さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 福島の原発事故に関連して、気になるニュース2件をメモ。

2016年2月24日 19時28分(最終更新 2月24日 23時18分)

 東京電力は24日、福島第1原発事故当時、核燃料が溶け落ちる炉心溶融(メルトダウン)の判断基準を定めたマニュアルがあったにもかかわらず、誰も気づかなかったと明らかにした。この基準に従えば、2011年3月14日早朝には1、3号機で炉心溶融が起きたと判断できていたが、東電は当時、「判断基準がない」との説明を繰り返し、炉心溶融を公式に認めたのは事故から約2カ月後の同年5月だった。

 東電によると、今月、柏崎刈羽原発がある新潟県に事故の経緯を説明する過程で、当時のマニュアルを再点検したところ、「炉心損傷割合が5%を超えていれば炉心溶融と判定する」と明記されていた。事故時も含めてこの5年間、誰も気づかなかったという。

 当時の原子力災害対策特別措置法では、炉心溶融と判断した場合、直ちに国に報告することが義務付けられていたが、東電は「原子炉格納容器内の放射線量などの必要なデータは報告していた」と釈明した。

 東電の白井功原子力・立地本部長代理は記者会見で「十分に調査ができていなかったと反省している。ただ、この件で収束作業の対応や手順が遅れたとは考えていない」と説明した。今後は弁護士など第三者の協力を得て当時の経緯などを詳細に調査するという。【鳥井真平】

 「炉心溶融と判断した場合、直ちに国に報告することが義務付けられていた」とあって思い出したのだが、「大規模地震対策特別措置法(いわゆる大震法)の中で関連法として位置づけられている気象業務法第十一条の二第一項には次のように書かれている。

1  気象庁長官は、地象、地動、地球磁気、地球電気及び水象の観測及び研究並びに地震に関する土地及び水域の測量の成果に基づき、大規模地震対策特別措置法 (昭和五十三年法律第七十三号)第三条第一項 に規定する地震防災対策強化地域に係る大規模な地震が発生するおそれがあると認めるときは、直ちに、政令で定めるところにより、発生のおそれがあると認める地震に関する情報(当該地震の発生により生ずるおそれのある津波の予想に関する情報を含む。)を内閣総理大臣に報告しなければならない。

2  気象庁長官は、前項の規定により報告をした後において、当該地震に関し新たな事情が生じたと認めるときは、その都度、当該新たな事情に関する情報を同項の規定に準じて報告しなければならない。(以下、略)

 また、内閣府のウェブサイトの中の防災情報のページにある「東海地震対策」のページの目次で「地震防災基本計画 (警戒宣言時の基本的方針等)」にある「本文」にリンクしてある「東海地震の地震防災対策 強化地域に係る地震防災基本計画」では、第1章 警戒宣言が発せられた場合における地震防災に関する基本的方針」として、その冒頭に次の様に書かれている。

1 正確かつ迅速な情報の周知
警戒宣言が発せられた場合の民心の安定を図り、混乱の発生を防止するためには、警戒宣言、気象庁が発表する東海地震に関連する情報の内容等を正確かつ迅速に防災関係機関等及び地域住民等に周知させる必要がある。このため、これらの情報の周知措置については、定型的な伝達語句を定める等その実施要領を定めるものとする。また、テレビ、ラジオによる迅速な報道による周知が確保できるよう措置するものとする。

 かつてここでも簡単にふれたことがある「大震法」関連の法体系は、大規模な災害が切迫していると判断される事態に直面したとき被害を最小のものにするにはどうしたら良いのかについての多分野の有識者による研究と熟慮の成果である。上記の「東海地震の地震防災対策強化地域に係る地震防災基本計画」には、罰則規定を伴う事細かな行動指針のようなものが定められていて、これを読めば、こうした事態でパニックを抑えつつ被害を最小化するには、徹底した情報開示によって地域住民の納得を引き出したうえで公共性の高い職種にある人々を強権的なコントロール下に置くことがベストであると判断されていることがわかる。情報の秘匿によってパニックを抑え込むという発想にしばしば接するが、素人の思いつきに過ぎない暴論である。

