さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 9月4日の朝、吹流しが真横にたなびく滑走路をイチかバチかで離陸した飛行機に乗り、迫り来る台風21号を振り切って新千歳経由で札幌入り。やれやれと思うも束の間、翌未明にその台風が再びやってきて、進路右側に位置していた全道は風速30mの暴風に見舞われた。台風のストーキングに遇うとは何て運が悪いんだ。それでも、関西での痛ましい被害の報道に接し、これくらい大したことはないと気を取り直した。

 それもまた束の間、翌6日未明(03時7分)には地震の不意打ちをくらい、激しい揺れに熟睡からたたき起こされた。札幌中心街にあるホテルの6階で、体感的には震度5強くらいか。この揺れなら付近で大きな被害が発生することはないだろうと思いつつも、初期微動の継続時間からやや離れた震源地のことが気になった。しかしテレビがつかない。室内の明かりが停電時の非常灯に切り替わっていたことを了解した。窓から見える周囲のビルも全て非常灯だけが点いているようだ。PCを起動してネットで確認しようとしたが、ホテルの無線LANが停電でダウンしている。私はスマホを持たないので、たちまち情報弱者になってしまった。

 深夜に申し訳ないと思いつつ、携帯で妻に電話して、今こちらで大きな地震があったのでテレビをつけて震源の位置と地震のマグニチュードを教えてくれと頼んだ。聞きなれない「胆振地方」が太平洋に面した側であることはわかったが、正確な位置がわからず、M6.7、震源の深さ40 kmと聞いて困惑した。まずこれは海溝型地震に特徴的な深さで、地殻内地震だとしたら異常な深さだ。しかし、海溝型地震でM6.7というのは決して大きな規模ではなく、その程度で日本海側の札幌中心街がこれほど揺れるとは思えない。そのうちマグニチュードや震源の深さが修正されるだろうと考えて、ひとまず落ち着いた。

 落ち着いてみると、天井にある非常灯の明るい豆電球のスイチの紐の取っ手が部屋の壁に影を落とし、それがゆらゆらと揺れ続けているのに気がついた。これは一種の光テコだ。体では感じないごく僅かな揺れを増幅して可視化してくれている。それが何分も揺れ続いているのは、断層の「割れ」が少しずつ拡がっているからなのか、それとも初動があちこちに反射して行き交っているからなのか、大変興味深い。やがて遠くから救急車や消防車のサイレンが間欠的に聞こえるようになったが、近くで火災が発生している様子はなかったので、とりあえず寝ることにした。寝る前にトイレを使ったが、手を洗おうとして断水に気づいた。後で、トイレのタンクの水を不用意に流し去ってしまったのを後悔することになる。

 夜が明けて目が覚めるとバッテリー切れらしく、非常灯が消えている。えーっと、テレビはつかない、ネットは見れない、トイレも使えない。これは大変だ。外をみると、近くのコンビニの店頭に人だかりができている。そうだ、今のうちに飲み物と食料を手に入れなければ。窓のない非常階段は真っ暗だ。備え付けの懐中電灯を使って下まで降りて外へ出ると、店内は立ち入り禁止で、表で飲み物だけを売っている。お茶やミネラルウォーターはたちまち売り切れ。出遅れたようだ。とりあえず、乳酸飲料のようなものを買ってホテルへ帰った。2階のフロント横にあるトイレには水の入ったバケツが用意してあり、これで流せという。以降、トイレの度に真っ暗な非常階段を使って6階と2階を往復することになる。

 しばらく後、北海道大学へ行って知人達に会い、ようやく何がどうなっているのかわかった。先ず、送電網の連鎖解列がおこって全道ブラックアウト、完全復旧には一週間程度を要するらしいとの情報を得た。大学構内もどのホテルも断水で、トイレは使用禁止になっている。トイレが使えないことを理由にホテルを追い出され、旅行者向けの避難所へ身を寄せている人もいると聞いた。私の地元では大学もホテルもマンションも屋上に給水塔があるので、停電即断水とはならないが、これは北国特有の問題らしい。そんな訳で、レストランも全て臨時休業だ。それでも近くの弁当屋さんはガスレンジでご飯を炊き、昼頃にはなんとか営業を再開した。その前の歩道には長い行列ができている。コンビニもレジは動かないが電卓で勘定をして開店しているところがチラホラ。薄暗い店内には、しかし、パンや弁当は既に売り切れているので、カロリーの高そうなお菓子の類をひとしきり買って、ホテルへ帰る。

