|
福島第一原発の放射能汚染水の対策に関連して、Sr-90とY-90のことが度々話題になるので、備忘録としてメモ。関連する核種の基本情報を脚注1に示した。
1.Sr-90 → Y-90の過渡平衡、永続平衡
図1は、JAEAの核種チャート「WWW Chart of the Nuclides 2010」から関連部分を抜き出したもの。
図1 Sr-90付近の核種チャート(詳細は脚注2参照)
Sr-90は半減期29年ほどでβ崩壊して半減期2.7日のY-90 となり、さらにβ崩壊して安定なZr-90 になる。U-235の熱中性子捕獲による核分裂収率(Cumulative)は、Sr-90とY-90でともに6%程度であり、核分裂停止直後の燃料中では単位質量あたりのSr-90とY-90の原子数はほぼ等しくなっている。この時、Y-90の半減期はSr-90の半減期のおよそ4000分の1なので、逆にY-90の放射能(Bq)はSr-90 の4000倍ほどになっている。その後、Y-90は急速に減少するが、Sr-90 から変わったY-90* が加わって、およそ1.5ヶ月ほど経過した以降は両者の放射能が等しい状態を維持しながら、Sr-90 の半減期に従ってゆっくりと減少していく。この様子を図2に示す。
図2 核分裂停止直後からのSr-90 とY-90の放射能(Bq)の変化。詳細は脚注3参照
このグラフの横軸は核分裂停止直後を起点とした日数で、目盛りは一週間区切りになっている。また、縦軸は放射能(Bq)を対数目盛りにしてあり、初期値は Sr-90 が10万Bq、Y-90が3億9,400万Bqとしている。
核分裂停止後しばらくしてメルトダウン事故がおきて、溶解度の高い Sr-90 が分離されて冷却水や地下水に溶け出し、汚染水になったとする。汚染水の中で、一旦0BqにリセットされたY-90*は、Sr-90 の崩壊によって再び増加する。この増加傾向はY-90*自身の崩壊で次第に頭打ち状態となり、1週間後の Y-90* の放射能は Sr-90 の83.8%、2週間後は97.4%、3週間後は99.6%と、両者の放射能が等しい状態(永続平衡)へ近づいていく。この様子は図2の左下部分に表現されている。
単純な系であれば、このことを利用してSrが単離された以降の経過時間を知ることができる。混合や分離が不完全な複雑な系の場合は、同位体年代(放射年代)測定で用いられるアイソクロン法によって検討することができる。ただし、タンクに収められて3週間以上経過した汚染水は、既に完全に永続平衡に達して、Sr-90 とY-90 の放射能は等しくなっている筈である。
2.Sr-90とY-90のβ線による被ばく
両核種は直接にはβ線だけを放射するので、外部被ばくにおいては、β線のエネルギーと飛程が問題となる。β線の飛程の計算ツールを利用して求めた飛程を下記に示す。
Sr-90 最大 平均 Y-90 最大 平均
エネルギー 0.546 MeV 0.196 MeV 2.28 MeV 0.934 MeV
大気中の程度 147 cm 36 cm 915 cm 310 cm
水中の飛程 0.18 cm 0.043 cm 1.1 cm 0.37 cm
ほとんどの汚染水でSr-90 とY-90 が永続平衡に達しているという状況下で、気にとめておくべきことは以下のようなことかと思う。
1)エネルギーも飛程もSr-90に比べてY-90 の方が6〜8倍大きいので、外部被ばくにおいては圧倒的にY-90の問題が大きい。
2)Y-90の最大エネルギーのβ線の大気中での飛程はおよそ9mである。
3)汚染水の表面から1cm 以上深いところからはβ線は出てこられない。Sr-90からのβ線は2mmが限度。
4)汚染水の体積が同じでも、数 mm 以下の層厚で地面などを広範囲に濡らしている状況では、β線が効果的に放射される。
5)汚染水が地面などへ漏出して乾いた後、β線は、Sr-90からのものも含めて最も効果的に放射される。
内部被ばくにおいては、YよりSr の方が危険視されている。SrはCa と同族のアルカリ土類金属で、Caと混同されて骨組織に積極的に取り込まれ、長期間滞留し、骨髄などの被ばくで白血病のリスクが高くなるとされている。
(その2へつづく)
-------------------------------------------------
注1)
Sr-90:質量 89.9077、半減期 28.79 年でβ崩壊してY-90へ