 ところで、「大震法」の第二条では「地震災害」を「地震動により直接に生ずる被害及びこれに伴い発生する津波、火事、爆発その他の異常な現象により生ずる被害をいう」と定義している。この定義に従えば、地震の影響によって福島第一原発が爆発して放射能汚染を招いたことも大震法が定める「地震災害」に含まれることになる。上記の「基本計画」が適用されるのは目下のところ地震防災対策強化地域に指定されている東海地方に限られるが、「想定外」の地域におこった際にもその趣旨を汲んだ施策が実行されるべきであろう。

 「炉心溶融と判断した場合、直ちに国に報告することが義務付けられていた」のだから、電力会社には、東海地震の切迫性について判断する「判定会」に相当するものが組織されていなければならなかった筈である。原子炉災害に備えては、炉心溶融がおこった後で公表することよりも炉心溶融が切迫していることをいち早く察知して、すみやかに公表することが求められる。だが福島の原発事故に際して、彼らは炉心溶融(メルトダウン)の切迫性について正しく判断し得たのであろうか。はっきりしているのは、正しく判断していたのに隠蔽したか、正しく判断できない無能者ばかりであったか、そのどちらかということである。そのような者らが次々とまた原発を再稼働しょうとしている訳だ。

 関連して次のニュースもまた大変気になる。

2016年2月26日 11時52分

福島第一原子力発電所の事故を巡って、検察審査会に「起訴すべき」と議決された東京電力の勝俣恒久元会長ら旧経営陣3人について、検察官役の指定弁護士が26日にも業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴する方針を固めたことが、関係者への取材で分かりました。3人は無罪を主張するとみられ、原発事故を防げなかったことが、罪に当たるかどうかが初めて法廷で争われることになります。
福島第一原子力発電所の事故を巡って、検察は東京電力の勝俣恒久元会長(75)、武黒一郎元副社長(69)、武藤栄元副社長(65)の3人を不起訴にしましたが、去年7月、検察審査会が「起訴すべき」と議決しました。
これを受けて裁判所から選任された指定弁護士が起訴に向けた手続きを進めていましたが、26日にも勝俣元会長ら3人を業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴する方針を固めたことが関係者への取材で分かりました。
関係者によりますと、指定弁護士は3人が福島第一原発が津波で浸水する可能性について報告を受けていたのに必要な対策を取らず、事故で避難を余儀なくされた福島県大熊町の双葉病院の入院患者などを死傷させたとして、強制的に起訴するものとみられます。
3人は今後の裁判で「巨大な津波は予測できなかった」などと無罪を主張するとみられ、原発事故を防げなかったことが、罪に当たるかどうかが初めて法廷で争われることになります。

 ここで起訴事実として争点となるのは巨大津波が予測できたかどうか、つまり事故を未然に防げたかどうかにあるようだ。しかし、事故をおこした後で避難の初動を遅らせ、また避難経路の判断ミスを招き、その結果数十万の人々に一般公衆の許容限度を超えた放射線被曝を強いる結果になった要因として情報隠蔽などの設置者義務違反があったことも裁かれなければならない筈だ。さらにまた、そうしたことに根拠のない「安心論」をふりまくことで一部の学者やジャーナリストが荷担したことも裁かれなければならないのではないのか。彼らがいつまでも「安心論」をふりまき続け、炉心溶融(メルトダウン)の切迫性についての判断ミスや情報の秘匿を弁護して、パニックを押さえるのにはその方が良かったと主張するのは、その罪を自覚し、そこからなんとか逃れようとしているからではないのか。それとも未だに無自覚なのか・・・
YouTubeの文字おこしです。

