さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 『シン・ゴジラ』をひと月ほど前に観た。映画通で年に200本以上は観るという知人に勧められたからで,情報量が多いのでもう一度観たいと思いつつ時は過ぎ,結局『君の名は』を観たら,とたんに『シン・ゴジラ』への関心が薄れてしまった。したがって,表層的な感想しか書けないが,ひと言でいえば,後味の悪い映画だった。

 私は,もともとゴジラ映画への関心は薄く,ハリウッド版の『GODZILLA』2作は観たが日本のゴジラシリーズは1作も観ていない。日本映画の特撮やCGのチャチさに対する不満はそれなりにあるが,時代劇のカツラの髪の生え際の処理がまずくても気にしない方ではある。もともと私の映画の好みはゴジラシリーズとは対局にあるので(注1),『シン・ゴジラ』がファンタジー映画だとしたら,見方そのものがわかっていないという自覚はある。

 SFであれば,それなりに科学的な理屈をこねくり廻して観客をうまく騙してあげる,あるいはその気にさせてあげることが成功の秘訣だろう。その意味で『オデッセイ( The Martian)』は成功しているが,『ザ・コア(The Core)』は失敗,というか別物。『インターステラー(Interstellar)』は微妙だが,一般向けには成功していると思う。SFでもストーリーと役者の演技の奥の深さが加われば『ブレードランナー』のように多くのファンを獲得して「金字塔」と評されるような名作になれる。

 しかし『シン・ゴジラ』は単なるSFではないし,単なるファンタジーでもない。その証拠に,東京という実在の都市が危機に陥り,日本国政府首脳陣と官僚組織,自衛隊,それに米軍がこれに立ち向かう訳だが,いちいち登場人物の肩書きや実在する武器が大文字のスーパーで説明される。実際の法律の細かな条文も説明口調で問題とされる。そう,説明が多すぎるのだ。重要な役回りであってもさらりと流してしまう粋なつくりの多いハリウッド映画に比べれば,ずいぶん野暮ったい。もちろん作り手はプロだから,明確な意図のもとに敢えてそうしている筈で,やはりこれは,ファンタジーの意匠を借りたある種の社会派映画として創られたものだろう。しかし,その意匠にはほころびも目立った。

 冒頭,海ほたるの辺りだったか,何かの爆発的噴出とアクアラインのトンネル崩落がおこったとき,招集された専門家は海底火山の水蒸気爆発説を主張したのだが,全く「火の気」のないところだから,せめて泥火山の噴出(注2)くらいのことは言ってほしかった。しかし,巨大生物が海上に現れると,御用学者は役に立たないという言葉が投げられたり,この方面の学者はさんざんな扱われ方である。

 その巨大生物は上陸して一暴れした後,一旦東京湾へと戻り行方不明になる。ここでもまた,おいおいあんなに巨大だったら確実に地震計で追跡できるよと突っ込みを入れる。東京湾,相模トラフ一帯には海底地震計観測網が完備している筈だ。今の高感度広帯域地震計は,数千メートルの海底下で洋上の波浪による岩盤の脈動さへもちゃんと捉えているんだぞと。

 ゴジラの造形については,最初に出現する両生類型のものは目がかなり大きすぎると感じた。巨大化して再登場したゴジラは圧巻である。造形を担当したスタッフの才能を感じる。しかし,その巨体のリアリティを台無しにするような不自然な「物の動き」にしばしば興ざめする。例えば,体側から血の塊のようなものが吹き出してドサッと落ちる場面があって,まさにドサッと落ちるのだが,滞空時間が明らかに短すぎる。30 mの高さから物が自由落下するには2.5 秒ほどかかるので,それを1.5 秒にしてしまうと10 mくらいに感じてしまう。こうした突っ込みどころはいっぱいあって,ハリウッドCG技術陣との差が否が応にも目に付いてしまう。

