さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 togetter:なぜ「無関係」と言い切るのか。のコメント欄を読んで、暗鬱な気分になる。これをまとめたgeophysicsさん同様、「油断しているとどこかに連れて行かれそう」な気分である。

 こうした問題に臨む牧野さんの基本的な考えは、既に14年前、岩波の「科学」1999年2月号の「読者からの手紙」欄に掲載された下記記事に要約されている。


 結論だけを引用しよう。

 では,科学者,技術者に,今何が求められているのだろうか.科学者や技術者が,今まずおこなうべきことは,科学的,工学的にいえることはどこまでかということを社会に対して示すことではないだろうか.もちろん,確実に危険があるともないともいえないわけで,それでは現実の判断の役に立たないという批判があるかもしれない.

しかし,結局のところ,科学者の提供できるものは,判断そのものではなく判断のための材料でしかない.なにが望ましいかという判断は,不確実性からくるリスクも含めて,実際の当事者がするべきものなのだ.その材料をていねいに提供することこそが,いま,科学者に求められている知的努力だと思う.

 この、「科学者の提供できるものは,判断そのものではなく判断のための材料でしかない」に完全に同意する。同じことは私もここで、「線引きを、危険度70%でやるか80%でやるかという問題で、その危険度の数値を出すのは科学ですが、どこで線引きするかは、価値論です」と書いた。

 牧野さんの「なにが望ましいかという判断は,不確実性からくるリスクも含めて,実際の当事者がするべきものなのだ」の部分にも同意するが、ここで問題を難しくしているのは、科学者そのものが「当事者」になってしまっているからなのだろう。実際、行政手続上のリスク判断を迫られる場合にも「有識者」として科学者が招集される機会は多い訳で、そこにその科学者自身の価値論が忍び込んでしまうことは不可避とも言えよう。早野さんのようにボランティアとして社会的問題の解決にコミットしている科学者にとっても、個別の科学の成果が目の前の現場にとって役に立つものであるかどうかの判断を優先することは当然のように考えられがちだ。

 しかし、「現場にとって役に立つ」が、「現場の人々にとって役に立つ」を意味するとすれば、それは価値論的判断である。牧野さんが言うように科学にはそうした判断を下す能力はない。そうしたことをあまり考えたことのない人の中には、特定の科学の成果が社会に役に立つかどうかを科学的に判断することは可能だと誤解している人も多いのかもしれない。

 やや古い記事を例に出して恐縮だが、例えば片瀬久美子さんの「warblerの日記」にある「科学についての概説」の冒頭に「科学の目標は「自然(nature)」を調査して理解し、そこで起こる出来事を説明し、そしてこれらの説明をみんなの役に立つ予測に用いることです。」とある。一方、末尾のまとめには、「◇科学では、美醜や道徳的な正しさなどの真偽の判定をすることはできません。◇社会において、科学者は判断の材料となる科学的な知見を提供しますが、最終的な社会的な判断は科学者のみでされるものではありません。」と書かれている。ここには、科学者らしからぬ不徹底が表出しているが、これが昨今の科学者の平均的な考え方なのかどうか、私にはわからない。

 確かに、科学的な課題の追求にとって役に立つかどうかを科学的に吟味することは可能である。一方で、それが人々の役に立つかどうかが別問題であるのは、この社会を構成する人々の価値意識が多様だからである。相対多数の人々の役に立つことは、<ほぼ例外なく>、別の少数の人々の意に沿わないことになる。そこを調整する能力は科学にはない。それは政治の役割だ。この<ほぼ例外なく>の部分に納得しない人は、ほぼ例外なく少数の人々の権利を無自覚に侵害してしまいがちな人である。

 件の問題に即して言えば、発端となった福島県と農水省の「放射性セシウム濃度の高い米が発生する要因とその対策について」と題する報告書の図4(土壌中の放射性セシウム濃度と玄米中の放射性セシウム濃度の関係)について、早野さんは、「全く相関しない」、「無関係」と書いた。そして、牧野さんから相関があるとの指摘があって話題になると、「平均値見たら若干相関あるんじゃないかと言っている向きもあるようだが,現場では役に立たない.本質を外した議論.平均から大きくハズレて,低汚染度の田んぼで高汚染米が出来るのは何故かの解明が大事(カリとの逆相関など)」と反論する。

