さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 東電原発事故によって放出された放射性物質の危険性をめぐって、あいかわらず「自然界にこれだけあるから大丈夫」論がまかり通っている。この論法は、歴史的には原子力PAと反原発運動のせめぎ合いの中にあって、放射線防護の科学の進展によって後退を余儀なくされ、それとともにICRPの規制基準も引き下げられてきた。それがいまだに声高に主張されているのであるが、不思議なことにこの論法は、巧妙・精緻化しているのでは全くなく、ごく「素朴」な「自然界にこれだけあるから安全」論にとどまったままなのである。さらに不思議なことにこの論法は、私の見るところ「ニセ科学批判」に熱心な人々によって担われているようだ。

 私は、このような言説はまさにニセ科学ではないかと考えてこのブログにも記事を上げたことがあるが(注1)、ニセ科学を批判する者がそれをやる筈はないとの考えも成立するので、私の良く知らない言葉の定義からすると、これは「ニセ科学」ではないのであろう。そこで私は、これらの言説を「デタラメ科学」と呼ぶことにしたのであるが(注2)、ここではもう少し意味を広くとるために「ダメ科学」と呼ぶことにしよう。つまり私は、東電原発事故以来、「ニセ科学批判」界隈の中に「ダメ科学」が蔓延していると考えている。このことは、日本の科学史の中でも一つの時代を画する出来事と考え、それらの実例を収集してきた(注3)。ここでは、その中の「自然界にこれだけあるから安全」論法の一例として、最近話題になっているトリチウムをめぐる問題をとりあげる。

 この問題は、福島第一原発の地下水を浄化処理したいわゆる「トリチウム汚染水」の海洋放出をタイムテーブルに載せようとする東電や経産省の説明会が開催されるようになったことで、活発に議論されるようになった。その前提として、そもそもこの浄化処理水には、それまで安全基準値以下しか含まれていないと説明されていたトリチウム以外の放射性核種が基準値を大きく超える濃度で含まれていることが発覚したことは抑えておく必要がある(注4)。つまり、この浄化処理水を「トリチウム汚染水」と称することは間違っているのであるが、ここではとりあえずトリチウムの問題をとり上げよう。

 トリチウムについては、ことに有機結合型トリチウム(注5)の健康影響をめぐる研究が多数なされているが、そうした研究を参照することなく、トリチウムは安全だと主張する「科学者」や「科学ライター」や謎の<原子力PAボランティア>がいて、sivadさんによるtogether:「有機結合型トリチウムという基本概念を知らない人たち」に収集されている。

 トリチウム水(HTO)のトリチウムが光合成によって有機物に取り込まれるのは基本中の基本であるが、自然界に存在する全ての同位体は、その元素を含む全ての物質中に天然とほぼ同じ割合で含まれるというのもまた、同位体化学の基本原理である。「ほぼ」と書いたのは、質量数の小さな元素の同位体は、同位体間の質量比が大きいことが要因となって、天然での元素移行や生体における合成・代謝などの過程で特定の同位体が「濃縮」されることもあるからである(注6)。いずれにしてもトリチウムは、太古の昔から天然に存在しているのだから、もともと天然に存在する元素から構成される生命体の水素を含む全ての分子(タンパク質、脂質、糖類、DNA、細胞外高分子など)に含まれることは常識である。逆に特定の物質に含まれないとしたら特殊な同位体分別作用が働いているということで、それを排除したカウンター物質にトリチウムが「濃縮」されることになる。

 さて、誤りや無知に気づいても絶対に反省したくない者が、話の筋とは全く関係ないのに決まって持ち出してくるのが「自然界にこれだけあるから安全」と言ういつもの<捨て台詞>である。

 自然にあるから安全とは言えないことは、例えば天然のラドンが肺がんの原因の一つであるとWHOが警告していることからも明らかであろう。その事を知らなくても、日本を含め、世界の各地で自然にあるヒ素や重金属によって健康被害が起こっていることくらい知っているだろう。それも知らないなら、せめて、自然の紫外線が皮膚ガンの最大の原因であることくらいは常識として知っている筈だ。