 もっとも,『オデッセイ』だって,火星の砂嵐から逃れ,主人公一人を残して脱出する場面で,ロケットの巻き上げた粉じんが砂嵐の暴風に全くたなびいていないというチョンボもあったりはする。

 他にも,十数台もの車が蹴散らされて宙を舞う場面で,車両火災必至なのに一台も燃えないのは何故だ,とか,そうでなくてもゴジラの通った後はあちこちから出火して東京中火の海になる筈だぞ,とか,自衛隊の「弾切れ」早すぎっ,とか,政府首脳人の避難のタイミングが議論になるのに,天皇家の避難の問題がスルーされる訳はないだろう,とか,こんな化け物が来襲しているのに,東京人はどうして早い段階で関東圏から逃げ出さないのかとか,いろいろ思った。

 もちろん,核エネルギーを利用しているという核心部分に,んな訳あるかいと突っ込むようなヤボなことはしない。それを言っちゃあお仕舞いよ的なアレについては分かっているつもりで,最後に突然マイナス百何十度かになって固まったところで,それ,エネルギー保存則に反しているからと突っ込んだりはしないが,そんな極低温の巨体が立っていれば霧を伴ったダウンバーストが発生する筈だろとの突っ込みは譲れないタチだ。

 最初から荒唐無稽だとわかりきったことに突っ込みを入れるのは野暮だが,どうだリアルだろと作り手が推してくる場面,例えば崩れ落ちるビルの描写に,いや,それだったら直ぐ火の手があがる筈だからと突っ込みを入れたくなるのだ。

 さて,関東地方ではM7クラスの大地震が30年以内に70%の高確率で襲来するとの予測が公表されている。震災での死者は最大2万3000人、その約7割の最大1万6000人が火災で亡くなるとの想定だ。これこそが,今そこにある危機である。

 震災では自衛隊のお世話にならなければならないが,その時は戦車もミサイルも何の役にも立たない。火災がおこれば消防の出番だ。ゴジラが襲来して東京が火の海になれば,消防の問題がクローズアップされるから,多数の車が蹴散らされてぐちゃぐちゃになっても,ゴジラビームで胴切りにされた高層ビルが崩れ落ちても,いちいち出火して火の海になるようなことではまずい。にもかかわらず,自衛隊の火力は非力で,直ぐに「弾切れ」する必要があるのだ。そうでないと,この映画が本当に描きたかったことが霞んでしまうのだろう,と,そう思って観た。

 私の妻のように,映画は比較的よく観る方ではあるが『シン・ゴジラ』は最初から全く観る気がしないということで,誘いを断ったりする者も案外多いのではないかと思う。私としては,期待せずに観たが意外に良かったということもあるかもしれない,そう思って観たけれど,結局ダメだった。『君の名は』の方がずっといいよ。

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注1)記憶に残る映画と言えば,ビヤンバスレン監督の『ラクダの涙』(2004年ドイツ)や『天空の草原のナンサ』(2005年ドイツ),トム・マッカーシー監督・脚本の『扉をたたく人,The Visitor』(2008年アメリカ),キャスリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー(The Hurt Locker)』(2008年アメリカ)などで,地方都市ではなかなか観る機会に恵まれない作品が多い。『ハンナ・アーレント』(2012年)は結局DVDを購入するハメになってしまった。若い頃観た(古い)映画では『幸福の旅路(Heroes)』(1978年アメリカ)が忘れられないが,主演のヘンリー・ウィンクラーが第35回 ゴールデングローブ賞の最優秀主演男優賞(ドラマ)を獲得し,ハリソンフォードも出演しているのにDVD化もされていない。

注2)泥火山は,「火山」という語とはうらはらに,マグマ活動とはほぼ無縁で,液状化した泥水が多量のガスとともに噴き出す現象。ガスの主成分は二酸化炭素,水蒸気,メタンガスなどで,硫化水素を含むこともある。最近ではインドネシア・ジャワ島やサハリンなどで規模の大きな噴出があった。一方,水蒸気爆発はマグマ活動(火の気)が遠因となっておこる。

