さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 今朝の毎日新聞に、「書き写す憲法9条」と題して、憲法の前文と9条を書き写して条文の真意を考える学習教材のことが紹介されていた。『えんぴつで憲法練習帳』というのらしい。企画したのは奈良県大和郡山市の児童文学作家、溝江玲子さん。「声に出して読み、書くことで、平和と人権の尊さを訴える内容をくみ取ってほしい」とのこと。

私もかねがね、声に出して読むことで理解が深まると考えていたので、自分で実践してみた。とりあえず、日本国憲法前文(脚注)を声を出して読んでみる。

日本国憲法 前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。

われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国との対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
 
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 冒頭の一文は長くて複雑な構文だけれども、たしかに声に出して読むと、大事なことに気づく。最初に一番大切な心構えを書きつつ、憲法の「確定」を宣言しているのだな。「われらとわれらの子孫のために」と書いてある。そうだ、ちゃんと子孫のことにも配慮して「今」のことを考えよう。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」とある。主権が国民にあることも、この、冒頭の一文で宣言されている。

 憲法というものは、「国家権力への縛りとして定められている」という言い方があるが、この前文を読む限り、そういう感じはしない。確かに、近代国家にとっての憲法というものには、そうした役割がもともとあったのだろうと思うし、そうした存在は必要でもあるように思う。けれども、日本国憲法の前文を声を出して読んでみると、これは明らかに、憲法制定当時の日本国国民の決意として書かれているのであることがわかる。

 二つ目の文章には、その主権者たる国民の信託によって国政は運営されるべきこと、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、と書かれている。これは、横暴な国民に由来して横暴な国家権力が生まれ得ることをも暗示している。だから、憲法前文では、戦争の惨禍を生き延びた者としての忘れてはならない初心・決意を記録し、国民の日々の覚醒を呼びかけているように感じられる。

 そもそも国家権力は、憲法に何が書かれていようと、破ろうと思えば簡単に破ってしまう存在である。権力とはそういうものだ。だから、「憲法は国家権力への縛りである」と言ったところで、実質的な意味は乏しい。それより、そうした横暴な国家権力が、横暴な国民に由来して生まれるとすれば、国民の大勢が横暴にならないようにすることの方が大切だ。

 最後の一文は決定的だ。この憲法には、日々の努力によって将来達成されるべき、「崇高な理想」が書かれている。主語は日本国民、したがって、その目的達成のために日々努力すべきは、我々日本国民である。「崇高な理想」は、その前のいくつかの文章に書かれていることだろう。

 我々は、憲法を護れと主張するだけではダメだ。憲法が求めている日々の努力を惜しんではダメだ。日本国民は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」のである。要は、相手を人として扱い、とことん話し合いましょうということだ。

 さて、私は、この憲法の精神をどれだけ我が身のこととしていただろうか。気に入らない者をバカ者扱いして安易に排除したりしていなかっただろうか。そうだとしたら、私自身が、日本国憲法前文および「九条」の理念の普遍的価値とその実効性に、そもそも信頼を寄せていないということになる。そうではない筈だ。しかし、なかなか難しいことが書いてあって、意外と奥が深いぞ、我が日本国憲法は。

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 私が中学の頃は、戦地から引き揚げてきて教壇にたった教師もまだ残っていて、その一人が、しばらくぶりに故郷に辿り着いた時の事を次のように話してくれた。

 いよいよ我が家まであと数km。あちこちには親戚や幼なじみの家々も見えるというところまで来たとき、なぜか我が家に直行するということをせずに、少年の頃に駆けまわった山野や海岸べりを、誰にも会わないようにして2時間ほどかけてゆっくりと巡り、その後、家族のもとへ向かった・・・

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 この話は大変印象深かった。私自身、中学を卒業して郷里から離れるということがあって、しばらくぶりに帰郷した際にも同じふうであった時に、その教師の話を思い出していた。しかも、そのだいぶ後にも、誰だったかは思い出せないが、ある作家のエッセイにまったく同じことが書かれてあり、それを読んでアッと思った記憶がある。