 太陽から地表へ降り注ぐ紫外線は、UV-A (波長 315–380 nm)、UV-B (波長 280–315 nm)、UV-C (波長 100–280 nm)に三分されるが、これらの波長域は水素原子の発光スペクトルのバルマー系列より波長が短く、水素原子の軌道電子がエネルギー準位2の状態にあれば、それを弾き飛ばして電離させる能力がある。最低励起エネルギーは、この場合わずか3.4 eVで、電子が基底状態にあれば13.6 eV(波長91.2 nmの遠紫外線に相当)である。すなわち、紫外線の化学作用は電離放射線のそれであり、水素を主要な構成元素の一つとする生体にとって脅威となる。人は、紫外線の照射を受けるとメラニン色素を分泌するなどの防御の仕組みを備えているが、それでも皮膚ガンは一定の割合で発生してしまうので、屋外における紫外線の量が二倍にでもなったら大騒ぎである。どうして自然にある放射性物質の100万倍もの濃度の廃液を垂れ流すのに無頓着でいられるのか、そのことを心配する人に向けて嘲笑の言葉を投げることができるのか、訳がわからない。

 前掲のtogetterにも次のコメントがあった。
原発から出るトリチウムなんて、一日200兆Bqくらい自然に作られてる量に比べたら、微々たるもんだもんね。有機化云々以前の問題。っつか、問題ない、って言うべきか。

 この「一日200兆Bq」は変な値だと思ってリンクをたどると、経産省の中にある「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」の資料(注7)に、日本周辺における自然由来のトリチウム生成量は年間約110~680兆ベクレルと記載されているのが元になっているようだ。日本周辺(領土+領海)に限っているので、変な値になっている。同じ趣旨の発言はネット上に溢れているが、いつもの原子力PAの垂れ流しで、科学が本来持っていなければならない懐疑主義は微塵も感じられない。

 自然界で作られている放射性核種はトリチウムや14C(炭素14)だけではない。ウラン系列、アクチニウム系列やトリウム系列の種々の放射性核種は、日々、膨大な量が生み出されている。その中でも、いろいろな意味で最も危険な放射性核種の一つであるラジウム226(半減期1,600年)が日本列島の地表部(深さ5 cmまで)でどれくらい生み出されているか概算すると、1日あたり1.31 × 10^21 Bq(13.1垓Bq /日)となる(注8)。表層5 cmに限ってもトリチウムの日産量をはるかに凌ぐ量が日々生成され、存在しているのである。だからと言って、こんなに沢山自然界で作られているのだから、ラジウム1兆ベクレルくらい大したことはないと主張したら、莫迦にされるだろう。自然界に沢山あるからというのは、それが安全であることの理由にはならないのである。

 ついでに書いておくと、単位Bq(ベクレル)は1秒あたりの壊変数を言うのだから(Bq/時)や(Bq/日)、(Bq/年)という用法はおかしいとして、それを用いた人に向けて嘲笑の言葉を投げた大学教員が居たが、この方面の分野(放射化学など)では普通に用いられる単位である。その誤りを指摘されても反省も謝罪もなくダンマリを決め込んでいるのもまた、象徴的な出来事であった。

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注3)

注4)以下、デジタル毎日の記事「福島第1処理水 海洋放出、前提危うく 再処理コスト増も」2018/9/29)から引用。

東電と政府はこれまで汚染水処理について、多核種除去設備「ALPS(アルプス)」でトリチウム以外の62種類の放射性物質を除去でき、基準値以下に浄化できると説明してきた。性質が水に近いトリチウムだけは取り除けないが、薄めることで基準値未満にできるとして、汚染水浄化後の処理水の有力な処分方法に海洋放出を挙げていた。

 しかし今回の東電の発表によると、処理水計約94万トン(20日現在)のうち約89万トンを分析した結果、トリチウム以外で排水基準値を下回るのは約14万トンで、約75万トンは超過すると推定される。基準値超えの中には半減期が約30年と長く、体内に入ると骨に蓄積しやすいストロンチウム90も含まれており、サンプル分析では最大で基準値の約2万倍の1リットル当たり約60万ベクレルが検出された。

