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軍事ジャーナリスト黒井文太郎氏による「「どこの国でもいいから助けてくれ!」シリア国民の悲痛な叫びを聞いてほしい」と題する9月9日付の記事を無批判に拡散している人がいるが、有害だと思うので手短に異論を表明しておきたい。
2011年1月から続いているシリア国内におけるアサド政権軍と反体制派の武力衝突は、国連などにより「事実上の内戦」と評される危機的状況に陥っており、先頃のG20においてもアメリカ主導の軍事介入の是非をめぐって激論が交わされた。アメリカが軍事介入すべきだと主張する(表向きの)理由は、アサド政権が市民に向けてサリンなどの化学兵器を使用し、罪もない子供たちが大勢犠牲になっているというもの。
特に、8月21日の政府軍によるまとまった攻撃の最中に起こった化学兵器使用の強く疑われる惨状の現場写真や動画がネット上にアップされるに及んで、国際世論の中にアメリカ主導の軍事介入を待望する論調が台頭してきた。黒井氏の記事は、日本国内におけるその最も典型的なものである。
一方、化学兵器が「使用」されたこと自体は認めつつも、誰がそれを実行したのかについては様々な憶測を交えた異論もまた根強く主張されている(末尾にリストした)。こうした見解は、アサド政権側が、国際的に大きな批判がわき起こるであろうことを承知の上で化学兵器を使用するメリットは何もないという状況認識や、イラクへの軍事介入の際にも大量破壊兵器の存在が理由とされたが、実際には嘘であったことが明らかになったという経験に発しているだろう。
私は、ここで事の真相についての私見を語るつもりはないし、もとよりそうした能力もないが、黒井氏の記事を読む上で注意を払うべきことが二点あると思うので、そのことだけを書いておきたい。
第一に、軍事介入によらずに「内戦」を終結させる道が完全に閉ざされている訳ではないということ。たとえば、黒井氏の記事がアップされるより10日前、反体制派主要組織「シリア国民連合」のハティブ前議長は、毎日新聞のインタビューに応え、「交渉による解決こそが最善の道だ」と述べている。
対シリア:交渉による解決が最善 反体制派組織の前議長(毎日jp 8月30日 13時23分)
また、Avaazキャンペーンは、8月に就任した穏健派のイラン大統領ロウハニがシリアでの化学兵器使用を非難し、米国などとの対話に前向きな姿勢を見せていることから、オバマ大統領とともに紛争当事者も含めた交渉を始めるよう要請する国際署名活動を始め、短期間に 90万人以上の署名を集めた。署名者は今現在もさらに急速に増え続けている。
第二に、「内戦」を止めさせるための軍事介入が不可避になったとして、それが、武力を後ろ盾とした調停作業という性格のものになるのか、それとも、アサド政権をたたきつぶすための戦争になるのか、そのどちらであるかは介入の理由によって異なってくるということ。そうである以上、化学兵器をどちらの側が使用したかは、無視できない論点になってくる。
ここで、黒井氏の記事から共感を集めていると思われる箇所を引用しよう。
仮に黒井氏の主張がこれだけであったとすれば、完全には同意できないながらも、私としてあえて異論をさしはさもうとは思わなかっただろう。だが黒井氏は、この10倍以上のスペースをアサド政権への非難に費やしている。シリア市民の悲痛な叫びを代弁するかのごとき体裁をとりつつ、ジャーナリストらしからぬ一方的な決めつけの多い内容だ。かくも一方的に、アサド政権だけを非難する論調をもとに軍事介入が行われるとすれば、それは、アサド政権をたたきつぶすための戦争という形になるだろう。第二のイラクになるのは必至である。
