さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 TMI 事故の前から、原発新増設への抵抗はそれなりにあったようだが、それぞれの地域の問題とみなされていた。多くの科学者は「平和利用」という呪縛から解かれず、「反原発」の理念もごく一部の先進的な人のものに過ぎなかったように思う。それも各自ばらばらで、75年に発足した「原子力資料情報室」においてさえ、武谷三男氏と高木仁三郎氏との間で、運動の方針をめぐる確執があったようである。

 そうした諸々の背景には、原水爆禁止運動の分裂が長期に渡って固定化されていたことも影を落としていた。それでも82年には、核戦争の危機に抗した統一行動として、「82年 平和のためのヒロシマ行動」(反核20万人集会、3/21)や「82年 平和のための東京行動」(40万人集会、5/23)が実現し、さらにニューヨークでも6月12日に100万人規模のデモが行われたりと、運動そのものは大きな高揚をみせていた。この年のことについては、ジャーナリスト岩垂 弘氏による「核兵器完全禁止へ――内外で空前の盛り上がり」に詳しい。ちなみに私は、大江健三郎氏の講演を聴きたい一心で広島集会へ参加した。写真はその時に撮ったものである。

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 ところがこの高揚は、少なくとも日本では、あっという間にしぼんでしまった。統一行動の際の団体旗の規制問題などの収拾がつかず、84年には共産党の組織的介入によって原水協幹部や彼らを支持した古在由重氏(天文学者古在由秀氏の叔父)など大勢の党員が党籍を剥奪されるということがおこった。自ら離党する人もあいついで、共産党の退潮はこのことによって加速していった。

 「原水禁」と「原水協」の統一が叶わなかった遠因には、原発へのスタンスの違いもあった。「原水禁」は、放射能による被曝の危険性において核兵器も原発も同等との主張で反対、「原水協」は、反原水爆でスタートした運動の中に一致できない課題を持ち込むべきではなく、原発は不問に付すという立場であったと理解している。この「原水協」の立場は、「平和利用三原則」が守られるなら原発を容認するという共産党のスタンスからきていたのだろう。共産党系と目されている「日本科学者会議」のメンバーに原子力関連の研究者・技術者が大勢いたのも事実である。したがって、「容認」は、実質的に「推進」に荷担する結果を生んでいた。原発や核廃棄物処分場建設の候補地となった地方自治体では、私の知る限りどこでも共産党はその建設に反対の立場をとっていたのであるが、これは、ゴミ焼却場反対運動のような性格のものにすぎなかったのである。

 やがて86年にチェルノブイリ原発事故がおこると、それまでに立ち上がっていた草の根的な反原発運動が日本のあちこちで息を吹き返した。院生達を誘って広瀬隆氏の講演会に行ったのは、その数年後だったと思う。その会場で手にした著書『東京に原発を!』(1981)は、問題の本質をついて人々を覚醒させる力があり、新鮮な感慨を呼びおこさせた。ベストセラーとなった『危険な話 チェルノブイリと日本の運命』(1987)は読んでいないが、多くの人々が広瀬氏の影響を受けた。

 広瀬隆講演会で配られたアンケートに、反原発コミュニティの連絡誌の購読希望を記入したことをきっかけに、一つの小さな反原発グループとの付き合いが始まった。高木仁三郎氏に会ったのは、そのグループからの誘いによる。参加者10名に満たないこぢんまりとした集まりだった。以来、求めに応じて知る限りの知識を提供し、協力するという関係が続いたのだが、むしろ、こちらの方が勉強になることが多く、私のかかわりは受動的なもので、積極的に何事かをなすということはなかった。

 やがて、高木氏らの指摘によって、広瀬氏の主張にいくつかの無視できない事実誤認が含まれていること、そして、それらの誤りが反原発グループの中に蔓延し、運動の障害にもなっていることを知った。誤解をおそれずに書いておくと、私自身は、揺るぎない反原発の理念を広瀬隆氏から学んだと自覚している。一方で広瀬氏の人物像については、性急な変革を望み過ぎて失敗するタイプの扇動家のように感じていたのも確かである。

 そうした中、正確な情報を求めて読んだのが、武谷三男編『原子力発電』(岩波新書、1976)と、日本科学者会議編『原子力発電 知る 考える 調べる』(合同出版、1985)であった。両方とも、今でも通用し、必要とされる名著であるが、後者の方はあまり知られていないようなので簡単に紹介しておこう。