注5) ATOMICAの「有機結合型トリチウム」の解説に、次の記述がある。

有機結合型トリチウムには、組織内に存在する自由水(組織自由水)と容易に交換可能な交換型トリチウムと有機物の炭素と強く結合している非交換型トリチウムの2種類がある。国際放射線防護委員会(ICRP)が提示しているトリチウムの化学形別の線量係数(Sv/Bq)、すなわち単位摂取放射能当たりの実効線量では、吸入および経口摂取のいずれの場合もトリチウム水(HTO)の線量係数は、トリチウムガス(HT)の10000倍となっている。植物等の組織と結合した有機結合型トリチウム(OBT)の線量係数はトリチウム水(HTO)のさらに約2.3倍である。

注6)炭素同位体(12C, 13C)は植物の光合成によって同位体分別が起こるが、炭素同位体の質量比は13:12と1に近いので、標準物質に対する有機物の13C/12Cは-20‰(パーミル:千分率)程度にすぎない(C3植物、C4植物、CAM植物で若干異なる)。これに対して、水素(H)とトリチウム(T)の質量は3倍も異なっているので、同位体分別はかなり大きくなり得るが、多段階の分別プロセスを仮定したとしても10倍以上の濃縮は考えにくい。

注7)トリチウムの性質等について(案) (参考資料),多核種除去設備等処理水の取扱いに 関する小委員会 事務局,資料5-2(pdf: 1 MB)

注8)富樫ほか(2001)日本列島の”クラーク数” 若い島弧の上部地殻の元素存在度.地質ニュース558,25-33.(pdf: 1.3 MB)によると、日本列島の上部地殻には、平均2.32 ppmのウランが含まれている。
 日本の面積は377,972 km^2で、表層部の岩石・土壌の平均の密度を2.0g/cm^3(=
2000 kg/m^3)とすると、日本列島の表層5 cm厚の岩石・土壌の質量は3.78 × 10^13 kg となる。
その中の濃度 2.32 ppm のウランの質量は8.77 × 10^7 kg である。
その99.27%がウラン238であり、その放射能を計算すると1.52 × 10^16 Bq(1.52 京Bq)となる。
天然のウラン系列の14回の放射壊変は全て永続平衡に達しているので、その系列途上にある中間娘核種トリウム230のα崩壊によってラジウム226が生成される量も、同じく1.52 京Bqとなる。
これは一秒間の生成量であるから、1日あたり1.31 × 10^21 Bq(13.1垓Bq)となる。
Bqの計算法はここなど参照のこと。

 HPVワクチンを巡る議論について、問題の難しさ・重大さに比べてこの方面の私の知識の乏しさから積極的な発言は控えてきた。しかし、身内の問題として判断を迫られることになり、昨年末から時間をとって情報を収集してきた。問題は、副反応被害者の救済と「積極的接種勧奨」再開の是非の二点に整理されるのであろうが、核心は、このワクチンの接種によるリスクとベネフィットの比はどの程度であるのかという点にある。副反応リスクと薬効の問題については専門家の議論を注視しつつ、ここでは、そうした議論から漏れがちなリスクについて述べる。

社会的制裁を受けるリスク
 先ず、この間の議論から感じるのは、「積極的接種勧奨」の再開を主張する医師やライターなどから、副反応被害を訴える当の被害者やその家族・支援者へ向けて、敵意に満ちた悪罵が投げられるという異様さである。例えば、WEDGEに掲載された村中璃子氏による一連の記事を読んでみよう。

2)「放射能とワクチン不安に寄り添う怪しげな「支援者」対談 開沼博×村中璃子(前編) 2016年4月20日)
3)「放射能と子宮頸がんワクチン カルト化からママを救う」(対談 開沼博×村中璃子(後篇) 2016年4月21日)