2015/08/25 に公開
2015年8月25日、NHK包囲行動で元NHKプロデューサーの永田浩三さんが NHKの職員に向かって熱く呼びかけた。
撮影=レイバーネットTV。



 永田浩三といいます。NHKのプロデューサー・ディレクターでした。衛星ハイビジョンの編集長もやっていました。そんな人間が、このふうに立って、NHKに向かって叫ばなければならない。不幸で、恥ずかしいことです。

 少し昔の話をします。1977年、私がNHKに入社した時は、受信料不払いの嵐が吹き荒れていました。世間の目は冷たくて、NHKは今にも潰れてしまうのではないか、そんな怖さを感じました。居酒屋で、NHKの職員だとわかると、罵倒され、議論をふっかけられ、冷笑され、泣きました。悪酔いをくり返しました。今の職員もそんな情けなく、悲しい経験をいっぱいしていると想像します。

 何故、その頃不払いが燃えさかったのか、私が入社する前年、1976年、ロッキード事件の刑事被告人だった田中角栄元総理の家をNHKの会長が公用車でご機嫌伺いに行き、それが世間の知るところになりました。その時NHKの組合は視聴者と共に闘い、会長を辞任させ、初めてのNHK生え抜き会長を誕生させました。全国に始まった署名は僅か3日で、136万人にのぼりました。

 あれから38年がたちました。その時に比べてNHK は良くなったのか。そんな事はありません。視聴者に向かって仕事をする、当たり前のことです。権力の監視としてのニュース、公共放送の一番大事な使命です。しかし、この当たり前のことが、今のNHK、特にNHKの政治ニュースでは全くなされていないのです。安倍さんがそんなに怖いんでしょうか。ひれ伏さなければならないんでしょうか。

 今から14年前、NHKで番組改変事件が起きました。日本軍の元慰安婦の被害女性の問題を採りあげたETV2001が、放送直前に劇的に変わってしまいました。NHKの幹部が、当時官房副長官だった安倍晋三さん達に会い、その後、番組がすっかり変わりました。その時、NHKの幹部から指示を受けたのがプロデューサーだった私です。NHKが安倍さんの言うことを聞いて、番組をねじ曲げたことは、断じて間違いです。あってはならないことでした。私が一生背負っていかなければならない痛恨の出来事です。

 三年前、安倍さんは、NHKの最高意志決定機関である経営委員会に安倍さんのお友達の、百田尚樹、長谷川三千子といった人を送り込みました。先日百田氏は、沖縄の二つの新聞は潰さなければいけないと暴言を吐きました。百田氏は経営委員を一期で退きましたが、そうしたとんでもない経営委員に選ばれたのが、籾井勝人氏です。

 この夏は戦後70年、NHKの特集番組はとても健闘しています。いい番組がいっぱい出ています。それに比べてニュースは異常です。悲惨です。戦後70年、安倍談話が出された夜のことを思い出してください。8月14日、まず、夕方6時に安倍総理の記者会見が延々と流されました。そして、7時のニュース、ここで、安倍総理の覚えがめでたい、政治部岩田明子記者が、これ以上ないぐらいのヨイショ解説をしました。そして「ニュースウォッチ9」は、なんとスタジオに安倍総理を呼び、42分間、厳しい質問もないわけではありませんでしたが、安倍総理の言いたい放題でした。あの人が、スタジオでコミュニケーションがとれないなんていうのは誰でも知っていることです。それでも、やらせたんです。安倍さんに、ただただ奉仕する、それが今のNHKニュースです。

 NHKニュースを見ても、戦争法案の問題点がわからない。NHKニュースを見ても、国会の中で、いかに政府がいいかげんかがわからない。NHKニュースを見ても、日本の様々な場所で反対の声が上がっていることがわからない。NHKニュースが、たまにきちんと採りあげると、それが大きなニュースになる。おかしいじゃありませんか。良いわけはありません。