 21人の専門家集団(注1)により執筆された400ページほどのこの本は、原発にかかわるあらゆる分野の、原理、歴史、現状、問題点などが網羅的に整理されていて、すぐれた資料集となっている。「まえがき」には、筆者集団は日本科学者会議のメンバーである旨書かれている。いろいろ調べると、この本の出版は、日本科学者会議の原発に対するスタンスが大きく転換するターニングポイントになっていたように感じられる。共産党が国政の場で盛んに原発の問題をとりあげるようになるのは、この本の出版からさらに15年以上を経過した後のことである。組織であっても、個人であっても、過去の過ちを認めることは現状の責任を引き受けるということであって、なかなか容易なことではない。今もなお、原水爆禁止運動が統一できていないことも、そうしたことが関係しているのだろう。

 反原発グループとの付き合いの中で学んだことは、「理念」ばかりではない。何より、この国の隅々にまで行き渡っている「原子力文化」の腐敗しきった実態をこそ学んだのだった。それは、ある種の心ない人々に「プロ市民」などと揶揄される運動家達の日々の実践によって、時にはあからさまな妨害にあったり、公安警察に付け狙われたりしながら掴み取られた事実の集積である。だから私は、3.11後に、原発の問題にふれて好評を得た書物や「論」も、そのことを素通りしているものは「私の人生には必要ない」と感じてしまう。

 それにしても、いろいろと知るにつけ、私は次第に絶望的な気分に陥っていった。この国は骨の髄まで「原発的なるもの」に冒されていて、もうどうしようもなく手遅れであるように思われた。そうして、反原発グループとの付き合いも、付かず離れずの状態が続いているうちに、3.11が来てしまった。しかも私は、オロオロするばかりで、何も出来なかったのである。

 さて、かつて原発を推進してきた者が考えを改めて脱原発の立場に立った時に、どう接したら良いだろう。『原発事故と科学的方法』にも登場する共産党の吉井英勝議員が、平成18年衆議院で巨大地震の発生に伴う原発の安全機能の喪失について核心を突いた質問を行ったとき、「お前が言うな」とヤジを投げるべきだったのだろうか。少なくとも、私には、何もなし得なかった自分に忸怩たる想いがあるので、もちろん、そんなことを言える筈はない。小泉元首相の「改心」に際して、少し早く「改心」しただけの共産党としても小泉氏に対して「お前が言うな」と言える道理もない。

 小出裕章氏や鎌田慧氏がなぜ小泉元首相の「改心」を歓迎したのか、良く考えて欲しい。それは単なる道義的問題ということでもない筈だ。小泉氏を叩くことは、今も原発を推進しようとしている者らを喜ばせ、勢いづかせることにつながる行為でもあろう。

追記(10月30日)
下記のブログ記事は、小泉元首相の「脱原発論」にかかわって必読です。
小泉氏の脱原発発言」(Arisanのノート、2013-10-17)

ただ一点、文末に、
僕たちは、小泉氏の名の元に行われる「脱原発」という儀礼、欺瞞的な国民統合のための儀礼には、参加すべきではない。
その不参加によって、たとえ「脱原発」という目的からどんなに遠く離れると思えたとしても、これ以上「犠牲」のシステムの存続に手を貸すことは、僕たちには許されないはずである。

とありますが、これは、小泉氏の影響力についての誇大妄想に近いものだと思います。私は、10月6日の「小泉純一郎元首相の脱原発論について思うこと」と題する記事で、「そもそも共闘と言っても、具体的なことを考えれば、たいしたことはできないに違いない。」と書いたように、彼に大きな期待を寄せる発想自体が荒唐無稽なものだと考えています。したがって、小泉氏との共闘への不参加によって「脱原発」という目的から遠く離れるという危惧もまた、杞憂にすぎないものだと思います。社民党が本気で共闘を考えていたことには少々あきれましたが、批判しなくても、そうしたことは現実には成立し得ない訳です。

 ここではしかし、例えば秋原葉月さんの次の呟きについて、考えてみましょう。

志位さんが小泉に脱原発一点共闘を呼びかけたのにはガッカリした。以前も書いたが小泉は原発推進の戦犯の一人。その反省も責任追及もないままエエ格好していきなり「脱原発」を唱えたって、その真摯さは疑わしいばかり。たったそれだけでそれまでの罪が帳消しになるはずもないではないか
 