 高橋健太郎さんのこれ
ポール・サイモンの新作をめぐる原稿。S&G時代から、『時の流れに』、『グレイスランド』もさらい、19世紀のアメリカにも遡り、7000字も書きました。マイクロトーナルの解説も。 mikiki.tokyo.jp/articles/-/112…
6:06 - 2016年6月3

 高密度な7000字、やっぱりプロはすごいなあ。「ビートルズ世代」の下は「サイモン&ガーファンクル世代」? ポール・サイモンのファンとしては嬉しい記事で、夢中になって読んだ。74歳と81歳のコンビということでロイ・ハリーが出てくるけれど、懐かしい。

 ファンには周知のことで、そうでない人には無用なエピソードとして触れられてないのだろうけれど、デビューアルバム『水曜の朝、午前3時(1964)』が不発に終わって、失意の中、ポールはヨーロッパ放浪の旅に出る。その間、アルバムに収録された『サウンド・オブ・サイレンス』にエレキギターやドラムを被せてかってにシングルカットされたのが世界中で大ヒット。その時のレコーディング・エンジニアがロイ・ハリーだった。その後に出たベスト盤のライナーノーツでその時の苦労話を読んだ記憶がある。別々にマスター録音されたのを完全にシンクロさせるのに、二台のデッキのスピードを微妙に調節したと書かれていた。今はもっと簡単にできると思うけれど、当時は大変だったようだ。それでも聴き込めば、この『サウンド・オブ・サイレンス』の音にはやはり積み木細工のような危うさが残っている。

 YouTubeに置いてある64年のオリジナルヴァージョンの『The Sound of silence』の 視聴回数は6千3百万回以上で、これはコアなファンによるものか。

 「マイクロトーナルの解説」もあるけれど、ペルシャ音楽の微分音階とどう違うのだろう?

 健太郎さんの解説記事の末尾を引用:
現在行われているアメリカ大統領選の予備選挙において、民主党のバーニー・サンダース候補は、サイモン&ガーファンクルの〈アメリカ〉をキャンペーン・ソングに使っている。その曲の有名なサビ〈I’ve come to look for America〉(僕はアメリカを探すためにやってきた)そのままに、どこへ行っても、どこまで踏み込んでも、アメリカを探し、アメリカを見つけてしまうのが、ポール・サイモンというソングライターの宿命なのかもしれない。そして、『Stranger To Stranger』というアルバムもまた、そんな彼の半世紀以上に渡る旅の果てに生まれた作品であることを強く、深く、感じさせるのである。

 私はこの曲『アメリカ』を聴くと、どうしても映画『卒業(1967)』のラストシーンを思い出してしまう。花嫁を「奪還」しに来たベンジャミン(ダスティン・ホフマン)と真実の愛に目覚めた花嫁エレーン(キャサリン・ロス)は、結婚式場から二人連れだって表通りへ出て走り、そこに居合わせたバスに飛び乗る。一見ハッピーエンドのようになっているが、エンディングでは、バスが動き出して、後部座席に座った二人が次第に戸惑いと不安にかられた表情へと変わっていく様を長回しで追い、『サウンド・オブ・サイレンス』がながれるという趣向になっている。

イメージ 1

 このラストの数十秒で表現されているある種の暗転は、ポールの書いた『アメリカ』にも共通するもので、激しさを増していたベトナム戦争が当時の若者に暗い影を落としていて、祭が終わって冷静になれば未来は決して明るくなどないと気づかざるを得ない状況が暗喩となっているように感じる。テト攻勢のあった1968年のアメリカ軍の死者は1万2,000人で、ベトナム人の死者はその5倍ほどだった。