 さて、どうしよう。札幌のホテルの予約は翌7日の朝までで、その後小樽へ移動してレンタカーを借りてあちこち行くことにしている。小樽のホテルは受け入れ可能ということだが、移動する手段はあるのか。予約を入れていた小樽のレンタカー屋さんはIP電話で連絡が取れない。とりあえず情報収集のために札幌駅へ行くと、非常用発電機があるのか明かりが点いていてトイレも使えるらしい。札幌市内で断水していないのは病院などごく一部の施設だけのようだ。JRは全て運行を停止し、再開見込みは未定とのこと。駅員と話をすると、旅行者向けの避難所を案内する地図をくれた。既に2箇所は満杯のバツ印が付いており、残りは札幌市民ホール(わくわくホリデーホール)1箇所のみ。携帯電話も基地局のバックアップ電源が時間切れで次々にダウンし、ソフトバンクの私の携帯は通じにくくなり、次第に心細くなってくる。

 バス乗り場へ行くと、こちらも高速バスを含め全便運行停止中で、いつ再開できるかわからないとの張り紙。電光掲示板には「悪天候のため運行停止」とある。「地震のため〜」という定型文がなかったのだろう。後で知ったことだが、全てのバスが運行を停止したのは停電で交通信号が作動していないのが理由だったらしい。札幌市内の交通信号は、ソーラーパネルを装着したごく一部のもの以外ほとんど消えていたが、渋滞は起きていないし交通事故が増えたという話も聞かない。歩行者は車の切れ目を縫って道を渡るのに苦労している様子もない。信号待ちがないので、却ってスムースに移動できたのは意外だった。なんだ、信号なんていらないじゃないかと思ったくらいだ。

 いろいろと策を練っているうちに、生来のズボラな性格が出て、なるようになるさと、考えるのが面倒になった。誰もいない札幌駅の高速バス亭の乗り場にあった自動販売機に、奇跡的にミネラルウォーターが残っていたのを2本買って、ほら、運がいいじゃないかと思いながら、ホテルへ帰った。しかし、午後7時になると部屋の中はもう真っ暗だ。ビルの谷間からはカシオペア座がきれいに見える。携帯もPCも懐中電灯も充電する術がないので、無闇に使えない。仕方ないので寝ることにした。寝入ってしばらく経った午後10時頃、知人からの電話で目がさめると目の前のマンションに明かりが復活している。窓の外を見ると、通りを挟んだ向かい側の一角は通電したらしい。こちらも夜が明けるまでには復活しているだろうとたかをくくって、また寝た。

 7日朝、起きてもまだ停電・断水が続いていてがっくり。今日はチェックアウトの日だ。9時すぎにホテルを出て、なんとかタクシーを拾い、とりあえず、避難所に指定されている「わくわくホリデーホール」へ向かった。しかし、着いて見るとなぜか扉が閉まっている。もう閉鎖されたのか。札幌駅へも行ったが、JRはまだ動いていない。高速バスの乗り場へ行っても、相変わらず「悪天候のため運行停止」中だ。最寄りのトヨタレンタへ行ったが、予約で全て埋まっているという。隣のホンダレンタは営業停止中。とりあえず、高速バス乗り場の柱の袂にコンセントがあったのを思い出し、そこで携帯を充電した。