β線のエネルギーは最大 0.546 MeV、平均 0.196 MeV
γ線の放射はない
SrはCaと同族のアルカリ土類元素で、融点 777 °C、沸点 1382 °C
天然のSrは、日本列島の地殻(富樫ほか,2001)中に平均 225 ppm含まれている。
天然のSrの同位体組成は、Sr-84: 0.56%、Sr-86: 9.86%、Sr-87: 7%、Sr-88: 82.58%
(Sr-87はRb-87のβ崩壊起源)
Y-90:質量数 89.9071、半減期 2.667 日でβ崩壊して安定なZr-90へ
β線のエネルギーは最大 2.28 MeV、平均 0.934 MeV
γ線の放射はほぼ無視できる。
Yは希土類元素で、融点 1526 °C、沸点 3336 °C
天然のYは、日本列島の地殻中に平均 26 ppm 含まれている。
天然のYの同位体は、Y-89のみ
Zr-90:質量数 89.9047の安定核種
Zrは代表的なHFS元素で、融点 1855 °C、沸点 4409 °C
天然のZrは、日本列島の地殻中に平均 135 ppm 含まれている。
天然のZrの同位体は、Zr-90: 51.45%、Zr-91: 11.22%、Zr-92: 17.15%、Zr-94: 17.38%、Zr-96: 2.8%
熱中性子捕獲による核分裂収率(Cumulative)は、上記いずれの核種もU-235で 5.8%、Pu-239で 2.1%と同じ
注2) この表は、縦軸が原子番号、横軸が質量数になった直交座標系の面上に個々の核種を配置したものの一部である。ここに示した範囲は、U-235の熱中性子捕獲による核分裂収率曲線のバイモーダルな二つのピークの低質量側の左肩辺りで、ピークの中心は右側にやや外れた位置にある。各カラムは次のように色分けされている。
青色のカラムは半減期が5億年以上〜安定な同位体で、各カラムの核種名の下の数値は同位体組成(%)を表す。その他の色のものは放射性核種で、半減期毎に、緑は30日〜5億年、赤は10分〜30日、黄色は10分未満と分けられていて、核種名の下には半減期が示してある。
原発の事故で問題となる放射性核種は、緑と赤で示したものの内、半減期が数日〜数万年程度のものである。ただし、ほとんどの核種がβ崩壊して、右下から左上のカラムへと転換しながら、青色の安定な核種へたどり着くという壊変経路を辿るので、右下隣に青色のカラムのある核種はそこがバリアーとなって存在度が極端に少なく、問題になることはない。結局、ここに示した範囲で被ばくが問題となるのは、Kr-85, Sr-89, Sr-90, Y-91, Zr-95, Nb-95ということになる。Zr-93は、半減期が153万年と長いので放射能は少ないが、使用済み核燃料の最終処分において問題となる。
注3)Y-90 のような放射起源の放射性元素(中間娘核種)の量的挙動は次式で表現される。
N2={λ1/(λ2-λ1)}・N10{e^(-λ1・t ) - e^(-λ2・t )} + N20・e^(-λ2・t ) ---- (1)
N2*={λ1/(λ2-λ1)}・N10{e^(-λ1・t ) - e^(-λ2・t )} ------------------- (2)
λ1は親核種の壊変常数、λ2は中間娘核種の壊変常数、t は時間。
N10:親核種(ここではSr-90)の原子数の初期値。
N20:中間娘核種(ここではY-90)の原子数の初期値。
N2:時間 t 後の中間娘核種の原子数で、図2の青色の曲線は式1によって算出されたY-90の原子数をBq に変換したもの。
N2*:式1において N20 =0としたときの時間 t 後の中間娘核種の原子数。図2のY-90*は、式2によって得られたY-90*の原子数をBqに変換したもの。
|
備忘録
[ リスト | 詳細 ]
|
タイトルは、Nature 最新号のEditorial*
Japan should bring in international help to study and mitigate the Fukushima crisis. (03 September 2013)
を読んで思い浮かんだ大江健三郎氏の小説のタイトル
そうですか、200万人が問題なく暮らしていると・・・
Nature にも、IOCにも、今一番大切な情報だと伝えたらどうですか
東京が安全ならそれでよいと・・・
なぜやってはいけないと世界の人々が考え、納得したのか、その歴史的経緯をご存じないか?
