はじめに
ユーキャン2016新語・流行語大賞に「保育園落ちた日本死ね」がノミネートされて、「日本スゴイ」な方面からの反発があったようだ。私は、これらの「日本」は今の安倍政権下での「日本的なるもの」を意味すると理解しているが、安倍政権が続けば日本は死なない代わりに別のいろいろなものが殺されるのだと思う。弱い立場のものから順に死んでいく訳だが、当然、「日本スゴイ」と思いながら殺される者もいるだろう。
考えてもみてほしい。東電原発事故の後始末に何十兆円もかかるというのに、また、放射性廃棄物の処分さえ目処がたっていないというのに、免震重要棟もないまま次々と原発は再稼働されている。一兆円以上を食いつぶした高速増殖炉「もんじゅ」は、何らの成果もないまま廃炉になるというのに、見通しのない後継機の研究を続けるという。
昨年度、職場ではe-ラーニングによるお試し期間の研究者倫理試験を受けさせられた。そこに、予算要求に際しての研究計画書に出来もしないことを書いてはならない、とあった。言われるまでもないあたりまえの事だが、原発のことになると例外扱いになる。そこに群がってデタラメ科学(注1)に手を染める自称科学者達、電力会社から金をもらいながら平気で規制庁の専門委員になる自称科学者達が続出している。ああ美しきかなこのニッポン、である。
原発がデタラメ科学であるのは、「安全神話」にかかわることだけではない。原子力発電というシステム全体が、デタラメな科学を用いて人々を騙すことで維持されているのだ。以下には、そのほんの一例として、原発の温排水が海の生態系を破壊している現実を暴いた良書『九電と原発 ①温排水と海の環境破壊』(中野行男、佐藤正典、橋爪建郎共著、2009年、南方ブックレット2)を紹介したい。本書はもっぱら鹿児島県薩摩川内市に設置されている九州電力川内原子力発電所による海の環境破壊を扱っている。
第1章「ウミガメの死亡漂着」は、薩摩川内市の海岸における、おびただしい数のウミガメ、クジラ、イルカ、サメ、エイの死亡漂着の報告である。海岸清掃ボランティアをしていた中野氏は、海の異変を感じて2006年から記録をとるようになったらしい。その原因は不明であるが、編集部の補足コメント「かつて水俣ではまず猫が狂い死にしたではないか、次は人間の番だ、と。」は、その通りだと思う。しかし、国も県も原因について調査する気配はない。異常が常態化すればそのうち誰も異常とは感じなくなる。そうして告発者が諦め、人々が忘れ去るのを待っているのだろう。
第2章「海の生物の子どもを殺し、海を温暖化する原発」は、底生生物学が専門の鹿児島大学理学部教授佐藤正典氏による調査・研究報告で、原発に吸い込まれたプランクトンや魚卵、稚魚などがどれくらい死んで排出されているのかが示される。
第3章「温排水による海洋環境破壊」は、元鹿児島大学理学部助教で環境物理学が専門の橋爪建郎氏によるもので、川内原発が日本で唯一、一級河川の河口域に設置されていることからくる様々な問題が論じられる。
詳しくは本書を読んでいただくとして、要点をかいつまんで整理、紹介したい。
原発の温排水流量は一級河川と同じくらいである
先ず、原発の熱効率は33〜35%程度で、発電出力の2倍の熱を温排水という形で放出していること、温排水の温度上昇は法律により7度まで認められており、全ての原発で7度ぎりぎりまで上昇して排出されているということ、温排水の流量は電気出力100万キロワットあたり毎秒70〜75トンに達することをおさえておこう。
原発から排出される温排水の流量は日本の一級河川の流量とほぼ同じオーダーである。本書によれば川内原発の直近に注ぐ川内川の流量は年平均毎秒108トン、一方、川内原発2基(各89万キロワット)の合計の電気出力は178万キロワットで、温排水の流量は毎秒133トン。つまり、川内川の流量より多い。
日本最大の新潟県柏崎刈羽原発7基合計の電力出力は、821.2万キロワットで、川内原発と同じ熱効率を仮定すると合計の温排水の流量は毎秒614トンとなる。国交省の「水文水質データベース」で同じ新潟県の信濃川下流の流量を調べると、下図のように、平常時の流量は毎秒400トンくらいであることがわかる。蕩蕩と流れる日本屈指の大河信濃川を見れば、その量が実感されるであろう。これはただ事ではないと思う筈だ。環境生物学の専門家なら直ちにあれこれの環境影響が<予感>されるだろう。既に届いている異変情報との関連に思い至ることもあるだろう。
2013年の信濃川下流域の帝石橋観測所における流量。帝石橋は現在の平成大橋。
原発の冷却システムに吸い込まれて、多量の微小生物が死んでいる
鹿児島県による昭和60年度温排水影響調査報告書によると、取水口と排水口における微小生物の密度は、植物プランクトンで30%、動物プランクトンで50%、魚卵で65%、稚仔魚で85%ほどそれぞれ減少している。これは大変深刻な事態であるが、このような調査は平成7年度以降おこなわれていないという。
ネットをすり抜けて取水口から吸い込まれた小さな生き物は、まず、取水口に注入される生物付着阻止剤(次亜塩素酸ソーダ)の有毒作用にさらされ、続いて、復水器の配管内部を通過する際に、急激な水温上昇(ヒートショック)を受ける。私見だが、配管内乱流の剪断応力による機械的な「破壊作用」も加わるだろう。こられにより、多くの稚魚や微小生物が死滅、または衰弱させられる。生物が冷却システムの内部に付着し成長すると支障を来すので、そもそも、生物付着阻止剤は生物を殺す目的で使用されるのである。