 要するに、相関はあっても、その相関から大きく外れているデータに注目することこそが稲作農業の現場にとって役に立つ視点であり、カリウム濃度との強い逆相関に比べれば無視しても良い程度だと言う訳でああろう。しかし、件のtogetterのコメントにもあるように、土壌中のセシウム濃度と玄米中のセシウム濃度は無関係と断言するなら、水田が放射性物質で汚染されたことに対して保障を求めようとする人々の権利を侵害しかねない。あるいは、そのような保障を求める権利があること自体を覆い隠してしまうよう作用しかねない。

 科学の役割は、事実はどうなのかを徹底して明らかにすることに限られ、そこから逸脱した全ての価値判断は政治的なアピールに他ならない。牧野さんが、「これはすでに科学者であることを放棄して活動家か政治家かなにかになった、ということかなあ?」と呟いたのは、意地悪な挑発とも受け取れるが、「活動家や政治家」が貶めの言葉として有効である筈はない。早野さんとしては、自らの価値判断に自信があるなら、「政治的判断」であることを堂々と主張したら良かったのではなかろうか。

 さて、社会にコミットしようとするあらゆる言説は政治的である。つまり、社会的問題の「当事者」になったとたん、科学者ではなく一人の政治的市民になっていることを自覚しないといけない筈なのだが、その自覚もないまま科学者面をして一つの判断を発信すると、科学やその成果そのものがねじ曲げられてしまうことだって起こり得る。そして、そのことが実際に起ころうとしていた訳である。

 ところで、たとえ科学が判断のための材料しか提供しないものであっても、何かの判断のための材料を提供しようと意図してなされる場合には、その「何か」を<選択する>行為そのものは、個人的にせよ社会的にせよ、なんらかの価値判断によってなされていると考えてよい。社会の隅々まで政治によってコントロールされるようになった近代以降、科学もまた、その存在自体が政治的であると言ってよいかもしれない。

 そのことは、もっぱら職業科学者(科学労働者)によって営まれている近代科学の現場で、個々のテーマがどのように選択されているかを考えればわかるだろう。端的に言えば、社会的に許されているテーマだけが科学の俎上に上がっている訳である。そしてまた、社会的要請の強い分野ほど、多額の予算が配分され、強力に推進されるということになる。逆にまた、社会的に不要とみなされた分野はお取りつぶしになることだってあり得る。そうした判断は常に政治的である。

 この点は、先に引用した牧野さんの「科学」への手紙では触れられていない視点だが、やや関係すると思われる考察は「科学の発展の意味」に見ることができる。そこでは、「物理学の研究者の多くが持つ素朴な科学の発展のイメージは、相対主義からの批判に耐え得るものではない」としつつ、一方で、ラトゥールは科学の発展のプロセスについて時系列的な記述しかしていないとして、「科学の発展」のメカニズムを、ファイヤーアー ベントのように、もっと徹底して方法論の合理性以外のところに求めようとする試みがなされている。その辺りをベースに件のtogetterにおける牧野さんの主張を読み解けば、問題の本質が見えてくるだろう。

 毎日新聞の日曜日朝刊に連載されているコラムに『時代の風』というのがある。2010年7月から続いているが、2012年5月20日からは執筆陣に京都大学の山極寿一氏が加わり、翌週5月27日には、ジャック・アタリ氏が寄稿したりもして、充実した企画となっている。

 私は、特に山極氏の論考を楽しみにしてきたのであるが、例えば昨年12月16日の「暴力で平和維持の誤解」と題したコラムでは、ご自身の専門である人類進化論「ゴリラ学」についての最新の知見をもとに、「戦うことは人間の本性であり、社会の秩序は戦いによって作られてきた」とするレイモンド・ダートやコンラート・ローレンツによって唱えられ20世紀の人類観に多大な影響を及ぼした学説の誤りが説かれていて、短いながらも大変読み応えがあった。

 続いて注目したのは、同氏による本年5月5日の「作り手による『物語』」と題する論考である。「多様な視点から解釈を」という副題の付けられたこの論考は、次の書き出しで始まる。

 芥川龍之介の作品に「桃太郎」という短編がある。桃太郎がサル、イヌ、キジを連れて鬼ケ島に征伐に行く有名な昔話を鬼の側から描いた話だ。豊かで平和な暮らしを突然たたきつぶされた鬼たちがおそるおそる、何か自分たちが人間に悪さをしたのかと尋ねる。すると桃太郎は、日本一の桃太郎が家来を召し抱えたため、何より鬼を征伐したいがために来たのだと答える。鬼たちは自分たちが征伐される理由がさっぱりわからないままに皆殺しにされてしまうのである。