そのためにはCs-137を1原子も含まない水とコップが必要、とでも言えばわかりますか?
何がわかりますか?
われらの狂気を生き延びる道を教えよ !
-------------------------------------------------------
*「内田樹の研究室」に邦訳がある。
|
|
東電原発事故によって放出されたセシウムを高濃度で含む不溶性の球状微粒子についての論文(Adachi K., et al., 2013)が公表されたが、いろいろと重要な意味があると思うので、メモしておきたい。
論文はNatureのオープンアクセス電子ジャーナルである "Scientific Reports"に本年6月12日に投稿され、8月15日受理、8月30日に公開された。タイトルは "Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident" 。
著者らは、筑波の気象庁気象研究所において、事故直後から大気中の浮遊塵を捕集し続け、様々な角度から研究を行ってきた。以下に概要をリストし、コメントを付記しておく。
1)放射能プルームは大きく分けて2回、3月14〜15日と3月20〜21日に分かれて襲った。
コメント:3月20〜21に大量に降下した放射性物質について、当時は、それまでの放出によって上空に漂っていたものが雨に伴って落ちてきたものであり、心配ない、狼狽えるなと公言する「専門家」が多かった。しかし、その後の多面的な研究により、今では、新たなプルームが襲来したものとする考えが定説になっているようだ。このブログにおいてもここやここで取り上げた。
2)フィルター上の放射性物質の分布を可視化するimaging plate (IP)を用いた観察によると、1回目のプルームに含まれる放射性物質は大部分粒子状に凝縮した形態のものからなり、2回目のものは分散した様相を呈する。
コメント:ここでも簡単にふれたが、このたびの原発事故による放射性降下物にこのように凝縮したものが含まれていることは早い段階から知られていたが、1回目のプルームに含まれる放射性物質の大部分が凝縮した形態を示すことと、その実体を明らかにしたのが今回の論文。
3)走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた観察によると、1回目のプルームには直径数ミクロン以下の多量の球状粒子が含まれている。2回目のプルームにも粒子が認められるが、大部分はサブミクロンサイズである。
コメント:外形がきれいな球形であることから、この論文のDiscussionでも述べられている通り、メルトダウン(メルトスルー)によって核分裂生成物と炉材の一部が蒸発・気化し、その後大気中で凝結してできた化合物と考えられる。
4)3月15日の試料には、0.5 um以上の粒子が大気1m^3あたり平均4100万個含まれている。
5)SEMに装着されたエネルギー分散型X線スペクトロメータ(EDS)による分析では、セシウムの明瞭なピークが認められ、鉄や亜鉛も含まれている。
コメント:EDSによる定性スキャンチャート(Fig. 3とSI 6)には、セシウムの特性X線のうちL-α線とL-β線の明瞭なピークが記録されている。本文中では触れられていないが、Fig. 3には他に鉛、カルシウム、カリウム、シリコン、ナトリウムなどのピークも見える。検出された主成分元素単体で最も高い沸点は鉄の2862 °Cであり、放出時の燃料デブリはこの温度を超えていたものと思われる。しかし、そうだとすると沸点が1382 °Cのストロンチウムが含まれないのは少し不思議である。尤も、SrのK線はFig.3 の右端で感度が悪く、L線はSi-KαとS-Kαの間に埋もれてしまっているので、この手法での検出は難しいと思う。
いずれにしても、ゲルマニウムカウンターなどによって核種毎の放射線をカウントする以外の手法でセシウムを検出した例はこれまで目にしたことがなかったので、大変な驚きである。ちなみに、Cs-137を1リットルあたり1億ベクレル含む汚染水のCs-137の重量濃度は0.031 ppmで、ICP-MSでやっと検出できる濃度に過ぎない。