「第二のイラク」という言葉で私がイメージするのは、終わりの見えない暴力の連鎖である。戦争とその後のテロによるイラクでの民間人死者は現在も増え続けている。2003年の開戦以来、民間人の犠牲者をカウントし続けているIraq Body Countの集計によれば、本年6月までの合計の死者数は114,407 〜125,381人とのことだ。しかも、2010年に年間死者数4,109人まで減ったものの、その後は増加に転じ、今年は6月中途の段階で既に2,760人に達している。戦争によってもたらされた貧困・飢餓・疾病による間接的な死者は65万人とも120万人以上とも言われている。
この事実だけでも、武力によって平和は守れないということがわかる。その意味では武力に頼った反体制側にも責任の一端はあるのではないかと思う。私の身近にいるシリアからの留学生も同じ意見だ。
最後に、黒井氏の記事とバランスをとる意味で、反体制派側が化学兵器を使用したと主張するサイトなどを紹介しておきたい。
1)藤永茂氏(注1)の『私の闇の奥』の「もう二度と幼い命は尊いと言うな」と題するブログ記事(8月30日付)
2)国連 シリア反政府軍による化学兵器使用を主張 【復習】(13年5月) :YouTube(9月8日公開)
3)「シリア化学兵器攻撃」は反政府軍による誤爆で、化学兵器はサウジが提供――中東専門記者が現地住民にインタビュー([CML 026240])
4)念のため、泥憲和さんの投稿[CML 026353]では、8月21日には36カ所にも及ぶ化学兵器攻撃が実施されたとあり、これは上記3)で主張されている「誤爆」説では説明困難な情報だ。
このブログ内の関連記事:護憲派はパレスチナ問題をどう考えるか(2009/1/26)
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注1)私が院生であった80年代、カナダの大学に在籍されていた藤永氏は、岩波の『科学』に「かえで通信」というコラムを連載されていて、私はこれを愛読していた。この連載が終わると、研究上のコミュニティが異なることもあって、その後接点はなくなっていたのだが、2年ほど前に偶然ウェブ上に『私の闇の奥』を見つけ、ご健在であることを知り、また、そこに書かれている記事内容に共感を覚え、再びこれを愛読するようになった。
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この季節、とくに夕刻が近づく時間帯になると外からツクツクボウシの大合唱が聞こえてきて、ああ、今年の夏も空振りだったかと、妙に愁然とした気分になる。今日はまさにそんな日だった。 「(つくつく法師、寒蝉、Meimuna opalifera )はカメムシ目(半翅目)・ヨコバイ亜目(同翅亜目)・セミ科に分類されるセミの一種。晩夏から初秋に発生するセミで、特徴的な鳴き声をもつ。オーシンツクと呼ばれることもある。」また、「北海道からトカラ列島・横当島までの日本列島、日本以外では朝鮮半島、中国、台湾まで、東アジアに広く分布する。」と書いてある。
うむ、蝉はカメムシ目だったのか。
「日本産の中では勿論、恐らく世界的に見ても最も複雑で音楽的な鳴き方をする小型〜中型のセミ」との記載がある。
そうか!。世界的に最も複雑で音楽的な鳴き方をするセミが身近にいる幸運に感謝しよう。
ところで、高校入学時に買った旺文社の『国語辞典』には、その鳴き方について「オーシンツクツクと鳴く」とだけ書いてあって、ながい間これに不満だった。というか、論外だ。いやいやいや、まてまて、そうじゃないだろ。ここは虚心坦懐に聴いてみろよ。音が違うし、ちゃんと起承転結もあるだろ、と思っていた。ずっと思い続けていた。
その起承転結について、Wikipedia は、「「ジー…ツクツクツク…ボーシ!ツクツクボーシ!」と始まり、以後「ツクツクボーシ!」を十数回ほど繰り返し、「ウイヨース!」を数回、最後に「ジー…」と鳴き終わる。最初の「ボーシ!」が聞き取りやすいためか、図鑑によっては鳴き声を「オーシツクツク…」と逆に表記することもある。」と記載している。・・・えっ?
