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オスプレイの墜落位置です。
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N26.5389 E128.1003
墜落時刻は13日午後9時半ごろとされています。
以下、追記です(12月24日)
オスプレイの事故を「墜落」と表記した私の記事に対して墜落ではなく不時着だとのコメントが風の谷さんより寄せられましたので、私の見解をまとめておきます。
オスプレイの残骸を報道人として最初に目撃したのは、沖縄タイムスの伊集竜太郎記者のようです。
沖縄タイムスの伊集竜太郎記者撮影 伊集記者が現場に到着したのは14日午前0時すぎ、オスプレイが墜落したとされる13日21時30分から2時間30分あまりが経過した頃です。ちょうど大潮の干潮時で、写真にあるように、その残骸を横たえた岩礁が海面上にあります。最寄りの東地区の潮汐表を見ると、事故が起きた時間に既に潮位はかなり低く、「着水」地点から流されてきたのだとしても、その距離はわずかであったと推定されます。
したがって、風の谷さんご指摘のような(着水後に)「干潮(深夜)と満潮(明け方)があり、大潮も手伝って、機体は岩礁の中を引き摺られ」そのせいで壊れてしまったとするのは誤りで、浅瀬に「着水」して壊れたのだと推定できます。
伊集記者による写真や、他の多数の写真からもわかるように、オスプレイのプロペラの角度は水平飛行(巡航)モードになっています。オスプレイはプロペラが車輪より下にはみ出るので、水平飛行モードでは離着陸できません。軟着陸を試みる際にはヘリコプターモードにする筈ですが、それができない切迫した事情があったということでしょう。
V-22 Osprey2010 Guidebook(pdf 3.1 MB) より もともとの事故原因が、空中給油中に給油パイプを引っかけて片方のプロペラが破損したことにあったようですから、無理もありません。ヘリコプターモードでは、二つのプロペラの駆動力が絶妙なバランスを保っていないと墜落してしまいます。実際、ウェブ上にはそのような事故の動画がいくつか上がっています。
結局、普天間基地への帰還を断念し、辺野古のキャンプシュワブに目的地を変更したようです。キャンプシュワブは残骸発見現場からおよそ6 kmの沿岸部にあって、住宅地を通らずにたどり着けます。幅の広い砂浜もあるので、その沖に着水できれば救出も容易になった筈です。しかし、コントロール不能でそれも叶わなかった。それもそのはずで、オスプレイは翼面積が小さく、グライダーのように滑空することができないばかりか、片方のプロペラが破損しただけでも航行不能に陥りまます。
巡航モードで着水すると、その極端に大きなプロペラが先に海面に接触し、その事によって翼の付け根に大きな応力がかかって破損してしまうでしょう。残骸の写真をみると左側の翼が完全にもげていますが、着水前まで健全だったのは、こちら(左側)のプロペラだったのではないかと思います。で、前のめりに浅瀬に激突して、コクピットももげてしまったというのが、私の見方です。これはやはり不時着ではなく、墜落と表現すべきでしょう。でないと、日航ジャンボ機123便も御巣鷹の尾根に不時着したことになります。
いずれにしてもオスプレイは、プロペラの一方がわずかでも破損すると軟着陸が不可能になる大変危険な航空機であると言えるでしょう。
12月26日、さらに追記 私が「墜落」と判断する理由は単に言葉の定義に則ってのことに過ぎません。 米軍や、その傀儡である日本政府に事故をできるだけ軽く見せかけたい意図があることはわかりますが、マスコミや一部市民までが、普通に流通している「墜落」の言葉の意味をねじ曲げてまで「不時着」であると執拗に主張することは理解に苦しみます。
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