 これは、共産党も、少なくともかつては「原発推進の戦犯」であったことを無視した謂いです。そのような重大なことを簡単に忘れて勇ましいことが言えるのはなぜでしょう。いつも頼もしく思いながら拝見させていただいている秋原さんの tweet を例にしてしまって大変失礼な物言いになりますが、自らの過去も一緒に忘れてしまったからではないでしょうか。共産党がこの一点に限って小泉氏にシンパシーを感じるのは当然のことなのです。

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注1)
執筆者(肩書は執筆当時)
青柳 長紀 日本原子力研究所・原子炉工学
井沢 庄治 日本原子力研究所・保険物理学
出井 義男 日本原子力研究所・原子炉工学
赤塚 夏樹 日本科学者会議原子力問題研究委員会(委員長)・電力工学
安斉 育郎 東京大学医学部・放射線防護学
市川富士夫 日本原子力研究所・放射化学
梅津 武司 東海区水産研究所・水産生物学
角田 道生 日本原子力研究所・気象学
北村 洋基 福島大学経済学部・工業経済学
菅井 正晴 日本原子力研究所・電気工学
舘野  淳 日本原子力研究所・材料科学
田村 修三 日本原子力研究所・分析化学
鶴野  晃 日本原子力研究所・原子力工学
渡名喜庸安 福島大学経済学部・行政法
中島篤之助 中央大学商学部・化学
野口 邦和 日本大学歯学部・放射化学
林  弘文 静岡大学教育学部・物理学
原沢  進 立教大学原子力研究所・原子炉物理学
本間 照光 埼玉県立与野高校・保険諭
町田 俊彦 福島大学経済学部・財政学
松川 康夫 東海区水産研究所・海洋物理学

 牧野淳一郎著『原発事故と科学的方法』(岩波書店)を、発売後すぐに手に入れて、先週末に読んだ。既にすぐれた書評があちこちに公表されているので、ここでは、書評ではなく、読みながら思い出したことなどメモしておく。

 内容はたいへん分かり易く、ほぼ一気に読み進めることができた。それでもところどころ、記憶がかってににあふれだし、立ち止まってしまうところもあった。まず、「序章 3.11から最初の一週間」を読みながら、私にとっての「最初の一週間」がよみがえってきた。正確に言えば「最初の十日間」である。その、初めの三日間のことは、ここここに書いている。

 私は、四日目(3月14日)早朝から8日間の出張が控えていて、その前の三日間は、娘や友人達の安否を確かめ、原発関連の報道に特別に注意を払うよう伝えるのがやっとであった。携帯メールの送信記録を見ると、

3月11日、18:57「原子力発電所の事故についての情報に注意して下さい」
3月12日、14:27「原発の情報に注目しつつ関東圏から脱出する準備を始めて下さい」

などとある。

 入試業務もあり、出張の準備も忙しく、情報を収集して予測をもとに的確な指示を下すことなど最初から断念し、自宅にいる間、テレビのチャンネルを頻繁に変えながら原発関連報道を録画し続けるのがやっとだった。結果的にそれは、今では貴重な(虚偽発表報道の)記録となっているが、当然、当時は何の役にも立たなかった。

 出張先では、事故の情報を入手するのが極端に難しくなり、3月21日に帰るまでに得た情報は微々たるものに過ぎない。11日夕方の第一報を受けてすぐに「電源喪失事故」という言葉が脳裏に浮かび、大変なことになると予想直感しながらも、要するに、最初の十日間、私には何もできなかったのである。これは、私にとっての「悪夢」であった。

 次に、同じ序章の「高校生の頃に岩波新書の『原子力発電』(武谷三男編、1976年)を読んでいて、大学でのサークル活動や自主ゼミでも原発の安全性などについて勉強会をしたことがあったので」というくだりを読んで、さらに昔のことが思い出され、再び中断を余儀なくされた。おそらく、この牧野さんの本をどう読むかは、3.11前に原発に対してどのようなスタンスで臨んできたかという「個人史」にもかかわって、人それぞれに異なってくるだろう。