 サイモンとガーファンクルは二人の音楽性の違いから70年頃よりソロ活動に移行するが、72年には民主党大統領候補ジョージ・マクガヴァン支援コンサートに揃って登場している。Wikipediaによると、当時のマクガヴァンの選挙公約は、ベトナムからの米軍の即時撤退とそれを引き換えとする捕虜の返還、および脱走兵に対する恩赦、3年間に37%の軍事支出の削減、全国民に対する1000ドルの給付(これは6500ドルの最低収入制度の創設に切り替えられた後に公約から外された)、憲法への「平等条項(Equal Rights Amendment)」の挿入など。本選挙の結果は、現職のニクソンに得票率で60-38%(獲得選挙人数で520-17)の惨敗。

 ちなみに私は、82年の大阪球場でのS&G再結成コンサートに、後に妻となる女性と一緒に行って聴いている。演目は前年9月のニューヨーク・セントラル・パークでのコンサートのライブ盤に収録されているのとほぼ同じだった。『アメリカ』の歌詞が少し変えられていたのも同じ。当時、そんな話をしたら年長のビートルズファンから少女趣味だと言われたことがある。これは少女を小バカにしているのだな、きっと。天の邪鬼の私は、いや、S&Gのファンなのではなくて、ポール・サイモンのファンなのだとは、敢えて言わなかった。と書いて思い出したのだけれど、ここに書いた大庭里美さんもS&Gの、特にポール・サイモンの大ファンだった。

 この時のコンサートの様子はYouTubeにいっぱいアップされている。

こんな医者はイヤだ(その1)
2016年04月22日(Fri)  Wedge編集部,村中璃子
中2で子宮頸がんワクチンを接種した頃から失神を繰り返し、現在では、歩行障害と光過敏で杖とサングラスが手放せないという少女がいる。
しかし、周囲から聞こえてくる話はこの一文から想像される物語とは少し違っていた。

 本人の取材ができていないのに伝聞だけで特定可能な個人をひどく貶める記事を公開するなんて、とても医者のやることとは思えない。ゴシップ週刊誌並の記事だと思う。

こんな医者はイヤだ(その2)
ですかね。暇つぶし程度には楽しめましたから(笑

 こんな医者はごく例外的な存在だと信じたい。ワクチンの必要性を訴えるのはいいのだけれど、副作用として認められている例もあるのだから、保障や救済を求めるのは当然の権利でしょう。

気になること
 ちょっと気になっているのは、子宮頸がんワクチンにアルミニウムが含まれているということ。

 アルミニウムは地殻中では酸素、ケイ素についで3番目に多い元素であるにもかかわらず生体中で何の役にもたってたっているのか分かっていない珍しい存在である。地殻存在度12番のマンガンまでの元素はアルミニウムを除いて全て生体必須元素となっている。 13番目以降の微量元素については、生物種によって必須元素が異なっているが、海水中の溶存元素濃度の地球史的変遷が時々の生物進化に影響を与えた結果と考えられている。例えばモリブデンはヒトにとっての生体必須元素であるが、原始的な生物ではモリブデンの代わりを同族のタングステンが担っていて、還元的な原始海洋水中ではタングステンの溶存濃度が高かったことに対応していると考えられている。

 アルミニウムの現在の海水中の存在度は大変低く、0.000030 mg/kg、すなわち 30 ppt に過ぎない。生体必須元素である鉄も同程度であるが、古海洋において鉄ははもっと高濃度だったことが分かっていて、岩石中には易溶性の二価鉄も多く、希には自然鉄(金属鉄)さえ存在する。そのため陸水中の溶存鉄の濃度は比較的高い。一方、アルミニウムは陸水中の溶存濃度も極めて低く、溶けにくいために風化残留物としてアルミ鉱石のボーキサイトが生成される。

 金属アルミニウムは酸性の水に溶けるが、地球上にまとまった量の金属アルミニウムが出現したのは人類が電気分解を始めた近代以降であって、生命は生まれてこの方アルミニウムを生命活動に利用することが不可能だった。