6)"Cs Particle 1" と名付けられた直径2.6 umの粒子をゲルマニウムカウンターで計測した結果、1回目の放出があった時点に補正するとCs-137が3.27 Bq、Cs-134が3.31 Bq含まれていた。この結果から、粒子の比重を2.0 g/cm^3と仮定すると、セシウムの重量濃度は5.5 %と算出される。
コメント:5.5%というセシウム濃度は、SEM-EDSのピーク強度からおおまかに予想される濃度と整合的だが、私の計算では5.9%(5.907%)となった。5.5%は3月時点に遡った値ではなく、ゲルマニウムカウンターによる計測時点での値なのかも知れないが、どなたか追試を望む。また、厳密に言えば核分裂反応によって安定なCs-133なども蓄積されるので、全セシウム量はさらに多いかもしれない。なお、SEM-EDSであっても付属のアプリケーションソフトによっては定量値を出すことも可能で、最近ではピークの重なり補正やマトリクスの吸収・励起補正も巧妙になされ、かなり精確な値を出せるようになっている。LA-ICP-MSや波長分散型のFE-EPMAなどを用いて、もっと多数の粒子の多元素定量分析を実施すべきだと思う。
7)上記の"Cs Particle 1" を水に漬けた後で回収し、その表面形状がどのように変化するかSEMによって観察したが、何らの変化も認められなかったので不溶性(難溶性)のものと判断される。一方、3月20〜21日の試料に含まれるセシウムは、従来から報告されているように硫酸塩を主とした易溶性のものからなる。
コメント:水に浸した時間については書かれていないが、ミクロンサイズの粒子の表面が全く変化していないことから、水への溶解速度はかなり遅いと判断される。ただし、溶解速度はPH によって大きく変化する筈である。
8)この粒子の健康への影響を粒子サイズと不溶性という観点から評価すべきである。
コメント:このことはまさに「ホットパーティクル」の概念において放射線リスクを再検討せよとの主張であるように読める。ここに書いたように、γ線とβ線の放射線加重(荷重)係数がともに1であるのは、内部被爆において放射性物質が体内に均質に分布しているとの前提で納得されることである。しかし、不溶性のホットパーティクルが体内の一カ所にとどまっている状況ではβ線の与える被爆影響が高度に局所化されるので、その局所におけるβ線による吸収線量(Gy = J/kg)は極度に高くなり、DNA損傷の密度も極端に高くなるであろう。
いずれにしてもこの粒子が定義上ホットパーティクルの概念によく当てはまることは確かである。ここでふれたプルトニウムホットパーティクル(粒径1μm、比重10のPuO2粒子)の放射能は 0.074 Bq、こちらでふれたアスベスト禍によって肺胞内に形成されたラジウムホットスポット(アスベスト繊維の周囲に形成されたフェリハイドライト粒子を含む直径10 μm、比重1.5のフェリチン)の放射能は0.000000224Bqであるにすぎない。これらはα核種からなるのでその危険性は侮れないが、この論文で取り上げられた「セシウムホットパーティクル」も、たとえβ核種からなるとしても、その放射能は遙かに高いので、やはり侮れない。
こちらの記事において「人工核種については、例えば原発のメルトダウン事故によって低沸点の核種が蒸発し、その後凝固することによって、元の使用済み燃料中より高い濃度にまで濃縮された粒子が生成され得る。ホットパーティクルの一部は、このようにして生成されるのであろう」と書いた。この「セシウムホットパーティクル」はまさにその例である。このような粒子がやがて発見されるだろうとは予想していたが、初期プルームに含まれるセシウムの大部分がこのような粒子からなっていたとは驚きである。