 その異様さは、医師を自称する村中氏自身患者を診ることなくして、一方の立場の医師達ばかりによる伝聞に基づいて下された診断を元に容赦のない悪罵が投げられている点にある。1)の冒頭部分は、患者会がパンフレットにまとめた症状を読んだだけの医師による「診断」である。また、「ある医大の小児科教授」による、いわゆる「いい子」に多く見られる『アルプスの少女ハイジ』のクララ病だとの診断も紹介されている。実際は、各地の医療機関の担当医から因果関係について「関連あり」と報告された多数の副反応例が厚労省に集約され公開されているにも関わらずである(注1)。私は、重篤な体調不良で苦しんでいる人に向けてこのような診断を簡単に下し、安易に公言する医師が存在することに心底呆れる。これは明らかな人権侵害である。

 さらに、HPVワクチンの「積極的接種勧奨」の再開を熱心に主張している久住英二医師からの、被害者の 保護者へ向けた、「ワクチンに対する実体のない恐怖を植え付けた当事者、貴殿が接種率を低下させたのです。」とのtweet(18:52 - 2017年12月14日)もあったりりする。

 他にも多々あるが、こうしてみると、もし子どもがHPVワクチンを接種して具合が悪くなり、副反応が疑われる事態になった時にそれを口にしたりすると、クララ病扱いされ、カルトママだとかモンスターマザーだとか、社会の害悪になっているとか、「反ワクチン脳」だとかの悪罵が多方面から投げつけられる<リスク>があることに気づく。

専門家にだまされるリスク
 このような非難は、表向き、HPVワクチンによるベネフィットと副反応のリスクを比べると、圧倒的に前者が大きいことが科学的に証明されているとの判断に基づいているようであるが、肝心の科学の現状はどうであろうか。ここにもまた、専門家が見落としがちなリスクがある。緒としてサイエンスライターの片瀬久美子 @kumikokatase さんのtweet(15:35 - 2018年1月7日)から考えてみよう。

「HPVワクチンのリスクと有効性を考える上で、(村中璃子さんなど)個人の人間性は無関係です。「科学的な評価」には、人の好き嫌いは入り込む余地はありません。。。」

 「科学的な評価」に人の好き嫌いの問題が影響してならないというのはわかる。しかし、(研究者の)「人間性」は科学の営みやその成果に影響を与えるものであるから、研究(者)倫理という観点からは「人間性の問題」と「人の好き嫌いの問題」は区別して語られるべきであり、前者は決して「無関係」ではない。倫理は人間性に由来するだろう。

 科学の営みが人の文化的行為である以上、そこには不可避的に価値論が入り込む。何を研究テーマとして<選択>するかというスタート時点で、既に価値論が入り込んでいるからである。権力を手にいれるためであったり、一儲けするためであったりするかもしれない。人類は、科学の成果や科学の営みが人にとって大きな災厄になり得ることを学んできた。そのようなリスクは避けなければならないが、その際に見落とされがちなのが、「専門家にだまされるリスク」である。

 このことは既に、このブログの「樹々の緑さんへのお返事:私の努力目標」と題する記事(2012年5月15日)に書いている。そこでは、市村正也さんの「リスク論批判:なぜリスク論はリスク対策に対し過度に否定的な結論を導くか」と題する論考(注2)と、同じ市村さんのウェブサイトに掲載された「遅ればせながら、2011年3月11日の震災をうけてのつけたし」と題する論考を引いている。後者からの引用部分を再掲しよう。

専門家にだまされるリスクがある、ということが論文の主張の一つだったが、あの原発事故を経験した今では、多くの人にとってそのことはすっかり自明のことになってしまった。事故の解説でマスメディアに登場した○○大学教授たち(特に、東京大学教授たち)は、明らかに嘘を言って私たちをだまそうとしていた。情報がなくてわからなかった部分もあったのかもしれないが、そういうときはわからないといえばいいものを、彼らはわかっているふりをして解説をしていた。私はそう考えているし、同じように考えている人は多い。

 このようなリスクを社会的に回避するためにも、最近では「研究(者)倫理」が重要視されるようになり、大学教員や公的機関の研究者は、「研究(者)倫理」のプログラムを受講し、試験にパスすることが義務付けられ、学生への教育もそれなりの時間を割いてなされるようになった。ほとんどの大学が、独自に研究者倫理規定を設けるようになり、学術会議や日本学術振興会でも研究倫理規定を公表した(注3)