 元素の中にはもともとの地殻存在度が極めて低いために陸水や海水中の溶存濃度が極端に低いものがある。このような元素(原子番号が奇数の微量元素)には生体に毒性を示すものが多い。つまり、海水にせよ陸水にせよ、天然水(海水、陸水、雨水など)にほとんど含まれない元素を(不自然に)摂取するのは有害ということであろう。

 知人の一人は、ある種のアルツハイマー症患者の脳にアルミニウムが濃集しているということが発覚する以前からアルミニウムの摂取を極力避ける生活を心がけていた。例えばアルミ缶には手を出さず、ビールはもっぱら瓶ビール。アルミ製の鍋や皿なども決して使わない。私はズボラで缶ビール大好きなのだが、さすがにアルミニウムを主成分として含むとなると、こんな薬はイヤだ、となる。そうなると、他にアルミを含む薬やワクチンがないか気になる。どうやって調べたら良いのだろう。

以下、追記(5月6日)
 ワクチンのアジュバントと添加物のページによると、ほとんどのワクチンにはその効果を強めるためにアジュバントと呼ばれる補助剤のようなものが付加されているとのこと。その多くがアルミニウムを含んでいるようだ。それぞれに臨床試験を経て安全であることが確かめられている筈のものであることは理解できるし、公衆衛生上どうしても必要なものもあるであろう。

 しかし、臨床試験で確かめられているのが単独での短期的な安全だけだとしたら、何本ものワクチンを接種したときの相乗効果であるとか、長期的な影響であるとかの心配は残る。アルミ化合物に代わるものを開発するのは難しいのだろうか。

こんな医者はイヤだ(その3)(5月15日追記)
 この情報は医師本人の発言ではなく伝聞なので、仮にその通りであったとするとという注釈付になるけれど、何が何でもワクチンのせいではないとの強い思い込みがこの医師を支配しているように感じる。科学者失格である。
 医は仁術と言われるが、その意味では医師不適格とも言えるだろう。

 昨日(4月14日)21時26分頃熊本地方を震源とするマグニチュード6.5の直下型地震が発生した。震源は北緯32.7度、東経130.8度、深さ11 kmで、気象庁はこの地震を「H28年熊本地震」と命名したとのこと。震央に位置する益城(ましき)町では震度7、鉛直方向の最大加速度1580galに達し、死者9名、負傷者1,000名以上となっている模様。被害の全貌がわかるにはもうしばらくかかるであろう。妻の友人が震央近くに住んでいて、無事だと確認できたのは丸1日が経過したつい先ほどの事である。この地震の報道やWeb上での発言に関連していくつか気になることがあったので、以下にメモを残しておく。

1)活断層の活動セグメント
 気象庁等の発表によると、この地震は日奈久(ひなぐ)断層帯と布田川(ふたがわ)断層帯の接合部付近を震源として発生しているそうである。マスコミの報道でしばしば引用される活断層分布図は、地震調査研究推進本部によるものであるが、説明書を良く読めばわかるように、布田川断層帯の西側3分の2は地表活断層の存在しない実体のはっきりしないもので、重力異常などから「地下活断層」の存在が想像されているだけのものである。そのため、図ではその部分が幅の広いグレーの帯として描かれている。下にその図の一部を拡大して示した。

イメージ 1

図1 地震調査研究推進本部による布田川ー日奈久断層帯の分布図

 ところがこのグレーの部分を、他の実体のある活断層より太い濃い赤色で塗色した図が出回っている。これではまるでそちらの方が活断層としての「実力」が上であるかのように誤解されない。昨日来、誰か注意する専門家はいないのかと不思議でならない。