You Tubeから「ツクツクボウシの鳴き方」
『セミの図鑑』から「ソロ:広島県(2007)」
ほら、Wikipediaだって違ってる。だからWikipediaは信用するなっていつも学生に言ってるんだ。
まず最初の「ジー」からして違う。虚心坦懐に聴けば、「ジリジリ・・・」から始まってるだろ? まあ、これは些細なことだからいいだろう。しかし次はどうだ。「ツクツクツク・・・」じゃなくて、ここは明らかに濁音になってるだろ?「ヅグヅグヅグ・・・」か「ジュクジュクジュク・・・」だ。いや「ジュグジュグジュグ・・・」だと主張するむきもあるかもしれない。あっていい。ここは意見の分かれるところかもしれないが、すくなくとも「ツクツク・・・」とはいってない。断じてない。遠くからじゃわからない。近づいて聴いてみるとよくわかる。
そこから一気に佳境に入っていく。「ヅグヅグヅグヅグウォーーッシ、ヅグヅグヅグウォーッシ、・・・・」だ。虚心坦懐に聴けばそういってる。決して「ツクツクボーシ」ではない。で、これが十数回繰り返されるうちにだんだん加速していく。アッチェレランドだ。
最後だって、「ジュグーッショイ、ジュグッショー、ジュグッショー、ジリジリジリ・・・」だ。決して、「ウイヨース!」なんかでない。だいたい「ウイヨース!」って何だ。若大将が光進丸の上から手を挙げてる姿が脳裏をよぎったぞ。
という訳で、ツクツクボウシの鳴き方はこれで決まりだ。やれやれ、やっと積年の思いを吐露してすっきりした。秋の夜長、梨のおいしい季節だし、なんだかすがしがしい気分で過ごせそうだ。
どうでも良いが、
「ネコはどうして「にゃし」って言えないんだろう」by ニャロメ
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タイトルは、Nature 最新号のEditorial*
Japan should bring in international help to study and mitigate the Fukushima crisis. (03 September 2013)
を読んで思い浮かんだ大江健三郎氏の小説のタイトル
そうですか、200万人が問題なく暮らしていると・・・
Nature にも、IOCにも、今一番大切な情報だと伝えたらどうですか
東京が安全ならそれでよいと・・・
なぜやってはいけないと世界の人々が考え、納得したのか、その歴史的経緯をご存じないか?
そのためにはCs-137を1原子も含まない水とコップが必要、とでも言えばわかりますか?
何がわかりますか?
われらの狂気を生き延びる道を教えよ !
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*「内田樹の研究室」に邦訳がある。
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東電原発事故によって放出されたセシウムを高濃度で含む不溶性の球状微粒子についての論文(Adachi K., et al., 2013)が公表されたが、いろいろと重要な意味があると思うので、メモしておきたい。
論文はNatureのオープンアクセス電子ジャーナルである "Scientific Reports"に本年6月12日に投稿され、8月15日受理、8月30日に公開された。タイトルは "Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident" 。
著者らは、筑波の気象庁気象研究所において、事故直後から大気中の浮遊塵を捕集し続け、様々な角度から研究を行ってきた。以下に概要をリストし、コメントを付記しておく。
1)放射能プルームは大きく分けて2回、3月14〜15日と3月20〜21日に分かれて襲った。
コメント:3月20〜21に大量に降下した放射性物質について、当時は、それまでの放出によって上空に漂っていたものが雨に伴って落ちてきたものであり、心配ない、狼狽えるなと公言する「専門家」が多かった。しかし、その後の多面的な研究により、今では、新たなプルームが襲来したものとする考えが定説になっているようだ。このブログにおいてもここやここで取り上げた。
2)フィルター上の放射性物質の分布を可視化するimaging plate (IP)を用いた観察によると、1回目のプルームに含まれる放射性物質は大部分粒子状に凝縮した形態のものからなり、2回目のものは分散した様相を呈する。
コメント:ここでも簡単にふれたが、このたびの原発事故による放射性降下物にこのように凝縮したものが含まれていることは早い段階から知られていたが、1回目のプルームに含まれる放射性物質の大部分が凝縮した形態を示すことと、その実体を明らかにしたのが今回の論文。
3)走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた観察によると、1回目のプルームには直径数ミクロン以下の多量の球状粒子が含まれている。2回目のプルームにも粒子が認められるが、大部分はサブミクロンサイズである。