天然においてはこのような粒子は形成され得ないので、自然放射線を引き合いに出してこのたびの原発事故による放射線リスクを語ることは、もうやめた方がよいと思う。
|
|
毎年この時期から年末にかけて忙しく、ブログがほったらかしになるので、日々訪問して下さる方に申し訳なく思う。書いておかなければと思うことは山ほどあるのだが、いかんせん時間が取れない。それでも今日は、「鬼蜘蛛おばさんの疑問箱」の松田まゆみさんによる「文化勲章受章という堕落」というエントリーを読んで思い出したことなど、忘れない内に書き付けておきたい。
私には恩師と呼べる人が4人いる。高校の教師(Tさん)、大学の卒論の指導教官(Kさん)、大学院の指導教官(Hさん)、それと、私が院生になると同時に退官した教授で、自宅が近所だったこともあって、その後永らく私的なおつきあいをさせていただいた、今は亡き名誉教授(Gさん)。いずれも、私の人生の節目節目で軌道修正をして下さった、恩義のある方々である。
私が助手になって数年後のある日、Hさんが、Gさんの叙勲話を持ちかけてきた。聞けば、一定の年齢に達した国立大学の名誉教授は、推薦をしたら勲章がもらえるのだという。しかし、Gさんは天皇制に反対していた人だったので、すんなりと推薦を受け入れないかも知れない。そこで、Gさんと親しくしている私を連れだって説得したいというのである。私は、どうせ断られるに決まっているからと思い、乗り気がしなかったのだが、きちんと断られてすっきりしたいという思いもあった。また、いやがる相手を説得しようというHさんの動機は何なのか、いろいろと詮索した末、Hさんの顔も立てて上げようと思い、一緒にGさん宅へ向かった。
Gさんは不在であったが、町内の神社で秋祭りがあっているのを思い出して、その神社へ向かった。Gさんは当時町内会長をしていたので、きっとそこにいるだろうとの読みが当たり、すぐに、法被を着て酒をつぎ回っているところを見つけた。そこで、神社の裏へ誘って、私から叙勲の話を切り出した。Gさんはニコニコしながら、「勲章などもらわん、ワシはそういうことに反対して来たから」と、あっさりと断られた。Hさんは少し食い下がったが、Gさんの意志が固いことは明らかだったので、諦める他なかった。
Hさんは、Gさんが「そういうことに反対して来た」人であるのを知っているのに、なぜ説得しようと思ったのか。ひとつには、今後、教室関係者で勲章をもらいたい人が現れたとして、傍から見れば業績的にも最も相応しいGさんをさしおいてはもらいにくくなるだろうとの思いがあったのではないか。将来の叙勲予定者にHさん自身も含まれていたかも知れない。今はHさんも名誉教授で、その年齢に達しているので、私が推薦しなければならない時期になったのだが、私も「そういうことに反対」だから、決して推薦などしない(すみません)。冒頭に引用した松田さんのブログエントリーの趣旨に意義なしである。
松田さんの記事には大江健三郎氏のことに触れてあるが、大江氏は、文化勲章を辞退するにあたって、ノーベル賞は市民の与える賞だからもらったという意味の「弁明」をしていたと記憶する。私は、学生時代から初版本を全て揃えるほど熱心な大江ファンであった。なにしろ、学部時代に受けたHさんの集中講義を聴いて、その喋りが大江健三郎氏を彷彿とさせるものであったので、大学院からHさんの元へ大学を移ったという経緯がある。実際にHさんも熱心な大江ファンであると知ったのは、随分後のことである。
しかし、『新しい人よ眼ざめよ』あたりから、ああ、この人はノーベル賞をもらいに来てるなと思って熱が醒めてしまった。取りあえず、その後の作品は半分ほど初版本を買ったが、その半分も読んでいない。若い頃読んだ作品では『洪水はわが魂に及び』が印象深い。『新しい人よ眼ざめよ』の後に出た、『河馬に噛まれる』はおもしろかったが、これが 川端康成賞を受賞していたことは随分後になって知った。これは、何かの皮肉か。