 活断層の正確な分布図として統一されたものは存在しないが、最新のデータをまとめたサイトとしては産総研地質情報総合センターの「活断層データーベース」がベストであろう。同センターが運用している地質図Naviでは、そのほとんどを地質図に重ねて表示させることができるが、孤立した活断層で10km未満のものは割愛されていることがある。活断層研究のコミュニティはいくつか異なるものがあって、たとえば防災科学技術研究所が運用しているHi-net高感度地震観測網の公開サイトが使用している分布図は、産総研の編集したものと異なっている。
 下に示す図は、地質図Naviによる地質図に活断層と重力異常のコンターを重ね、さらにHi-net の余震分布範囲を図示したものである。

イメージ 2

図2 産総研地質図Naviによる地質図と余震分布域

 この図をみると、余震分布から予想される震源断層は布田川断層帯から日奈久断層帯へとゆるく屈曲しながら連続して動いているように見える。それが事実であるなら、従来の活動セグメントの認識は、地震調査研究推進本部よるものも、産総研によるものもの、どちらも正しくないということになる。活断層の活動セグメントの認識はそれくらい難しく、これまで出回っている図もあまり当てにはならないと考えた方が良いだろう。

 なお、2000年6月8日にほぼ同じ場所でM4.9の地震がおこっており、やや詳しい解析もなされている点は注目して良いかもしれない。

2)布田川ー日奈久断層帯の地体構造論的位置づけ
 今回動いた活断層を中央構造線の一部とする報道があったが、その認識は大変難しい問題を多々含んでいるので、整理しておきたい。中央構造線の多義性の問題については、こちらでも簡単に触れたが、九州に至るとさらに複雑化する。以下に示す図3は、四国西端から九州にかけて分布する構造線を図示したものである。

イメージ 3

図3 九州における構造線の分布

 中央構造線の発生時期は白亜紀の中頃までさかのぼることがわかっているが、それより古い可能性もあって、まだよくわかっていないことが多い。いずれにしても、四国から紀伊半島にかけての部分では、西南日本外帯の三波川変成帯(南側)と西南日本内帯の和泉層群(北側)が接している。三波川変成帯は白亜紀後期に海洋プレートの沈み込みによって形成された低温高圧型の変成帯で、和泉層群はやはり白亜紀後期に中央構造線の運動によって形成された横ずれ堆積盆(pull-apart basin)の浅海・汽水相の砂岩主体の地層である。

 四国の和泉層群の西端部は愛媛県伊予市に分布することが知られているが、その西方延長は伊方原発の建設時および最近の再稼働申請に向けた調査によって、佐多岬の北岸をかすめた海底下に伏在していることがわかっている。佐多岬の陸上部は全て三波川変成岩が分布しているので、図3に示すように、この部分の中央構造線は伊方原発をかすめた沿岸部付近を通ることになる。

 ところが、九州へ至ると泉層群の西方延長と考えられている後期白亜紀の大野川層群が臼杵市の辺りに分布し、その北側の佐賀関半島に三波川帯の結晶片岩類が分布し、南北が逆になっている。両者の間には南傾斜の佐志生(さしう)断層があって、これは、本来低角度で北へ傾斜していた中央構造線が褶曲によって南傾斜になった部分と考えられている。佐賀関半島の西方で三波川帯の延長は途絶えるが、佐多岬から佐賀関半島へ至る三波川帯をそのまま西へ延長した長崎に白亜紀後期の結晶片岩の孤立した分布が知られており、これを三波川変成岩に対比する考えがある。この場合の中央構造線は、おおよそ、松山ー伊万里構造線付近を通ることになるが、これ自体は実体のはっきりしないものである。

 一方、臼杵の大野川層群を切って臼杵川火成岩が細長く分布する部分を構造線ととらえ、その西方延長が八代地域の秩父帯と肥後帯の境界部に至るとの考えから、古くより、臼杵ー八代構造線が提唱され、これが本来の中央構造線であるとする考えも根強く残っている。さらにまた、中央構造線活断層系と一括されるものは、伊予灘セグメントまでははっきりしているが、伊予灘においては、本来の中央構造線から北へ数km 離れたところを通っている。別府湾の活断層帯を経て、その西では大分ー熊本(構造)線が提唱されており、九州における第四期の中央構造線であるとする考えもあり、その西方延長がこの度の布田川ー日奈久断層帯へ連続するとされている。ただし、大分ー熊本(構造)線もまた、実体のはっきりしないものである。