 万事休す。小樽へ行くのは諦める他ない。復活した携帯で、あちこち電話をかけまくった。結果、知人が滞在中のホテルが既に通電し、断水も解除されたと聞いて、東区にあるそのホテルへ移動することにした。キャンセルが相次いで新規の受け入れが可能になったという。地下鉄が止まっているのでタクシーを拾おうとしたが、なかなか捕まらない。どうやら札幌駅周辺では駅のタクシー乗り場に集約されているらしい。そこへ行くと、タクシー待ちの行列が70 mほどに達していて、そこへやってくるタクシーもまばらだ。行列をなしている6〜7割くらいの人が新千歳空港を目指しているという。声を掛け合って相乗りするグループも多かった。待つこと1時間半、ようやくタクシーにありついて、次のホテルへ向かう。運転手の話では、ガソリンの調達が難しいせいで札幌市内のタクシーの半分くらいしか動いていないうえに新千歳への往復に時間がかかることもあって、タクシーが捕まりにくくなっているらしい。

 東区は震度6弱だったとのことで、実際、路面がうねったり陥没したりして通行止になっているところが多かった。既に復旧工事も始まっている。ビルの外壁やガラス窓が落ちて粉々に砕けているところもあった。まだ時間は早かったが、チェックインを受け付けてもらい、再開したばかりの傍の食堂でまともな食事にありついて、ようやく一息ついた。久しぶりにテレビをつけ、PCを起動してインターネットで情報を収集。地震本部の速報(注1)で、今回の地震が、従来から異常に深いところで地殻内地震のおこっている付近で発生したものであることがわかった。深さ37 kmでM6.7だと地表地震断層は現れていない可能性が高い。テレビでは札幌市南部の清田区で発生した液状化による住宅の倒壊現場の様子を伝えていた。10日に帰るまで時間はたっぷりあるので、翌日はそこへ行くことにした。

 明けて8日、動き出した地下鉄に乗って、東豊線終着の福住駅で降り、タクシーで現場へ向かう。既に復旧工事が始まっており、現場の多くが立ち入り禁止になっていた。

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 報道のカメラクルーや、被害調査の自治体職員・大学の専門家等が多数動き回っている。最近の雨で含水量が多かったのだろう。宅地開発の際に元の谷地形を埋めたところが地震動で液状化して多量の土砂が吹き出し、下流へ流れ去って陥没がおこったようだ。

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 本日9日までの情報では、埋め立てるのに火山灰を使ったのも被害を大きくした原因らしい。水道管が破裂して液状化を増幅したとの情報もある。それだけでなく、宅地の一つ上の段丘面上では側方流動がおこったらしく、その先端の土手で斜面崩壊がおこっている。

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 土手の上の駐車場の管理人に聞くと、かつてここには二段の段丘があって、その下段を削り取って宅地とした部分は何事も起きていないが、谷を埋めた下流側に被害が集中しているらしい。道路のマンホールが盛り上がっているとの報道があったが、これは盛り上がったのではなく、周囲が陥没して相対的にマンホールの部分が盛り上がったように見えているだけである。つまり、マンホールと同じ基礎工事をしていれば住宅が傾くこともなかったということだろう。

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 私はかつてここに「日本は自然が豊かで素晴らしいというのも甚だしい勘違いで、むしろ、凶暴な自然に四苦八苦しながら人々がなんとか暮らしてきた地域に属する、というのが自然災害研究者の一致した見解である」と書いた。ところが、多くの日本人や彼らが選んだ与党政治家だけでなく、官僚達にさえその認識が欠落している。だから、「泊原発が動いていればこのようなブラックアウトは起こらなかった」などといった莫迦なことを言い出す人が後を絶たない。

 滞在中の小さなホテルは、予約客の全員がキャンセルし、昨夜から、そして今日も私一人だけである。いろいろと親切にしてもらい、感謝に絶えない。不幸中のさいわいは、連日たいした雨も降らず、ほど良い気温で冷房も暖房も不要だったこと。ただし、この先は気温が下がって朝晩は冷え込むとのこと。被災地へのきめ細かな支援が必要だ。

追記(9月10日)
 全道ブラックアウトに至る経過についての報道があった(注2)。先ず地震のために苫東厚真火力発電所の2号機(60万kW)と4号機(70万kW)が緊急停止した。これで大きく需給バランスが崩れたので、(過負荷による他の発電機の損傷を避けるために)強制的に一部地域の停電措置がとられた。私が滞在していたホテルとその周辺は地震直後から停電になったので、その「一部地域」に含まれていたようだ。その後しばらくは持ち堪えたが、17分後に「何らかの原因で」同発電所の1号機(35万kW)が停止したのをきっかけに全道ブラックアウトになった、ということらしい。

