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荻上チキさんの「荻上式BLOG」では、この度の東日本大震災から生じた「怪しげな情報」の一つ一つを検証し、デマやチェーンメールのリストとして公表している。で、気になったので、誰でもよく知っているデマの一つである「地震兵器」が、この中でどういう扱いになっているか調べてみると、
「東北地方太平洋沖地震、ネット上でのデマまとめ」では、 -------------------------------------------- -日本が地震兵器で攻撃された可能性うんぬん 論外です -------------------------------------------- と、一言で済まされている。 しかし、「地震兵器」で検索すると、Yahooで449万件、Googleで352万件がヒットする(4月24日現在)。「枝野官房長官」が299万件だから大した人気である。他の大切な情報を埋もらせたり、不安をあおったりという点では、横綱級のデマであるには違いない。いや、荻上さんを批判しようというのではない。寧ろこの場合、「論外です」の一言で済ませた方が良いという判断も、一つの見識であろうと思う。しかし、ここでは、タイトルに示したように荻上さんとはちょっと異なる観点から採り上げるので、「論外です」の一言で済ませる訳にはいかない。 つまり私は、地震兵器云々というのは典型的な陰謀論だと考えている。そしてこれは、「ユダヤ陰謀論」や「アポロ陰謀論(ムーンホークス説)」や「911陰謀論」同様、この社会に大きな害悪があると、今では考えている。ところが、多くの方々同様、私もこれまで「論外です」の一言で済ませてきた。何しろあまりに荒唐無稽なので、放置しても社会に害を及ぼすほどに広まることはないだろうと考えていた。第一、こんなばかばかしい妄想に拘わるほど暇ではない。そうこうするうちに、じわじわと蔓延していたということである。気がついたら、ある種の臨界点に達しているのではないかと思えるほどになっている。 京大原子炉の小出裕章さんを応援して彼の発言録をアップしているサイト「小出裕章(京大助教)非公式まとめ」のコメント欄に見覚えのある名前があったので、リンク先に行ってみると、この人物こそは9.11陰謀論というデマを振りまくのに力を注いでいるその人であった。そこには、やはりと言うべきか、このたびの東日本大震災は地震兵器のせいであるとか、はては、福島第一原発は日本政府の秘密核兵器製造工場だったとかの文字が躍っている。こういう人はとことん陰謀論が好きなのだと、あらためて確認した次第である。もちろん小出さんの主張とは相容れないが、こういう人物に取り憑かれないよう気をつけた方がよい。 私が陰謀論を批判するのは、それが非科学的だからではなく、この社会に害悪の大きなデマだと思うからである。デマでないというなら十分な証拠を提示すべきだ。その義務は、当然のこととして先に言い出した側にある。 十分な証拠を提示する努力を怠る言い訳として、権力によって情報が巧妙に操作されていると主張して終わるとき、これを陰謀論と呼ぶ。 もちろん,歴史を振り返っても、この世界が陰謀に満ちていることは誰でも知っていることだ。だから、陰謀の臭いを過たず嗅ぎとる能力は、ジャーナリストとしては必須のものであろう。権力によって仕組まれた犯罪を暴露し、陰謀を暴く作業は尊い。そのために、十分な証拠を求めて、場合によっては命がけで、世界中で弛まぬ努力が払われていることも、大人なら誰でも知っていることだ。逆に、証拠が不十分な間は判断を保留する能力もまた、ジャーナリストとしては必須のものであろう。 十分な証拠なしに、ソースを確認することもなく、思いつくままに誰かを犯罪者に仕立てあげるような言説をふりまくのは、そうした努力を台無しにする行為である。そうした行為は、健全なジャーナリズムの育成を阻害する要因となっている。その蔓延は、この社会でえん罪の絶えないことの温床にもなっている。 