 このように、九州における中央構造線は、その歴史性の複雑さからまだわかっていないことが多く、定義さへはっきりと定められていないので、「中央構造線」という言葉を用いた議論には固執しない方が良いだろう。

以下、追記(4月16日21:00)
 上記は15日夜の10時頃書き始め、四苦八苦しながら日付が変わって午前1時05分にアップ完了。ところがその20分後にM7.3の地震がおこり、こちらの方が本震で、それまでの地震は皆前震ということになってしまった。さらに朝起きてみると阿蘇より東方および大分県の湯布院の辺りに飛び火したように震源域が拡大している。これは全く予想外のことであった。これらの震源域を防災科研のHi-net観測網で見てみると一続きの帯状に連なって、九州が真っ二つに割れてでもいるかのように見える。中央構造線のからみで言えば、上記図3の大分熊本線に沿っているようにも見える。その後、産総研の地質図Naviの「データ表示」の項目に「2016年熊本地震」が追加されているのを知り、震央をプロットしてみると、やや詳しい分布がわかった。その図を編集したものを以下に示す。

イメージ 4


図4 産総研の地質図Naviによる2016年4月16日17:00頃の震央分布図

 この図をみると、阿蘇の東までは大分ー熊本(構造)線に近いところを通っているが、大分県の地震は「別府−万年山(はねやま)断層帯」と呼ばれる別系統の活断層帯にあたることがわかった。いわゆる誘発地震(の連動)として説明できるものだと思う。今夜は大雨の予報もあるが、これ以上被害が拡大しないよう願うばかりである。

象の捕まえ方

 きょうび、大学は正気の沙汰とは思えないほど忙しい。土日に公式行事が入ると振り替え休日を取れと指示されるが、休める日がない。仕方ないので適当な日に休みを申請して、今日は遊びに来ましたということにして仕事をする。自宅でもずっと仕事をしている。そんな具合だから、世の中いろいろと気になる出来事が続いているのに、じっくりと情報を整理して考えるということが出来ずにいる。たぶんこんな生活を続けていると精神的にまずいことになるのではないかと思い、今日は仕事をちゃんと休むことにした。ということで、心のリハビリも兼ねて軽い話題を忘れないうちに書き留めておきたい。

 さて、毎日新聞の「日曜くらぶ」に海原純子さんの「新・心のサプリ」と題したコラムが連載されている。11月初旬だったか、次のような内容のことが書かれていた。

 サーカスで芸をする象がサーカス小屋の裏につながれているのだが、巨体が細い鎖で柵にくくりつけられているのを見た少年は不思議でたまらない。ちょっと力を出せば鎖は簡単に切れて、象はたやすくサーカス小屋から逃げられそうなのだ。そこで少年は父親にどうして象は逃げようとしないのだろう、と訊いた。父親は答えて言う。象は多分とても小さい頃につれてこられ、鎖につながれたのだろう。その時は何度も鎖をひっぱり逃げようとしたに違いない。ところが鎖はびくともしない。象は次第に諦めるようになってしまう。体が大きくなって簡単に鎖を引きちぎれるだけ強くなっても、「自分はダメ」と思い込んで鎖をちぎって逃げようとはしなくなったのだろう、と。

 そこから海原さんは、思い込みからくる「心の鎖」について点検することの大切さを説かれていたと思う。しかし、この結論自体には同意できるものの、象好きの私として、鎖に繋がれた象が何故逃げようとしないかについてはいろいろと納得し難いものも感じた。