ところでGさん、天皇制に反対の人が何故神社の行事をサポートするのか、当時の私には疑問だったのだが、その後のGさんとの付き合いの中で、明治以降、天皇制と結託してきた神社神道と、土着のアニミズム的な信仰をベースとする本来の神社の役割とは全く別物であることなどを教わった。私のブログ記事の中では、Gさんのことは、ここやここなどに登場する。また、科学をなす上でのフッサール哲学の重要性もGさんから学んだ。
|
|
はじめに
東電原発事故による放射能汚染で、今一番気にすべきはCs-137である。何しろひどく汚染された地域では2011年11月5日時点で300万 Bq/m2 以上もの高濃度となっている(資料1)。広島原爆による黒い雨の降雨地域においてさへ、高いところでも数万 Bq/m2と推定されていること(資料2)を考えると、途方もない高濃度である。尤も、原爆によるフォールアウトでは極短寿命核種による被曝影響が圧倒的であり、そのまま比較することはできない。
この点、原発事故においてはヨウ素による被曝影響が一番の問題であることはチェルノブイリの経験から明らかで、そのため、特に幼少年の甲状腺異常を丁寧にフォローし続けることが課題となっている。しかしヨウ素の放射性同位体は半減期が短いので、この先の被曝防護という点ではもう気にしなくても良いレベルとなっている。一方、特にCs-137は、半減期が30年余りと長く、長期戦を覚悟しなければならない状況である。
そこで、Cs-137について今一度整理してみたい。ここでは特に、内部被曝線量を見積もるための預託実効線量換算係数の導出過程を軸に述べる。8年前に「エックス線作業主任者」の資格を得た際の試験科目の一つに「放射線の生体に及ぼす影響」があり、その受験参考書の雑ぱくな記述から得た知識にいくつかの誤りのあることが最近になってわかり、この記事をまとめる動機となった。
実効線量換算係数は、なぜ、幼児より成人の方が大きいのか
例えば、細胞分裂が盛んな臓器ほど被曝影響は大きいので、等価線量から実効線量へ換算する際の組織荷重係数は、細胞分裂の盛んな生殖細胞や造血細胞で大きくなるという現象論的な説明を学ぶ。細胞分裂を起こす際には染色体の二重らせんがほどけて無防備になるのでDNAが損傷を受けた際の修復が困難になるという実体論的な説明を知ったのは後年のことである。同様の理由で、細胞分裂が盛んな乳幼児の方が成人よりも放射線による被曝影響は大きいと習う。そこで例えばヨウ素-131について、甲状腺等価線量を見積もる際の線量換算係数が、成人の3.2E-4(3.2かける10のマイナス4乗)mSv/Bq に対して、乳児では2.8E-3 mSv/Bq と、およそ9倍も高くなっている(資料3)・・のだと早合点していた。
ところが、Cs-137について調べてみると、その全身被曝に与える預託実効線量換算係数は、成人の1.3E-5 mSv/Bq に対して5歳児で最も小さな9.6E-6 mSv/Bq となっている。放射線感受性の大きな幼児の方が小さな換算係数となっているのはどうした訳かと思った次第。調べてみて、実効線量換算係数に年齢毎の放射線感受性の違いは全く反映されていないということが分かった。
セシウムの体内動態モデル
重要なのは、セシウムの体内動態モデルであるが、ここではICRP Publ.67(1994)のモデルを採用する。その要点は資料4のP15にまとめてあるが、詳しい解説はIAEAのレポート(1998;資料5)で読むことができる。
セシウムはカリウムと同族のアルカリ金属元素であるが、生体必須元素であるカリウムの方は人体中の濃度がおよそ0.2%になるよう、細胞膜におけるNa-Kイオンポンプの作用によって強力に制御されている。その結果、標準的なモデルにおいて細胞内液中のカリウムの濃度は細胞外液(血液、間質液、尿)中の濃度のおよそ30倍となっている。体重70 kgの成人の場合、その0.2%の140 gが平衡量として含まれていることになる。