 10年後、安倍さんが総理の座にあるとは絶対思いません。来年夏までという話もあります。しかしNHKは十年先も必ずあります。NHKは、視聴者の受信料で育てた、大事な宝物です。安倍さんの私有物では、断じてないのです。安倍さんに義理立てしたり、怖がる必要など無いのです。王様は裸です。若者達は既にそれに気づいています。王様は裸だと。NHKは、安倍さんと一緒に心中などしてほしくありません。安倍さんと一緒に心中などしてほしくないのです。NHKは、みんなのもの、みんなの宝です。このまま朽ち果てるのは、あまりにもったいない。NHKを市民の手に取り戻す。安倍さんの言うとおりの「取り戻す」ではありません。取り戻すのです、市民の手に。みんなのものに、NHKを取り戻していきましょう。ありがとうございました。
 このブログで度々言及する武谷三男さんは「(自分の信じる)一つの認識論を主張する人には、その認識論をあらゆる局面にわたって馬鹿正直に適用する」ことを求め、世の中に流布している間違った認識論はその過程で淘汰されると主張した。これはなにも、哲学的な意味における認識論に限られることではなく、人々が普段の生活実践の指針として持っている信条のようなものにも当てはまるであろう。

 人生は選択の連続である。日々の暮らしの中でおこるいろいろと難しい判断をせまられる局面で何を選択するか、どう振る舞うかといったことで悩むとき、私は意識的に日本国憲法の精神を指針とするよう努めることにしている。そのことは既に次の二つの記事に書いている。


 ここであらためてふれるのは、憲法違反の「平和安全法制整備法案」をなんとしても阻止したいとの願いからである。それが憲法違反であることは、右派とみられた論客も含めて大多数の憲法学者が違憲と認め、国会の論戦をみても、政府側の答弁が論理破綻していることはあまりにも明白で、もはや議論の余地はないように思える

 衆院で強行採決されてしまったが、各種世論調査をみてもこれを撤回せよとの声は今や国民の中で多数派である。先の総選挙では争点から隠され、自民党の絶対得票率は、比例代表選挙で16・99%、 小選挙区で24・49%(注1)に過ぎなかった訳で、議会で多数を占めているからからといってゴリ押しして良い道理はない。

 法案の審議が参院へ送られた今、我々にできることは、日々の議論を通じてこの法案が紛れもない戦争法案であることを広く認識してもらい、圧倒的多数の反対派を結成し、そのことを可視化し、その声を国会へ届ける努力を続けるほかないであろう。

 今後の見通しにとっての明るい材料は、今まで政治的な発言を控えていた多くの人々が「反対」の声をあげていることである。一方で、国民のおよそ3割ほどが強固な賛成派として存在しているようにみえる。私は、これらの人々の一部でも説得できないかぎり法案の撤回は望み得ないと考えている。

 経験からも、今まで政治に関心を持たなかった人々を説得するのは、さして困難なことではないと言える。身のまわりにそうした人しか居ないとすれば、幸いである。しかし、私は違う。私のまわりの同僚や友人や親族には、この「強固な賛成派」が大勢居て、四面楚歌というほどではないにしても、まるで彼らこそが多数派であるかのように錯覚しそうになる。

 あるとき、学生同席の酒の場で、同僚から百田尚樹の『永遠の0』がすばらしいと薦められて、それは最悪だと応えて険悪な雰囲気になり、場がしらけてしまったことがある。その同僚から指導をうけている院生が「辺野古で反対運動しているのは本土から行っている人たちだけらしいね」と発言しているのも聞いたことがあって、影響を受けているのかもしれないと思った。再び『永遠の0』について話す機会があったら、毎日新聞に連載されている保阪正康氏の「昭和史のかたち」の8月8日の記事『特攻に反対した隊長』を紹介したいと思う。