コメント:外形がきれいな球形であることから、この論文のDiscussionでも述べられている通り、メルトダウン(メルトスルー)によって核分裂生成物と炉材の一部が蒸発・気化し、その後大気中で凝結してできた化合物と考えられる。
4)3月15日の試料には、0.5 um以上の粒子が大気1m^3あたり平均4100万個含まれている。
5)SEMに装着されたエネルギー分散型X線スペクトロメータ(EDS)による分析では、セシウムの明瞭なピークが認められ、鉄や亜鉛も含まれている。
コメント:EDSによる定性スキャンチャート(Fig. 3とSI 6)には、セシウムの特性X線のうちL-α線とL-β線の明瞭なピークが記録されている。本文中では触れられていないが、Fig. 3には他に鉛、カルシウム、カリウム、シリコン、ナトリウムなどのピークも見える。検出された主成分元素単体で最も高い沸点は鉄の2862 °Cであり、放出時の燃料デブリはこの温度を超えていたものと思われる。しかし、そうだとすると沸点が1382 °Cのストロンチウムが含まれないのは少し不思議である。尤も、SrのK線はFig.3 の右端で感度が悪く、L線はSi-KαとS-Kαの間に埋もれてしまっているので、この手法での検出は難しいと思う。
いずれにしても、ゲルマニウムカウンターなどによって核種毎の放射線をカウントする以外の手法でセシウムを検出した例はこれまで目にしたことがなかったので、大変な驚きである。ちなみに、Cs-137を1リットルあたり1億ベクレル含む汚染水のCs-137の重量濃度は0.031 ppmで、ICP-MSでやっと検出できる濃度に過ぎない。
6)"Cs Particle 1" と名付けられた直径2.6 umの粒子をゲルマニウムカウンターで計測した結果、1回目の放出があった時点に補正するとCs-137が3.27 Bq、Cs-134が3.31 Bq含まれていた。この結果から、粒子の比重を2.0 g/cm^3と仮定すると、セシウムの重量濃度は5.5 %と算出される。
コメント:5.5%というセシウム濃度は、SEM-EDSのピーク強度からおおまかに予想される濃度と整合的だが、私の計算では5.9%(5.907%)となった。5.5%は3月時点に遡った値ではなく、ゲルマニウムカウンターによる計測時点での値なのかも知れないが、どなたか追試を望む。また、厳密に言えば核分裂反応によって安定なCs-133なども蓄積されるので、全セシウム量はさらに多いかもしれない。なお、SEM-EDSであっても付属のアプリケーションソフトによっては定量値を出すことも可能で、最近ではピークの重なり補正やマトリクスの吸収・励起補正も巧妙になされ、かなり精確な値を出せるようになっている。LA-ICP-MSや波長分散型のFE-EPMAなどを用いて、もっと多数の粒子の多元素定量分析を実施すべきだと思う。
7)上記の"Cs Particle 1" を水に漬けた後で回収し、その表面形状がどのように変化するかSEMによって観察したが、何らの変化も認められなかったので不溶性(難溶性)のものと判断される。一方、3月20〜21日の試料に含まれるセシウムは、従来から報告されているように硫酸塩を主とした易溶性のものからなる。
コメント:水に浸した時間については書かれていないが、ミクロンサイズの粒子の表面が全く変化していないことから、水への溶解速度はかなり遅いと判断される。ただし、溶解速度はPH によって大きく変化する筈である。
8)この粒子の健康への影響を粒子サイズと不溶性という観点から評価すべきである。
コメント:このことはまさに「ホットパーティクル」の概念において放射線リスクを再検討せよとの主張であるように読める。ここに書いたように、γ線とβ線の放射線加重(荷重)係数がともに1であるのは、内部被爆において放射性物質が体内に均質に分布しているとの前提で納得されることである。しかし、不溶性のホットパーティクルが体内の一カ所にとどまっている状況ではβ線の与える被爆影響が高度に局所化されるので、その局所におけるβ線による吸収線量(Gy = J/kg)は極度に高くなり、DNA損傷の密度も極端に高くなるであろう。
いずれにしてもこの粒子が定義上ホットパーティクルの概念によく当てはまることは確かである。ここでふれたプルトニウムホットパーティクル(粒径1μm、比重10のPuO2粒子)の放射能は 0.074 Bq、こちらでふれたアスベスト禍によって肺胞内に形成されたラジウムホットスポット(アスベスト繊維の周囲に形成されたフェリハイドライト粒子を含む直径10 μm、比重1.5のフェリチン)の放射能は0.000000224Bqであるにすぎない。これらはα核種からなるのでその危険性は侮れないが、この論文で取り上げられた「セシウムホットパーティクル」も、たとえβ核種からなるとしても、その放射能は遙かに高いので、やはり侮れない。
