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福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 四国電力伊方原発3号機の運転差し止め仮処分申請の即時抗告審で、広島高裁は12月13日、運転差し止めを命じる決定を下した。(毎日新聞ニュース

 四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを広島、愛媛両県の住民が求めた仮処分申請の即時抗告審で、広島高裁(野々上友之裁判長)は13日、申し立てを却下した今年3月の広島地裁の判断を取り消し、四電に運転差し止めを命じる決定を出した。野々上裁判長は「阿蘇山(熊本県)の噴火で火砕流が原発敷地に到達する可能性が十分小さいと評価できない」などとし、火山災害による重大事故のリスクを指摘した。高裁レベルの差し止め判断は初めて。差し止め期限は来年9月末まで。仮処分はただちに効力が生じ、今後の司法手続きで決定が覆らない限り運転できない。
(以下略)

 この申し立ては、本年3月に広島地裁で却下されたことから、即時抗告されたもの。広島地裁では別に本訴が進行中で、異なる判断が下される可能性を考慮し、運転停止期間は18年9月30日までとされた。原発マネーと無縁な多くの地震学・変動地形学・地質学の専門家が指摘するように、伊方原発は、浜岡原発に次いで、もしくはこれと同等に世界一危険な原発である。その運転の差し止めを認めた広島高裁の決定をひとまず歓迎したい。

 広島高裁(野々上裁判長)の決定はどのような理由によるものか、また、同じ争点を持つ九州電力川内原発の運転停止を求める仮処分申請の即時抗告審における福岡高裁宮崎支部の棄却決定の理路とどの点で分岐したのか。これらの点について整理することは、仮処分申請を却下した広島地裁で争われる本訴にとって重要であろうから、弁護団では詳細な検討が続けられている筈だ。ここでは、いくつかの争点について備忘録としてまとめておく。

 広島高裁の決定文(pdf-22.5 MB)は、400ページを超える長文で、92ページから以下に示す争点毎に双方の主張が整理され、175ページ以降において、個々に高裁の判断が述べられている。

(1)司法審査の在り方(争点1)
(2)新規制基準の合理性に関する総論(争点2)
(3)新規制基準の合理性に関する各論(争点3)
  ア 基準地震動策定の合理性(争点3の(1))
  イ 耐震設計における重要度分類の合理性(争点3の(2))
  ウ 使用済み燃料ビット等に係る安全性(争点3の(3))
  エ 地すべりと液状化現象による危険性(争点3の(4))
  オ 制御棒挿入に係る危険性(争点3の(5))
  カ 基準津波策定の合理性(争点4の(6))
  キ 火山事象の影響による危険性(争点3の(7))
  ク シビアアクシデント対策の合理性(争点3の(8))
  ケ テロリズム対策の合理性(争点3の(9))
(4)保全の必要性(争点4)
(5)担保金の額(争点5)

司法審査の在り方(争点1)について
 争点1において、高裁の決定は、「人格権に基づく差止請求の要件」について検討する中で、伊方原発から 60 km の松山市に居住する抗告人1名について、伊方原発の事故によって「生命、身体に直接的かつ重大な被害を受ける地域に居住する者に当たる」と認定し、同 100 km の広島市居住者3名についても「重大な被害の及ぶ蓋然性が想定できる地域に居住する者といえる」とし、当事者性を認定している。原発から 100 km の距離に住んでいることで当事者性を認めたのは画期的とも言えるが、これは地裁による原決定を追認したものである。その上で、被害の発生が危惧される全ての論点に渡って相手方(四電)の説明が抗告人の主張をことごとく退けることに成功しているかどうかが(差止を認める)最終判断の基準になるとしている。

 付言として、本件の争点は「抗告人らの生命、身体等の人格権が侵害される具体的な危険があるかどうかであり、その危険がある場合には、相手方が本件原子炉の運転を継続することは違法であって、原子力発電の必要性や公益性が高いことを理由として、本件原子炉の運転を継続することは許されないというべきである」(p. 179)としている。これは、決定が出されると、例えば「わがままな訴えだ」とかなんとか巷でいろいろと取り沙汰されるであろうことを見越して、争点以外の論点を持ち込まないのが法律論であり、裁判のルールなのだと「世間」に向けて、予め釘を刺している訳であろう。このことは、後に述べる「争点3の(7)」をめぐる決定にとっても重要な視点である。

