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字数制限のためにコンプトン散乱に触れずにいたが、重要とわかったので、「その2」の前に補足記事をアップする予定。結論は変わらない。
東電原発事故によって放出された放射能で、今、最も気にすべきは137Csである。これは、一つの崩壊でほぼ同じエネルギーのβ線とγ線をほぼ同じ割合で放射するので、β線とγ線の特性が、内部被曝と外部被曝の危険性にどのように関わるかを例示するのに適してもいる。
線種 エネルギー(MeV) 分岐率
β線 1.180 0.056
β線 0.514 0.994
γ線 0.662 0.851
NHKのETV特集『ネットワークで作る放射能汚染地図』でも紹介されたが、広島大の静間教授らが開発した、葉物野菜などに付着した汚染物質の分布を可視化するタブレットによる観察から、このたびの原発事故によって放出された放射性物質は、微小な固まりとなって降下し、あちこちに斑点状に付着していることが分かっている。
例えば、137Csを10 ng含む微粒子の放射能は32000 Bqである。この1個の埃からの放射線が人体に及ぼす作用を、1)体外の1m離れた位置にある場合、2)皮膚に付着している場合、3)体内に取り込まれた場合で、γ線とβ線に分けて比較してみよう。以下、分岐率の低い1.18 MeVのβ線は無視する。
1)線源が体外の1m離れた位置にある場合
線源が体外の1m以上離れた位置にある場合は0.514 MeVのβ線はほとんど届かないので無視して良い。この埃からは、0.662 MeV のγ線が四方八方へ1秒間に平均32000×0.851 =27200回放射される。そのうち1m離れた人体へ向かうのは全体の1/10だけだとすると、毎秒平均2720個のγ線光子が人体へ進入することになる。
電磁波であるγ線は、物質を構成する原子と確率的に反応して個々に消滅する。その半数が消滅する物質の厚さを半価層、1/10までに減少する厚さを1/10価層などと称する。0.662 MeV のγ線に対する大気の半価層は大変厚いので、1 m の間にはほとんど減衰しないと考えて良い。人体の平均密度を水と同じ1 g/ccと近似すると、137Csから のγ線に対する1/10価層はおよそ26 cmと、ほぼ人体の平均的な「厚さ」に近いので、90%ほどが吸収されることになる。
すなわち、毎秒平均 2450個のγ線光子が人体を構成する原子と反応して、そのエネルギーが吸収される。1秒間に人体が吸収するエネルギーは0.662 MeV×2450 = 1.62 GeVであり、体重60kgの人の吸収線量に換算すると、0.0156 μGy/hとなる。
γ線が原子に吸収されると軌道電子1個が飛び出し(光電効果)、その原子は励起状態となる(イオン化)。この時、γ線が持っていたエネルギーの一部は励起に消費され、残りのエネルギーは飛び出た電子(光電子)の運動エネルギーとなる。人体の主成分元素、H, C, O, Caの中で最も大きな励起エネルギーを要するのはCaのK 殻電子であるが、それもたかだか4.04 keV(Ca-K殻吸収端エネルギー)に過ぎないので、飛び出た電子は、元のγ線のエネルギーの99.4%の0.658 MeVを運動エネルギーとして持つ。この高エネルギー電子は、定義上β線とは呼べないが、そのふるまいはβ線と全く同じである。
この「β線」は周囲にある原子と種々の相互作用を起こして、やはり、その軌道電子を弾き出したり、連続X線を放射したりする。二次的に放出された電子(二次電子)は、50 eV以下の小さな運動エネルギーしか持たないが、衝突した方の電子には余力が充分にあって、進行方向を変えながら、次々と別の原子に衝突して多数の原子をイオン化する。こうして次第にエネルギーを減じる。この間に「β線」が進むことのできる距離は、そのエネルギーと物質の密度で決まり、飛程と呼ばれる。0.658 MeVのβ線の人体中での飛程はおよそ2.3 mmである(β線の飛程の計算ツールを参照)。
また、γ線によって励起された原子も、光電子によって二次的に励起された原子も、電子が飛び出て空席となった軌道へ、その外側の軌道から電子が落ち込んで空席を埋める。この時、軌道遷移のエネルギー差に相当するエネルギーの電磁波(特性X線)が放射される。このX線もまた、その周囲のより軽い原子をイオン化する能力がある。人体を構成する原子からの主要な特性X線の中で最も高いエネルギーを持つのはCa-Kβ線(4.04 KeV)であるが、これは人体組織中を数mm 進む間に構成原子と反応してほぼ消滅する。
こうして、人体を突き抜けずに反応したγ線のエネルギーの大半は、人体を構成する原子を効率的にイオン化(電離)し、分子の結合を破壊するのに使われる。このとき、二次的に発生した高エネルギー電子が電離作用の主たる担い手となることから、被曝影響を放射線の種類間で換算する放射線加重係数は、γ線もβ線も共に1とされているのである。
一方で、もともとの原因となったのはγ線であり、そのことからくる被曝特性も押さえておく必要がある。確かに、γ線と人体を構成する原子が衝突を起こすと、光電子を介しての電離作用は、「衝突」が起こった周囲数mmの範囲に集中する。しかし、その場が人体各所の広範囲に確率的にばらまかれて発生する点は、おおもとがβ線であった場合とはかなり様相を異にする。このことの意味を吟味するのが本稿の目的である。