 村中璃子氏は医師の肩書きをコネに医療問題での発言への信用を得る立場にあるので、そうしたことに関わる活動には研究倫理が求められると考えて良いだろう。と言っても、各種倫理規定の大半は、真っ当な社会人としてなすべき当然のことでしかないものである。それが守れないのは人間性に問題があるということではないのか。だからこそ研究者としても失格なのではないのか。そのうえで、最近10年ほどの間に急速に整備・明文化されてきた研究(者)倫理規程に照らして、村中氏のHPVワクチンに関係する活動・言説には大変問題が多いと感じる。

 例えば、全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会のHPにリンクされた「村中璃子氏の不適切取材の全容(内容証明)」と題されたサイトに掲載されていることが事実であるとすると、村中氏の取材手法は明らかに人権への配慮規定(注4)に抵触している。彼女のプロフィールからかつて外資系ワクチンメーカーに勤務していた経歴が削除されたりしていることが、利益相反の疑いを生じる要因にもなっている。

 利益相反と言えば、子宮頸がんワクチンの副反応を「心身の反応であり、ワクチンの成分が原因ではない」とする見解をまとめた厚労省の審議会のメンバーの15人中11人が、グラクソ・スミスクライン社ないしMSD社から奨学寄付金、あるいは講演料等を受け取っており、このうち3名は議決に参加できないレベルの利益相反であることも問題となった(注5)。グラクソ・スミスクライン社員の暗躍も暴かれている(注6)

 「積極的接種勧奨」がどうしても必要だと言うのなら、こうした嫌疑を生むようなことは厳に慎むべきとわかっている筈だ。にもかかわらずこうも問題が多いと、敢えて信頼性を損なうようなことをやらざるを得ない裏事情でもあるのかと勘ぐりたくもなる。むしろこうした事態を深刻に捉え疑ってかかる人の方が、「専門家にだまされるリスク」というものを考慮に入れ、研究倫理の重要性をきちんと理解している科学リテラシーのある人ということになろう。

 現状では、提出されているデータだって真面目に検討するに値するものかどうかも疑わしい。ワクチンメーカーによる副反応の調査にしても、対照群にワクチンと同じアジュバントが接種されているのも解せない。厚労省に寄せられている副反応の報告数が実態を反映しいるのかどうかと疑いだすと、もう素人にはお手上げである。そこで現場の医師達はどう考えているのかと探っているうちに無視できない指摘に行き当たった。小児科医の吉岡誠一郎氏の「小児科医の9割を占める子宮頸がんワクチン推進派の先生方へ」(2016年5月17日)である。

子宮頸がんワクチン接種再開すべきと挙手した先生たちに言いたいんだけど、ちゃんと接種を勧めてますか?接種すべきという信念があるなら国が積極的な勧奨をしようがしまいが、あなたが勧めて接種すれば良いんじゃないですか?9割の小児科医がみんなで接種を勧めたら、接種率がほぼ0%なんてことはないと思うんですけどね。

 最近のアンケート調査でも小児科医の7割近くが「勧奨を再開すべき」と回答しているのに、それぞれの小児科医が現場で積極的には勧めていない実態が垣間見える。今も希望すればHPVワクチンの接種は無料でできるのだ。勧奨再開に賛成の医師達の大半が、実は色々な疑念を抱え、このワクチンの安全性に自信がないのではないかと思う。

 以上のようなことから、現段階で個人的には、HPVワクチンの接種を控えつつ定期的なガン検診を心掛けるようにするのが良いと考えている。

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注1) 第31回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、参考資料2(pdf 3.1 MB)
(平成 21 年 12 月販売開始から平成 29 年 4 月 30 日までの報告分)

注2)名古屋工業大学技術倫理研究会編「技術倫理研究」第5号(2008)pp.15-32

注3)最近5年間に国内で公表された倫理規程だけでも次のものがある。
学術会議
2013年1月:「声明 科学者の行動規範 -改訂版-」 (pdf 273 KB)
日本学術振興会

注4)上記にはヘルシンキ宣言を引いて、「研究の目的がどれほど社会にとって重要なものであろうとも,その研究が 被験者の尊厳や人権を侵害するものであってはならない」と記されている。