 また、原子炉等規制法1条の「大規模な自然災害」は「合理的に予測される範囲を超える大規模な自然災害」と解すべきであるとする抗告人の主張に対して、「最新の科学的、専門技術的知見を踏まえて合理的に予測される規模の自然災害」と解すべきとする四電の主張を是とする判断も、同様に重要である。このを点めぐってもまた、現行法の論理構造が法律論に則って厳密に検討されており、個々の条文の是非が争点になっていない以上、現行法に厳密に従った「訴訟指揮」がなされることを示している。その上で、争点3の(7)以外、抗告人の主張を退け、原子力規制員会の判断と相手方の主張の合理性を認めているのである。

基準地震動策定の合理性(争点3の(1))について
 争点3の(1) についてはP. 212〜316に渡って詳細に検討されているが、島崎邦彦元原子力規制員会委員長代理が提起した現行のモーメントマグニチュード(Mw)の見積もり手法の欠陥についての指摘も、現行の予測手法(いわゆるレシピ)に変更を迫るものではないという趣旨の判断が示されている。争点3の(1) はこの申立の核心部分であったと思われるが、高裁の決定文を読むと、この争点での敗北は、私の本年2月26日の次の記事で指摘した危惧が現実のものとなったことを示している。


 SSHACの確率論的地震ハザード解析ではロジックツリーの構築と分岐点の重み付けは多数の専門家のチェックを受けることが前提とされているが、日本においては伊方原発について民間の組織(電中研)主導で試行的に検討が開始されたばかりで、まだ完了していない段階のものであり、決定文p.316の「合理的」とする結論は不当である。

 このことはまた、島崎さんの、政府の諮問委員会の中で科学が捻じ曲げられるという経験が、予測の不確かさの表現をめぐるものであったことを想起させる。重大な事故に繋がりかねない事象の予測が不確かであるほど、当然、予防的な措置にも不確かさに応じた大きな余裕(安全率)が見込まれるべきと考える専門家と、不確かであるほど重要視しなくても良いとする「原子力ムラ」の考え方が対立しているとき、高裁の決定は後者に与したと言える。島崎さんの言を借りれば「練達の行政マンにとって,世間を知らない裁判官を操ることは容易だ」ということになろう。いずれにしてもSSHACの理念への批判的視点の確立は、今後の裁判闘争にとって避けて通れない課題となった。

火山事象の影響による危険性(争点3の(7))について
川内原発のケース
 この決定で唯一申立人の主張が認められた争点であるが、先に、同じ争点で却下された川内原発の運転停止を求める仮処分の即時抗告審における福岡高裁宮崎支部の決定を見ておこう。


 この争点の核心部分は、カルデラ噴火のような火山爆発指数(VEI)が7に達する破局的噴火の可能性が原子炉の立地評価に影響するかという点にある。福岡高裁の決定理由では、現在の噴火予知の科学水準が十分ではないとの認識から、「発電用原子炉設置の安全性確保のための火山事象の想定においては「我が国の社会がこれに対する危険性をどの程度まで容認するかという社会通念を基準として判断するほかない」(p.221)として、次のように述べている。

 そうであるところ、少なくとも今日の我が国においては、このようにその影響が著しく重大かつ深刻なものではあるが極めて低頻度で少なくとも歴史時代において経験したことがないような規模および態様の自然災害の危険性(リスク)については、その発生の可能性が相応の根拠を持って示されない限り、建築規制をはじめとして安全性確保の上で考慮されていないのが実情であり、このことは、この種の危険性(リスク)については無視し得るものとして容認するという社会通念の反映と見ることができる。 
 そうであるとすれば、発電用原子炉施設の安全性確保についてのみ別異に考える根拠はないというべきであり、上記の通り発電用原子炉施設についてのみこの種の自然災害の危険性(リスク)についてまで安全性確保の上で考慮すべきであるという社会通念が確立しているとまで認めることはできず、このような危険性(リスク)をも発電用原子炉施設の安全性確保の観点から自然災害として想定すべきか否かは、結局とのところ政策判断に属するものというべきところ、少なくとも原子力利用に関する現行法制度のもとにおいては、これを自然災害として想定すべきとの立法政策がとられていると解する根拠は見出し難い。(p.222)

