどできないと知ってもいるからでしょう。それでももしかしたら、同じ悲しみが再びこの地上を襲うことのないようにという願いを共有することだけはできるのかもしれません。
「おのれの過去を正しく語り得ぬ者は、それをくり返すがごとく罰せられる」という西洋の諺を思い出します。いろいろな事で私達がくり返し罰せられているとしたら、それはまさしく、自らの過去を正しく語り得なかったからに違いありません。私達は何を間違ったのか、誤りの本質は何だったのか、一つ一つの事実をつぶさに検証し、再び同じ過ちをくり返さないように努めることだけが、残された者として寄り添うことを許される唯一の道なのではないかと思います。
一つ一つの事実をつぶさに検証するということは、自然科学に限らず社会科学や人文科学も含めた意味での科学の最も基本的な作法であるでしょう。私は、「科学的」とは「証拠をもとに何事かを語ろうとする姿勢・態度のこと」と定義します。全く荒っぽい定義なのできっと反論が多いことと思いますが、もちろん、証拠なしに語られる言説など無意味だと言いたいのではありません。例えばウィトゲンシュタインは、「哲学とは、さまざまな科学による証拠なしに真であると想定される、すべての原始命題である」と言ったそうで、私も、そこに哲学の真価があると考えています。ただ、証拠に基づかない、あるいは事実を蔑ろにするような物謂いは、「科学的」とはほど遠い態度であることだけは確かでしょう。
この3月11日にこのようなことを書いているのは、他ならぬ「科学者」の中に、そうした科学に反する言説を流布している人々が少なからず居て、再び同じ過ちをくり返さないための努力に無視できない悪影響を及ぼしていると考えているからです。私がこの5年間をふり返って深くうなだれる出来事の一つが、まさに科学の啓蒙を率先して行ってきたグループの中に、そのような科学に反する潮流が生まれたことでした。この、科学の啓蒙を率先して行ってきたグループのことを「ニセ科学批判クラスタ」と呼ぶ人もいるようですが、彼らがおこなってきたことを、ここでは「ニセ科学撲滅運動」と呼ぶことにしましょう。
正直に言えば、当初私はこのニセ科学撲滅運動を科学の啓蒙運動という側面から好意的に見ていました。その担い手達については、世にはびこる「科学を装った詐欺商法」と闘う正義の味方というほどの認識だったのです。私自身、実際に教え子や親類の中にそうした詐欺商法の餌食にされた者が出てきたので、現実問題として闘わざるを得ない局面もありました。ただしそれはあくまで詐欺商法との闘いであって、ニセ科学撲滅運動として取り組んだのではありません。スティーヴン・シェイピンの『科学革命とはなにか』(注1)を読んで、「社会の中で生かされている科学」という発想に拘りを持ち始めていた時期でした。その頃、このブログに疑似科学やニセ科学などについての雑感めいたものを書いたことがあり、それを読み返すと、この「運動」の中に何か危ういものを感じていたことを思い出します。
このブログの「「疑似科学」とはなにか」(2008年6月)に次のように書いています。
そして最後を、「なお、ここでは「科学主義」を擁護する主張をしたが、そのうち「科学至上主義」を批判する論考をまとめる予定である」と書いて締めくくっています。そうしてまとめたのが、水俣病のこと(注2)でした。今まさに、水俣病の被害を拡大した過ちが、その過去を正しく語り得ぬ者達によって再びくり返されようとしているように思えます。
私がニセ科学撲滅運動と決別するターニングポイントとなったのは、彼らの中から、福島の原発事故に際してSPEEDIが活用されなかったことを擁護する論調が一斉に湧き起こったときでした。SPEEDIの運用指針に反する行為を正当化する論拠の一つとして持ち出されたのがパニックを誘発するからというものでしたが、どのような証拠を基にそうしたことを主張しているのか、全く理解不能でした。
前回の記事に書いたように、パニックを避けるために一番やってはいけないことが情報の秘匿や制限であることは、福島の原発事故がおこるよりずっと前からの、心理学の集団実験などをもとにした専門家の一致した見解です。静岡大学防災総合センターの小山真人さんが「パニック神話に踊らされる人々 福島原発災害にまつわる不当な情報制限」と題する記事を公開されていることを最近知りましたが、必読です。