2)線源が皮膚に付着している場合
線源が皮膚に付着していると、そこから四方八方へ放射されるγ線の半数が身体の側へ向かうことになる。これは、放射線検出器における「線源効率」という概念と同じである。体外の1m離れた場所にあった場合は1/10と仮定したので、そのおよそ5倍の被曝を及ぼすと近似できる。すなわち、毎秒13600個のγ線光子(0.662 MeV)が身体に侵入し、その90%の毎秒平均12240個が吸収され、残りは突き抜ける。人体が1秒間に吸収するγ線のエネルギーは0.662 MeV×12240 = 8.1 GeVである。体重60 kgの人の吸収線量に換算すると、0.078 μGy/hとなる。
一方、β線の方は、体外の1m離れた位置では問題にならなかったが、皮膚に付着していると、やはりそこから放射される半数が体内に侵入することになる。32000 Bqの137Csからは、毎秒16000(32000×0.994÷2)個のβ線が人体へ照射される。この本来のβ線がγ線によって二次的に発生する高エネルギー電子と異なるのは、最大エネルギーを0.514 MeVとして、山形のエネルギー分布となるような確率過程で生み出されることである。最大エネルギーとの差は反ニュートリノが担い、結果的にβ線の平均エネルギーは最大エネルギーの半分以下になる。仮に、その平均エネルギーを0.2 MeVとすると、人体が1秒間に吸収するβ線のエネルギーは、0.2 MeV×16000 = 3.2 GeVとなる。これは、γ線の8.1 GeVの40%に相当する。
では、β線よりγ線の方が被曝の危険度が高いかというと、そうではないというのが矢ヶ崎克馬氏の主張である(注1)。
137Csからのβ線の飛程は、最大エネルギーのもので1.6 mm、多くは1 mm以下となり、ほぼ埃が付着した近傍の皮膚および皮下組織のみによって吸収されてしまう。局所域に集中して継続的にβ線が打ち込まれることによって、そこに損傷した遺伝子が高密度で発生することになるであろう。その密度が修復可能なしきい値を超えると皮膚癌になるかもしれない。γ線による被曝の場合は、たとえβ線と同じ性質を持つ二次的な高エネルギー電子が電離作用の主役であるとしても、その発生は、確率的に人体の各所に分散しておこるので、その危険度は相対的に低いという訳である。
3)線源が体内に取り込まれた場合
この線源が体内に取り込まれた場合、放射されたγ線のおよそ70%が体組織に吸収されることになる。その吸収エネルギーは1秒間で、32000×0.851×0.7×0.662 (MeV) = 12.6 GeVになる。体重60 kgの人についての吸収線量に換算すると0.12μGy/hである。
β線は、その全てが体組織に吸収されるが、その平均エネルギーを0.2 MeVとして同様に計算すると、1秒間の吸収エネルギーは6.04 GeV(γ線のほぼ半分)となる。しかし、β線の場合は、線源となった埃が体内の一カ所に留まる場合と、それが体液に溶けて拡散する場合とでは、既に述べた理由によって、その影響は大きく異なってくると考えられる。
ICRPは、被曝影響が特定の臓器に集中する場合を想定して、「組織荷重係数」を設けている。しかしこれは、矢ヶ崎氏の言う被曝の局所化が、β線の場合は数mmの範囲、α線についてはμmオーダーと、一つの臓器より遙かに小さいスケールを想定していることから、基本的に異なる概念と考えて良い。矢ヶ崎氏は、β線やα線による内部被曝線量を、吸収線量(単位Gy:グレイ=J/kg)を基にICRPの定めた放射線荷重係数や、組織荷重係数を乗してSv(シーベルト)へ換算して求め、γ線による被曝の知見と比較することなどできないと主張しているのである。
このことは例えば、人体には放射性の40K(カリウム40)が4000 Bqも含まれていて、その内部被曝線量は年間0.17 mSvになるので、この程度の内部被曝ならどのような態様のものであっても気にする必要はないという主張に再考をうながすものである。カリウムは主に全身の筋肉組織に拡散して分布しているので、カリウム起源のβ線も人体の各所に拡散して生まれる。したがってその被曝影響は、全身にγ線を浴びるのと基本的には同じと考えて良い。しかし、ここで想定するような、微細な放射線源が体内に取り込まれて一カ所に留まるなら、粒子線特有の「被曝の高度な局所化」を招くのは確かである。
私には、このような被曝の局所的集中が生体にどのように作用するかについての知識がないので、これ以上のことは言えないが、矢ヶ崎氏の主張には耳を傾けるべき点があると考える次第である。
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注1)矢ヶ崎氏は、特にα線の危険性を強調しているが、β線にも同じ事情が当てはまる。また、α線には矢ヶ崎氏が指摘していない特殊な振る舞いがあるので、(その2)として稿を改めようと思う。
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2012年01月16日
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