 結論的には、規制委員会の審査で採用されている原子力発電所の火山影響評価ガイド(以下、「火山ガイド」: pdf-12.1 MB)が、原子炉設置の立地条件としてカルデラ噴火を考慮すべき自然災害として想定していることを「立法政策」とは認定せず、社会通念に照らして「不合理」とする判断を下している。

 一方でまた、九電が規制委員会の求めに応じて行った川内原発の火山影響評価(pdf-29.5 MB)をもとに、破局噴火発生の可能性が相応の根拠を持って否定されていると認定している。さらに、影響を及ぼす最大の噴火として九電が想定した 噴出量 10 km^3 (入戸火砕流の1/20)の桜島薩摩噴火規模の噴火への備えで十分であると認定している。その上で次のように結論する。

 立地評価に関する火山ガイドの定めは、少なくとも地球物理学的および地球化学的調査等によって検討対象火山の噴火の時期および規模が相当前の時点で的確に予測できることを前提としている点において、その内容が不合理であると言わざるを得ないが、相手方が火山影響評価の検討対象火山として抽出した火山に含まれるカルデラ火山との関係において立地不適としなくても本件原子炉設置が客観的に見て安全性に欠けるところがあるということはできず、・・・(p.257-258)

 以上は、現在の火山学は噴火の時期や規模を相当前の時点で予測できるレベルにないが、九電の予測だけは信頼に足るものであるとの前提に立っており、福岡高裁の決定は不当である。また、立地評価に関する火山ガイドの定めが検討対象火山の噴火の時期および規模が相当前の時点で的確に予測できることを前提としているという記述も誤りであり、正しくは、「影響を及ぼす可能性が十分小さいか」どうかについての判断を求めているにすぎないものである。「十分小さい」が、どの程度の確率を指すのかについて議論するならまだしも、破局噴火はあり得ないとする九電の「予測」を的確と評価する決定に唖然とする。

 さらにまた福岡高裁の決定は、火山ガイドの定めが社会通念に照らして妥当かどうかといった、争点としては明示されていない論点を勝手に持ち込んでいる点も見過ごせない。この点で次に述べる広島高裁の決定と対照的である。

広島高裁の決定
 争点3(7)に関わる広島高裁の決定では、先ず、「第2 事案の概要」の「2 前提事実(争いのない事実又は疎明資料等により容易に認定できる事実)」の中で、火山ガイドの考え方について、立地評価と影響評価の二段構えになっていること(p.69-70)を述べた上で、それぞれについて解説されている。ここでは、立地評価について示された以下の手順が重要である(p.70-73)。

(ア)原発から半径 160 km 範囲の領域にある第四紀(約 258 万年以降)に活動した火山を抽出する。(範囲を160 km とするのは、国内最大の噴火であった阿蘇4噴火(9万年前)の火砕流の到達距離が 160 km であったから)
(イ)この領域に第四紀火山がある場合には、完新世(約1万年前以降)に当該火山の活動があったか否かを評価し、完新世に活動があった火山は将来の活動可能性のある火山とする。
(ウ)a 運用期間中の火山の将来の活動可能性の評価を行う。 b 設計対応不可能な火山事象の到達可能性の評価を行う。 調査結果から原発運用期間中に発生する噴火の規模を推定できない場合は、検討対象火山の過去最大の噴火規模を想定する。 次いで、設定した噴火規模における設計対応不可能な火山事象が原発に到達する可能性が十分小さいかどうかを評価する。

 もし、設計対応不可能な火山事象が原発運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価されない火山がある場合は、原子力発電所の立地は不適となり、この場合、当該敷地に原子力発電所を立地することは認められない。今回の決定は、まさに上記(ア)→(イ)→(ウ)b の手順に従って、阿蘇4規模の火砕流の伊方原発への到達可能性が十分小さいと評価できないことをもって、立地不敵と判断された訳である。