 当会議は、本日、厚生労働大臣に対し、「厚生労働省の審議会の利益相反管理ルールの見直しを求める要望書−HPVワクチンに関する審議会委員の利益相反を踏まえて−」を提出致しました。 

 本年4月25日、厚生労働省は、子宮頸がんワクチンの副反応を「心身の反応であり、ワクチンの成分が原因ではない」とする見解を今年1月にまとめた審議会のメンバーについて、利益相反の申告内容等に誤りがあったことを公表しました。 この公表結果とこれまでに公表された議事録を総合すると、委員15人中11(73%)が、当該ワクチンメーカーであるグラクソスミスクライン社ないしMSD社から奨学寄付金、あるいは講演料等を受け取っており、このうち、3名(20%)は議決に参加できないレベルの利益相反です。 また、全体の40%に当たる6名の委員が本来申告すべきだった利益相反を適切に申告してなかったことが明らかになっています。 さらに、交代で座長をつとめる2名の委員は、とも利益相反があり、うち1名は座長でありながら議決に参加できず、両名とも適切な申告をしていませんでした。 
(以下、略)


子宮頸(けい)がんワクチンを販売する製薬会社グラクソ・スミスクライン(GSK)の社員が同社の所属を示さず、講師を務めていた東京女子医大の肩書のみを記して、ワクチン接種の有用性を紹介する論文を発表していたことが11日、分かった。

 最近,twitter 上で想田和弘さんに対する理不尽な批判が続いていて、暗鬱な気分になる。中には福島の核災害など何もなかったかのような主張もあって、聞くに耐えないが、ここでは、松浦晋也(@ShinyaMatsuura) さんの11月23日の tweet 

科学的に確かめられた知見は身も蓋もなく事実だ。「そういう立場は不可能」とは、自分の意見・立場に不利な事実は認め難いとの駄々っ子の論理に他ならない。自分の意見に例え不利であろうと、事実は事実であり議論の前提としなくてはならない。

について、一言。

それは早野さんが望んでいることではないかもしれませんが、必ずそういう政治性が出てきます。彼は政治的に中立なつもりでいるかもしれませんが、そういう立場は不可能なんです。なぜなら原発問題というのは、極めて政治的な案件ですから。純粋に科学的立場を取ることはそもそも無理だと思います。

を受けたものであるが、想田さんの主張はごく常識的なもので、小難しい議論など不要であろう。松浦さんの主張もまた、一見、ごく常識的なものであるように読めるが、これは、御自身「自分の意見・立場に不利な事実は認め難いとの駄々っ子の論理」とは全く無縁だとの前提で納得されることである。松浦さんは、その前提が自己申告に基づいているに過ぎないものであることにお気付きであろうか。

 前回の投稿 の引用元であるJGL (Japan Geoscience Letters) の同じ号の、最先端の研究を紹介するTOPICSのコーナーに、本年8月にこのブログで紹介した東電原発事故によって放出されたセシウムに富む微粒子(CsMP)について、その論文(Imoto et al., 2017)の著者の一人である宇都宮聡さん(九州大学)による2ページ余りの詳細な解説記事が掲載されている。そこに、論文では触れられなかった健康影響についての予察が書かれているので、以下にその部分のみ引用・紹介する。

東京に飛来したCsMP
 2011年3月15日の10:00〜11:00,東京都に最も高い放射能を持つプルームが到達した.その主要放射性核種はヨウ素(I-131, I-132)とセシウムであり,それぞれピーク時の放射能は 522 Bq/m3,124 Bq/m3 と報告されている.これらの核種の化学形態は水酸化物,塩化物およびヨウ化物と当初は推定されていたが,大気フィルターのオートラジオグラフィー画像を撮ると無数の黒点が現れた.これらの黒点の部分を単離し,SEM+EDX で観察すると CsMP が検出され,その放射能比や科学的特性は福島で見つかる CsMP と同じであることがわかった(Imoto et al., 2017).また,大気フィルターを超純水中で溶解すると,溶解実験前後でオートラジオグラフィー画像の黒点の位置が変わらないことから,難容性の CsMP が溶けずに残ることがわかるとともに,易溶性の Cs は総放射能の 11 % に過ぎず,CsMP の総 Cs 放射能は 89 % と算出された.これらの結果より,2011年3月15日の東京都に飛来したプルームには,難溶解性,高放射能密度,かつ PM2.5 サイズの微粒子が Cs 放射能の約9割を占める濃度で含まれていたことが明らかになった.