さらに重大なのは、この世界を構成している物事の真相についての安易な理解を広めてしまうことにある。莫大な国費を使って原発が推進されている理由について、実は核兵器が密かに製造されているからだと考える場合と、小出さんが主張するように、産学官が一体となっていろいろな「うま味」を共有する仕組みがあるからだと考える場合とでは、脱原発をめざす運動にとっての戦略が異なってくる。911事件は、アフガニスタンへの派兵の口実にするために米国政府の自作自演によって引き起こされたと考える場合と、米国のこれまでの中東政策のツケとしてこの事件が起こったと考える場合とでは平和運動の基軸が異なってくる。巨大地震の原因を他国の攻撃によるものと考えるなら、地震予知や防災についての戦略を根本的に転換しなければならなくなる。そうした判断を誤るなら、我々の社会は取り返しのつかない迷路へと迷い込んでしまうことになるだろう。だからこそ、そうした判断は、事実に裏付けられた十分な証拠を元に下されなければならない。そうした努力を放棄する陰謀論に対しては徹底してこれを批判すべきだ。 ウィキリークスの創設者ジュリアン・アサンジが、「我々が証拠を元に本当の陰謀を暴こうとしている時に、沢山の人々が911の誤った陰謀論に気を散らされているのをみるといらいらする」と嘆いてみせたとき、当の陰謀論者達は、アサンジはCIAの手先であると言い出した。証拠もなしに、である。強大な権力が巧妙に仕組んでいるのだから証拠など見つかる筈がないという訳だ。この論法でいけば、どんなストーリーも自由自在に創りあげることができる。 以前、ある陰謀論者のブログコメント欄で、その仲間達と論争した時、石油ストーブが熱で崩壊しないのに火災だけでWTCビルが崩壊したのは変だと主張する者がいた。折しも、アメリカ西海岸でタンクローリーが事故で火災を起こし、その上に交差していた高速道路の高架が高熱のためにたわんで崩落したとのニュース映像がテレビを通じて流された。そこで私は、この事象を引き合いに、物体の強度はサイズの二乗に比例するが、その重量はサイズの三乗に比例するので、大きな物体ほど弱くなるというスケール効果を説明した。ところが、相手は、このタンクローリーの事故は陰謀の臭いがすると言い出した。WTCビルの崩落を火災のためだと錯覚させるために仕組まれた事故だと言うわけだ。証拠もなしに、である。この時私は、論理や科学によって彼らに誤りを認めさせることは不可能だと悟った。 思い起こせば、他ならぬ科学者達がオウムに入信し、凶悪な犯罪に手を染めたのであった。養老孟司氏は、医者の卵である教え子達が、グル麻原は何十分も水中で修行できるのだと本気で信じているのを嘆いていたが、信じるとはそういうことだ。鰯の頭も信心からからと言われるように、どんな馬鹿げたことでも人は信じることができる。だから、地震兵器がどんなに荒唐無稽でも、これを信じる者は後を絶たない。そして、一度「入信」してしまった者を覚醒させるのはほぼ不可能だ。我々にできることは、これ以上「入信」する者が増えないように予防することくらいだろう。そのためには、やはり、それがいかに荒唐無稽なデマであるかを、きちんと説明する意外にはないのだろう。もっと良い妙薬があるのなら、どうか教えてほしい。 数ある陰謀論の中でも「地震兵器」は、その荒唐無稽さにおいては飛び抜けている。だから、まだ入信していない予備軍を説得するのは、他の陰謀論と比べれば比較的容易だと考えて良いのかもしれない。これができないようであれば、おそらく「911陰謀論」も撃退できないであろう。もはや「論外です」の一言で済まされる話ではなくなっていると思う。この世界は、なんて面倒なんだ。 |
社会のこと
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津波被害など、凄まじい映像があふれていて、中には正視できないものもあるが、いきがかり上、原発事故のことを中心に記録をアップしておく。明日からはしばらく不在となる予定。