 この点について決定理由では、まず、「火山学者緊急アンケート」(pdf-947 KB)や専門家の陳述書などを引用しつつ、現在の火山学では、破局的噴火へ至る経過、時間スケール、規模等の予測が全く不可能であり、したがって、阿蘇4規模の噴火の可能性が十分小さいことを評価できないことが示される(p. 351-358)。そこで問題は大規模火砕流の到達可能性であるとして、阿蘇4規模の噴火があれば伊方原発へ火砕流が到達する可能性が十分あることが論証され(p. 359-362)、「本件は、地理的領域内に「設計対応不可能な火山事象が原子力発電所運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価されない火山がある場合」に当たり、立地不適ということになる」と結論される。

 ついで、福岡高裁宮崎支部の決定と、これを踏襲した広島地裁の原決定が論拠とした「社会通念」に同意する立場から、「火山ガイドが立地評価にいう設計対応不可能な火山事象に、なんらの限定を付すことなく破局噴火(VEI7以上)による火砕流を含めていると解することには、少なからぬ疑問がないではない」としつつ、そのことは「多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門的知見に基づく総合的判断が必要とされ」ることであり、原子力規制委員会に専権事項として委ねられているのであるから、原決定判示のような限定解釈をして判断基準の枠組みを勝手に変更することは許されないとの原則的立場が示される。

 争点3(7)に限っても、論点は多岐にわたるが、この点についての広島高裁の決定は妥当なものと評価できる。何より、仮処分申立の即時抗告という、短期間で結論を出さなければならない事案について詳細な検討がなされていることに驚いたが、疑問もない訳ではない。例えば、冒頭に「世界一危険な原発」と書いたが、その危険性の本質は中央構造線系活断層帯による地震ポテンシャルの高さにある。その点で、この決定が規制庁の審査結果を追認するにとどまったのは残念である。

 参考までに関連するYouTubeの動画を貼っておく。今更感もないではないが、松田時彦さん(5分くらいから)他の貴重な証言が聞ける。



 毎日新聞の11月29日付の記事「もんじゅ 設計、廃炉想定せず ナトリウム搬出困難」 で批判された日本原子力研究開発機構(JAEA)が、反論の記事を公表している。
記事解説」(11月29日)

 JAEAは毎日新聞の記事を「誤報」としているが、隅田金属日誌(墨田金属日誌)さんのブログ記事「ナトリウム抜取りは「技術的には可能」というけど高速増殖炉も核燃料サイクルも「技術的には可能」だったよね」  にある通りで、まったく、何様のつもりかと憤然とする。

 ふつう、研究費公募申請の研究計画調書では、期限と予算を明確にし、これまでの実績や実現可能性についても記載することになる。研究倫理指南書には必ず「できもしないことを書いて予算申請してはならない」という意味の項目がある。「実現可能性」に、期限内、予算内の含意があるのは一般社会の常識である。いつかできます、そのうちできます、お金をいくらでも出してくれるならできます、というほどの実現可能性しかない事業に、国費からはびた一文支出してはならない。

 JAEAは、燃料取り出しとナトリウム抜き取りは分離して認可申請することが許されているとし、まずは燃料取り出しの認可申請を行う計画であるとのこと。申請内容については厳格な審査がなされるであろうが、多額の国費を伴う(注)ものである以上、申請した側にも、認可した側にも重大な責任があることを自覚すべきだ。

 特に、高速増殖炉・核燃料サイクル事業は、これまで何度も期限と予算がなし崩しにされ、延期・増額されてきた。そのことへの真摯な反省があるなら、毎日新聞の記事に上段に構えた批判を公開することなどできなかった筈だ。これはつまり、反省などしていないことを意味する。このままでは同じことがまた繰り返されるであろうから、廃炉事業が認可されたら、その期限と予算に注目し、監視しよう。

 何れにしても、もんじゅの廃炉が極めて困難な事業であることに変わりはない。大きな危険を伴う困難な事業を、失敗続きで大ボラ吹きの組織に任せることに不安を抱くのは当然なのだ。冒頭にリンクしたJAEAの「記事解説」の末尾にある次の文を読むと、いっそう不安になる。

【補足】 ナトリウム炉の特徴  

①沸点が高いので、軽水炉のように高圧にする必要はない。そのため、万一、冷却材が漏えいしても減圧沸騰することはない。 
(緊急冷却装置が必要ない)  