 では何故、17分間は持ちこたえたのにそれがダメになったのか。一つには、私がそうであったように、地震で飛び起きたほとんどの人が、とりあえず明かりとテレビを付けようとして、需要が急増したというのも原因になったのではないかと思う。

*この追記については、翌日の記事で補足した。

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 たまたま水俣病の「腐敗アミン説」についての議論を目にすることがありましたので、手短にコメントしておきます。

ニセ科学叩き自体はアホではないと私は思いますし、アミン説が出てきた背景には当時の化学だだめだったという話になると思います。アミン説を否定するだけの化学の研究をやっていなかったということですから。

水俣病に関して言うと、当時の知見からすればアミン説もありえなくはないけれど、今から見ればまぁ弱い説なわけです。一方で、チッソ工場由来説も疫学的にあり得るけれど弱い説なので、チッソが場当たり的な対応をしてそれが良しになり、さらなる被害拡大になった、という流れだと思います。

 「当時の知見からすればアミン説もありえなくはない」というのは、端的に言って間違いです。アミン説を否定するのに化学の知識は全く不要です。原田正純さんは、腐敗アミンを摂取することで想定される症状は(水俣病とは)根本的に病像が異なる」という表現であちこちに書かれているのですが、直接お話を伺った際には、「それは水俣病じゃない」という表現で一蹴されていました。原田さんとしては、このような珍説がまさかまともに相手にされるとは思いもしなかったということだったのです。

では「水俣の現場に足を運ばずして提唱された数々の珍説」とだけ述べて、「腐敗アミン説」については具体的なことは何も触れていません。なぜなら、議論にも値しない珍説だからです。そのことは、ちょっと考えれば誰にもわかる筈のことではないでしょうか。例えば・・

実際、腐敗した、あるいはしかけた魚を食べただけなら、通常の食中毒はあり得ても水俣病のような奇態な症状の病気が発生したなんてそれまで聞いた事も無かったでしょ?それだけで話がおかし過ぎるんですよ。

 というよう認識は、政府が公式に原因を認めた1968年頃までには広く共有されていたと思います。

 ところが、上記の私の記事のコメント欄でもafofuruki さんとおっしゃる方が、腐敗アミン説を擁護する主張を展開され、その場で少し議論をしました。しかし、私が次のように応じたところで、なぜか議論は立ち消えになってしまいました。

なるほど、その論文を読んで評価すべきですね。私は2007年に開催された「水俣病事件報道を検証する」と題するシンポジウムの原田正純さんの報告からの孫引きで、戸木田菊次氏の論文の内容を理解したつもりになっていました。そこには次のように書かれています。

「たとえば東工大の清浦雷作教授は、水銀ではなく、魚のなかの有機アミンだという説を出します。それから戸木田菊次教授は、実験をしています。水俣の漁師は貧しいから腐った魚を食べたのではないかと論文に書いてあります。いろいろなところから魚をとってきて腐らせて猫にやったら猫が死んだ。あたりまえではないですか。問題は、死んだ猫が水俣病だったかどうかが問題で、それはやっていないのです。そういうことを論文に書いて発表していますから、今でも私たちは見ようと思えば見られるわけです。」 
2012/5/31(木) 午前 1:05 [ さつき ]

 水俣病はまだ終わっていないのに、既に風化しつつあるのを感じます。今後も「腐敗アミン説」がゾンビのごとく蘇るでしょう。その時は、「それは水俣病ではない」と一蹴すべきです。

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 先日、偶然にテレビで見かけた熊本県立宇土高校・科学部物理班による「副実像」発見の特集は面白かった。


 これは、現象を注意深く観察し、仮説を立て、それに基づく実験・観察を繰り返し、最後に数式で基礎付けるという、科学研究のお手本になる実例だ。テレビでは大泉洋さんがレポーターを務めていて、これまで心霊写真とされていたものの多くが副実像で説明できることを、実験を交えながら面白く伝えていた。一方、この件についてウェブ上で調べてみて、従来知られているレンズゴーストとの関係について丁寧に解説した記事が見当たらなかったのはやや気になった。