13日の朝になって、いろいろな情報が整理されてきた。先ず、原発の電源喪失をバックアップする発電機は起動しなかったのではなく、起動後しばらくして津波の影響で停止してしまったことが明かされた。緊急事態宣言を出しているのは福島第一原発の1,2,3号機と同第二原発の1,2,4号機の合計6機。一般人3人の被爆の公表は福島県が独自に行ったもの。
13日10時過ぎ、原子力保安院の記者会見:
『福島第一原発3号機、高圧注水機能を使った作業が功を奏して炉内の圧力が下がった。そのため逆に高圧注水機能が使えなくなった。低圧注水はバッテリー不足で行えず、結果的に注水機能を失った。電源車はうまく機能していない。タンク消防車から注水を試している。9時20分、「微量の」放射性物質を含むガスを大気中に放出した。8時20分に敷地境界付近で毎時882マイクロシーベルト/時に達した。』(時系列が合わない)
当初から、炉内の水位が下がっていることは繰り返し説明されていた。高温のために水が蒸発しているからだと説明されていた。このことは、蒸発で発生した水蒸気が覆水することなく失われない限り起こりえない。水蒸気はどこへ行ったのか、誰も説明しなかったし、誰も尋ねようとしなかった。
10時30分ころ、福島県の発表:190人が被爆、内19人は直ちに除染が必要なレベルとのこと。
フジテレビで解説に当たっていた「専門家」は、事態をできるだけ大げさなものにしないような表現に苦心しているようであった。
13日11時頃、テレ朝の「専門家」は、電源が喪失したのが原因なら、自動停止した隣の「健全な原子炉」を再起動してバックアップするというオプションもあって良かったと発言。そのためには外部電源が必要な筈だが、そもそもの原因が、この外部電源が失われるという「電源喪失事故」であることを理解できていない様子。原発は、自ら発電した電力をそのままでは使用することなどできないので、このような事故が起こる。
11時3分、枝野官房長官の記者会見:
『3号機も一時期燃料棒が水面上に露出していた。9時05分、安全弁を開いて炉内の圧力が低下、9時8分、真水の注水、その後、ホウ酸を注入、9時20分、格納容器のベントを開始、9時20分以降、微量の放射性物質が排気筒より放出されたと思われる。9時20分に76.9、9時40分に70.3マイクロシーベルト/時が観測。人体に影響を与える放射線が放出されている訳ではないので安心してほしい。』
会見の途中で中断して打合せの後、追加情報発表:
『8時33分、直接のベントの影響ではなく、1,204.2マイクロシーベルトを観測。いずれにしてもベントによる大きな放射線の変動はない』
では、ベントの前の放射線の上昇はどのような事象によるものか、誰も聞こうとしない。ちなみに、3号機はMOX燃料を使用しているという。
11時15分、テレ朝の解説員:これ以上悪化の可能性はない。500マイクロシーベルト/時が一般人の限度量と法令で定められているのなら、これ以上の放射線量は危険と判断すべきではないかとのキャスターの質問に、「法令の根拠は知らないが、年間にこれくらいの被爆は普通のことなのでたいしたことはない」と発言。
年間の被曝量を1時間で浴びても大丈夫と言えば、同じ量を1分で浴びても、1秒で浴びても大丈夫と受け取られかねない。法令の根拠を知らないのに、どうしてそんなことが言えるのか、素人ながら、この人は大丈夫なのかと心配になる。
11時30分、フジテレビの解説員:最大1,000マイクロシーベルト/時程度に抑えられていて、これは1時間にレントゲン2〜3回分の放射線を浴びる程度なので、たいしたことはないと発言。レベル4は、「施設外への大きなリスクを伴わない事故」であることを強調。別の番組の解説者は、胸のレントゲン撮影1回分は50マイクロシーベルトであると説明していた。
TBSに登場した地震予知連会長の島崎氏と原子力資料情報室の伴氏の解説は分かり易かった。
13日午後、気象庁は、今回の本震の地震波を詳細に解析した結果、三つの地震が連続して起こったもので、合計のマグニチュードは9.0になると発表した。本震の揺れが異常に長かったこともこれで説明できる。