②沸点と伝熱性能が高く、原子炉出入口温度差が大きく取れるので、自然循環による崩壊熱除去が可能。  

③配管等との共存性がよいため、腐食の心配がない。  

④比重が軽く、水と同じくらいであるため、循環ポンプ等は従来技術を活用できる。  

⑤中性子を減速しないため、高速中性子を利用でき、  核分裂で発生する中性子数が多いので、プルトニウムを効率よく増殖できる。 

 ⑥自然界に豊富にあり、安価。

 この文章は二重に問題がある。まず、「ナトリウム炉の特徴」としてリストされた6項目のほとんどが、「ナトリウムの性質」やら「ナトリウム冷却システムの特徴」やら「ナトリウム炉の特性」やらが渾然一体となっている。このような文章は、卒論の初稿段階でしばしば目にすることがあるが、このままでは普通は不可である。

 次に、「特徴」としてリストされたものの全てが、「利点」や「長所」だけとなっている。まさか、弱点や欠点・危険性等について一切認識していない訳はないであろうが、この組織に任せて本当に大丈夫かと、不安はいや増すばかりである。

―――――――――――――――――――――――――――
 もんじゅは三十六年間で一兆四百十億円の国費を投じたにもかかわらず、トラブル続きでほとんど稼働していない。大量の機器で点検漏れも発覚し、原子力規制委員会は運営主体を現行の「日本原子力研究開発機構(原子力機構)」から変更するよう求めたが、見つからなかった。

 文科省は廃炉には三十年で三千七百五十億円以上かかると試算。存続を求める福井県と敦賀市に配慮し、もんじゅと周辺地域を高速炉など原子力の研究開発拠点と位置付け、もんじゅ内に新たな試験炉を設置する方針もまとめた。
(略)
 原子力政策をめぐっては、福島第一原発の廃炉などの処理費用が従来予想から倍増して二十一兆五千億円かかる見通しとなり、政府はほとんどを国民の電気料金や税金でまかなう構え。福島第一を除く原発の廃炉費用の一部も電気料金に上乗せする方針で、国民の負担が増え続けている。
 原子力発電環境整備機構(NUMO)主催の高レベル放射性廃棄物の地層処分に向けての意見交換会の参加者にお金が渡されていたのが発覚したというニュースを聞いて、昨年参加した時に会った不思議な三人組のことを思い出した。


前略

国と最終処分を実施する「NUMO」は、高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のごみ」の処分場の調査対象になる可能性がある地域を示した「科学的特性マップ」の公表を受けて、先月から全国各地で市民向けの説明会を開いています。
NUMOによりますと、広報業務を委託した2次下請けの都内にある会社が、大学生に謝礼やサークル活動への支援を約束して、説明会への参加を依頼していました。
こうした約束で説明会に参加したのは、東京、埼玉、愛知、大阪、兵庫で合わせて39人に上り、今月6日に開かれた埼玉での説明会で、学生の1人が「参加すると謝礼をもらえると聞いた」と発言したことから発覚したということです。
NUMOによりますと、埼玉の会場に来た12人の参加者には1人あたり1万円を払う約束をし、残りの27人には、所属するサークルに対し、1人あたり5000円相当の支援を約束していたということです。
NUMOは、謝礼を払って参加者を集めるように依頼はしておらず、発言内容に注文をつけるといったことはしていないと説明しています。

後略

 この記事にあるのは最近の話。NHKの記事では「説明会」となっているが、正式には科学的特性マップに関する意見交換会」と称されている。

 私は「科学的特性マップ」が公表される前の昨年、全国で開催された「地層処分意見交換会」の一つに参加した。昨年も、今年の意見交換会と同様、参加者は二つのカテゴリーに分かれていて、申込時に選べるようになっていた。全体でおよそ2時間の会が前半の第一部と後半の第二部に分けられ、両方に参加を希望する者は図に示すA席に着席し、第一部のみの参加者はB席に着席する。

イメージ 1

 前半の第一部は、ビデオと講演によって地層処分の概要が説明された後、A席を優先しての質疑応答があり、終わるとB席の参加者は帰らされた。後半になるとA席の各テーブルに主催メンバーのNUMOや資源エネルギー庁、産総研の関連研究者などの中堅〜幹部クラスの2〜3人が同席して、文字通りの意見交換会となった。