 レンズゴーストは、いろいろな成因のレンズフレアのうち実在する物体が予期せぬ位置に写り込んだもので、膜面に写ったのである以上、実像であり、レンズの内面での反射によるもの、すなわち副実像と同じものである。そのことは昔から良く知られていて、これをなくす為に反射を防ぐコーティング技術が進歩してきたと言って良い。また、現在のカメラのレンズは、例えば非球面レンズを含む6群8枚構成など極めて複雑になっているので、レンズの設計ではゴーストの再現にそれなりのシミュレーション技術を用いた解析がなされている。

 ただし、カメラのレンズの設計ではフィルムや撮像センサーの面上にないピンボケの副実像であっても、それがどのように写り込むかが問題になるのであって、それがどの位置に結像しているのかは問題にならない。宇土高校物理班の功績は、最も単純なレンズ系で、本来の実像の現れる位置とはかけ離れた位置にも別の実像が結ばれることを突き止め、これに「副実像」の名称を与え、その結像位置を数式化したことにある。ちなみに虹には、水滴の内部での反射が1回の主虹と内部反射が2回の副虹があるが、どちらも虚像のようなものである。

 さて、写真に写るゴーストの多くはピンボケの副実像であると言って良いものだが、現在のカメラの複雑化したレンズ構成だと、無数の内部反射の中には本来の実像と同じ位置に副実像を結ぶものがあることを経験上知った。それに気づくまでに3時間ほど頭を悩ませ、我ながら情けない思いをしたのではあるが、以下に備忘録として残しておきたい。

 前回の記事で紹介した天の川の写真を撮ったのと同じ日の写真を整理しているとき、木星の写った写真の左上に緑色の変わった天体らしきものを見つけた。

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 下に示すように、拡大すると周囲に彗星のコマのようなものが写り込んでいる。その右上の赤い点はおそらくノイズだと思う。

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 もしかしたらと思って、その1分ほど前に撮った別のショットで確認すると、こちらは全体にピンボケだったが、時角にして3分ほど西側に写っている。つまり、1分間に東へ3分角ほど移動している。

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 天文ソフトで確認しても、そのような天体は出てこない。下図はStellariumで再現した同日同時刻のほぼ同じ画角のショット。

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 人工衛星にしては移動速度が遅いし、コマのようなものは何なんだ。もしかしたら新彗星なのか? しかし、とても奇妙だ。恒星が点像になっているのは追尾しているからで、これだけ移動速度が早いのに30秒露出で点像として写っているのはとても変だ。

 という訳で、他に写っていないか確認したら、1時間40分後くらいに火星を撮った一枚に、もっとくっきりと写っていた。(下の写真の中央やや上寄り)

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 東向きに移動していたので、1時間40分でここまで来たということか? まじまじと見つめているうちに、あ”あ”〜っと、気が付いた。どのショットでも、この緑色の像は、木星や火星と画面中央に対して対照的な位置にあるではないか。レンズゴーストだ。しかも点像として結像している。どうしてもっと早く気づかなかったのか。

 この例のように、写真に強烈に明るい物体が写っていたらそのゴースト(副実像)が現れることがあるので、特に科学写真では注意しましょうね、チャン・チャン。

追記:今気づいたのだが、2枚目と3枚目の拡大写真の左上部分に、星図には記載のない7等くらいの明るさの青白い「星像」が写っていて、これもやはり東へ移動している。その「移動」速度は上に述べたゴーストより遅く、コーティング面での反射とは思えない色をしている。実はこれらの写真の他の部分には人工衛星らしきものが写り込んでいて、露出時間内で点滅しながら細長い像になっている。上記の「星像」の移動速度からして、やはり細長い像になるべきであるが、そうなっていないので人工衛星ではないと思われる。現時点では真相はよくわからない。

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2018年夏

 この季節、夜になって空を見上げるとき最初に探すのはなんと言ってもさそり座のアルファ星アンタレスである。さそり座ほどそれらしく見える星座はないが、南中高度が低いので全体がきれいに見える機会は少ない。