同じことはメルトダウンについての楽観論の流布についても当てはまります。事故直後、停止した原子炉に海水を注入して冷却する努力が続けられていて、それがどれくらい功を奏しているのかよく分からない段階で、外部の誰にも確実なことが言えなかったのは事実でしょう。しかし、メルトダウンが今そこにある危機であったことは、1979年のTMI事故のことを少しでも知っている者にとっては常識的なことだった筈です。にもかかわらず、このときもまたパニックを誘発することへの懸念が語られました。
例の「メルトダウンじゃないだす」発言を巡るcavu311さんのこちらのTogetter を読むと、まさにこれは私の定義する「疑似科学」よりもタチの悪い、「ニセ科学」そのものです。科学にとって言葉の定義は一義的に重要で、危機的状況下で定義の曖昧な言葉を用いてならないのはなおさらでしょう。にもかかわらず、判断を誤ったことの言い訳として、定義のはっきりしない言葉だから云々というのですから、開いた口が塞がりません。今でも彼らは、「炉心溶融とメルトダウンとmeltdown は違う」と主張しているようですが、TMI 原発事故を総括 したアメリカの専門家に、これを英語でどう伝えるのか知りたいところです。
福島では、大熊町、双葉町、浪江町を中心に帰還困難区域があり、その周囲には居住制限区域があり、さらに避難指示解除準備区域があり、今も全県で9.9万人ほどが避難生活を余儀なくされているとのことです。それはもちろん、原発事故によってばらまかれた放射性物質による被曝が人体に有害であり、危険であることがわかっているからで、そのことによって避難生活を余儀なくされていることは原発事故によるまぎれもない実害です。
しかし、9.9万人の中には避難指示がなされなかった区域から自主的に避難している人々も含まれており、そうした人々に対するケアや保障はほとんどなされていないのが実情です。しかるに、現状を正当化して、本来不必要な避難であり、そうした不幸の一切は被曝の不安を煽って反原発運動に利用しようとしている勢力のせいであると主張している科学者達がいます。ほんとうにそうでしょうか。
日本の放射線防護の法的根拠となっているICRP勧告の防護基準が、研究の進展とともに引き下げられてきた歴史を持つことは、古くは武谷三男編『原子力発電』(岩波新書、1976)にもまとめられている通りです。結果的に、現在の一般公衆の追加被曝の限度は医療被曝を除いて年1mSv と定められています。これは、科学の不確かさからくる安全率を見こんだ値と解すべきですが、だからといって、それを含めた全体が科学の成果である訳ですから、その安全率を取っ払って良いことにはなりません。福島の汚染地域に住む人々だけが、安全率が取っ払われた環境に甘んじなければならない科学的な根拠など存在しません。
きれいに除染された場所の空間線量が自然の放射線レベルに下がったのを根拠に、気をつけて生活したら何も問題ないと、気をつけて生活することを強いていることに無頓着でいられるのもまた、寄り添ったフリをしているに過ぎないからなのでしょう。野生のイノシシの肉を食べたり、山野でキノコを採って食べたりした人の中にWBC検査で突出して高い内部被曝をした人がみつかったりしたのですが、ここで、宍戸俊則(shunsoku2002)さんのTwitterの、本年1月5日の呟きから引用しておきます。
これは決して贅沢な要求などではなく、ごくまっとうな当然の願いであると思います。
福島の原発事故をきっかけに、原発こそが最大のニセ科学であったことに気づいた人も多かったのではないでしょうか。ニセ科学撲滅運動がそのことを無視し続けてきたのは大変奇妙なことです。なぜだか私にもよくわからないのですが、「科学」というものはその内在的性質からして政治から無縁の特権的存在であるという幻想が彼らを支配しているように見えます。そのことを手がかりに、おそらく日本の科学史に残るであろう現在進行中の出来事を注視していきたいと思うようになりました。
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注1)原題は "The Scientific Revolution"(川田勝訳、1998年、白水社)。スティーヴン・シェイピン(Steven Shapin)はエジンバラ学派を代表する一人
注2)「科学原理主義」の弊害 (その2:水俣病の歴史)(2009/8/6)
「水俣病の歴史」についての補足(2009/8/15)
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