 会場の様子はビデオに撮ってウェブ上で公開することがあるので了承してほしい旨説明があった。同じことは申し込み時の案内文にも記されていて、実際、特に質疑応答の場面などはしっかりとビデオカメラが向けられていたので、下手な質問はできない圧迫感があった。このような会にA席を希望するのは、専門家か、あるいは自治体の関係者か、よほど何事かを主張したい熱意のある者に限られるだろうと考えていた。実際、B席は100人くらいの満席だったのにA席の参加者は大変少なく、正確には覚えていないが、10〜15人くらいだったと思う。ちなみに私はA席だったので第二部まで残った。

 さて、A席の私と同じテーブルに、二十代と思き女性3人組が参加していた。このような場で年若い参加者に会ったことがなかったので、意外な気がした。しかし、休憩時間を挟んで第二部になり、会が進むと、やがて違和感が強くなった。

 彼女らは、どのような動機から参加したのか。誰かが訊くと、3人のうちの一人が面白そうな催しがあるからと他の二人を誘ったのらしい。それでも、予め申込サイトにアクセスし、A席希望にチェックを入れ、送信ボタンを押したのだとしたら、何か言いたいことや聞きたいことがあったのではないかと思ったが、特に意見はないとのこと。だったらB席で良かったはずだ。

 でもまあ、面白半分でA席に参加するのもアリかなと思った。好奇心旺盛な若者らしいし、誰でも一度は参加してみるべきだ。原発関連の隅から隅まで、思想の根腐れが良く分かるから。

 そうは思いつつ、この度の報道に接した今、彼女らは休日の午後を窮屈な思いをしながら黙ってテーブルに座っている代償としてNUMOに金を渡され、参加したのではないかと、下衆の勘ぐりも脳裏をかすめるのであった。

カメジローをみた

 TBS佐古忠彦さん初監督の映画『米軍が最も恐れた男〜その名は、カメジロー〜』を観た。当日は県内唯一の上映館の短い上映期間に佐古監督のトークが設定されていた。妻は亀次郎さんのことを知らなかったが、佐古さんのファンということで一緒に観に行くことになった。私は既に高校生の頃には瀬長亀次郎を認識している。

 全く些細なきっかけだった。私が高校に入学した当時、3年間持ち上がりの同じクラスに返還前の沖縄から「留学」してきたU君がいて、互いに下宿を行き来する仲になった。同じクラスには、国語や古文・漢文の授業中に先生がお伺いをたてるほどの天才M君がいた。どうでも良いことだが、M君は体が弱くて体育の授業はいつも見学で、私の中でのステロタイプな文学青年そのものであった。

 U君によると、M君の顔はカメジローにそっくりだという。そっくりだが決してそのことはM君には言わないようにとも。カメジローを知らない私は、U君のその口ぶりに興味をそそられた。しばらくしてU君は、新聞か雑誌の切り抜きでカメジローの写真を見せてくれた。なるほどこれは・・・顔がそっくりだとM君に言っていはいけないような気になった。ついでにその切り抜きの記事を読んで、カメジローが沖縄では特別な存在であることを認識した。

 しばらくして沖縄返還となり、担任が、「U君は今日からめでたく日本人になりました」という意味のことを朝の挨拶で言ったのを覚えている。しかし、「本土並返還」とは程遠い現実があることは、おぼろげにではあるが知っていた。自衛隊が沖縄へ派遣されることになり、これへの反対運動のことなどニュース番組でみたことも覚えている。そんな経緯から、その後の瀬長亀次郎のことはフォローして知っていたつもりだが、その前史についてはほとんど知らなかった。インドにとってのガンジーのような存在と言えば良いか。この映画を観て改めて彼の偉大さ、そして、現在の沖縄問題の由って来る経緯を知った。

 定員80名ほどのミニシアターは満席で、最後にエンドロールが終わると拍手が沸き起こった。上映後に佐古監督が語ったことは、ほぼ次の記事に書かれているので、一部を引用しよう。

沖縄タイムス+プラス ニュース(2017年10月21日 11:36)

