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(前回のエントリーからのつづきです)
「調」
十二等分平均律よりなる音列構造は、和声の濁りさえ我慢できれば、純正調との関連づけも明らかでユニバーサルなものと思われがちであるが、例えば、ペルシャ音楽に見られる微分音階は十二等分平均律では記述不可能だし、むしろこちらの方が上位互換の関係にある。また、インド音楽は、音律も「調」もさらに複雑である。あまりに複雑すぎて私のような素人の理解の限界を超えているので、詳細に立ち入ることはできない。
十二等分平均律は、ピアノのような固定ピッチの楽器でも自在に転調できるように考案されたのであるが、ピッチが固定されている限り、可能な「調」の数は限られてくる。すなわち、オクターブの間の12の音の中から、3度と5度の和音の組み合わせからなる7つの音を選び、一つの「調」を構成する。この時、最初の3度を長3度と短3度のどちらにするかで調感の異なる2種類の音の並びの構造が出現する。長調と短調である。それぞれについて基音の選択肢が12通りあるので、結果的に24の「調」が存在することになる。
長調の12種類の音列は、周波数で規格化すると、その配列構造は互いに相似形の、単に全体の音の高さが平行にシフトしただけのもので、調感そのものはまったく同じである。このことは短調にも当てはまる。すなわち、西洋音楽は、基本的には長調と短調の二種類の調感のものからなる。実際には、やや変則的な調が用いられることもあるが、フリージャズのように、12音の全てを用いるとすれば、逆に調は一つしかないということになる。このような意味での「調」をインド音楽ではラーガと称する。北インドでは、そのラーガが理論的に36,000通り存在するそうだ。そこで、インド音楽から西洋音楽を見ると、ラーガの多様性に極めて乏しい音楽という評価になる。
北インド古典音楽の中心的な楽器はシタールである。シタールのフレットは複雑・多様なラーガに対応できるよう可動式になっている。小泉は、シタールこそが、世界中で最もコストパフォーマンスの高い楽器であると主張した。もし、単調なラーガしか想定できないような西洋音楽の音律に基づく絶対音感を獲得してしまったら、おそらくインド古典音楽を楽しむことさえ困難になるのではないか。同種の危惧が「リズム」についても想定されることは、小泉の以下の経験と実験的試みによって納得される。
リズム
小泉は、1967年、40歳の年に、アメリカ・コネティカット州ウェストリアン大学で客員教授を務めている。ここでのエピソードについて語られた中で、印象深く思われたのは、次のようなことである。
他の教授のセミナーでネイティブ・アメリカンの楽曲が採り上げられ、伝承者の指導で合奏の練習が始まった。ところが、アジアからの留学生は難なくできるのに、成績優秀な白人の学生だけが、何度やってもリズムがずれてしまい、指導者のダメ出しがくり返される。課題曲は、複雑でもなんでもなく、むしろ単純素朴とさへいえるような土着のものである。どこでずれるかというと、拍子の変わり目らしい。西洋音楽でも、楽章の末尾付近で音を伸ばしたり、中途で早くなったりすることは度々あるのだから、専門的な訓練を受けた者なら、どのようなリズムの変化にも対応できる筈だ。ところが、西洋音楽とモンゴロイドの音楽とでは、リズムの概念そのものが全く異なっていた。
西洋音楽のリズムは、分割リズムと呼ばれるもので、楽曲の基本単位となる小節を、例えば3分割して3/4拍子とする。一つの楽曲について定められたリズムは全体を通して変化することがなく、最初から最後まで同じ拍子で通す。これを正確に刻む能力は「ノリがいい」演奏のための必須のものとされ、メトロノームはその訓練に重宝がられる。これに対して、東アジアやネイティブ・アメリカンの音楽におけるリズムは、小泉によって次のように解説されている。
すなわち、これらの地域の民族音楽は基本的には狩猟や農耕、戦闘、祭祀の「物語」を前提として奏でられるもので、多くは、そうした「物語」に合わせた身体の動き(踊り)を伴う。こうした側面は西洋音楽にも少なからずみられるが、この時に、規則的なリズムよりも物語の細部を優先すると、リズムは複雑なものにならざるを得ない。ある局面で飛び上がるという動作が必要なら、そこでもう一拍余分な拍子が必要になるし、物語の場面変わりでは、さらに数泊の追加が必要になる。結果、このような楽曲のリズムは、積み木細工のようにいろいろな拍子が組合わさったものとして全体が構成される。小泉は、このようなリズムを西洋音楽の「分割リズム」に対して「付加リズム」と呼んだ。