13時50分、福島第一原発の1号機、3号機に続いて、2号機でも炉内の圧力が高まり、放射性物質を含んだガスを放出する準備が始まったと報道。また、米軍が福島第二原発の冷却支援に乗り出す予定という報道も。
14時05分、東北電力は、地震で自動停止した後火災が発生した女川原発の敷地内で21マイクロシーベルト/時の放射線が観測され、13日12時50分、関係機関に通報、発電所からの放射性物質の放出によるものではないと発表した。15時から記者会見が開かれるという。
管首相は、原発を納入した「東芝」に、福島原発のバックアップを要請した。
15:04分、東北電力の記者会見:
『女川原発敷地境界のモニタリングポストで、昨日夜23時頃から放射線量が上昇を開始し、一時的に21マイクロシーベルト/時に達したため、本日12時50分に原子力災害特別法の第10条に基づき通報した。福島原発における15条に基づく通報とはレベルが違って、差し迫った危険があるものではない(避難が必要とされているのは10ミリシーベルト/時)。この放射線量の上昇は、排気筒のカウント値が十分低いことから女川原発電に原因があるものではないと断言できる。原子炉の温度も100℃以下で安定している。ただし、排気筒の計測値は、その後若干上昇したが、時系列から言って、この上昇はモニタリングポストでの異常観測とは無関係である。』
15時半:枝野官房長官の会見:
『福島第一原発3号機で真水を炉心へ注水していたが、ポンプのトラブルのためにうまくいかなかった。このため海水を注入するよう切り替えた。これも一時期うまく行かず、この間、炉心を十部に冷やしておくことができない時間帯が生じたために、1号機で起こったように、水素が原子炉建屋内に充満して爆発する可能性がある。念のため発表した次第である。敷地内の放射線量は、13時52分に1,557.5マイクロシーベルト/時まで上昇した。炉心の一部が変形した可能性がある。この放射線量は、胃のX線検診(600マイクロシーベルト)の3回分弱の値となる。放射線量は次第に下がり続け、14時42分、184.2マイクロシーベルト/時まで低下した。この値は、東京-ニューヨーク間の飛行1回当たりに浴びる放射線量である200マイクロシーベルトに相当する程度の、安全なレベルである。』
福島第一原発1号機の爆発音を聞いた住民の証言:「尋常な音ではなかったので、怖かった」
津波で壊滅的な被害を受けた陸前高田市で、津波が襲いかかるまさにその時を、消防団員が携帯で撮った動画が流された。「(津波が)堤防を乗り越えたぞ、はやく、はやく、はやく・・・」と叫ぶ消防団員の声。津波がすぐ近くまで迫っているのが見えているにも関わらず、大勢の住民が、町内の道路を、後ろを振り返りながら、決して全力ではないスピードで歩いたりしている。どうした心境なのだろう。彼らはどうなったのだろう。
20時頃までの報道:
福島第一原発3号機で、海水注入の効果が見えず、炉心溶融の可能性。圧力を下げる弁の不具合も明らかになった。海外メディアの最大の関心事は原発事故らしい。福島第一原発1号機の水素爆発は、適切な処置をしていれば避けられた筈であるとの海外の評価が伝えられる。
福島県、被爆22人と発表
20時20分頃、東電社長の会見:原発の「トラブル」について謝罪、電力不足のための計画停電の実施について説明。計画停電は4月いっぱいになるとの見通し。
21:20分、NHKで釜石沖海底地震計の記録に残された潮位の相対変化が紹介された。本震発生後数分で潮位が上がり始めているが、大きな波は15分後くらいに押し寄せていることがわかる。釜石に築かれた防潮堤は、逃げる時間を稼ぐ効果を発揮したと力説。
21時40分からのNHKの特番では、圧力容器が破損して、内部の水が格納容器内へ漏れ出ていた可能性を指摘。そのため、格納容器内を水で満たす作業が決断されたようだ。解説は、東大の関村直人教授。電源喪失に備えて電力を必要としない冷却システムが備えられているが、それがうまく機能しなかったとの説明。