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 もちろん、戦地から命からがら引き上げた者と、平和な時代に親元を離れただけの者の帰郷を同列には扱えないし、おこがましい話ではある。それでも、この感情は都会育ちの人にわかってもらえるだろうかと、子供の頃から山野を駆け巡り、農作業の手伝いにあけくれた田舎育ちの私などは疑問に思ってしまう。

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 それは、福島の、年間にして10 mSvを超える、場所によっては20 mSvを超えるホットスポットの点在する汚染地区に一貫して住み続けた人や、避難先から戻ってくる人が居ることを、「安全神話」に騙されているのであると信じて疑わない人々が多いことを思っての疑問である。

 原発震災で避難している9万人あまりの福島県民のうち、帰宅できない主な理由が放射能汚染であるという住民はどれくらいだろうか。昨年11月の福島県大熊町の町長選では、「ふるさとに戻ることが原点」と主張した現職の渡辺利綱氏が、「帰れないことを前提に取り組む」と訴えた新顔の木幡仁氏を破って再選された。福島第一原発をかかえる大熊町は、全域が警戒区域で全町民の避難が続いている。

 しかし政府は、地上から高さ1メートルの年間放射線量が20 mSv未満を「解除準備区域」、20〜50 mSv程度を「居住制限区域」、50 mSv以上を「長期帰還困難区域」とわけることにしていて、この4月をめどに地区ごとの選定を明らかにするのだという。しかも、この「長期帰還困難区域」では、将来国が土地を買い上げて核廃棄物処分場を建設するという案まで出されている。

 私などは、原発を受け入れることそのものが故郷を捨てるに等しい行為だと思うが、地方切り捨てと並行してなされた国策の結果でもあり、であればこそ、事故をおこした東電と、この事故を準備して来た国家官僚や政治家達に、怒りがふつふつとわき上がるのである。
 橋下徹大阪市長は、2月9日、「労使関係についての調査」を野村修也大阪市特別顧問に依頼し、全職員に対して2月16日を期限として同調査に回答するよう職務命令を発した。

 橋下氏が何をやろうとしているのか、マスコミの報道は全く不十分であることが良く分かると思うので、「橋下徹」の署名入りの調査依頼書の全文を注意深く読んでいただきたい。