 読売新聞の熱心な読者である友人の一人からは、かつて私が朝日新聞を購読していたのを、偏向報道に荷担するものと批判されたことがある。そのときは、「今は毎日新聞をとっている」とお茶を濁したが、次に会う機会があれば、本年4月29日付読売新聞に掲載された「昭和の戦争に対する渡辺恒雄氏の考え」や、中曽根康弘元首相の8月7日の寄稿を読んだであろうから、感想を聞いてみたい。

 最悪なのは、私の叔父の一人が熱心な「成長の家」の信者という事態。息子(つまり私の従兄弟)の一人は大学を中退して「成長の家」の本部勤務の道へ進み、皇居前の清掃活動から始めて、今は幹部クラスになっているとのこと。この従兄弟とはもう20年ほど会っていないが、郷里へ帰省すると叔父とは必ず会って、酒の席ではその場に相応しくない政治的な話をすることも度々であった。そうした際に私は、天皇夫妻の平和主義者的な言動のいくつかを紹介して対話の緒とすることも多い。

 天皇制は「サンフランシスコ体制」によって温存が確約されているのであろうから、天皇としてはこれに反する(左右の)動きに敏感にならざるを得ない。今は右からの「見直し論」が活発であることから、天皇として平和主義者を装う他ないのかもしれない。そうではなく、天皇夫妻は、根っからの(純粋な)平和主義者であるのかもしれない。いずれであったとしても、天皇制そのものが差別構造の頂点をなしているのであり、そうした差別構造の存在は、この世界で戦争がくり返されることと無縁ではない。だから、叔父との対話で天皇夫妻の言動を好意的に採りあげることに忸怩たる想いもするのである。だからといって、この叔父との間に他にどんな対話の緒があるだろうか。

 渡邉恒雄氏や中曽根康弘氏の言動を好意的に採りあげるにしてもしかり。読売新聞の熱心な読者である友人と話を繋ごうとするとき、一歩、二歩後退しながらも、戦中派の意見に共に耳を傾けるといった共通の土俵を準備することは、この場合必要な作業であると確信する。この確信は、日本国憲法の理念を馬鹿正直に適用するという私の信念に由来する。

 憲法が求めている日々の努力を惜しまないようにしよう。日本国民は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」のである。どれほど主義・思想の異なる相手であったとしても話の全く通じぬエイリアンなのではない。人は変わり得る存在である。気に入らない者をバカ者扱いして議論の場から排除したりしないように努めよう。そうでなければ、私自身が、日本国憲法前文および「九条」の理念の普遍的価値とその実効性に、そもそも信頼を寄せていないということになる。「安保法案」の対案は日本国憲法の理念の堅持であると主張できなくなる。

 たとえば、SEALDsの若者が小林よしのり氏と対談する企画に反対する意見を散見したが、余計なお世話だと思う。人はそれぞれの個人史につちかわれて百人百様の思想・信条、主義・主張、信念を持っに至っている筈だ。だからこそこの世界は刺激的で、冒険に満ちている。「その冒険に口を挟む権利は誰にもない」とまでは言わないが、寂しい発想だなと思う。日本国憲法の理念を馬鹿正直に適用しようと考える私は、心からそう思う。3割ほどの強固な賛成派の一部でも説得しようとの気概を示せないのであれば、最初から負けいくさである。少なくとも小林氏は、「強固な賛成派」でないどころか「安保法案」反対派であり、本丸は別のところにある。

(8月9日、長崎原爆記念日に記す)

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テスト


↓ LPサイズで45回転の変わり種レコード。学生の頃、自作アンプの音質チェックに使っていた。




う〜ん、曲が終わったら、いろんなうっとうしいのが出てきてしまう。
どうしたらいいんだろう。

↑ これは、Firefoxの場合で、Safariだと問題ないことがわかった。
理由はよくわからない。

中身を変更してテスト


 このところ小泉元首相がしきりに脱原発論を唱えているとの報道が続いている。昨日(10月5日)の毎日新聞朝刊の社説や、本日のTBS サンデーモーニングでも採りあげられていた。毎日jpに掲載された「社説:小泉氏のゼロ論 原発問題の核心ついた」から前半を引用する。