ところが、環境アセスメントにかかわった自称科学者達は、次亜塩素酸ソーダは放水口から外に出て希釈され、やがて無害化されるので、環境への負荷はないと結論してそれでおしまいなのである。それはそうだろう、水道水に加えられる塩素も、やがて大気中へ放出されて無害化するので、環境への負荷はほぼない。しかし、その塩素は水道管の中でしっかりと<消毒>の作用を発揮しているのである。なんというデタラメぶりであろうか。
佐藤氏によると、鹿児島県の温排水影響調査の結果として示された「浮游生物密度の比較」は、生死に関係なく、形で分類して計数されたもので、<減少>分は、原型をとどめないほどひどく損傷したものであり、生存しているものも多くが瀕死の状態で、事後に死滅するものを合わせると致死率100%に達する種があるという報告もある。
温排水の環流によるさらなる高温化と「生物浄化」
第3章で橋爪氏は、反原発・かごしまネットによる調査結果として、川内原発から放出された温排水は周辺海域より平均8℃、最高10℃も高温になっていると報告している。検討の結果、排水口から放出された温排水の一部が取水口へ環流して、取水口の水温そのものが周囲より高くなっている、というのが事の真相であるらしい。下図は、Google航空写真に加筆したものであるが、なるほどこれでは環流するのもあたりまえだ。
九州電力は、取水口と排水口の温度差は法律で認められている7℃以下となっているので問題ないとしているが、これは、そもそもの法律の趣旨に反しているのは明らかだ。
これも私見だが、温排水が取水口へ環流しているとなると、先に示した鹿児島県による温排水影響調査結果の解釈にも影響してくる。つまり取水口付近で採取された浮游性生物の量そのものが、周辺海域のものより減少してしまっている可能性があり、これに対して排水口で採取されたものが比較されているのである。周辺海域のものと直接比較するなら、排水口での減少率はもっと大きくなる筈だ。
おわりに
本書は2011年3月の東電原発事故の1年半前、全国で50基ほどの原発が稼働している最中に出版された。その翌年、環境省は請負調査事業として、「平成22年度国内外における発電所等からの温排水による環境影響に係る調査」を業務委託し、事故のおこった平成23年3月に報告書が上がっている。業務を請け負ったのは財団法人 海洋生物環境研究所と日本エヌ・ユー・エス株式会社である。ここでの記述に関係するところとして、次のような結論が述べられている。
・ 水路系通過中の動植物プランクトン死亡率(活性の低下率)は数%程度であった。また、動植物プランクトンの密度は取水口から放水口にかけて低下する場合が多いが、発電所周辺海域の動植物プランクトン現存量(存在量)には影響は認められない。冷却水路系通過中の密度低下の主要因としては、冷却水路系に付着している生物による捕食が考えられる。
2)魚卵・仔稚魚・幼魚等への取水影響(p11〜12)
・ 室内実験により、魚卵・仔稚魚や無脊椎動物の幼生は、発生・発育段階により水温変化や機械的刺激に対する感受性が異なること例えば、また、動植物プランクトン(カイアシ類や珪藻類)に比べると構造的に脆弱ではあるが、現地調査により取水とともに冷却水路系に取り込まれた魚卵・仔魚のすべてが死亡するわけではないこと等が明らかになっている。
・ 魚卵・仔稚魚については取り込み範囲の予測手法も開発されている。また、現地調
査に基づき取水取り込みやスクリーン衝突の資源影響について、スケトウダラ、カサゴ・シロサケ・イシカワシラウオ、イカナゴなどを対象にデータ解析が行われた。いずれの場合も発電所内に取り込まれた魚卵・仔稚魚・幼魚が全て死亡すると仮定しても、その死亡量は周辺海域における自然死亡や漁業による減耗の数%以下と推定され、資源影響はほとんどないと判断されている。
根拠とされたのは、本書によって批判された、公益財団法人海洋生物環境研究所による 「取水生物影響調査報告書 -平成8〜15 年度調査結果のまとめ-」(2004)である。7年間全く進歩がないということだが、佐藤氏によると、調査を行った委員18人のうち、8人が電力会社や電気事業連合会の関係者であったという。さもありなんという結果である。ちなみに、個々の原発については、その再稼働はおろか新設に際しても公益的な環境アセスメントは義務づけられておらず、すべて電力会社の「善意」による調査・報告しかないのだという。
事故後3年を経た2014年4月12日、その間の原発の稼働停止によって海の生態系がどのように回復したのかを「報道特集」がとりあげた。その文字起こしを次のブログで読むことができる。
by みんな楽しくHappy♡がいい♪ さん
これを読むと、本書の指摘の正しさがいっそう際立つ。
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注1)「デタラメ科学」とは文字通り、科学を標榜しながら、その内容がとても科学とは呼べないほどデタラメなものを指す。「ニセ科学」でも良いのだが、この言葉には、勝手な解釈はまかりならぬと先取権を主張する方もいるようなので、ここでは用いない。