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 昨年、星野写真用の安価な追尾装置を手に入れたのに最近まで使うチャンスに恵まれなかった。それが、多忙な毎日になんとか時間を工面して、月明かりがないこと、晴天であること、夜更かしするので休日の前日であることの三拍子揃った機会がやっと訪れたのである。せっかくだからとgoogle 航空写真で探した街明かりのなさそうな場所に遠出して、夏の銀河を撮ってきた。残念ながら高い湿度で空の透明度が悪く、さそり座の見える方角の遠くの街明かりが空を照らし、近くにもナトリウムランプの外灯があったりと、決してベストとは言えない条件。露出時間を長くしてアンタレス付近にまとわりつく七色の星雲を捉えたかったのだが、それは叶わなかった。

 下の写真はAPSサイズの安物一眼デジカメに古いフィルムカメラ用の55 mmレンズを装着して撮った6枚を合成したもの。途中、夜露でレンズが曇ったので射手座の北西側が大きく欠けている。あらためて眺めてみると、多数の球状星団が明るい恒星のように写って、星座の形が崩れている。

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 宮沢賢治の銀河鉄道の夜には天の川に沿って北から南へ旅をする様子が描かれている。以下は、いよいよ旅の終盤に差し掛かった頃である。

 川の向う岸が俄かに赤くなりました。楊の木や何かもまっ黒にすかし出され見えない天の川の波もときどきちらちら針のやうに赤く光りました。まったく向ふ岸の野原に大きなまっ赤な火が燃されその黒いけむりは高く桔梗いろのつめたそうな天をも焦がしさうでした。ルビーよりも赤くすきとほりリチウムよりもうつくしく酔ったやうになってその火は燃えてゐるのでした。「あれは何の火だらう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだらう。」ジョバンニが云ひいました。「蝎の火だな。」カムパネルラが又地図と首っ引きして答へました。「あら、蝎の火のことならあたし知ってるわ。」
「蝎の火ってなんだい。」ジョバンニがききました。「蝎がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるってあたし何べんもお父さんから聴いたわ。」「蝎って、虫だらう。」「ええ、蝎は虫よ。だけどいい虫だわ。」「蝎いい虫じゃないよ。僕博物館でアルコールにつけてあるの見た。尾にこんなかぎがあってそれで螫されると死ぬって先生が云ったよ。」「さうよ。だけどいい虫だわ、お父さん斯う云ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がゐて小さな虫やなんか殺してたべて生きてゐたんですって。するとある日いたちに見附かって食べられさうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけどたうたういたちに押へられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりは斯う云ってお祈りしたといふの、
 ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられやうとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもたうたうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったらう。そしたらいたちも一日生きのびたらうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかひ下さい。って云ったといふの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしてゐるのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんたうにあの火それだわ。」
「さうだ。見たまへ。そこらの三角標はちゃうどさそりの形にならんでゐるよ。」
 ジョバンニはまったくその大きな火の向ふに三つの三角標がちゃうどさそりの腕のやうにこっちに五つの三角標がさそりの尾やかぎのやうにならんでゐるのを見ました。そしてほんたうにそのまっ赤なうつくしいさそりの火は音なくあかるくあかるく燃えたのです。
(筑摩書房 校本宮沢賢治全集 第九巻、[銀河鉄道の夜](初期形)より)

 賢治は彼の作品に何度も手を加えているが、この部分が最終形と何も変わらないことを確認するため、敢えて初期形から引用した。よほど確信を持って書いたのだろう。

 「向ふ岸の野原に大きなまっ赤な火が燃され」とあるのは、もちろんアンタレスの暗喩としてある。この星はひときわ赤い色を放っていることから、アンチ・アーレス「火星に対抗するもの」という意味の名が付けられたという。今年は火星大接近の年で、まもなく7月28日に衝を迎え、31日に最接近となる。既にマイナス2.7等の明るさで、夜8時くらいから南東の空に明るく輝いて見える。