 笑い話ではない。つい最近まで、いや現在でもこれと同じことが起きていないだろうか。私が子どもの頃、アメリカのインディアンは白人と見れば理由もなく襲ってくるどう猛な民族で、力を合わせて撃退し滅ぼすことが美談とされていた。アフリカのマウマウ団と言えば、呪術を用いて人々を暗殺する危険な集団で、平和な暮らしを守るために撃退しなければならない悪の根源と見なされていた。

 そして、そうした見方に何の疑いも抱かずにいたのは、「私」が物語を作った側にいたからに過ぎないのであり、事実に照らして誤解を解き、別の側からの視点にたてば、全く異なった物語が見えてくると説き、次のように続ける。

 今もこうした誤解に満ちた物語が繰り返し作られている。9・11の後、アメリカはイラクが大量破壊兵器を持ち世界の平和を脅かすと決めつけて戦争を始めた。アルカイダはアメリカ人をアラブの永遠の敵と見なして自爆テロを武器に戦うことを呼びかけている。イスラエルとパレスチナも互いに相手を悪として話を作り、和解の席に着こうとしない。どちらの側にいる人間もその話を真に受け、反対側に行って自分たちを眺めてみることをしない。

 そして最後は、次のように締めくくられる。

 言葉の壁、文化の境界を越えて行き来してみると、どこでも人間は理解可能で温かい心を持っていることに気づかされる。個人は皆優しく、思いやりに満ちているのに、なぜ民族や国の間で理解不能な敵対関係が生じるのか。グローバル化した現代、私たちはさまざまな地域や文化の情報を手に入れることができるようになった。物語を作り手の側から読むのではなく、ぜひ多様な側面や視点に立って解釈してほしい。新しい世界観を立ち上げる方法が見つかるはずである。

 見事な論考だと、読み終えた直後は思ったものである。しかし、芥川版『桃太郎』で最も印象深い最後の場面の記憶がよみがえるにつれ、むしろ次第に違和感の方が強くなってきた。山極氏によると鬼ヶ島の鬼達は皆殺しにされたことになっているが、そうではないのである。芥川の『桃太郎』の最後は次のように書かれている。

 日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹と、人質に取った鬼の子供に宝物の車を引かせながら、得々と故郷へ凱旋した。-- これだけはもう日本中の子供のとうに知っている話である。しかし桃太郎は必ずしも幸福に一生を送った訳ではない。鬼の子供は一人前になると番人の雉を噛み殺した上、たちまち鬼が島へ逐電した。のみならず鬼が島に生き残った鬼は時々海を渡って来ては、桃太郎の屋形へ火をつけたり、桃太郎の寝首をかこうとした。何でも猿の殺されたのは人違いだったらしいという噂である。桃太郎はこういう重ね重ねの不幸に嘆息を洩らさずにはいられなかった。
「どうも鬼というものの執念の深いのには困ったものだ。」
「やっと命を助けて頂いた御主人の大恩さえ忘れるとは怪しからぬ奴等でございます。」
 犬も桃太郎の渋面を見ると、口惜しそうにいつも唸ったものである。
 その間も寂しい鬼が島の磯には、美しい熱帯の月明りを浴びた鬼の若者が五六人、鬼が島の独立を計画するため、椰子の実に爆弾を仕こんでいた。優しい鬼の娘たちに恋をすることさえ忘れたのか、黙々と、しかし嬉しそうに茶碗ほどの目の玉を赫かせながら。・・・

 人間の知らない山の奥に雲霧を破った桃の木は今日もなお昔のように、累々と無数の実をつけている。勿論桃太郎を孕んでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまった。しかし未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。あの大きい八咫鴉は今度はいつこの木の梢へもう一度姿を露わすであろう? ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。・・・

 大正13年に書かれた芥川版『桃太郎』の終章は、見事にこの21世紀の世界の状況を予言していて、唸ってしまうのだが、山極氏が『桃太郎』の中で最も重要とも思われるこの終わりの部分にふれなかったのはなぜだろう。

 まず、山極氏は、その論考で鬼が「皆殺しにされてしま」ったと、不実の記述をしていることから、単なる字数制限の問題ではなく、故意に触れなかったものと推測される。鬼が皆殺しになっていればその後の顛末に触れなくてすむからだ。ではなぜ山極氏はそうまでして、この、最も重要な最後の場面に触れないようにしたのだろうか。

