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映画『君の名は。』の興行収入が9月23日時点で111億円に達していたらしい。前回の記事で「(『シン・ゴジラ』より)『君の名は』の方がずっといいよ。」と書いたけれど,まったく異なるジャンルのものを比べるのはナンセンスではあった。で,何がそんなにいいのかと訊かれても返答に窮してしまうが,『シン・ゴジラ』との比較で言いたかったのは,圧倒的な「後味の良さ」である。その理由については,今も沢山のテキストが生み出されている最中で,その多くが,風景描写の緻密さ,巧みさに触れている。例えば下記,
これは,新海作品でしばしば目につく「光源の矛盾」は,それぞれの場面において明確な意図のもとに綿密に設計され,巧妙に創作されたものであるとのプロの指摘である。この点については監督自身がNHKの朝の番組で語っていたのを観たことがあったので,YouTubeで捜したら,あった。
8分30秒あたりから「新海マジック」と呼ばれる光の演出について,夕日に照らされた街中のシーンを例に解説されている。
新海作品の風景描写の来歴を辿れば,ひとつの原体験のようなものに行き当たるようだ。上記動画の1分10秒あたりからの文字おこし:
これは,僭越ながら私にも似たような体験があるので,良く分かる,けれど,私にはそれを何かに昇華させる才能がなかった。
個人的に印象深いのは,彗星のかけらが大気圏で「尾」を引いて落下する場面で,大気浮游塵に投影された「尾」の影が,扇型に開いていく描写である。この場面は,『君の名は』公式サイト にある動画『君の名は』特報の冒頭部分で観ることができる。
太陽が水平線近くに位置している時に遠方の雲が晴天の大気浮游塵に影を落として空が直線的に接合する明暗領域へ分けられている風景は日常においてもしばしば目撃される。空を眺めることなど滅多にしない人にとっては「ごく希に目撃される」と書いた方が実感に近いのかもしれないが,例えば次の画像で理解されるだろう。
で,こちらは,飛行機雲の影が上層にある巻雲の幕に投影されたもの。この例のように,影を投影する「幕」が一定の高度に限られる場合は,高角度で落下する流星の尾の影は,次第に伸びてゆく太い直線状のものになる筈である。『君の名は。』での例のように,大気圏上層部であっても,大気浮游塵の密度は一般に層構造をなしているので,実際の影はまだらな扇型になる筈だ。おそらく新海監督は,それをわかった上で,敢えてあのように表現したのだろう。
一つだけどうしても分からないのは,「閃光」を表現する際に,必ずと言って良いほどレンズを通した映像,つまり,レンズフレアやレンズゴーストや,絞りによる回折光を伴うものになっていることだ。これは宮崎駿監督の作品を含め,日本のほとんどのアニメや漫画に共通する表現手法となっていて,ああまたかと思ってしまう。世の中にはレンズオタクという者も少なからず居て,やれこのレンズは7群9枚構成だとか,絞りは6枚羽根だとか言い出しかねないが,描写がいい加減なのでそれもできない。実写と違って,せっかくレンズを通さない画像を自由に創作できるのだから,いっそやめたらどうかと思うのは私だけだろうか。
ネタばれしないよう,ストーリーには立ち入らないが,結局今回もまた何かのオタクっぽい映画評になってしまった。
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