さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 昨年末から話題になっている「宮崎・早野論文」の不正疑惑問題(注1)について、神戸大の牧野淳一郎さんが「HARBOR BUSINESS Online」に寄稿した記事を読んだ。

 これは、STAP細胞問題より深刻な、日本の科学史に残る事件に発展しそうな気配だ。関連する情報等は、内田 @uchida_kawasakiさんによるtogetter:伊達市被曝ばくデータ・被曝線量管理に繋がる『宮崎真氏早野龍五氏論文』関連まとめ・記事リンクメモ(2018.12.16作成・更新継続予定)にまとめられている。

 問題がおおやけになるきっかけとなった福島県伊達市議会における盒彊賤概聴による一連の一般質問の動画をみて、大変驚いた。牧野さんがその一部を文字起こししている(注2)。

 高橋議員はかなり早い時期からガラスバッジの問題を追及し続けてきたようであるが、宮崎・早野論文に言及のある、おそらく最初の質疑は、平成29年6月定例会 6月14日分の録画映像 (5/5)にあり、開始7分後辺りから論文の問題がとり上げられる。

<要旨>
 『週刊ダイヤモンド』誌上で、伊達市長の考えが紹介されており、宮崎・早野論文を根拠に、国の除染基準は4倍過剰になっていると主張されている(注3)。当初より市長は除染に消極的だったので、この論文を宣伝しているようだ。論文ではガラスバッジで測定された実効線量と空間線量の比は、0.6ではなく0.15であるとなっている。本当にそうだろうかと仲間と相談し、黒川さんに会いに行って聞いてみた。黒川さんはすぐに論文を入手し、数日後に朝日新聞のWEB RONZAで、この論文についていくつもの疑義を指摘した。そこで、黒川さんに福島に来てもらって、パワーポイントで詳しく説明してもらった。・・・

47分10秒から
高橋議員:・・・あるいは例えば、今回、情報開示請求していただいた、いわゆる、伊達市が、宮崎・早野論文を作る先生方に渡した資料と同じものを情報開示請求してくれた方がいらっしゃいます。で、ガラスバッジででた分析のデータも、全部ここ(CD?)に入っています。私も(パソコンで)急いで見ましたが、かなり高い人も、かなり居ます。私は、毎度毎度私からガラスバッジの根拠もないようなことを言ってんじゃないと言われるのがいやでね、宮崎先生にお願いして論文を書かせたんじゃないかと、いうふうに私は思うの。そこはどうですか。

直轄理事:そのようなことはございません。

 後日も高橋議員の追及は続き(注4)、とうとう、多数の不同意者の個人情報を含むデータが、正式な審査・手続きを経ないまま早野さん側に渡されていたことが明らかになった訳である。

 それにしてもこの高橋一由議員は市議の鏡のような人だ。昨年12月6日の一般質問の動画を見ると、新しい市長と直轄理事に変わり、高橋氏は議長になっている。そのため、一旦議長の代理を立てて一議員として質問に立っている。

 牧野さんが寄稿した記事では、タイトルにあるように、このような研究倫理違反の問題と、計算や理路に多数の瑕疵があり、論文の結論が再現されないという問題が指摘されているが、後者については次のまとめで議論されている。


 東京大学の押川正毅さん(物理)とローマ大学の谷本溶さん(数学)による、論文の理路を辿った具体的な検証によっても、早野さんの1月7日の釈明内容を含めて再現できないようだ。私自身は、たまにガラスバッジを付けて仕事をするにもかかわらず、そこから得られる生の数値情報がどのようなものか、例えば、個々に誤差情報が含まれているのかどうかさえ知らないので、再現できない部分に何が隠されているのか検討する能力はない。

 しかしこれを読むと、そもそも何故こんな論文が査読を通ってしまったのか、頭を抱えてしまう。これは、修正、再投稿では済まないレベルなので、当然取り下げ・ボツになるだろう。黒川さんのレター(間違いの指摘)が “ready to be accepted” となったまま放置されているのは、査読者・編集者の責任問題に発展しているということなのだろうか。