 芥川はもちろん、山極氏が指摘するように、物語の作り手の側とは異なる視点、つまり「原作」とは逆の、鬼の視点に立って物語を再構築することで、この世界に全く異なった風景が現れることを示したかったに違いない。そのうえで、桃太郎の行動に託して権力者の横暴が描かれ、鬼の末裔達の行動に託して、権力者の横暴の、その理不尽さに応じた被抑圧者の抵抗のありようが、ある意味当然の成り行きであるかのように描かれている。

 芥川は、テロリズムによって怨念をはらそうとする鬼ヶ島の末裔達の行動を、否定も肯定もしておらず、ただ淡々と、「当然、そうなるだろう」というふうに描いていて、そのことが、1世紀のスパンで世界の行く末を見抜いていたとの感嘆の念を呼び起こすのである。こう考えると、最後尾の八咫鴉(やたがらす)の登場する取って付けたような段落も、まるでこの世の掟でもあるかのような成り行きの、その「自然さ」を強調するために、実に周到に準備されたものとみることもできる。

 こうした描写は、「ゴリラ学」の成果によって構築された山極氏の人類観と、一見、対立してしまう。冒頭に引用した、山極氏の昨年12月16日付の論考の方は、いわば「桃太郎論」の伏線となっていて、人類の祖先達を社会文化史の側面から科学的に研究した成果をもとに、かれらの本性が決して戦いを好むものではなかったことが論証され、それまでの人類観の誤りが指摘されている。その上で山極氏は、「物語を作り手の側から読むのではなく、ぜひ多様な側面や視点に立って解釈してほしい。新しい世界観を立ち上げる方法が見つかるはずである。」と結論するのである。

 もともと山極氏の問題意識は、理不尽な加害行為がおこる根本的な原因であるところの「物語」をつくった首謀者の存在する背景などにはなく、そうした加害行為を容認し、荷担してしまう我々「庶民」の問題として、「物語」を作った側の視点から抜け出せずにいるのはなぜかというところにあり、その限りにおいて、山極氏の理路に本質的な齟齬は認められないし、むしろ頷けるところの多い論考である。

 しかしここでひとつの疑問が生じる。ではもし逆に、ゴリラたちがかつて考えられていたように凶暴な猛獣であれば絶滅させてもかまわないという考えは正当化されるのであろうか。人類の祖先たちが戦いを好むものばかりであることが事実であったとしたら、山極氏の結論は無効になるであろうか。決してそうではない筈だ。ゴリラの本質がどうあろうと、人類の祖先がどうあろうと、それらについての科学の成果とは独立に、我々は倫理的な判断を下すことができなければならない筈だ。その際にはもちろん、ゴリラや人類の祖先達の文化史についての研究成果を参考にした方が良い場合もあろうが、それらは、こうした方面での結論にいたる優先的な条件ではない。
 
 山極氏は、ネイティヴ・アメリカンが「理不尽」な誤解を受けたとしつつ、中東情勢については、いわば「どっちもどっち論」を展開していて、この点で芥川の『桃太郎』の描写とはすれ違いがある。山極氏の「どっちもどっち論」は、芥川が描いた非対称性を、単に一方の側からみた「物語」にすぎないと相対化し、無視することで成立する。このような引用の態度は芥川に大変失礼ではないかと思うのであるが、それは、論拠として科学の成果を最優先しようとした結果なのではないか。私がそう考えるのは、山極氏のあまりにも簡潔に過ぎる中東情勢の「どっちもどっち論」が、この方面について蓄積されてきた多くの社会学的、倫理学的な研究の成果をあっさりと無視してもいるからだ。

 山極氏に限らず、多くの科学者たちの陥りやすい過誤は、まるで科学の成果こそが、倫理・道徳について議論し,人々の多様な価値観をすりあわせる際にもなにより優先されねばならない論拠になり得るかのごとく錯覚してしまうことであろう。私自身、そもそもこのことには、山極氏の昨年12月16日付の論考を読んだ時点で気づくべきことだったのだが、それができなかった。

 世の中に生起する問題には、それにどう対処すべきかを考える際に科学的な論拠を必要としないものがある。逆にそこをまちがえると「科学」が悪用される場合さえあることを、科学者は肝に銘じる必要があるだろう。