日本の成人男性の平均的なカリウムの摂取量は1日あたり2.5 gである(資料6)。日々2.5 gのカリウムを摂取して平衡量が140 gとなるための生物学的半減期を計算すると39日となる。一方、一日の摂取量が0.8 gと少なくてもおなじ平衡量が維持されるとの報告がある(資料6)。この時の生物学的半減期は121日となる。このように、カリウムの生物学的半減期は、摂取量が多い時に短く、少ない時に長くなる。カリウムの摂取が多いとセシウムの排泄が増加することを示唆する研究もあり(資料4のP19)、Na-Kイオンポンプはカリウムとセシウムをうまく区別できずにいると考えられる。
いずれにしても、細胞の外と内とで異なる挙動を示す場合、そのことをより正確に表現するためにはそれぞれのフラクションについて独立の生物学的半減期を与えるのが良い。そこで、細胞の外と内に存在するセシウムの分率をそれぞれa1, a2(a1 + a2 = 1)、それぞれの生物学的半減期をT1, T2とする。資料5には、6つの年齢層に分けて、その標準体重とともに、それらの値がリストされているが、ここで必要な所量は以下のとおりである。
標準体重 (kg) a1 a2 T1(日) T2(日)
5歳児 19 0.45 0.55 9.1 30
成人 70 0.1 0.9 2 110
セシウムの放射化学的性質
以下は、Cs-137の放射化学的性質に関係する所量である。(資料7、および資料8)
物理学的半減期(T0):30.08 y=10979 d (壊変定数(λ0): 6.313E-5 1/d)
1崩壊あたりのγ線の平均エネルギー:0.563 MeV
1崩壊あたりのβ線の平均エネルギー:0.19 MeV
β線の人体への吸収率:飛程が短いので体内からの放射においてはほぼ100%吸収される。
γ線の人体への吸収率:資料9によるとCs-137からのγ線が人体中で吸収されて半分に減弱する距離(半価層)は8.1 cmということなので、人体内から放射されたCs-137からのγ線は、およそ半分が人体に吸収され、のこりは体外へ放射されると考えられる。ここでは、5歳児の吸収率を45%、成人の吸収率を50%とする。
MeVからジュール(J)への換算係数:1.602E-13 J/MeV
Cs-137の預託実効線量換算係数の導出
預託実効線量について、ICRP-Publ. 67では、摂取時点から70歳になるまでの期間の被曝線量を積算して評価しているが、ここでは5歳児について70年間、成人については50年間の実効線量を積算したものとする。セシウムの生物学的半減期が短いことから、どちらでも結果にほとんど差はない。同じ理由から、物理学的半減期の効果を計算から除外してもほとんど違いがないので、ここでは無視する。
1)1崩壊あたりの吸収エネルギー(E0)
E0 (J) =(γ線のエネルギー × 吸収率+β線のエネギー)× ジュールへの換算係数
5歳児: (0.563 MeV × 0.45 + 0.19 MeV)× 1.602E-13 J/MeV = 7.103E-14 J
成人 :(0.563 MeV × 0.50 + 0.19 MeV)× 1.602E-13 J/MeV = 7.553E-14 J
2)積算期間における崩壊原子数(D)
1 Bq の1日あたりの崩壊数は、60 × 60 × 24 = 86400であり、 t 日後の値は排泄にともなう親核種の減衰を表現した次式によって示される。
N = N0 × e^(-λt) (生物学的半減期をTとするとλ= ln(2)/T、N0 = 86400)
積算期間の体内での全崩壊原子数(D)は、上式を積分した N0 ×(1/-λ)× e^(-λt)の定積分値として求めればよい。ただし、半減期が異なるフラクション毎に求めた値に存在度を掛けて合計する。
5歳児の細胞外フラクションについて、
D1 = 細胞外の存在分率 × 70年間の積分値
= a1 × 86400 ×{(1/-λ1)× e^(-λ1× 365 × 70)- (1/-λ1)× e^(-λ1× 0)}
ここで a1 = 0.45、λ1= ln(2)/T1 = 0.693/9.1 = 0.0762 を代入すると、