高放射能性 Cs 含有微粒子による影響
 原発災害の直後に放出された CsMP は,周辺環境および生態系の放射線量に対して顕著に寄与している.東京の大気フィルターで検出されたような 0.58 〜 2.0 μm の大きさの CsMP を人間が経口吸引したケースを考察すると,通常の PM2.5 と同様に,約 20 〜 50 % および <10 % の CsMP が肺胞および気管支領域にそれぞれ沈着すると考えられる.CsMP が不要性であると仮定すると,肺胞領域に沈着した CsMP はマクロファージによって完全に貪食されずにリンパ節にゆっくり移動し,その場合の生物学的半減期は数十年になると推定される.これは水溶性 Cs の典型的な生物学的半減期 〜 100 日間と比較して長く,体内に CsMP が長期間保持されると予想される.

 CsMP の場合,単位質量あたりの放射能(放射能密度)が非常に高いため(〜 10^11 Bq/g),CsMP 周囲のミクロな領域で局所的に強いβ線とγ線が水の放射線分解を引き起こし,マクロファージおよび呼吸器上皮細胞よりも大きい数百ミクロンのスケールでラジカル種を生成する.CsMPs の表面上の 100 μm 厚の水の薄膜層を考えた時,β線および γ線によるエネルギーの蓄積は(1.0 〜 24)× 10^-3 グレイ/h(グレイ=ジュール/kg)と計算される.水の放射線分解によって H2,H2O2,および H* などの様々なラジカルが生成し,この蓄積エネルギーによって,特に *OH ラジカルが毎秒 4.9 × 10^3 分子生成すると見積もられる.これは細胞中 DNA に酸化的損傷を引き起こすのに十分な生成量であると推定される.

 これまでの被ばく線量評価は,国際放射線防護委員会 ICRPpub.119 で確立されている実効線量係数にもとづいておこなわれているが,CsMP の影響は考慮されていない.難容性の CsMP は水溶性 Cs より長い生物学的半減期を有する可能性が高いため,今後は CsMP の内部被曝に関する詳細な評価が求められる.

 我々は、最先端の科学が旧来の科学の枠組みの一端を突き崩そうとしている現場を、今まさに目撃しているのである。本来ならサイエンスライターが飛びつくべき話題である筈だ。重要なのはむしろ、本来なら飛びつくべき話題をサイエンスライターが無視するという事態に至って、それが「政治的な案件」であることに気付かされてしまうという身も蓋もない事実の方である。

 ちょっと前に放送になったNスペの「ジオ・ジャパン」を録画していたのを、やっと観ることができたので、感想を書いておきたい。

 前編は日本海が開いて大陸の一部が分離し、弧状列島が形成されるプロセスについて、後編は日本列島が隆起して山脈が形成されるプロセスについてのもの。全編を通して、日本が世界でも有数の豊かな自然に恵まれているのは、日本列島そのものが世界でも稀な成立過程を持っているからであるという、いわば科学を動員して「日本スゴイ」感を醸し出すというコンセプトに貫かれている。やれやれである。これに協力した専門家の中にも、完成後に視聴してやれやれと思った方もいたに違いない。

 日本に四季があることを誇る者がいるらしい。私の子供達がまだ小学生だった頃、「インドには季節が二つしかないんだよ。暑い季節と、とっても暑い季節だよ、シベリアにも季節が二つしかないんだよ。寒い季節と、とっても寒い季節だよ」みたいなことを言ったりしたことを思い出すが、もちろんこれはネタ的な冗談であって、それぞれの地域にもっと細やかな季節の移ろいがあることはきちんとフォローしてきたつもりだ。