 これに対しては、当然のように、法曹界から強い抗議の声明が出されている。

民主法律協会

 橋下徹大阪市長は、9日、野村修也市特別顧問に「労使関係についての調査」を指示するとともに、全職員に対し、アンケートによる同調査に回答するよう職務命令を発した。同調査の目的は、「市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動、組合活動などについて、次々に問題が露呈して」いることから、「労使関係の適正化」を図るためであるという。市の職員が地方公務員法などの関係諸法令に定められた服務規律を遵守すべきことは当然であるが、同調査については、以下に指摘するような重大な憲法上ないし法律上の問題がある。
 すなわち、同調査の調査項目には、勤務時間の内外を問わずに街頭宣伝に誘われたり参加したことがあるか、他の職員から投票依頼を受けたことがあるかなど、職員個人の内心にわたる事項が含まれており、職員のプライバシー権を侵害し、思想・良心の自由(憲法19条)を侵害する思想調査に他ならない。また、組合への加入や組合活動への参加の有無から始まり、組合加入のメリットや不利益、組合に対する評価などを回答させて職員と組合の相互不信を煽ることまで含まれており、組合への支配介入をたくらむ明白な不当労働行為であって、労働基本権(憲法28条)を著しく侵害するものである。同調査は、ひとつひとつ質問項目に答えなければ先に進むことができないシステムが採られた「アンケートサイト」による回答が命じられており、これらの違法な質問項目についてまで回答を強要している。また、職務上の命令として回答が命じられており、回答するか否かによって市長への忠誠さを試す「踏み絵」まがいの調査であり、憲法21条1項に違反する。
 橋下市長は、「市長の業務命令」により調査への回答を要求している。しかし、職務上の命令(地方公務員法32条)は職務に関連したものでなければならない。職員や組合の政治活動は職務に関しないものである上、高度なプライバシー性を有する事項であって、これらを詮索することは市長としての職務権限を大きく逸脱し、明白に違法である。
 橋下市長は、「市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動、組合活動」が発覚したことを調査の契機と指摘する。しかし、違法ないし不適法な行為について調査を行う必要があるとしても、このような職員のプライバシーや政治活動の自由、思想・良心の自由を土足で踏みにじる方法による調査が正当化される余地はない。地方公務員は、地方公務員法36条に定める政治的行為について制約されるほかは、自由に政治活動を行うことができるし、職員組合として、首長選挙において特定の候補者を支援し、政治活動や投票を呼びかけることは、正当な権利行使であって、違法のそしりを受けるいわれはない。ましてや、「不適切」と評して、適法な政治活動を制約する調査を正当化する理由には到底なり得ない。
 このように職務に関連せず、明白に違憲・違法な調査には、職員として応答すべき職務上の義務はないことは明らかであり、回答しなかったことを理由に懲戒処分をすることは許されない。
 同調査は、職員の思想・良心の自由、労働基本権を侵害し、職員組合に支配介入をねらう不当労働行為であることは明らかであり、直ちに中止するよう求める。また、違法な調査に対する回答によって取得したデータをただちに廃棄することを求める。

2012年2月13日
民 主 法 律 協 会
会 長 萬井  隆令


大阪弁護士会

 報道等によれば、大阪市は、去る2月9日、大阪市職員に対して、「労使関係に関する職員のアンケート調査」(以下「本件アンケート調査」という。)を、2月16日を回答期限として実施するとの指示を所属長に発したとのことである。 
 本アンケート調査は、橋下徹市長の職員への回答要請文書に、「市長の業務命令として、全職員に、真実を正確に回答していただくことを求めます。正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえます。」と記されており、職員は、その氏名を表示し、使用者に対して回答をすることが強制されている。 
 本アンケート調査は、市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動、組合活動などについて調査することを目的としているとされる。しかしながら、地方公務員は、公職選挙法により公務員の地位利用による選挙運動が禁止されるほかは、非現業の地方公務員について、地方公務員法により政党その他の政治団体の結成関与役員就任等、勤務区域における選挙運動などが限定的に禁止されているにすぎない。それ以外の場合には、地方公務員といえども、一般国民と同様に憲法に保障された、思想信条の自由、政治活動の自由及び労働基本権を有している。 
 本アンケート調査で回答を強制されている内容は、多くの問題を含んでいるが、とりわけ、次の点で看過することができない。 
 第一に、職員の思想信条の自由政治活動の自由を侵害する項目がある。 
 「あなたは、この2年間、特定の政治家を応援する活動(求めに応じて、知り合いの住所等を知らせたり、街頭演説を聞いたりする活動も含む。)に参加したことがありますか」との質問をし、「自分の意思で参加したか、誘われて参加したか」「誘った人は誰か」「誘われた場所と時間帯は」との選択肢への回答を求めている(Q7)。これは、勤務時間外に参加した正当な政治活動選挙活動の内容についても回答を強制するものであり、それは、当該職員の支持する政党政治家、政治に関する関心などの回答を求めることにつながり、職員の思想信条の自由政治活動の自由を正面から侵害するものである。 
 第二に、職員の労働組合活動の自由を侵害する項目がある。 
 「あなたは、これまで大阪市役所の組合が行う労働条件に関する組合活動に参加したことがありますか。」として「自分の意思で参加したか、誘われて参加したか」「誘った人は誰か」「誘われた場所と時間帯は」との選択肢への回答を求めている(Q6)。ここでも、勤務時間外に行われた正当な組合活動の内容参加状況についても回答を強制しており、また当該職員の組合活動への参加意欲組合への帰属意識、人間関係を調査するものである。したがって、その回答如何では、使用者からの処遇に影響を受ける危惧を抱く職員に労働組合活動への参加を抑制し、その組合活動の自由を侵害することとなる。また、使用者が正当な組合活動への参加状況を業務命令をもって逐一調査することは、使用者から独立して活動する自由が保障された労働組合の運営に使用者として支配介入するものにほかならず、許されない。 
 以上のとおり、本アンケート調査は、大阪市職員の思想信条の自由、政治活動の自由、労働基本権などを侵害する調査項目について職務命令、処分等の威嚇力を利用して職員に回答を強制するものであり、到底許されるものではない。したがって、当会は、大阪市に対して、本アンケート調査の実施を直ちに中止することを求める。 
 