Sivad氏の毎度の呟きは、そのことを端的に指摘している。
「根拠のない差別」がダメなのではなくて、「差別」がダメなのです。そこをまちがえると優生学まっしぐらです。

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 動物行動学のエドモンド・モリスは、ヒトは自分で自分を動物園にとじこめ飼育している奇妙な動物であると指摘した。モリスの「科学」には幾分怪しげなところもあるが、この奇妙な動物が、自らは望まぬ窮屈な社会の出現を、他ならぬ自分自身の手で後押ししている例は枚挙にいとまがない。

 身近なところでは私の住む地域の自治会に奇妙な決まり事が沢山ある。世帯構成は高齢化著しいのに、炎天下に地域清掃行事が敢行され、不自由な体をおして老人達がぞろぞろと歩きながら空き缶などを拾い集める。どんな理由であれ、これに参加しないと一世帯あたり1000円を拠出しなければならない。これは年中行事のひとつとして毎年の自治会総会の場でその実施が決定されている。ところが自治会役員を含む4、5人に訊いてみたところ、皆がこのボランティア行事の継続をほんとうには望んでいないふうなのだ。これに異を唱えるなら、きっと周りから白い目で見られるだろうとの消極的な考えから賛成したが、案の定満場一致だ。自治会役員としては、これを中止したら長年続けられてきた立派なこころざしの慈善事業の火を絶やした代として記録されることになるので、毎年、行事案に組み入れてしまう。こうして、多数の人々が望んでいないことが物理的に不可能になるまで続けられることになる。

 こんなことを考えているうちに、常野雄次郎さんの『催涙レシピ』にある、ちょっと古い次の記事を思い出した。


 そこにスラヴォイ・ジジェクによる小咄が引用されている。

 あるところに、自分が米粒だと信じ込んでいる男がいる。彼は今にもニワトリに食べられてしまうのではないかという恐怖に怯えている。精神科医の治療により、彼は完全に治癒し、退院する。ところが男はすぐに医者の所に逃げ帰ってくる。「ニワトリに襲われる」と叫んでいる。
 医者いわく、「あなたはもう完治したじゃないですか。あなたは自分が米粒じゃなくて人間だということはわかっているでしょ」。
 男が答えて、「もちろん俺は人間だ。俺はわかっているよ。だがニワトリはそれをわかっているだろうか?」。←オチ
(注1)

 落語をやっている知人に話したら、このオチは、粗忽噺に多い「間抜けオチ」という最上級のオチに分類されるものらしい。最上級との評価は、単なる間抜け話に終わらないからなのだろう。この男は私たち自身でもあるのだ。

消費者「無くなる前に食べておこう。俺が食べなくても、どうせ誰かが食べる」
漁業者「無くなる前に獲っておこう。俺が獲らなくても、どうせ誰かが獲る」
行政「規制を断固阻止して、業界を守ります」
メディア「規制をすると、ウナギが高くなる」
ウナギが減るのも当たり前。

 「原発を輸出しよう。日本が輸出しなくてもどうせ他の国が輸出する」という発想もまた同じだ。

 原発推進論者はもっとストレートで、こうした後ろ向きの発想は、たいがい、「将来の脱原発」を漠然と望む者がいだくものなのである。その行き着く先が、多国籍化した原子力産業の利権を肥大化させ、行き場のない核廃棄物をますます増大させ、ウナギの絶滅と同じく抜き差しならぬ状況へこの世界を導くものであることは誰にもわかる筈のことであろうに、こうして一見常識的な人々が自らの首を絞める道を選択することになる。

 トルコにしろインドにしろ、政府レベルでは原発を輸入したがっているとしても、そうした国にも必ず原発に反対する運動がある。インドの立地予定地周辺での反対運動のように、中には深刻な例もある。そのような運動との連帯を通して、世界中から原発をなくす道を模索しようと考えず、脱原発を望みながらもどうせどこかの国が輸出するのだから日本が輸出した方が良いとするのは、結局、そのどこかの国の不正義を盾に、自らの不正義を合理化する発想である。常野さんの言う「不正義のアウトソーシング」とは、そのような発想を表現したものであろう。

 今すぐ原発をなくしてしまえば困る人が居るからなくす訳にはいかないという主張も、困るであろう他の誰かのせいにして終わるという点では、同じ構造を持っている。困る人が居るなら困らない人がサポートするのが人間らしい社会だと思うのだが、原発の稼働が続けばやがて困らない人まで困ってしまうことになる。そうなったらもう破滅しかない。