 原発の問題にかかわる「科学的方法」の実践が容易でないのは科学を取り巻く社会的な構造から招来するもので、その状況認識ができていないと、その実践はいっそう困難なことのように思われる。名古屋工業大学の市村正也さんが 3.11の前から指摘していたように、リスク評価に際しては、関係者がルールを破るリスクや、専門家が故意に噓をついたり情報を隠蔽したりするリスクを考慮しなければ、実践的な過誤、そして社会的な災厄を生む。

 そうしたリスクは、ふつうは「科学」の世界では無視されてしまうのであるが、しかしそのことは、3.11の前から原発に関心をよせてきた者にとっては、その関心のありようによって様々なレベルで常識的なことであった。 3.11後に東電原発事故をめぐって科学者達の世界におこった一見カオスのような様相も、このことが個々の科学者にとっての分岐点となって顕れた結果ではないかと思う。

 私が原発に関心をいだくようになったきっかけはTMI原発事故(1979年)であるが、何か特別のことを始めた訳ではない。ただ、その後いろいろな情報を得るうちに、日本の「公開・民主・自主」の原子力平和利用の三原則は欺瞞に満ちたものだと考えるようになっていた。こちらに書いたようなことである。

 続きは、牧野さんの本から離れてしまうので、一旦ここで筆を置く。

3.β線と物質の相互作用によるX線放射
 β線のような高エネルギー電子は物質に作用してX線を放射するので、これによる被ばくが心配されている。このとき放射されるX線には、元素固有のエネルギーを持つ特性X線(群)と連続スペクトルからなる連続X線がある。

 特性X線は、高エネルギーの電磁波や高速運動をする電子が原子の軌道電子をはじき飛ばして、空席となった軌道へ外殻電子が落ち込んでくる(軌道遷移)ときに放射されるもの。そのエネルギーは元素と遷移軌道によって決まっているので、固有X線とも呼ばれる。連続X線は、高速運動をする電子が電場や磁場によって曲げられるときに放射される制動放射によるもので、制動放射X線とも呼ばれる。β線の電子が原子核に衝突したり、原子核の近傍を通過するときクーロン力によって急激に曲げられたりすることで制動放射がおこる。

 医療レントゲンやX線分析装置などに用いられるX線発生管球では、対陰極金属に数十〜数百 KeVの電子線を当てて、特性X線と連続X線の両方を取り出している。X線管球の対陰極でおこる現象については詳しくわかっており、β線が物質に作用したときのアナロジーとして参考になる。例えば、電子線が物質に照射されたとき、そのエネルギーがX線の発生に使われる割合は次の近似式によって与えられる。

 ε ≒ 0.11 × ZV  ・・・・・ (3)

 ここで、εはX線発生のエネルギー効率(%)、Zは物質を構成する元素の平均原子番号、Vは電子のエネルギーをMeVの単位で表したもので、最大2MeV 程度まで適用可。

 水の平均原子番号は3.3と小さく、大気で7、人体で6、岩石・土壌は12程度である。これを元にX線発生のエネルギー効率(%)を計算すると、以下のようになる。

β線のエネルギー  水   大気   人体   アルミ   鉄    岩石
 0.2 MeV   0.073%  0.16%  0.13%  0.29%  0.57%  0.26%
 0.5 MeV   0.18%    0.40%  0.32%  0.72%  1.43%  0.65%
 1.0 MeV   0.36%    0.79%  0.64%  1.43%  2.86%  1.30%
 2.0 MeV   0.73%    1.58%  1.28%  2.86%  5.72%  2.60%

 特性X線と連続X線の比率や、スペクトルなど、詳しい理論が定式化されているが省略する。ここで問題としている条件においては、発生したX線のうち、特性X線の占める割合は無視できるほど小さく、大部分は連続X線となる。連続X線の光量子の最大エネルギーは、入射したβ線のエネルギーにほぼ等しい。しかし、一定エネルギーのβ線が入射したときに発生する連続X線の強度(X線光量子の発生頻度)は、β線のエネルギーの2/3ほどのところにピークがあり、これより低エネルギー側へ次第に強度を減じた幅広い分布となる。このため、X線光量子全体の平均エネルギーはβ線のエネルギーに比べてかなり低いものとなる。

 以上のことから、汚染水が鉄板の表面に付着して乾燥した状態のものが最も効率的にX線を放射することがわかる。一方、汚染水から直接放射されるX線は、β線に比べて無視してよい割合である。