2012年(平成24年)2月14日 
大阪弁護士会 
 会 長  中 本 和 洋


自由法曹団

 今月9日、橋下徹大阪市長は、大阪市の全職員(一部の職を除く)に対し 「労、使関係に関する職員アンケート調査」に回答するよう業務命令として命じた。 
 同調査は、職員の氏名、職員番号等を明示させた上で、政治活動や組合活動に関する質問に答えさせるものである。そして、同調査は 「市長の業務命令として」、回答をすることを命じ、正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえる、として、職員に対し回答を強要するものである。 
 かかる同調査は、職員の基本的人権を侵害するものであって、断じて容認するこ 
とはできない。 

 第1に、同調査は、街頭宣伝に参加したことがあるか、他の職員から投票依頼を受けたことがあるか、その職員は誰か、など、職員個人の内心の自由に属する事項の回答を強要する。これは、思想・良心の自由(憲法19条)を侵害する思想調査そのものである。また、地方公務員も地方公務員法36条等の規制を除き原則として自由に政治活動を行うことができるのであり、職員の正当な政治活動を詮索する行為は、職員の政治活動の自由(憲法21条1項)をも侵害するものである。
 
 第2に、同調査には、組合に加入しているか否か、組合に加入することによるメリットがあるか、組合費がどのように使われているか知っているか、など、職員による組合活動の内容を詮索するだけでなく、職員と職員組合との対立を煽る質問事項が設けられている。かかる質問自体、職員組合への支配介入にあたり、職員の団結権・組合活動権(憲法28条)を侵害するものである。 
 同調査が職員の基本的人権を侵害するものであることは明らかであり、職員はこれに回答すべき義務はない。したがってまた、市当局が回答しない職員に対し懲戒処分をすることは許されない。 

 自由法曹団は、職員の思想・良心の自由、政治活動の自由、労働基本権を侵害する同調査を、直ちに中止するよう求める。また、違憲・違法な同調査によって取得したデータは直ちに廃棄するよう求める。 

2012年2月14日 
自由法曹団 
団長篠原義仁

 大阪だけの問題ではない。
 橋下徹氏率いる大阪維新の会が、次期衆院選の公約として策定を進めている「維新版・船中八策」の骨子が13日、判明した。しかし、その中には「脱原発」は含まれていない。これは当然のことで、彼は、「脱原発」などハナからやる気がない。本当に「脱原発」を考えているのなら、この1年間にやるべきことはいくらでもあった筈だが、彼は何一つやってこなかったことでも明らかだ。

 もともと橋下氏は「維新の会」という名称を使用するにあたって、かつて「平成維新の会」を立ち上げた大前研一氏に直接了承を打診してきたという。


 橋下徹大阪市長が唱える「大阪都構想」――その原点は、経営コンサルタントの大前研一氏がかつて立ち上げた「平成維新の会」の政策にある。大阪の統治・行政システムを1から作り直そうという壮大な橋下構想には、太いバックボーンがあるのだ。維新の会の“生みの親”である大前氏が、橋下氏と「維新」についてやり取りがあったことを明かす。