 世界中の反原発の運動と連帯しようとせず、原発がなくなっても困る人が出ないような方策を考えようともせずに、ついには自らの首をしめてしまうような道を選択してしまう、そうした発想はどこから出てくるのか。その根底には、他の国、他の人々をまるでニワトリのように理解不能で連帯不能な存在だと思ってしまう、ある種の諦めがあり、そのニワトリが自分のことを米粒のように思っているのではないかという怯えがあるだろう。

 しかし、ニワトリがどう思おうと、自分は人間でありたいと願うなら、人として振る舞うことでしか救われる道がないのは自明のことではないのか。たとえそれ以外に道があったとしても、そうして生き存えた世界はもはや人の世ではない。このことはかつて、次のブログ記事にも別の視点から書かれていた。

(過ぎ去ろうとしない過去:2010年3月10日)

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注1)原文を読んだことはないが、この中の「米粒」を「穀物の種」と訳してあるものもあった。ジジェクが東欧出身であることを考えれば「米粒」は不自然だが、意訳としては「米粒」の方が良いかもしれない。

ケンタウルス祭の夜

 梅雨があけて久しぶりの快晴だったので、街灯りの少ない近くの山の裏まで車でひとっ走り。林道わきの土手に寝転がって夏の銀河を堪能する。

 七夕の織女と牽牛の居ること座とわし座、その傍のいるか座、や座、こぎつね座。星座では白鳥座とさそり座がいちばんそれらしく立派にみえるが、夜10時近くになって、さそりの方はもうずいぶん傾いている。さそり座の見頃は梅雨の時期と重なっているが、まだまだどうして、たいしたものである。しっぽの先の散開星団もちゃんと見える。

 なによりの圧巻は、いて座付近の天の川である。これほどきれいに見えることは滅多にないと思い、ちょっとデジカメで写真を撮ってみた。

イメージ 1

いて座付近の銀河(撮影データは脚注参照)

 七夕は何もせずにやり過ごしたが、本当の七夕は旧暦の7月7日、今年は8月13日になるらしいと知って、なんとなくほっとする。子どもの頃は、自分で調達した笹を学校に持って行って、図工の時間に、折り紙で作った飾りや願い事を書いた短冊を結び付け、各自それを家に持ち帰って軒先にかざすという習慣があった。近頃あまり見かけなくなったが、どうなのだろう。

 函館出身の知人から聞いて知ったことだけれど、当地では、七夕の日の夜に子ども達が集まって町内の家々をめぐり、「ろうそく一本ちょうだいな」と歌い、お菓子をもらったりするのだそうな。「まるで、ハローウィンのようでしょ」と話してくれたが、その時に思い出していたのは、『銀河鉄道の夜』に出てくるケンタウルス祭のこと。

 この作品の四章「ケンタウルス祭の夜」から、この祭の様子を彷彿とさせる記述を拾ってみる。

 街燈はみなまっ青なもみや楢の枝で包まれ、電気会社の前の六本のプラタヌスの木などは、中に沢山の豆電燈がついて、ほんとうにそこらは人魚の都のように見えるのでした。子どもらは、みんな新らしい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、「ケンタウルス、露をふらせ。」と叫んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃したりして、たのしそうに遊んでいるのでした。
 (略)
 十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、向うの橋へ行く方の雑貨店の前で、黒い影やぼんやり白いシャツが入り乱れて、六七人の生徒らが、口笛を吹いたり笑ったりして、めいめい烏瓜の燈火を持ってやって来るのを見ました。
 (略)
「川へ行くの。」ジョバンニが云おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」さっきのザネリがまた叫びました。

 最後の「川へ行くの。」から、子供達が烏瓜をくりぬいて中にろうそくを灯した燈火を川に流したりするのかなと、勝手に想像したりする。

 ところで、ケンタウルス座そのものは春の星座で、しかも中心緯度がー50°付近の南天の星座なので、沖縄以南でないと全体は見えない。一方、ジョバンニの父親はらっこ捕りに行ったという設定から、舞台はケンタウルス座の見えないやや北の地方ではないかと思われる。このようなことから、「ケンタウルス祭」と「ケンタウルス座」を結びつけるのは無理があるかなと、以前から考えていた。