 今の時点で、「宮崎・早野論文事件」を、単なる計算ミスなので修正・再投稿したら良いだけと主張している科学畑の人が少なからず居るが、彼らはそれがどのようなミスによるものか説明しようとしない。牧野さん、押川さん、谷本さんの指摘どころか、黒川さんのレターさえ読んでいないようだし、とにかく、読みたくもないと思っているのだろう。Twitterでの釈明で済ましたままの早野さんも、ダンマリを決め込んでいる宮崎さんも不誠実極まりないが、これを科学の危機と捉えることができるかどうかはある種の試金石となろう。東大の調査が注目される。

 これらとは別に、黒川さんがWEB RONZAで指摘したもう一つの問題がある。

 科学の作法に正しく則った、すなわち、研究倫理の問題をクリアーし、正しい理路で正しく計算したら「被曝線量を過小評価」するような結論にはなり得ないのか、といったようなことを考えるとき、この問題でのキーワードは、黒川さんの言う「がまん量」だ。

人文書院:[寄稿]『原発事故後の子ども保養支援』著者・疋田香澄氏
黒川:
放射線には「許容量」はないんです。職業従事者なども含めて「がまん量」があるだけです。

 これはもちろん、故・武谷三男さんの発想によるが、しぶしぶとではあってもICRPも認める国際的に定着した考え方であり、決して特殊な考え方ではない。「ALARAの原則」も、この考え方を基礎としている。この点、初期被曝量の見積もりは極めて重要であるが、第二論文では、文献の引用がないまま、さらっと次のように書かれている(黒川さん訳:注5)。

チェルノブイリ事故においては、ロシア、白ロシア、そしてウクライナの住民は生涯線量(最長事故後70 年)の1/4 を事故後の最初の1 年間に受けたと評価されている[15]。伊達市民の事故後の最初の一年間の累積線量は生涯線量の〜1/6 と評価されている。

 結局のところ、「がまん量」の考え方を理解しない者が早野さんを擁護しているのだろうが、早野さんの釈明tweeに1,500件を超える「いいね」が押されているのを見ると(1月12日22時時点)、日本も相当ヤバいなと思う。

 さて、従来の常識を翻すような研究成果が出てきたときに、その評価にかかわって最大限注意しなければならないことがある。その新しい説では、従来の常識はどのよう誤っていたのか、その理由についてきちんと説明できているかという点である。この点で宮崎・早野論文は全く不十分である。そのことが未解明のまま、常識を翻す新しい説を従来の体系の中に組み込むと解釈の自由度が発散してしまうことがある。例えば第二論文の「4. 議論」には次のように書かれている(黒川さん訳:注5)。

 この研究はいくつかのユニークな特徴を持つ。まず、汚染が長期間にわたるエリアの住民の継続的な、参加人数が大きいモニタリングの記録がほかには存在せず、比較可能な個人線量データがない。例えば、チェルノブイリ事故の後では外部被曝線量は個人線量計によるのではなく、周辺線量率にもとづいて評価されてきた。それゆえ、汚染地域に住む人々にとって重要な情報である生涯累積線量は測定された個人線量から求められたものではなかった。

 そうすると、チェルノブイリの住民が受けた実効線量も、実は大変小さなものであって、にもかかわらず甲状腺癌が多発してしまったので、新しい説で換算された実効線量で防護基準を評価する際には従来の何倍も厳しくしなければならないという考えも成り立つのである。

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いまだ7万9000人が避難生活を送る福島県。住民が全町・全村避難を強いられる多くの自治体で、この春一斉に避難指示が解除される。そんな中発表されたある英語論文が福島の放射線問題の関係者に静かな衝撃を与えている。原発事故後に、政府が避難や除染の目安としてきた、住民の外部被ばく線量の推定値が、実測値より大幅に過大だったことが明らかになったのだ。(「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木洋子)


注5)黒川さんによる論文の和訳

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