 今夏にも予想される解散総選挙や「石原新党」結成の動きを睨み、橋下徹大阪市長に注目が集まっている。だが、世の中の大多数は、まだ「橋下革命」の本質を理解していないのではないかと思う。彼は「ポピュリスト」でも「民主主義の敵」でもなく、ましてや「子ども市長」でもない。閉塞状況にある今の日本を変える突破力と構想力を持った有能な政治リーダーである。
 私はこれまで何度か橋下市長と議論しているが、彼は私の著作をほぼすべて読破し、私が1989年から提唱してきた明治維新以来の統治機構の変更、すなわち霞が関を解体して中央集権から道州制に移行する「平成維新」の構想を実現したいと考えている。実は「大阪維新の会」を立ち上げる際に、彼は「維新の会」という名称を使うことについて、私に直接了承を打診してきた。その当時から平成維新の政策を実によく研究していたので、快諾したのは言うまでもない。
 それゆえ私は、橋下市長を全面的に応援している。
※SAPIO2012年2月22日号

 橋下氏は大前研一氏に心酔しているらしいし、大前氏も「橋下市長を全面的に応援している」と明言している。昨年10月28日、大前氏が立ち上げたプロジェクト・チームが「民間の中立的な立場からのセカンド・オピニオン」としての報告書「福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか」をまとめ、細野豪志環境相兼原発事故担当相に提出したとのことであるが、「中立的な立場」とは聞いてあきれる。

 大前氏は、米MITで原子力工学博士号を取得し、日立製作所で高速増殖炉「もんじゅ」の炉心設計に携わった経歴がある。私は随分むかし、大庭里美さんに「もんじゅ」の冷却剤がナトリウムと聞いて、ひっくり返るほど驚いた。2兆円近い税金をドブに捨て続けた、あの「もんじゅ」である。現在の大前氏の原発に対するスタンスは、一言で表現すると「再稼働を早くしろ派」である。

再稼動の決断が遅れ、「全原発停止」で電力不足の長期化もでは、「「40年で廃炉」は絶妙な年数設定」とか、「40年未満の原発について再稼動プランを示せ」などと主張されている。

 「脱原発」で「大阪維新の会」に期待させるようなニュースもあった。


 大阪府と大阪市の府市統合本部会議が13日開かれ、関西電力の筆頭株主である同市の橋下徹市長が6月の株主総会で予定している株主提案権の行使について、府市は関電に対し、電力受給の見通しや同社の収支見通しなど、30項目にわたる情報開示を求めることを決めた。統合本部の専門部会として、エネルギー戦略会議を設置することも確認。今後、脱原発依存に向けた条例の制定などについても検討される。
 同日提示された請求項目案では、平成25年3月までの30分単位の電力受給の見通しや、24年3月までの収支見通しのほか、「安易な電気料金の値上げは認められない」として、人件費の内訳、最近10年間の政治家のパーティー券購入実績などについても盛り込まれた。コスト削減の可能性を検討するための情報開示も求めることにしている。
 会議では、府市統合本部の特別顧問から「競争がない世界で無駄なコストが積み上げられている。関電がどれだけコスト削減努力をしているのかを出してもらい、どんどん尋ねたい」「関電をたたくためでなく、府民、市民の理解が得られる情報をもらいたい」といった意見が出された。
 大阪市は、株主総会では株主提案権だけでなく、質問権も行使する方針。橋下市長は「総会屋のようになって関電を困らせることが目的ではないが、市民が聞きたいことをオープンな形で聞く必要がある」と説明した。
関電側の情報公開が進まなかった場合は、情報公開を義務化するような取り決めを定めることなども検討する方針。また、府市統合本部のエネルギー戦略会議では、3月中旬をめどに株主提案の骨子をまとめるほか、府市のエネルギー戦略の策定などを行う。
 会議では、国が新設する原子力規制庁に関連し、専門家による大阪独自の原発検査機関を設立することも提案され、松井一郎府知事が関西広域連合で機関設置を打診する考えを示した。