 しかし、今になって、下半身が馬で上半身が人というケンタウロス族は、いて座の射手もそうであったと思い出す。そう考えると、夏の夜の祭であるらしい賢治の「ケンタウルス祭」は、我が銀河系の中心方向に位置するいて座を愛でるものではないかと、これも勝手に想像してみる。

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注)f = 50 mm、F2、露出6秒・固定、感度 ISO 3200 相当
横位置の画角で撮ったものを上下に二枚繋げたもの。
古いフィルムカメラのレンズを使ったために像があまい。
絞りを開放(F1.2)にすると収差がひどいので絞ったら、さすがに暗い。
元画像を拡大してみると、6秒でも星像が流れているので、f 50 mmだと、これ以上の露出はかけられない。
 カート・ヴォネガットが唱えた「芸術家の炭坑のカナリア理論」(注1)とは、以下のようなものとして理解されているだろう。

 つまり・・・
 感受性に優れた芸術家に社会的な役割・使命のようなものがあるとすれば、世の中に「悪い空気」が忍び寄って来た時、それをいち早く察知して、炭坑のカナリアよろしく卒倒してみせ、人々に危険を知らせることだ。

 私はこの「理論」を、学生時代、大江健三郎氏の著作によって知ったのだが、おぼろげな記憶によって、『核の大火と「人間」の声』(岩波、1982)に収録されていたのではなかったかと思い、読み返してみたら、あった。少し長くなるが「10 核状況のカナリア理論」(p285〜309)から引用する。初出は『世界』1981年10月号とのこと。

 僕はかつてヴォネガットのインタヴューの一節を、文章に引用したことがありました。それは当時アメリカのキャンパスでもっとも人気高いといわれていたこの作家が、ソヴィエトの学生たちにも好んで読まれていることを知った1973年のことで、僕は旅行にたずさえて行ったかれの新作を、モスクワの学生に贈ったのでしたが、その長編小説は、この世界のすべての悲哀(サドニス)にたいする、無力な優しさの表現として、涙が流されるところで終わっていました。ヴォネガットはいまいったインタヴューで、その作品をつらぬく笑いと涙についてこう語っていたのでした。 ≪・・・笑いというものはフラストレーションへのひとつの感応なのだ。涙がおなじくそうであるように、そして笑いはなにものをも解決しない、やはり涙がなにも解決しないように。笑うこと、あるいは泣くことは、ほかになにひとつできない時に、人間がおこなうところのことなのだ。≫ そのように笑うこと、あるいはそのように泣くことしかできぬ人間として、作家というものをとらえているのらしいヴォネガットに、僕は鮮明な印象を受けていました。

 それから数年して出たヴォネガットの新しい本は、多様なジャンルの作品を集めたものでしたが、僕はそのなかでかれが作家の役割をもっと意識的に語っている文章を見出しました。横浜会議で、僕が直接しばしば思い出したのが、この講演記録でした。ヴォネガットの性格、その仕事のしぶりからいって、この講演は充分に準備された文章であって、つまりはひとつの作品として、かれが書いたものだと考えてよいはずですが、それは一九六九年に行われた「アメリカ物理学協会」への講演」として本に採録されています。("Wampeters Foma & Granfalloons" Delacorte Press)

 ヴォネガットはそこに集まった、おもに物理学の教師である聴衆の前で、いったい芸術の有効性とはなんだろうと、みずから問うのです。

 ≪これについて私がいだくことのできる、もっとも積極的な考えは、芸術の「炭鉱のカナリア」理論と私が呼ぶものです。この理論が示すのは、芸術家たちが社会にとって有効であるならば、その理由はかれらがきわめて感じやすい者たちだということです。かれらは徹底して感じやすい。かれらは有毒ガスが満ちてくる炭鉱のカナリアのように、より躰の強い者らが危険を認める前に、卒倒してしまいます。/今日の集まりに来る前に、私が卒倒していたとしたら、それは私にできたもっとも有効なことであったでしょう。他方、毎日何千人もの芸術家が卒倒してはいるのですが、それに誰ひとりわずかな注意もはらわぬのです。≫

 作家をふくむ芸術家の社会的な役割をこのように定義してから、ヴォネガットはそのような人間の考えとして、現代の科学者はもはや古き善き時代の科学者のように無垢(イノセント)でありえぬこと、たとえば戦争のための新しい武器の開発をもとめられた若い科学者は、新しい原罪とでもいうべきものを自分がおかすのではないかと疑わねばならぬといい、救済への希求と絶望のからみあった、いかにもかれらしい響きをこめて、次のように講演をしめくくっているのでした。God bless him for that.