付加リズムは、「七拍子:二、 二、 三」のように記述でき、しばしば楽曲の途中で変化する。応援団のやる「三、三、七拍子」は、各拍子の間に実際には一拍の休符を挟んでいて、西洋音楽的には四拍子または八拍子と解釈することもできるが、全く異なるものと理解した方がよい。
付加リズムの世界ではメトロノームは無用の長物どころか、邪魔にさえなるのである。この世界から西洋音楽の分割リズムの世界を眺めると、なんとも単調極まりないという評価になる。アメリカの音楽大学の成績優秀な白人の学生が、ネイティブ・アメリカンの音楽をうまく奏でられなかったのは、その単調極まりない分割リズムが抜け難く身体にしみついて、付加リズムに対応できなかったためであり、一方、アジアからの留学生が難なく演奏できたのは、たとえ西洋音楽の訓練を受けていたとしても、子供時分から親しんだ土着のわらべ歌などを介して、付加リズムを身につけていたからだとの仮説が生まれた。
付加リズムの極致とも言えるものが、インドネシア・バリ島のケチャである。小泉の現地録音によるものは、LPレコード『世界の民族音楽シリーズ バリ島のケチャ』(キングレコード 1978)により聴くことができる。今ではケチャは教科書にも採り上げられるほど有名で、CDも入手可能であるが、ケチャを日本で大衆化させたのは小泉である。小泉によるレコードのライナーノーツから引用しよう。
「ケチャはインドの古代叙事詩ラーマーヤナを基にした芸能で、物語の進行を受け持つ浄瑠璃の太夫、ダランDalangの語りに従って、舞踏劇が展開され、その舞踏を輪状に囲むようにして、18才以上の村の男子が、各登場人物に割り当てられている固有旋律やチャッチャッチャッという合唱を繰り広げるのである。」
5つのパートに別れて4つのリズムパターンを重ねるその合唱は、極めて複雑で、長い間、世界中の専門家よるチャレンジでも再現が叶わずにいた。そこで小泉は、自らの仮説を、このケチャを再現することで検証できると考えて、ある実験的な試みを行なった。彼の仮説は、西洋音楽のプロにケチャが再現できないのは、彼等が分割リズムの世界に住んでいるからであり、日本人でも、西洋音楽の素人だけを集めた集団を訓練したらきっと再現できる筈というものである。
そしてついに、「芸能山城組」によって、世界で初めて、バリ島以外でのケチャの再現に成功することになる。集められたのは、全員が、洋楽とまるで無縁な、つまり楽器などの演奏もできない男子学生ばかりだった。私は偶然にもそれをNHKのテレビ番組で目撃することができた。1980年前後の頃だったろうか。確か「テレビファソラシド」という番組で、永六輔が司会をしていた。西洋音楽の素人ばかりだったからこそ分割リズムに染まらずに、わらべ歌などで染み付いた付加リズムを再現することができたのだ。舞台上で演じきった若者達の晴れ晴れしい顔を見て、彼等はきっと普段は「ノリが悪いやつ」などと言われ続けてきたのだろうと思った。
相対化ということ
「音楽文化のもつ相対的な価値ということについて世界が関心を持ち始めているが、これは民族音楽を通じて、広い視野に立ち、各国の音楽文化のそれぞれの楽しさ、美しさ、人間的表現としての価値を認めるに至る重要な道である。」(文献3)
小泉は、日本を含め、世界の隅々に存在している土着の音楽を調べ、それらのおりなす構造をパースペクティブに示すことで、西洋音楽至上主義がいかに滑稽なものであるかを示した。「絶対音感」や律儀な「分割リズム」をありがたがる世界があって良いのはもちろんのことである。だが、得るものがあれば相応に失うものがあることも知らねばならない。小泉が奉職した当時、東京芸大には邦楽コースがなかった。
1970年代後半、わらべ歌の採集のために東京のある小学校を訪れて、校長に承諾を得ようとしたところ、「今時の子供がわらべ歌など歌っている筈がないでしょう」と返された。ところが実際には、100以上ものわらべ歌が採集された。私たちは、身近な身の回りのことだけでなく、自分自身についてさえ良く知ってはいないのである。
私たち日本人は、何を失いつつあるのか。それは何を意味するのか。このことに答えるために小泉は、人にとって音楽とは何かという根源的な問いを追い続けた。ナショナリズムに陥る事なく、文化の普遍的で相対的な価値という面から精力的な実践をもとに提言を重ねた小泉に学ぶべき事は多い。
次回、余力があれば、小泉文夫が採った研究手法を「人文科学」という面から検討したい。
(たぶん、つづく)
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文献3)『呼吸する民族音楽』(青土社 1983)
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