 まず、象はとても賢い動物である。鎖を切って逃げ出したらとても恐ろしい結末が待ち受けていることを分かっている筈だ。だいいち、毎日餌が与えられる今の境遇もそんなに悪くないと考えているかもしれない。まあ、そんなことは想像に過ぎないのだが、小さい頃につれてこられたというのも想像に過ぎない。しかし、どこからどうやってつれてこられたのだろう。この「鎖に繋がれた象」の話が広まる背景として、サーカスの象はどうやって「調達」されるかについて知られていないということがあるかもしれない。

 東南アジアやインドなどでは、象を家畜として飼っているところが多い。今年もまたインドへ行ったが、ちょっとした観光地では、人を背に乗せて稼ぐ象が居る。タイだったか絵を描く象も話題になったが、それより圧倒的多数が土木作業や林業に従事させられている。山中の田舎道を車で移動中に、仕事帰りの象とすれ違ったこともある。そうした象を沢山見ているうちに一度も子象に出会う機会のなかったことが気になり出した。そこでインド人に訊いてみたら、少なくともインドでは家畜の象を繁殖させることは不可能だと思われていて、全て野生の象を捕まえて飼い慣らすのだという。

 どうやって捕まえるのか。もう、象好きとしてはたまらない。根掘り葉掘り訊いておおよそ次のようであることがわかった。

 象狩りは大変危険は仕事だ。ちょっと大げさではないかと思ったが、一回の象狩りを5人一組が無事に帰ってこられる確率はおよそ20%で、全滅することもあるらしい。それでも1匹捕まえて売れば、インドの田舎では一生遊んで暮らせるくらいの大金が手に入るので、決死の覚悟で行くわけだ。

 象狩りに出発する前の二ヶ月間、男達は家畜の象と一緒に小屋の中で暮らし、体を完全に象の臭いに染める。臭いに敏感な野生の象に人が接近していることを覚られないためで、この間は特に香水をつけた女性との接触など厳禁とのこと。

 いよいよ出発だ。今生の別れになるかもしれない。象狩りに出発する一行を見送る恋人や家族の心境を歌った民謡がどの地方にも多数あるのだが、その歌は象狩りの際にも重要な役割を果たす。そのため、伴奏のためのいくつかの楽器も持参する。

 象狩りは5人一組で、飼い慣らした一頭の象を連れて行く。最初の仕事は、象の通り道の脇に大きな落とし穴をこしらえることだ。タイミングを見計らって急いで掘らなければならないが、ここで同行の象が活躍する。

 気配を消して待ち伏せ、象の群がやってくると、一人の男が同行の象の背に乗って、覚られないようにうつ伏せでぴったりと張り付き、ターゲットに定めた象を落とし穴へ押しやるように誘導する。その象が穴に落ちると、仲間の象が周りに集まってきて、なんとか助けようと数日間はうろうろしているが、とうとう諦めて去ってしまう。そこから、穴に落ちた野生の象を家畜へと「洗脳」するための一連の儀式が始まる。

 まず、落ちた際の傷があれば治療を施し、十分な餌を与え、手厚く看護することは当然である。餌は決まった時間に決まった回数を毎日規則正しく与える。そして、毎日決まった時間に伴奏付で先に述べた歌を聴かせる。これをキッチリと21日間続ける。何故21日なのかは尋ねてもわからなかったが、とにかく21日間と決まっていて、その後穴から救い出せば、もうすっかり家畜になって、おとなしく一緒に帰ってくれるのらしい。

 最初の話に戻すと、サーカスの象も家畜であるから、逃げようとしないのはあたりまえではないか。逃げたいけれどもそれを諦めていることと、洗脳されているにせよ逃げようと思わないこととは違う。穴に落ちた象は、そこに策略が巡らされていたことを知らないので洗脳されて家畜となってしまった訳だが、このようなことは、私達人間の社会にもあるのではないかと思った次第。

 私があまりにしつこく訊くので、後日、象狩り一行を見送る歌ばかりを収録したCDをプレゼントされた。あいにくベンガル語で歌詞がわからないのとYouTubeで検索できないのが残念。


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