 大江氏は、このヴォネガットの「充分に準備された」アイデアを日本に広めるべく、その後幾度となく引用した。たしか、1984年にヴォネガットが来日してNHKで対談したときにも、この話題が出されたと記憶する。

 ところで、これを読んだ当初からの疑問として、芸術家が炭坑のカナリアよろしく卒倒するとは、どういう状況のことを指すのかということがあった。ヴォネガットは、「毎日何千人もの芸術家が卒倒している」と語ったが、具体的なことは書いていないようだ。大江氏の『持続する志』(文藝春秋、1968)を読めば、大江氏自身はとても他人より先に卒倒したりするような作家ではなさそうに思えるのだが、では、大江氏は、卒倒している(した)作家として、典型的には誰のどのようなふるまいを想定していたのだろうか?

 思い当たるところは、同じ『核の大火と「人間」の声』の別の章で語られた原民喜くらいだ。ここに書いたように、原民喜は、朝鮮戦争が始まった翌1951年3月13日、遺稿『心願の国』に「破滅か、救済か、何とも知れない未来にむかつて……。」と書き残して、国鉄中央線の吉祥寺駅 - 西荻窪駅間で鉄道自殺する。たしかに原民喜の自殺は、世の中に「悪い空気」が忍び寄って来たことで卒倒した典型例かもしれない。しかしそれは、多くの人々に覚醒をせまるほどのものであったろうか、というのが、私の疑問として残った。自殺した作家は多いが、そのことで「悪い空気」が忍び寄って来たことを人々に察知させることができなかったとしたら、「炭坑のカナリア」失格である。

 そこで、いろいろ考えた末の私の結論は、三島由紀夫こそが炭坑のカナリアであったというもの。

 三島は「1970年(昭和45年)11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内東部方面総監部の総監室を森田必勝ら楯の会メンバー4名とともに訪れ、面談中に突如益田兼利総監を、人質にして籠城。バルコニーから檄文を撒き、自衛隊の決起・クーデターを促す演説をした直後に割腹自決した」(Wikipedia: 三島由紀夫)。

 これは逆説でも何でもなく、間違いなく、一人の芸術家が「卒倒」してみせた典型例に違いないと思う。おそらくこの事件は、「世の中に悪い空気が忍び寄って来た」ことを人々に覚醒させる力があったのではないか。たとえ原民喜が「正しく卒倒」し、三島由紀夫が「醜悪に卒倒」したという違いはあったとしても、我々凡人は、彼らが身を挺して発したシグナルを注意深くキャッチして、世の中に忍び寄りつつある「悪い空気」のほんとうの正体を見極め、どう対処したら良いかを考えるべきだと思う。そしてまた、感受性に優れて卒倒するのはなにも芸術家に限らないということも気にとめておくべきだろう。

 以上のようなことを考えたのは、例えば福島で東電原発事故がおこったことで、現に今も、「毎日何千人もの人々が卒倒している」のではないかと思ったからだ。冷静で分別のあることを自認するある種の人たちは、それらの人々を、精神に異常を来した者とでも考えているのか、例えば「放射脳」といった悪罵を投げつけて揶揄する。あるいは、「行動免疫システムの誤作動」などという、巧妙な科学の粉飾でもって同質の評価を下す人もまた後を絶たない。

 つまり冷静で分別のある彼らは、今にも卒倒しそうな人々のその感受性の内面でおこっていることについて理解できずにいるため、その「不思議な現象」を科学の力で解明しようとしているのだろう。冷静で分別のあることと感受性に優れていることは矛盾しない筈だと思っていたのだが、私の判断は間違っていたのだろうか。

 1969年にカートヴォネガットは、ほかならぬ物理学者達にむかって、この「芸術家の炭坑のカナリア理論」を周到な準備のうえで語った。彼が、もっとも語りかける必要のある人々だと判断したからだろう。God bless him for that.

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注1)当初、この「炭坑」を、大江氏に倣って「炭鉱」と表記したが、「炭鉱」は、石炭の濃集した鉱体や、鉱山のことなので、「炭坑」と改めた。なお、私のMacにインストールされている辞書には、「炭鉱」について、「石炭を採掘する鉱山。慣用として『炭坑』と書くこともある」との説明があるが、少なくとも専門家は、石炭を採掘するために掘った穴としての「炭坑」と区別している筈。(7/9)


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