こちらの記事において「人工核種については、例えば原発のメルトダウン事故によって低沸点の核種が蒸発し、その後凝固することによって、元の使用済み燃料中より高い濃度にまで濃縮された粒子が生成され得る。ホットパーティクルの一部は、このようにして生成されるのであろう」と書いた。この「セシウムホットパーティクル」はまさにその例である。このような粒子がやがて発見されるだろうとは予想していたが、初期プルームに含まれるセシウムの大部分がこのような粒子からなっていたとは驚きである。
天然においてはこのような粒子は形成され得ないので、自然放射線を引き合いに出してこのたびの原発事故による放射線リスクを語ることは、もうやめた方がよいと思う。
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前回の記事で触れた togetter:なぜ「無関係」と言い切るのか。(8/26)のコメント欄がどんどん伸びて、関連するまとめも次々とつくられている。 「uchida_kawasaki」さんのまとめ:
牧野さんの呟きを中心にまとめられたもので、ともに冒頭に引用したまとめにも収録されている。
「kazooooya」さんのまとめ:
コメント欄における多数派の意見(この「キリッ!」の使い方は自虐的?)。
「hindu_kush420」さんのまとめ:
「相関が弱いことを普通は「相関が弱い」と言う気がするけど、たぶん「普通」の意味がポイントなのかも。」by Geophysics
「emanon_uk」さんのまとめ:
私の前回の記事で触れた農地の汚染に対する保障問題への悪影響を心配する法律家の意見
このように議論が長引くのは、少なくともどちらか一方が、相手が何を言いたいのか理解できずにいるからなのだろう。それは、前回の記事で書いたように、科学とは何か、あるいはその境界みたいなものについての理解が違うからなのであって、その溝を埋めることはむずかしい。冒頭のまとめのコメント欄においては早野さんを支持する意見が多数のようであるが、それを目立つように赤色の太字にして(晒して)いるのは、Geophysics さんの「いじわる」なのだろうか。
一般論として言えば、天然現象から抽出されたデータ数が有限である以上、全く無関係と思われるようなパラメーターの組み合わせであっても、それらの相関係数がゼロになることはない。だから、相関係数がゼロでないことをもって相関があるとは言えない。一方、有限個のデーターの偶然の偏りから生じる相関係数の取り得る最大値を超えていると判定されるなら、「偶然ではかたづけられない相関がある」という結論になる。科学者であろうとするなら、その「事実」を大切にすべきである。全く無関係と思われるパラメーターの間に相関があるということになれば、そこから未知の現象についての新しい発見がもたらされると期待されるからだ。
この議論の場合逆に、期待されるよりも弱い相関しかなかったことと、その理由が(割と)はっきりしているとの観測があって問題をややこしくしている。早野さんの言いたかったことは、土壌と玄米中の放射性セシウム量の間に期待されるより弱い相関しか現れなかったのはカリウムの施肥量がセシウムの移行係数をコントロールしているからで、この知見は稲作農家にとって朗報である、といったところだろう。しかし早野さんは、「期待されるより弱い相関」と言うべきところを「無関係」と言ってしまったのである。問題の焦点は、この「言い換え」の当否にあると理解して良いと思う。
早野さんを支持する意見のほとんどは、本来、「期待されるより弱い相関」と言うべきところを、単に「弱い相関」と言ってしまっているのだが、単なる「強い」「弱い」は主観の紛れ込み易い言葉なので、この場合には使わない方が良いと思う。科学論文では「○○は重要である」と書くと査読ではねられることもある。それにも増して、「無関係」と言ってしまうのは、科学の立場から逸脱していることは明らかだ。
要するに、こういうこと
前回も書いたように、科学者としてではなく一人の市民として科学から逸脱した発言をすることは必ずしも悪いことでも恥ずべきことでもない。だから、「それは科学から逸脱しているよ」という指摘に対しては、自ずと返答の仕方は決まってくる筈なのだが、そうはなっていないので議論は収束しない。
で、相関を認めた先に何があるかというと、たとえばこういうこと
具体的に説明しよう。まず、この問題の発端となった福島県と農水省の報告書(以下、「農水省の報告書」)は本年1月に公表されたものだが、農作物へのセシウムの移行係数の研究は、既にチェルノブイリの前からなされており、たとえば、津村ほか(1984)は、カリウムを施肥すると、作物への放射性セシウムの移行係数が(見かけ上)小さくなることを明らかにしている。また、Tsukada et al. (2002) も、土壌中のK濃度が高いほどCs-137の作物への移行が少ない傾向にあることを明らかにしている。