3号機の燃料棒は、13時以降、上部2m程度が露出したままの状態が続いているらしい。
1号機に続いて3号機にも海水を注入した。これは、両機の廃炉を決断したということだが、注入された膨大な量の海水は高レベル放射性廃棄物と化す。
以上、
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最近、抗癌剤イレッサによる副作用死にかかわる薬害訴訟で東京、大阪の両地裁から和解勧告が出されたとの報に接して、一昨年のことを思い出した。私の義母は、このイレッサを二ヶ月間ほど処方されたことがある。以来、このブログの更新をサボっている間、義母の介護に追われていた。
青天の霹靂。田舎で仕事をしながら一人自活していた義母から連絡があり、具合が悪くて病院へ行ったらかなり悪いらしいので医者の話を聞いてほしいと言う。妻とともに駆けつけて担当医の説明を受けた。第四期の肺腺癌で平均余命三ヶ月くらい、脳へも転移しているから一ヶ月後でもおかしくないとのこと。CTスキャンの画像で肺や脳内のそこここにある「影」を示された。本人は、余命こそ告げられなかったが、進行した癌であることは告知されていて、すっかり覚悟ができているふうで、私たちの言うことに素直に従い、取るものも取りあえず私たちの元へ身を寄せて介護を受けることになった。私は、40日間ほどの海外出張を控えていたのをドタキャンして共同研究者に多大な迷惑をかけたが、そうするしかなかった。
自宅から車で15分ほどのところにある総合病院に検査入院をして病状を再確認するとともに、一旦退院して、しばらく後に本格的に入院しての治療が始まることになった。担当医からは、手術は無理だから取りあえずイレッサを処方する。これは副作用が強いので、様子を診ながら他の抗癌剤に変えることもあり得る等々の治療方針を詳しく説明してもらった。ただ、イレッサによる800人にものぼる副作用死については知らされなかった。いずれにしても、余命三ヶ月と聞かされていたので、例え二ヶ月になっても、それが薬の副作用によるものか癌そのものによるものかといったことは問題にならないというのが、当時の心境であった。だからここでイレッサを告発しようとの意図はない。
入院しての治療が始まったが、覚悟していた通り、容態は日に日に悪化して行く。少し気が早いのではないかと思ったが、妻は、葬儀の段取りのことなども口にするようになり、肉親でもない私の方がオロオロするばかりであった。そうして癌発覚から三ヶ月、入院して二ヶ月が過ぎた頃、担当医から、イレッサの効果が見えないので治療薬をタルセバに変えるとの説明を受けた。これはイレッサと同じく癌細胞の特定の成分を攻撃する「分子標的治療薬」で、なかば治験段階のものだが、特にタバコを吸わない女性の肺腺癌に効果のあることが確認されていると言う。
さて、驚くべきことに、タルセバの服用を始めたら一転、みるみる病状が回復して立ち歩けるようにまでなったので、一ヶ月後(入院から三ヶ月後)には退院して自宅療養することになった。自宅でタルセバの服用を続けながら、しばらくの間は週一で検診を受け、それもやがて二週間に一回になった。退院四ヶ月後には月一の検診で良いと言われるまでになったが、義母の希望で、しばらくの間、二週間に一回の検診というペースを守った。昨年の正月明けの検診では、脳内の影はすっかり消え失せ、肺の影も球形の膿胞に封じ込められているかのように変わっていた。血中の癌因子の数値も正常値近くまで下がっていた。義母は担当医から、「元気に年を越すことができましたね。来年の正月もきっと同じように元気でいられますよ」と言葉をかけられたらしい。自らの回復ぶりに半信半疑であった義母も、そのことを嬉しそうに報告してくれ、その言葉にどれだけ励まされたことかと思った。