 核心をついた指摘である。政界を引退している小泉純一郎元首相が原発・エネルギー政策に関連して「原発ゼロ」方針を政府が打ち出すよう主張、注目を浴びている。
 使用済み核燃料問題などを正面から提起し、政治が目標を指し示すことの重みを説いた小泉氏の議論にはもっともな点がある。安倍内閣が原発再稼働や輸出に前のめりな中だけに、原発からの撤退を迫る忠告に政界は耳を傾けるべきだ。
 かつて「改革の本丸」と郵政民営化に照準を合わせたことを思い出させるポイントを突いた論法だ。小泉氏は1日、名古屋市での講演で「放射性廃棄物の最終処分のあてもなく、原発を進めるのは無責任」と指摘、福島第1原発事故の被害の深刻さにもふれ「原発ほどコストの高いものはない」と政府・自民党に原発ゼロにかじを切るよう求めた。
 原発をめぐる小泉氏の主張は毎日新聞のコラム「風知草」(8月26日付)が取り上げ、強い関心を集めるようになった。東日本大震災後、原発政策に疑問を深めた小泉氏は8月中旬、フィンランドの核廃棄物最終処分場「オンカロ」を視察、使用済み核燃料を10万年も地中に保存するという処理策に「核のゴミ」は管理不可能だと確信したのだという。
 小泉氏が今後、何らかの政治的な行動を取るかは不明である。しかし、指摘は真剣に受け止めるべきだ。
 まず「トイレのないマンション」と言われる核廃棄物問題について、小泉氏が言うように、政府は責任ある答えを示していない。使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し再利用する核燃料サイクルは、その要とされた高速増殖原型炉「もんじゅ」実用化のめどが全くたたない。再処理工場(青森)の稼働を急いでも、余剰プルトニウムがたまるばかりだ。私たちはこの点からも原発推進の無責任さをかねて主張してきた。
(後略)

 文中にある毎日新聞の8月26日付「風致草」の記事が話題になって以来、このことを巡って、脱原発を求める運動の中で様々な異論が対立しているようなので、私見を述べておきたい。結論を先に書いておくと、小泉氏は本気で脱原発を願っており、脱原発派は、既に政界を引退した個人として接し、(慎重に)利用した方が良いと私は考えている。

1)小泉氏の脱原発論は本物か
 これまでの小泉氏の経歴やその主張をふり返ると、彼は、基本的には嘘をついたことがないし、(大変な悪政ではあったが)政治家としての公約を実直に守り、実行してきた。ただし、既得権益を「ぶっこわして」構造改革を断行すると言いながら、こと原子力村についてはこれに切り込むどころが、逆に小泉内閣の初代経産相として原発推進派の平沼赳夫氏を起用し、プルサーマルを盛り込んだ「エネルギー基本計画」を策定したりもしている。しかし、政治家として現役にあった時代に原発について積極的に何事かを発言するということはなかったのではないか? おそらく当時は眼中にないままデフォルトとして官僚主導で推進されたのではないかと思われる。それが、3.11の東電原発事故を契機に目が覚めたのだろう。

 小泉氏の脱原発論が本物だと判断されるもうひとつの理由は、彼の脱原発論が、使用済み核燃料の最終処分の問題という、原発推進派の最も痛いところを突いて、正面から切り込んでいる点にある。先にリンクした毎日新聞「風知草」によると、8月中旬に原発関連企業の役員達を誘って、フィンランドの核廃棄物最終処分場「オンカロ」と脱原発の進むドイツを視察し、帰国後、記者と次のようなやりとりを行っている。