 β線のエネルギーのうちX線の放射に使われる他は、原子をイオン化し、化学結合を切断して化学エネルギーに変換され、大部分は熱になる。β線熱傷はこの熱による火傷と誤解され易いが、熱エネルギーを計算すると微々たるものであることがわかる。β線熱傷の病態は、通常の火傷とは異なり、β線の電離作用によって生体分子が直接破壊されて内部から壊死が広がった状態のことらしい。
 
4.Sr-90の測定
  Sr-90とY-90は、直接にはβ線しか放射しないために定性も定量も大変困難である。β線は、0〜最大エネルギーまでの幅の広いなだらかな山形のエネルギースペクトルをもつので、試料中にCs-137を含むいろいろなβ崩壊核種が混在しているとき、それらのβ線が広いエネルギー領域で重なり合ってスペクトル分離が困難である。そのために、多くの手法では、前処理としてSrやYを化学分離した上で測定するということが行われている。他に、チェレンコフ光や制動放射X線を測定するもの、質量分析計を用いるものなどがある。以下、β線をカウントする手法と質量分析計を用いる手法についてメモ。

A. β線をカウントする手法

 A-1:検出限界が低く高精度だが、4週間以上の時間がかかる手法
 日本分析センターの「ストロンチウム90の分析に略記されている手続きは、

1)試料中からイオン交換法、シュウ酸塩法等によりSrを分離・精製。
2)3週間以上放置して、Y-90が永続平衡に達するのを待つ。
3)Y-90を分離してそのβ線をカウントし、Sr-90に換算。

 最初からY を分離して測定しないのは、初期 Y-90 や Y-91 が残っているケース、前処理時にY-90 の永続平衡が達成されていないケースなどに対応できるよう、汎用性を持たせたためと考えられる。この方法だと分析に最低でも4週間を要する。検出限界は、元試料の量と計測時間に依存し、日本分析センターの「分析目標レベル」は、水試料100 Lを用いて1時間計測した場合で 0.4 mBq/L とされている。

 Sherrod et al. (2013) は、高マトリクスである海水の10 Lもの試料から迅速にSrを分離する手法を開発し、Sr-89 と Sr-90 を定量している。この場合、分離直後にSr-89とSr-90の合計のβ線を測定し、Y-90の回復後、これを定量してSr-89とSr-90を分けている。β線の計測にはガスフロー比例計数管(注1)を用い、8時間のカウントで、  1 mBq/L の検出限界を達成している。 

 A-2:検出限界が低く、4,5日程度で分析可能だが、定量の確度がやや劣る手法
 β線のカウントにエネルギー分解能の良い液体シンチレーションカウンターを用いて、試料からのβ線の正確なエネルギープロファイルを描き、標準試料のエネルギープロファイルと比較フィッティングすることで波形分離し、Srの定量を行う。この場合も前処理でSrを分離するが、Y-90が回復する前にSrのβ線をカウントする。Sr-90に特化したもの(Lee et al., 2002 (pdf))や、Sr-89を含めるもの(中野ほか,2010)などがある。

B.質量分析計を用いる手法

 質量分析計を用いると核種毎の質量の違いを識別して測定できる。質量分析には測定が迅速なICP-MSが用いられる。知人の話によると、既にチェルノブイリ事故後からCs-134, Cs-137の分析に威力を発揮してきたという。この場合、同重体の干渉が問題となるので、リアクションセルを用いて干渉元素を除去した後で質量分析計へ導入する。高温のリアクションセル内へ酸素やNOガスを供給すると、元素毎の酸化反応のエンタルピーの違いによって、特定の元素だけが酸化して取り除ける。

 最近、emanon_uk さんによってまとめられたtogetter「ストロンチウムの迅速分析法は質量分析」に、みーゆ‏@miakizaさんが、福島大学などが共同開発したSr-90の迅速分析法を紹介されているのを知った。そのプレス発表資料「放射性物質ストロンチウム90の迅速分析法の開発」(pdf)を読むと、以下の手順になっているようだ。