 確かにアンタレスの色は火星の色によく似ている。しかし、両者とも実際の色は赤というよりはオレンジ色である。そこで、続く、「ルビーよりも赤くすきとほりリチウムよりもうつくしく酔ったやうになって」燃えていたとの表現からは、さそり座の長時間露光のカラー写真を見たことがある者なら、この星座のそこここにある散光星雲の方を連想するだろう。例えば、サソリの尻尾の付近にあるロブスター星雲や猫の足星雲の真紅は、実際には水素の放つ色であるが、まさにリチウムの炎色反応を彷彿とさせる。この作品が書かれた頃にはそうした天体写真はまだ存在しなかったので、賢治がそのような星雲の存在を知っていた筈はない。東北の花巻付近からだとさそり座は南のかなり低い位置に見えるので、大気の影響でアンタレスの赤さもひときわ際立って見えたのだろう。

 ところで、火星の大接近を報じたカラパイアの記事 のタイトルに「火星が地球に大接近。2018年7月31日に最接近し肉眼で見えるレベルに。」とあって、これはちょっと、普段は肉眼では見えないとの誤解を生むかもしれないと思った。中には、肉眼で火星の模様が見えるまで接近するのかと勘違いする人もいるような気がする。笑い事ではなく、星に全く興味のない人というのは、そんなものなのである。

 数年前、田舎のコテージでゼミの合宿をやった折、夜になって天の川(milky way)が良く見えるよと言ったら、真っ先にベランダに飛び出して来たのはインド人の留学生であった。インドではPM2.5のせいで空が霞んで田舎でも天の川がきれいに見えるところは少ない。彼は、生まれて初めて見たと興奮していた。日本でも、街明かりも月明かりもない真夜中の漆黒の闇を照らす晴天の星明かりというものを知らない人は、特に都会育ちに多いのではないかと思う。賢治の「銀河鉄道の夜」も、ひどく観念的なものとしか受け取られないようになりはしないかと心配である。

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 6月18日午前7時58分に大阪府北部でMj 6.1(暫定)の地震がおこり、死者5人を始めとした痛ましい被害があった。

 地震本部による暫定的なまとめによると本震の震源解は西北西ー東南東方向に圧縮軸を持つ横ずれ型で、その後に発生した余震は、本震の南西側へ伸びるクラスタと、本震の北側に発生したクラスタに分けられ、前者は本震と同じ横ずれ型で、後者は逆断層型とのこと。

 活断層の位置などの地形表現が正確な産総研の「地下構造可視化システム」を用いて、18日から22日までに発生したM1以上の地震の震央分布を描いたのが図1である。

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 付近の活断層としては、本震の北に東西に伸びる有馬ー高槻断層帯が、また、本震の南に南北に伸びる生駒断層帯があり、やや西方へ離れたところにも南北に延びる上町断層帯が知られているが、どの断層帯の活動によるものか、現在まで統一見解は得られていないようだ。

 図1で本震から南西へ延びる余震は明瞭な帯状分布を示しているので、この方向が震源断層の走向と考えて良いであろう。これと直行する断面で、本震の北側のクラスターを含まない範囲で投影図を作成したのが図2である。
イメージ 2

 これと同様の図は地震本部のまとめにも掲載されており、この断層が南東へ70°程度で傾斜していることがわかる。この傾斜で上方へ延ばすと、北西へ5 kmほど離れた有馬ー高槻断層帯付近の位置で地表に出ることになる。有馬ー高槻断層帯の断層は高角北傾斜であるとされているが、横ずれ型であることなどから、有馬ー高槻断層帯を構成する未知の断層が動いたものと思われる。GNSS観測による基線長の変化は地震の前後で不連続な変化を示していないので、地表地震断層は出現していないようだ。

 ついでに付記しておくと、30年以内に動く可能性が10%程度の活断層と1%程度の活断層がそれぞれ5箇所と500箇所あるとしたら、全体としては1%程度の活断層が動く確率の方が高くなる。従って、危険視されていない所で大きな地震が続いたからと言って、危険度の見積もりが間違っていることにはならない。問題は、活断層、すなわち過去の地表地震断層が知られていないところにも、地下のあちこちにM6クラスの地震をおこす可能性のある「地下活断層」が無数に伏在していることである。

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