 −−どう見ました?
 「10万年だよ。300年後に考える(見直す)っていうんだけど、みんな死んでるよ。日本の場合、そもそも捨て場所がない。原発ゼロしかないよ」
 −−今すぐゼロは暴論という声が優勢ですが。
 「逆だよ、逆。今ゼロという方針を打ち出さないと将来ゼロにするのは難しいんだよ。野党はみんな原発ゼロに賛成だ。総理が決断すりゃできる。あとは知恵者が知恵を出す」
 「戦はシンガリ(退却軍の最後尾で敵の追撃を防ぐ部隊)がいちばん難しいんだよ。撤退が」
「昭和の戦争だって、満州(中国東北部)から撤退すればいいのに、できなかった。『原発を失ったら経済成長できない』と経済界は言うけど、そんなことないね。昔も『満州は日本の生命線』と言ったけど、満州を失ったって日本は発展したじゃないか」
 「必要は発明の母って言うだろ? 敗戦、石油ショック、東日本大震災。ピンチはチャンス。自然を資源にする循環型社会を、日本がつくりゃいい」

 毎日新聞の社説で「核心をついた指摘」と書かれている通りだ。しかも、(かなり漠然としてはいるが)脱原発へ至る政治的・経済的なビジョンまで語られている。本日のサンデーモーニングによると、3.11後に、小泉氏の中に脱原発への指向が生まれ、オンカロ視察を契機に確信へと変わったのらしい。この点、安全な原発ができない限り反対という橋下大阪市長の「脱原発論」とは本質的に異なっている。

 かつて私は、橋下徹大阪市長(大阪維新の会)は「脱原発」派ではない(2012年2月14日)と題する記事を書いて、橋下大阪知事にいかなる幻想も懐いてはならないとの考えを述べた。その際の理由として、橋下氏は、もともと「平成維新の会」を立ち上げた原発推進派の大前研一氏に心酔しているらしいこと、また、「脱原発」を本気で考えているのならこの間にやるべきことはいくらでもあった筈だが、彼は何一つやってこなかったことなどを挙げた。

 その後の2012年6月、関電の筆頭株主である大阪市の市長として株主総会に出席した橋下氏は、「速やかな原発の全廃」、「発電部門と送配電部門の分離」、「取締役の半減」などを求める大胆な株主提案をおこなったが、事前に関電が株主に発送した「総会招集通知」に記されている株主提案議案では、大阪市の提案に対する取締役会の反対意見が添えられていて、否決されるのは確実視されていた。株主総会での橋下氏の「演説」は、時の空気を読んで人気取りに利用するパフォーマンスに過ぎないものであったと、私は考えている。

 実際、その後に橋下氏が唱えたのは「脱原発依存」に過ぎなかったし、今年度の株主総会では出席してのパフォーマンスさえしていない。橋下氏は、本気になれば行政のトップとしてやれた筈のこと、たとえば、市庁舎等の電力を新電源に乗り換えたり、市として再生可能エネルギーの開発に乗り出したり、得意のtwitterを駆使して本質を突くような脱原発の理念と展望を熱く語ったり等々のことを、この間何ひとつやっていないのである。

 小泉氏と橋下氏の比較は、元首相とはいえ今は政界を引退した個人(小泉氏)と、地方行政のトップであり、国会議員を擁する政党の代表職にある者(橋下氏)という違いを抜きには語れない。

2)政界を引退した個人との共闘の問題
 なにより、橋下・維新は、民主政治にとって害悪のあまりにも多い危険な存在であり、たとえシングルイシューであっても彼らと共闘することによる悪影響は計り知れない。それは、現に橋下氏が、たとえ地方自治体であるとはいえ、行政のトップに立つ人であり、また、国政の場においても橋下氏が代表を務める維新の会が決して無視できない勢力として存在していることからくる。