1)マイクロウエーブ加熱によって浮游塵などを酸分解し、試料溶液とする。
2)試料溶液10 mlを導入し、Srに特化した樹脂を用いてSrをカラム分離・濃縮する。
3)超音波ネブライザーでArプラズマトーチへ噴霧し、イオンガス化する。
4)試料ガスをリアクションセルへ導入し、酸素ガスを加えて、混入しているYやZrを酸化させ、質量分別して除く。
5)四重極マスフィルターへ導入してSr-90のイオン数をカウントし、Sr-88で作成された検量線に当てはめて定量する

 上記2)〜5)が完全自動化されているのが特徴で、プレス発表資料には「測定に必要な装置稼働時間は約15分であり,土壌試料などの固体試料の分解操作を含めたすべての作業工程を含めても8検体で3時間(=1検体当たり約20分)である。10mLの試料導入時における検出下限値(S/N=3)は,土壌濃度で約5 Bq/kg (重量濃度換算:0.9 pg/kg),溶液濃度で約3 Bq/L(0.5 ppq)であった。迅速性で,現状のスクリーニング法としての利用が期待できる。」と記されている。

 なお、Srをカラム分離した試料でZrの干渉が問題となるのは、天然試料中に安定同位体であるZr-90がppmオーダーで含まれ、Sr-90の濃度に比べて4,5桁以上も高濃度となっているからである。ただし、Y-90 は、永続平衡に達しているとき Sr-90 の 4000分の1の原子数しかないので、その混入は問題にならない。両者の放射能(Bq)は等しくなっているのでβ線をカウントする際には問題になるが、原子数をカウントする場合には無視してよい。

 ところで、放射性元素の分析に際しては、常に、作業者の被ばくが問題となる。この点、上記プレス発表資料には、「本法は,非密封放射性物質としての管理が必要な放射性ストロンチム標準溶液を使用することなく分析できるため,緊急時において一般の環境分析機関でも測定することが可能である。また,全自動で分析するため,試料分解液を注入後,化学処理で測定者が被ばくすることがないなどの特徴を有する。」と書かれている。

 しかし、Sr-89やSr-90などの天然には存在しない放射性元素で一定量以上の試料は、たとえそれが標準試薬ではなくとも、原子力基本法関連の政令によって厳格な管理が義務づけられている筈のものである。高濃度汚染水のような試料は、本来、RI施設でなければ持ち込んではならない筈だ。政府によって事故は終息した(非常時は終わった)と宣言されているのである以上、「一般の環境分析機関でも測定することが可能」などと言ってはいけないのではないかと思う。

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注1)ガスフロー計数管の原理については次のページの付録試料に詳しい。


 福島第一原発の放射能汚染水の対策に関連して、Sr-90とY-90のことが度々話題になるので、備忘録としてメモ。関連する核種の基本情報を脚注1に示した。

1.Sr-90 → Y-90の過渡平衡、永続平衡
 図1は、JAEAの核種チャート「WWW Chart of the Nuclides 2010」から関連部分を抜き出したもの。 

イメージ 1

      図1 Sr-90付近の核種チャート(詳細は脚注2参照)

 Sr-90は半減期29年ほどでβ崩壊して半減期2.7日のY-90 となり、さらにβ崩壊して安定なZr-90 になる。U-235の熱中性子捕獲による核分裂収率(Cumulative)は、Sr-90とY-90でともに6%程度であり、核分裂停止直後の燃料中では単位質量あたりのSr-90とY-90の原子数はほぼ等しくなっている。この時、Y-90の半減期はSr-90の半減期のおよそ4000分の1なので、逆にY-90の放射能(Bq)はSr-90 の4000倍ほどになっている。その後、Y-90は急速に減少するが、Sr-90 から変わったY-90* が加わって、およそ1.5ヶ月ほど経過した以降は両者の放射能が等しい状態を維持しながら、Sr-90 の半減期に従ってゆっくりと減少していく。この様子を図2に示す。

イメージ 2

 図2 核分裂停止直後からのSr-90 とY-90の放射能(Bq)の変化。詳細は脚注3参照

 このグラフの横軸は核分裂停止直後を起点とした日数で、目盛りは一週間区切りになっている。また、縦軸は放射能(Bq)を対数目盛りにしてあり、初期値は Sr-90 が10万Bq、Y-90が3億9,400万Bqとしている。

