さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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カメジローをみた

 TBS佐古忠彦さん初監督の映画『米軍が最も恐れた男〜その名は、カメジロー〜』を観た。当日は県内唯一の上映館の短い上映期間に佐古監督のトークが設定されていた。妻は亀次郎さんのことを知らなかったが、佐古さんのファンということで一緒に観に行くことになった。私は既に高校生の頃には瀬長亀次郎を認識している。

 全く些細なきっかけだった。私が高校に入学した当時、3年間持ち上がりの同じクラスに返還前の沖縄から「留学」してきたU君がいて、互いに下宿を行き来する仲になった。同じクラスには、国語や古文・漢文の授業中に先生がお伺いをたてるほどの天才M君がいた。どうでも良いことだが、M君は体が弱くて体育の授業はいつも見学で、私の中でのステロタイプな文学青年そのものであった。

 U君によると、M君の顔はカメジローにそっくりだという。そっくりだが決してそのことはM君には言わないようにとも。カメジローを知らない私は、U君のその口ぶりに興味をそそられた。しばらくしてU君は、新聞か雑誌の切り抜きでカメジローの写真を見せてくれた。なるほどこれは・・・顔がそっくりだとM君に言っていはいけないような気になった。ついでにその切り抜きの記事を読んで、カメジローが沖縄では特別な存在であることを認識した。

 しばらくして沖縄返還となり、担任が、「U君は今日からめでたく日本人になりました」という意味のことを朝の挨拶で言ったのを覚えている。しかし、「本土並返還」とは程遠い現実があることは、おぼろげにではあるが知っていた。自衛隊が沖縄へ派遣されることになり、これへの反対運動のことなどニュース番組でみたことも覚えている。そんな経緯から、その後の瀬長亀次郎のことはフォローして知っていたつもりだが、その前史についてはほとんど知らなかった。インドにとってのガンジーのような存在と言えば良いか。この映画を観て改めて彼の偉大さ、そして、現在の沖縄問題の由って来る経緯を知った。

 定員80名ほどのミニシアターは満席で、最後にエンドロールが終わると拍手が沸き起こった。上映後に佐古監督が語ったことは、ほぼ次の記事に書かれているので、一部を引用しよう。

沖縄タイムス+プラス ニュース(2017年10月21日 11:36)

 2017年8月12日。桜坂劇場の前にできた、その終わりが見えない大行列を、私は一生忘れないだろう。沖縄の方々に、どうご覧いただけるのか不安だっただけに、信じられない光景だった。ある人が私に声をかけてくれた。

 「行列にならんだ知らない者同士が、亀次郎さんの思い出話で大いに盛り上がって、今のわじわじーした気持ちを分かち合ったわけ」

(中略)

 私は、この春までテレビでニュースを伝えたり解説したりしていた。日々のニュースは、事象の瞬間を切り取るだけに終わり、なかなか問題の全体像を伝え切れていないことにもどかしさを感じていた。そして、時折「また沖縄が反対している」といった無責任な批判の声が本土から上がる。その背景を考えると、ある結論に至った。本土の人々の認識から戦後史というものがすっぽり抜け落ちているのではないか…。

 平和憲法を手にし、民主主義の世の中にあっという間に変わり、経済復興を果たした本土と、戦争が終わっても平和はやってこなかった沖縄とでは、明らかに戦後の歩みが違う。そのことが、本土にあまり伝えられてこなかった。その戦後史への認識の空白を少しでも埋めることができれば問題の核心に近づけるのではないか。であるならば、戦後史の主人公で、県民に鮮烈な記憶を残しているカメジローを通して歴史を伝えたいと思ったのが、制作のきっかけだった。そして、最も伝えたかったのは、カメジローの生きざまはもちろんだが、その歩みは常に民衆とともにあったことだ。

 いまも毎回何万もの人が集まる県民大会や、国に訴えられた裁判の前の集会に集まった人々が、知事を大声援で法廷に送り出す光景は沖縄をおいて、この国のどこにもみられないものだ。その答は歴史にある。ひとつひとつの点を結んでみると、一本の線となり、今がある理由が見えてくる。
(後略)

 まずこの映画は、良い沖縄入門になっている。本土の民主主義は与えられたものだが、沖縄にある民主主義は、実態として瀕死の状態にあるとしても、その少しのかけらも全て民衆の運動によって勝ち取られたものばかりである。そのことを、この映画は良く表現している。

 ただし、一点だけ書いておきたいことがある。沖縄復帰一年後に、瀬長亀次郎率いる沖縄人民党は日本共産党に合流し、亀次郎は共産党の副委員長になっている。佐藤栄作首相との国会論戦も共産党の議員としてのものである。沖縄の基地を共産主義への防波堤と位置づけていた米軍が亀次郎を弾圧したのは、もともとそういう存在だったからだ。しかし、この映画では、亀次郎と共産党との関係については、「資本論」を読んでいたこと以外、全く触れられていない。700円で購入して佐古監督にサインを書いてもらったパンフレットにも、映画の公式サイトにも一言も出てこない。

 この映画は共産党のことを意識的に隠していると感じたのは私だけであろうか。「オール沖縄」がイデオロギー抜きのものであることも強調されていた。民主主義は立派なイデオロギーである。日本では「共産党」や「イデオロギー」というものは隠すべき存在である、というのがデフォルトになっているのか、母親の「真っ直ぐに生きなさい」との教えを忠実に守った亀次郎の生き方に比べ、この映画の作られ方は、その点で「真っ直ぐ」ではないと感じた。これは少し酷すぎる批判かもしれないのだが・・・

(11/8、下線部を追記)

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