そうして再び、私たち家族に平穏な日々が訪れた。その半年前には考えもしなかった、奇蹟と呼ぶに相応しい幸運である。義母は買い物や犬の散歩にも付き合うようになり、春には孫(私の下の娘)の卒業式に参加するため、娘二人(妻と義妹)を従えて二泊三日の旅行にも出かけた。妻にとっては、永らくほったらかしであった母親に対して、平穏の内に親孝行をする良い機会となった。私の義妹は海外に住んでいるが、頻繁に帰国して見舞い、その夫も資金援助を惜しまず、家族の絆は強くなった。私も、義母の生い立ちや戦時中の苦労話など、ゆっくりと話を聞くことができた。この間もタルセバの服用は続けていて、その副作用で頭髪は半ば抜け、逆に眉毛が濃くなったりしていたが、やがて血中癌因子の数値は完全に正常範囲内に収まるようになった。その変化を折れ線グラフにしたものを見せられたが、その軌跡はまさにこの間の義母の容態の変化と一致していた。担当医からは、今後も気は抜けないが、何か変化があればこの数値に出るからと説明を受けた。
素人の浅はかさである。血中癌因子の数値が正常範囲に留まっていることに安心しきっていた。末期癌からの生還という奇蹟が確かに起きたのだと思い込み、僅かの異常への判断に狂いが生じた。定期の検診も月一になっていた昨年の初夏、ベッドが合わなくて腰が痛いと言うので、将来のことも考えて本格的な介護用電動ベッドを購入した。これは具合がいいと喜んでいたが、しばらくして今度は足が痛むと言う。そうこうする内に、急に、歩くのも困難なほどに足腰が痛み出して病院へ駆け込んだ。MRIの画像を前に担当医の説明を受けて驚いた。腰椎の少なくとも二カ所に癌が転移していた。すぐに再入院となり、放射線治療が始まった。しかし、完全に手遅れで、再入院して4ヶ月後に義母は帰らぬ人となった。
実際には、完全に手遅れだったのは最初に癌が見つかった時点であったと言うべきであろう。早くから一緒に暮らしていれば手遅れになる前に異常を察知することができたかもしれない。後悔先に立たずである。
この間、私たちは多くのことを経験し、学び、知った。医療現場の、特に総合病院の雇われ医師達にとって過酷に過ぎる労働環境があった。恒常的に睡眠不足の担当医は、ふらふらと歩き、時に上層部への不満を隠さなかった。私たちのケースでは、親の介護にかなりの出費があるのに、介護保険が何の役にも立たないことを知った。義母の健康保険証のことで田舎の市役所担当者とやりとりする中で、当地では相当数の人が保険料未納のために健康保険証を取り上げられていることも知った。その大半は、生活保護も受けていないという。重量子線治療などの高度先端医療を受けるためには数百万円の費用がかかる。まさに、命の沙汰も金次第なのである。
多くの病院では入院期間は最大二ヶ月と定められていて、一旦退院するか、他の病院へ転院しなければならない。ベッド数が足りないことが理由とされているが、入院一回についての診療報酬が高いために、入院施設にとってはうま味のある仕組みなのだという。幸い、私たちがお世話になった病院ではそうしたことはなかった。献身的な医師や看護師に囲まれ、他の諸々のことも併せると、私たちは恵まれていたというべきであろう。今は、末期癌から一旦回復してしばらくは平穏な生活を送ることができたのも不幸中の幸いであったと自らに言い聞かせるしかない。
最後に、この記事を読んでタルセバに期待を寄せる読者もおられることであろう。義母が亡くなった直後、担当医から部分献体の希望が伝えられた。タルセバの薬効には大きなばらつきがあり、義母のケースはこれまで経験した中で最良であったが、脳および肺の細胞を詳しく調べて、それが具体的にどのように作用したのか研究したいと言う。遺体の外見は元通りにし、研究結果は遺族にも報告するとのことであったので、私たちはそれを了承した。素人の私として、タルセバを持ち上げる意図はないということを明記しておきたい。
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政党助成法によって健全な政党政治は育ったのか |
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