D1 = 5.104E+5 となる。
同様に5歳児の細胞内フラクションについて、a2 = 0.55、 λ2 = 0.693/30 = 0.0231 をもとに計算すると、
D2 = 2.05E+6 となり、合計の崩壊原子数は、2.567E+6 となる。
同様に成人について50年間の積算値を求めると、
D1 + D2 = 2.493E+4 + 1.234E+7 = 1.237E+7 となる。
3)預託実効線量換算係数への変換
5歳児における積算吸収エネルギー(E)は、
E = 7.103E-14 × 2.567E+6 = 1.823E-7 J となる
吸収線量(J/kg = Gy)は1 kgあたりの吸収エネルギーなので、5歳児の標準体重19 kgで割ると、
1.823E-7 ÷19 = 9.60E-09 J/kg となる。
これは、γ線とβ線による全身の被曝によってもたらされた吸収線量なので、そのまま実効線量(Sv)に読み替えることができる。また、この値はもともと1 BqのCs-137を経口摂取した際の預託実効線量として求められたので、そのままCs-137の経口摂取における預託実効線量換算係数(単位Sv/Bq)となる。これを1000倍すると、9.60E-6 mSv/Bq となる。
同様に成人について計算すると、
E = 7.553E-14 × 1.237E+7 = 9.341E-7 J となる。
成人の標準体重70 kgで割って1000倍すると、成人の換算係数は1.33E-5 mSv/Bqとなる。
まとめ
1 BqのCs-137を経口摂取した際の計算結果をまとめると以下のようになる。
吸収エネルギー(J) 実効線量換算係数(mSv/Bq)
5歳児 1.823E-7 9.60E-6
成人 9.341E-7 1.33E-5
この値はICRPの推奨値(資料4)とほぼ等しいが、γ線の吸収率やセシウムの体内動態モデルなど個人差の大きな要素も多いので、精密に求める意味はない。特に、体重の違いが直接反映されるので、同じ5歳児でも体重が半分ならこの係数は2倍になる。
結局、幼児と成人におけるセシウムの生物学的半減期の差が大きく影響して、このような「逆転」が生じているのであるが、放射線感受性の違いが全く考慮されていないことは理解しておく必要がある。
----------------
資料1)文部科学省による第4次航空機モニタリングの測定結果について(文部科学省、平成23年12月)ヘリコプターによるモニタリング結果を平成23年11月5日時点に換算したもの
資料2)広島原爆“黒い雨”にともなう放射性降下物に関する研究の現状(広島“黒い雨”放射能研究会、2010年5月)
資料3)環指第5−3号「線量評価用パラメータの見直しについて」(原子力安全委員会事務局平成19年12月)
資料4)薬事・食品衛生審議会 食品衛生分科会放射性物質対策部会資料 (平成23年5月)
資料5)Dosimetric and medical aspects of the radiological accident in Goiânia in 1987(IAEA TECDOC-1009;ファイルサイズ:10.69 MB)
資料6)「日本人の食事摂取基準」策定検討会: “日本人の食事摂取基準”-6. 1. 2.カリウム(K)(厚生労働省2010年. pp. 192–194)
資料7)核データの表、55-Cs-137(日本原子力開発機構、核データ評価研究グループ編)
資料8)Radiological and Chemical Fact Sheets to Support Health Risk Analyses for Contaminated Areas(Argonne National Laboratory Environmental Science Division, 2007)
資料9)ハイテクプラザにおける工業製品の放射線測定と今後の取り組み(福島県ハイテクプラザ放射能対策チーム、平成23年10月)
|