 これはこれで、ぜひやっていただきたい。しかし、ここで提言されていることは全て、関電やそのとりまきの政治家に対する、そしてあらゆるものに優位性を確保しようとする、彼の権力欲からきている。政治家のパーティー券購入実績の開示を求めることなど、特にそうである。どこにも「脱原発」など謳われていない。

橋下市長、原発20年延長に反対 関電への株主提案でという記事においても「原子炉等規制法改正案で原則40年とする原発の運転期間を例外的に最長で20年の延長を認めた政府の規定に関し、関西電力への株主提案で反対する意向を明らかにした」とのことであるが、これは大前氏の主張と同じで、40年の稼働を認めるということである。

 彼が東電原発事故後に「脱原発」をほのめかしたのは、大阪市長・府知事選挙をにらんでの票集めのための詐術でしかない。くりかえすが、橋下氏が本当に「脱原発」を考えているのなら、この1年間にやるべきことはいくらでもあった筈だが、彼は何一つやってこなかった。この期に及んでも橋下氏に「脱原発」を期待している人が居るらしいが、まことにもって、だまされる人は何度でもだまされるものである。「おそらく今後も何度でもだまされるだろう」。

 それにしても、「維新」だとか、「船中八策」だとか、「脱藩」(民主党議員が「維新の会政治塾」に応募したことをさすらしい)だとかの言葉がニュースのキーワードとなっている世情をみるにつけ、この国はまもなくマンガ的な結末を迎えるのではないかという漠然とした不安がよぎる。
 原発震災」の復興を、単なる復旧に終わらせずに、新しい日本を創出していこうという気運も興ってきているときに、一方で、もっと古い日本へ逆戻りするような動きもあって、暗鬱たる気分です。ちょっと時宜を逸しているのですが、メモ書き程度に触れておきます。
 
 卒業式の君が代斉唱時の不起立を理由に、東京都教委が定年後の再雇用を拒否したのは「思想や良心の自由」を保障した憲法に違反するなどとして、元都立高校教諭の申谷(さるや)雄二さん(64)が都に賠償を求めた訴訟の判決で、最高裁第2小法廷(須藤正彦裁判長)は30日、「校長の教職員に対する起立斉唱命令は合憲」とする初判断を示した。その上で、申谷さんの上告を棄却。申谷さんの敗訴とした2審判決(09年10月)が確定した。
 公立校での君が代斉唱を巡っては、最高裁が07年2月、都内の小学校長が音楽教諭にピアノ伴奏を命じた行為を合憲と判断したが、教職員全体が対象となる起立斉唱命令について憲法判断したのは初めて。
(毎日jp 2011年5月30日 15時44分(最終更新 5月30日 23時05分))
 
 地域政党・大阪維新の会(代表・橋下徹大阪府知事)が提案した全国初の「君が代起立条例」が、3日夜の府議会で可決、成立した。過半数を握る維新などの賛成多数で可決した。
 公明、自民、民主、共産各会派は反対した。市町村立を含む府内公立学校の教職員に対し、国歌斉唱時の起立を義務づける内容。府施設での国旗の常時掲揚も義務づけた。罰則規定は盛り込まれていない。
 採決では、維新(議長を除き56人)のほか、みんなの党(1人)と無所属クラブ(2人)が賛成。反対は公明、自民、民主、共産など計48人で、「府教委が起立斉唱を指導しており、条例化は不要」などとした。自民の1人は退席した。
 条例は「学校での服務規律の厳格化」などを目的に掲げ、府内の公立小中高校などの学校行事で君が代を斉唱する際、「教職員は起立により行う」とした。府教委が任免・処分権を持たない大阪、堺両政令市の教職員も対象にしている。今月中に施行される見通し。
((2011年6月3日19時40分  読売新聞))
 
 「愛しなさい」と強要されて、「では愛しましょう」という人を知りません。普通は、愛しなかったら罰するぞと脅されたら引いてしまいます。ますます愛せない存在になるでしょう。
 