 核分裂停止後しばらくしてメルトダウン事故がおきて、溶解度の高い Sr-90 が分離されて冷却水や地下水に溶け出し、汚染水になったとする。汚染水の中で、一旦0BqにリセットされたY-90*は、Sr-90 の崩壊によって再び増加する。この増加傾向はY-90*自身の崩壊で次第に頭打ち状態となり、1週間後の Y-90* の放射能は Sr-90 の83.8%、2週間後は97.4%、3週間後は99.6%と、両者の放射能が等しい状態(永続平衡)へ近づいていく。この様子は図2の左下部分に表現されている。

 単純な系であれば、このことを利用してSrが単離された以降の経過時間を知ることができる。混合や分離が不完全な複雑な系の場合は、同位体年代(放射年代)測定で用いられるアイソクロン法によって検討することができる。ただし、タンクに収められて3週間以上経過した汚染水は、既に完全に永続平衡に達して、Sr-90 とY-90 の放射能は等しくなっている筈である。

2.Sr-90とY-90のβ線による被ばく
 両核種は直接にはβ線だけを放射するので、外部被ばくにおいては、β線のエネルギーと飛程が問題となる。β線の飛程の計算ツールを利用して求めた飛程を下記に示す。 

Sr-90   最大     平均     Y-90  最大    平均
エネルギー    0.546 MeV  0.196 MeV       2.28 MeV  0.934 MeV
大気中の程度     147 cm    36 cm        915 cm    310 cm
水中の飛程      0.18 cm   0.043 cm       1.1 cm     0.37 cm

 ほとんどの汚染水でSr-90 とY-90 が永続平衡に達しているという状況下で、気にとめておくべきことは以下のようなことかと思う。

1)エネルギーも飛程もSr-90に比べてY-90 の方が6〜8倍大きいので、外部被ばくにおいては圧倒的にY-90の問題が大きい。
2)Y-90の最大エネルギーのβ線の大気中での飛程はおよそ9mである。
3)汚染水の表面から1cm 以上深いところからはβ線は出てこられない。Sr-90からのβ線は2mmが限度。
4)汚染水の体積が同じでも、数 mm 以下の層厚で地面などを広範囲に濡らしている状況では、β線が効果的に放射される。
5)汚染水が地面などへ漏出して乾いた後、β線は、Sr-90からのものも含めて最も効果的に放射される。

 内部被ばくにおいては、YよりSr の方が危険視されている。SrはCa と同族のアルカリ土類金属で、Caと混同されて骨組織に積極的に取り込まれ、長期間滞留し、骨髄などの被ばくで白血病のリスクが高くなるとされている。

(その2へつづく)

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注1)
 Sr-90:質量 89.9077、半減期 28.79 年でβ崩壊してY-90へ
 β線のエネルギーは最大 0.546 MeV、平均 0.196 MeV
 γ線の放射はない
 SrはCaと同族のアルカリ土類元素で、融点 777 °C、沸点 1382 °C
 天然のSrは、日本列島の地殻(富樫ほか,2001)中に平均 225 ppm含まれている。
 天然のSrの同位体組成は、Sr-84: 0.56%、Sr-86: 9.86%、Sr-87: 7%、Sr-88: 82.58%
 (Sr-87はRb-87のβ崩壊起源)

 Y-90:質量数 89.9071、半減期 2.667 日でβ崩壊して安定なZr-90へ
 β線のエネルギーは最大 2.28 MeV、平均 0.934 MeV
 γ線の放射はほぼ無視できる。
 Yは希土類元素で、融点 1526 °C、沸点 3336 °C
 天然のYは、日本列島の地殻中に平均 26 ppm 含まれている。
 天然のYの同位体は、Y-89のみ
 Zr-90:質量数 89.9047の安定核種
 Zrは代表的なHFS元素で、融点 1855 °C、沸点 4409 °C
 天然のZrは、日本列島の地殻中に平均 135 ppm 含まれている。
 天然のZrの同位体は、Zr-90: 51.45%、Zr-91: 11.22%、Zr-92: 17.15%、Zr-94: 17.38%、Zr-96: 2.8%
 熱中性子捕獲による核分裂収率(Cumulative)は、上記いずれの核種もU-235で 5.8%、Pu-239で 2.1%と同じ