さらに、土壌中の粘土鉱物は、セシウムを吸着して植物への移行を低減させる効果のあることも突き止められていた。これは、高レベル放射性廃棄物の地層処分のために続けられていた研究の応用であるが、東電原発事故の後は、農地の除染にも応用されようとしている。たとえば、、京都府立大の中尾淳さんによるプレゼン用資料「セシウムの土壌科学」(2012年3月14日)が分かりやすい。
原発事故がおこって、この問題に関心を寄せた者の多くは、そのメカニズムの概要が既に明らかにされていたことを、2011年のうちには認識していたであろう。農水省の報告書は、こうした先行研究を受けて、いろいろな濃度でカリを施肥した大規模な試験栽培をおこなった結果をまとめたもので、基本的には先行研究の成果を追試する内容となっている。したがって、農水省の報告書にある、カリウムの施肥によって放射性セシウムの玄米への移行が抑制されたという結果などは予め予想されていたことであり、そのこと自体には何らの新鮮味もない。
それでも、カリウムの施肥によって玄米中の放射性セシウム量が抑制されるということが福島の土壌環境で再現されたことには大きな意義があるのだから、これを朗報と喜ぶことは当然の感情であろう。だからこそ、そのことを、土壌中のセシウム量と玄米中のセシウム量が無関係であったと表現することには大きな違和感を抱くのである。なぜなら、福島県と農水省の試験研究が目指したものは、先行研究の追試の先にもあったみるべきであり、そうであるなら、本当に無関係なのかどうかは、極めて重要な意味を内包しているかもしれないからだ。
これまで続けられてきた研究の成果を概観すると、農作物への放射性セシウムの移行係数をコントロールする因子としては、主なものだけでも以下のようなものをあげることができるだろう。
1)土壌中のカリウム濃度:カリウムは生体必須元素であるが、多すぎると害があるらしく、生体中で一定の濃度にコントロールされている。そのため、カリウム不足の土壌ではカリウムの移行係数を上げるように生体調節され、このとき同族元素のセシウムの移行係数も大きくなる。これを防ぐためにはカリウムの施肥が有効であるが、ある濃度で飽和することも知られている。
2)カリウムの化学種・化学形態:土壌中のカリウムが間隙水に溶けた状態、あるいは易溶性の塩化物のような形態であれば吸収されやすいが、土壌中のケイ酸塩鉱物中に配位されている場合には吸収され難いので、土壌中の濃度が同じでも易溶性/難溶性の比によって結果は異なってくる。
3)放射性セシウムの化学種・化学形態:放射能プルームから直接降下したセシウムはもともと単体として存在していたものが水和物などの化学種となって存在していて吸収され易いが、時間が経って粘土鉱物中に内圏錯体として取り込まれていたり、そうしたものが周辺地域から流入して来ている場合には吸収され難い。
4)土壌中のセシウムの安定同位体(Cs-133)の濃度:普通の土壌には非放射性のセシウムが数十ppm程度含まれているが、セシウム移行係数が大きい条件でも(Cs-137+Cs-134)/Cs-133比が小さければ、実際に吸収されるセシウムの大部分は非放射性ということになる。
5)土壌中のセシウムの安定同位体(Cs-133)の化学種・化学形態:上記4)において、有効に作用するCs-133の量を決める。
6)ゼオライトや雲母・粘土鉱物の土壌中の濃度:これらはセシウムの吸着剤として知られているが、鉱物種によって、その吸着メカニズムや吸着後の挙動が異なるので、個々に独立変数として扱うべき。なお、農水省の報告書にはそれらの吸着メカニズムを説明する図があるが、これは先に引用した中尾敦さんのプレゼン用資料にある理解の方がより合理的かつ精緻である。
以上のようなパラメータを変化させたときに、土壌中のセシウム量と玄米中のセシウム量の関係はどうなるのかをさぐることで、移行係数をより効果的にコントロールする技術を確立しようとする研究にとっては、当然、両者の相関係数は最も注目すべき指標になるだろう。だから、「無関係」と切って捨てるような発言は、科学者のものとは認められないのである。
有るものを無いって言ったら科学の否定だよね、という単純な話を、こうも長々と書き連ねないと説明できない自分が悲しい。
ついでに書いておくと、植物を利用した除染、例えば、愛媛大学の榊原正幸さん等によるマツバイを用いた水田の放射性セシウム除去の試み は、農地除染の有力な手法になると期待されているが、粘土鉱物の存在はその妨害要素となる。特に、もともとカリウムを含むようなイライトやバーミキュライトだと、セシウムを内圏錯体として取り込んでしまい、その鉱物自体を取り除かない限り除染は不可能で、物理的半減期を待つ他なくなるので、悩みどころである。
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