 つまり、このような形で国旗や国歌を強制する人達は、国旗や国歌を誰にも愛されない存在へと貶めていく役割を担っている訳です。
 
 国旗や国歌が愛されない存在に堕ちていくこと自体は、私にとってはどうでも良いことですが、これを強要され、従わなければ罰せられる立場になってしまった教職員の身になってみれば、どうでも良いと済ます訳にはいきません。これは、形を変えた「不敬罪」です。
 
 国旗や国歌に忠誠を誓わなかったら罰せられるのは世界の常識として引き合いに出されるのは、決まってアメリカです。
 
 しかし、鴻上尚史さんも書いていますが、「国旗への強制的な誓いが裁判になり、州レベルでは合憲と判断されながら、連邦最高裁判所では粘り強く違憲判決が出続けているのが、アメリカという国です。」(SPA 6 14・21合併号「ドン・キホーテのピアス」)
 
 という訳で、「模範」とすべき相応しい国は他に求めなければならないようです。「首領様」をいただくかの国など思い浮かびますが、実情は良く知りません。いずれにしても、そうした強制は、とても「世界の常識」とは言えないと思います。それが常識として通ってしまうような国にはなってほしくないとも思います。
 
 仕掛け人の一人、橋本徹大阪府知事の主張は


「これは君が代問題ではない。教員は職務命令を無視できるのか?の問題」

ということのようです。

 しかし、職務命令以前に、行政・公務員は憲法を遵守する義務を負っています。憲法に違反する職務命令は、そもそも出してはいけないのです。地方公務員の長である府知事がそれを守れないなら辞めるのがスジだということです。
 
 憲法では、基本的人権の尊重(十一条)、個人の尊重(十三条)、思想および良心の自由(十九条)などの定めがあり、主権は国家・行政府ではなく国民にある(一条)ことも明示されています。弁護士出身の橋本氏がそれを知らない筈はありません。

 橋本氏は、

 「君が代を起立して歌うのは当然の儀礼の話。君が代を着席のまま歌う式典なんて僕は出たことがない。そんな式典がこの世の中にあるの?こんなことは、わざわざ条例にするまでもない。朝起きたらおはようございますを言いましょう、人から何かしてもらったらありがとうございますを言いましょうと同じ。」
 
 とも述べています。
 
 これはおかしな話です。君が代を歌わない「式典」などいくらでもあります。卒業式では君が代を歌わなければならないという決まりの方がおかしいのです。また、「朝起きたらおはようございますを言う」のは習慣であって、「人から何かしてもらったらありがとうございますを言う」のは礼儀です。
 
 習慣に従わないことで罪に問われる社会は、大変恐ろしい社会です。また、卒業式で君が代を歌うのは礼儀でもないので、誤った比喩と言うべきです。
 
 繰り返しますが、国旗や国歌を愛しなさいと強制されたら、ますます愛せなくなります。かつては、祝日に国旗を掲げた民家は多かったのですが、今ではあまり見かけなくなりました。そうした風潮を一番恐れているのは天皇です。
 
 2004年10月28日の園遊会の席上、東京都教育委員の米長邦雄氏が、「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と述べたのに対して、天皇が「日の丸・君が代」について、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と意見したことは、象徴的です。つまり、国旗や国歌の強制は天皇の意向にも背く行為です。
 
 今や、国旗や国歌を強制する人達は、これを国民皆が心から愛するようになってほしいなどとは心にも思っていないことは明らかです。彼らは単に、自分が気に入らない考えの持ち主をあぶり出し、追放するために、踏み絵やリトマス試験紙のように国旗や国歌を利用し、もてあそんでいるに過ぎません。憲法違反の思想統制を、おおっぴらにできるようにした訳です。
 
 国歌斉唱の際に起立を拒否する勇気のない人は口パクで歌えばよい。口パクがバレたら、「強制されていると思うと緊張のあまり声が出なくなりました」とでも言っておけばよいと、私は思います。

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