注2) この表は、縦軸が原子番号、横軸が質量数になった直交座標系の面上に個々の核種を配置したものの一部である。ここに示した範囲は、U-235の熱中性子捕獲による核分裂収率曲線のバイモーダルな二つのピークの低質量側の左肩辺りで、ピークの中心は右側にやや外れた位置にある。各カラムは次のように色分けされている。
 青色のカラムは半減期が5億年以上〜安定な同位体で、各カラムの核種名の下の数値は同位体組成(%)を表す。その他の色のものは放射性核種で、半減期毎に、緑は30日〜5億年、赤は10分〜30日、黄色は10分未満と分けられていて、核種名の下には半減期が示してある。
 原発の事故で問題となる放射性核種は、緑と赤で示したものの内、半減期が数日〜数万年程度のものである。ただし、ほとんどの核種がβ崩壊して、右下から左上のカラムへと転換しながら、青色の安定な核種へたどり着くという壊変経路を辿るので、右下隣に青色のカラムのある核種はそこがバリアーとなって存在度が極端に少なく、問題になることはない。結局、ここに示した範囲で被ばくが問題となるのは、Kr-85, Sr-89, Sr-90, Y-91, Zr-95, Nb-95ということになる。Zr-93は、半減期が153万年と長いので放射能は少ないが、使用済み核燃料の最終処分において問題となる。

注3)Y-90 のような放射起源の放射性元素(中間娘核種)の量的挙動は次式で表現される。

N2={λ1/(λ21)}・N10{e^(-λ1・t ) - e^(-λ2・t )} + N20・e^(-λ2・t ) ---- (1)
N2*={λ1/(λ21)}・N10{e^(-λ1・t ) - e^(-λ2・t )}    ------------------- (2)

 λ1は親核種の壊変常数、λ2は中間娘核種の壊変常数、t は時間。
 N10親核種(ここではSr-90)の原子数の初期値。
 N20中間娘核種(ここではY-90)の原子数の初期値。
 N2時間 t 中間娘核種の原子数で、図2の青色の曲線は式1によって算出されたY-90の原子数をBq に変換したもの。
 N2*式1において N20 =0としたときの時間 t 後の中間娘核種の原子数。図2のY-90*は、式2によって得られたY-90*の原子数をBqに変換したもの。

buberyさんからのお返事

 再度buveryさんから、一つ前の記事に応答がありましたので、読者の便宜のために下記に示しておきます。

今、人が住んでいるところで、1mSv/yの実効線量を越えるところは、現存被曝状況です。が、人を避難させていたところへ人を戻していく条件での現存被曝状況はどのように定義されるのか。それは、Justificationと呼び、防護や生活ができることを前提にして、当局が設定します。

ICRPのマントラは、Justification, Optimization, Dose Constraint といって、この3つ。これは、ICRP111の解説を読んだ人にはミミタコだと思う。

(その他、『予感』、『感じる』のは、私は興味ない。私が興味があるのは、政策変更のための基本的な考え方。それには私のできることを、できるかぎり、現実に反映しようと思う。)

区域の設定は、当局(国と地方自治体)の支援なしには無理。そもそも、居住を禁止したのは総理大臣による国の命令なのだから、当然、国に最終責任がある。この設定は、線量だけでは無理で、生活インフラなどを伴わないといけないから、政治的に決断する必要がある。

ICRP111で狭い意味の防護では、実効線量が1-20mSv/年、事故源からの流出が安定していること。それに加えて、当局が防護・健康管理などの準備ができ、区域内でまともな生活ができることが条件だから、これ以上の個別な条件など書けるわけがない。だから政治決定になる。

こんなのは、ICRP111の初歩。預託線量は、その初年に勘定して、外部被曝を含め年単位の実効線量で管理する。別にどうにもなっていない。

ここで、実効線量というのは、常に個人の線量で、仮想のモデルではありません。現実の福島では、ごく少数の人をのぞき、内部被曝は非常に少ないので、現実には内部被曝の預託線量は勘定に入らないと言って良い。この『ごく少数』はWBCをすれば誰かが分かる。

原発事故の場合、年齢によって内部被曝のセシウムの排出は変わる(幼い程早い)が、だいたい最初の初年で大人でも大部分排出されるので、預託線量を初年に入れて計算しても大きくは外れません。特に、福島の現状のように内部被曝が低く抑えられていると、もっとずれは少なくなる。

 だそうです。
 私からのコメントは特にありません。


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