 一方、小泉元首相はどうかというと、3.11後のことに限れば、既に政界を引退した個人として言論に訴える以外のことは、実際上何もできることはなかったと考えて良い。他に彼にできることがあるとすれば、かつて権力のトップにあった者として、原子力村の闇に触れて掴んだ極秘情報(注1)を漏らすことくらいであろうが、おそらく彼は、もともと原子力には無関心で、そうした情報は何も掴んでいないであろう。

 かつて社会民主連合の副代表であった江田五月氏が、1993年に非自民非共産8党派による細川内閣が誕生して科学技術庁長官になった時、当時の反原発グループの中に、反原発派であった江田氏への期待が広がったのであるが、結局、官僚達の一昼夜のレクチャーで原発推進へ寝返ってしまったという出来事が思い出される。江田氏も、そして盟友である菅直人元首相もまた、極秘情報に類するものは何一つ掴んでいなかったことは、その後の言動で明らかである。

 これらのことを考慮すると、個人として言論に訴えること以外なにもできることのない小泉氏とのシングルイシューでの共闘においては、そのイシュー以外のところへ波及する悪影響というものはあまり深刻に考えなくても良いのではないかと思う。そもそも共闘と言っても、具体的なことを考えれば、たいしたことはできないに違いない。

 残された論点は、これまで原発推進に荷担した「前科」のある者との共闘に道義的問題が発生するかという点であろう。この点は、人それぞれに、3.11の事故によって具体的にどのような被害を被ったかということだけでなく、これまでの国の原発推進政策に対してどのようなスタンスで接してきたかという「個人史」にかかわって、百人百様であろうと思う。
 
 私自身は、小泉氏に、自民党や財界の中にも一定の勢力を占めている「脱原発派」のまとめ役として、多数派形成のためにがんばってほしいと考えている。自らが推進してきたものを一刻も早く廃止するために努力することが、「改心」した者のなすべきことだとも思う。一方でまた、福島の高濃度汚染地域で強制移住・避難を余儀なくされている人々の中には「100代まで呪ってやる」と、許し難く思っている人々も現に居るし、自殺に追い込まれた人も居ることを知っている。そうした人々の想いを全く無視して、小泉氏の「改心」を手放しで喜ぶような態度は慎まなければならないと思う。だからと言って、小泉氏との「共闘」を呼びかける人々を批判しようとも思わない。それはまさに、私自身の「個人史」にかかわってつのる、忸怩たる想いに依っている。

追記(10月30日)
下記のブログ記事は、この問題にかかわって必読です。
小泉氏の脱原発発言」(Arisanのノート、2013-10-17)

ただ一点、文末に、
僕たちは、小泉氏の名の元に行われる「脱原発」という儀礼、欺瞞的な国民統合のための儀礼には、参加すべきではない。
その不参加によって、たとえ「脱原発」という目的からどんなに遠く離れると思えたとしても、これ以上「犠牲」のシステムの存続に手を貸すことは、僕たちには許されないはずである。

とありますが、これは、小泉氏の影響力についての誇大妄想に近いものだと思います。私は、「そもそも共闘と言っても、具体的なことを考えれば、たいしたことはできないに違いない。」と書いたように、彼に大きな期待を寄せる発想自体が荒唐無稽なものだと考えていました。したがって、小泉氏との共闘への不参加によって「脱原発」という目的から遠く離れるという危惧もまた、杞憂にすぎないものだと思います。社民党が本気で共闘を考えていたことには少々あきれましたが、そうした共闘が成立しないことは最初から明らかでした。批判しなくても、そうしたことは現実には成立し得ない訳です。

関連することを「「思い出したこと」の続き」と題する10月25日の記事にも追記しました。

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注1)核兵器開発への道を温存するためにこそ原発全廃への抵抗が続くだろうとの考えがあるが、日本は、核兵器開発のために既にあり余りほどのウランやプルトニウムを保有しているので、それは誤認であろう。逆に、原発が全廃になっても核兵器開発への警戒を解くことはできないということになる。

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