 2017年8月12日。桜坂劇場の前にできた、その終わりが見えない大行列を、私は一生忘れないだろう。沖縄の方々に、どうご覧いただけるのか不安だっただけに、信じられない光景だった。ある人が私に声をかけてくれた。

 「行列にならんだ知らない者同士が、亀次郎さんの思い出話で大いに盛り上がって、今のわじわじーした気持ちを分かち合ったわけ」

(中略)

 私は、この春までテレビでニュースを伝えたり解説したりしていた。日々のニュースは、事象の瞬間を切り取るだけに終わり、なかなか問題の全体像を伝え切れていないことにもどかしさを感じていた。そして、時折「また沖縄が反対している」といった無責任な批判の声が本土から上がる。その背景を考えると、ある結論に至った。本土の人々の認識から戦後史というものがすっぽり抜け落ちているのではないか…。

 平和憲法を手にし、民主主義の世の中にあっという間に変わり、経済復興を果たした本土と、戦争が終わっても平和はやってこなかった沖縄とでは、明らかに戦後の歩みが違う。そのことが、本土にあまり伝えられてこなかった。その戦後史への認識の空白を少しでも埋めることができれば問題の核心に近づけるのではないか。であるならば、戦後史の主人公で、県民に鮮烈な記憶を残しているカメジローを通して歴史を伝えたいと思ったのが、制作のきっかけだった。そして、最も伝えたかったのは、カメジローの生きざまはもちろんだが、その歩みは常に民衆とともにあったことだ。

 いまも毎回何万もの人が集まる県民大会や、国に訴えられた裁判の前の集会に集まった人々が、知事を大声援で法廷に送り出す光景は沖縄をおいて、この国のどこにもみられないものだ。その答は歴史にある。ひとつひとつの点を結んでみると、一本の線となり、今がある理由が見えてくる。
(後略)

 まずこの映画は、良い沖縄入門になっている。本土の民主主義は与えられたものだが、沖縄にある民主主義は、実態として瀕死の状態にあるとしても、その少しのかけらも全て民衆の運動によって勝ち取られたものばかりである。そのことを、この映画は良く表現している。

 ただし、一点だけ書いておきたいことがある。沖縄復帰一年後に、瀬長亀次郎率いる沖縄人民党は日本共産党に合流し、亀次郎は共産党の副委員長になっている。佐藤栄作首相との国会論戦も共産党の議員としてのものである。沖縄の基地を共産主義への防波堤と位置づけていた米軍が亀次郎を弾圧したのは、もともとそういう存在だったからだ。しかし、この映画では、亀次郎と共産党との関係については、「資本論」を読んでいたこと以外、全く触れられていない。700円で購入して佐古監督にサインを書いてもらったパンフレットにも、映画の公式サイトにも一言も出てこない。

 この映画は共産党のことを意識的に隠していると感じたのは私だけであろうか。「オール沖縄」がイデオロギー抜きのものであることも強調されていた。民主主義は立派なイデオロギーである。日本では「共産党」や「イデオロギー」というものは隠すべき存在である、というのがデフォルトになっているのか、母親の「真っ直ぐに生きなさい」との教えを忠実に守った亀次郎の生き方に比べ、この映画の作られ方は、その点で「真っ直ぐ」ではないと感じた。これは少し酷すぎる批判かもしれないのだが・・・

(11/8、下線部を追記)

 新燃岳の噴火を心配して気象庁 (火山観測網)  V.KIRの霧島新燃岳南西観測点の地震波形を注視し、昨日(10月21日)の夜から酷く揺れていると警告を発している人(火山学者他、多数)がいるようですが、ここの地震計は台風が来る度に風向によっては「ノイズ」だらけになることにそろそろ気づいてほしい。暴風による地面の揺れを捉えています。

 7月4日に九州に上陸した台風3号の時
イメージ 1

 8月6日に種子島を通過した台風5号の時
イメージ 2

 9月17日に九州に上陸した台風18号の時
イメージ 3

 観測点によって個性があります。霧島では他の観測点を参照した方が良いでしょう。

 ちなみに、ここにもちらっと書いたけれど、今の地震計の性能はとっても良いのです。気圧のゆっくりとした変化による地球自由振動もとらえています。


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