 そもそも季節は4つだけではない。日本の五節句も二十四節気も中国由来だが、インド古典音楽の音階構造であるラーガは、無数とも言えるほどの「節季」によって使い分けるしきたりとなっている。中緯度にある日本は太陽の南中高度が低い時期と高い時期に分けられるが、低緯度地域では太陽が北から照らす時期と南から照らす時期に分けられ、一年を通してメリハリのある雨季と乾季がそれぞれ気温の異なる時期に複数回訪れる。極圏だと太陽が上らない時期と沈まない時期や白夜の時期があり、半月は上弦でも下弦でもなく、鉛直に立つた弦が右向きになったり左向きになったりする。つまり、季節や自然の移ろいを分ける機微が地域毎に異なっているにすぎない。

 そうしたことは義務教育の段階で教わっている筈だが、四季がある日本は素晴らしいなどといった勘違いがどうしておこるのかと言えば、このような番組を通しての洗脳が拡大再生産を繰り返してきた結果なのだろう。川端康成のノーベル文学賞受賞式での記念講演のタイトルが「美しい日本の私」であったのを思い出してしまった。

 日本は自然が豊かで素晴らしいというのも甚だしい勘違いで、むしろ、凶暴な自然に四苦八苦しながら人々がなんとか暮らしてきた地域に属する、というのが自然災害研究者の一致した見解である。北陸〜東北地方の日本海側は大勢の人が暮らす地域としては世界一の豪雪地帯で、毎年雪かきなどで死人が出る。夏の蒸し暑さも、乾燥気候の地域の暑さとは全く異なる種類の脅威で、そのせいで毎年死者が出る。豪雨や台風の襲来による被害も多い。地震や火山の噴火による被害は輪をかけてひどく、どの世紀にも自然災害によって数万〜十万人を超える規模で人が亡くなってきたのが日本である。

参考:自然災害の多い国 日本(国土技術研究センター)

 この点についての認識を正すことは、特に、高校の地学教育が壊滅してしまっている現状では悲観的にならざるを得ない。その意味で、この種の番組は貴重であるだけに残念である。

 ついでに、「日本の自然がかくも多様であるのは世界にも稀な複雑な形成史によっている」という見方についてであるが、何をもって自然が多様と認識するかという問題以前に、そもそも、インドネシアの方がはるかに複雑な形成史を持つということは知っておいて損はないだろう。

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 上図は4つくらいの論文から編集したもので、赤線はプレートの沈み込み帯、黄色はマイクロプレート境界のトランスフォーム断層、緑色は拡大軸を示す。複雑過ぎて未だに良くわかっていないことが多く、論文によってかなり異なる図になっている。もちろん、地震や津波も多いし、火山も多く、スマトラ島のトバカルデラの 74,000 年前の噴火は「ジオジャパン」で紹介された紀伊半島の 1,400 万年前のカルデラ噴火と同じくらいの規模だった。

 インドネシアは世界一複雑な成因を持つのでバリ島に世界一複雑なリズムのケチャが生まれたと言えば、笑い者になるだろう。

 他にも、ツッコミどころ満載であるが、日本列島の地史に興味を持つ人が増えることだけは歓迎したい。
 放射性セシウムに富む微粒子についての最新の研究論文(Imoto et al., 2017)を紹介したくて、前回まで2回に分けて拙い邦訳を掲載した。ここではその意味などについて、私なりに考えたことをまとめる。

 記載された高放射性 Ce 微粒子(CsMP)の最大の放射能は、長径 17.3 μm の比較的大きな粒子(OTZ3)から得られ、2011年3月12日15:36 JST に補正した値として 780 Bq(134Cs:401 Bq、137Cs:379 Bq)であった。現在値(2017年8月30日時点)は 383 Bq(134Cs:53 Bq、137Cs:330 Bq)となる。この高い Cs 放射能は、STEM による高分解能の画像解析、元素マッピング、SAED 回折X線パターンの解析などから CsMP  中に含まれる Fe ポルックス石(CsFeSi2O6・nH2O)の微細な結晶の集合体に由来することが確認されている。その化学組成は Supriment Data  の Table S1 に示されており、Cs2O を最大 30wt% 程度含んでいる。この他に、Cs2O を7〜10wt% 含むフランクリン石(ZnFe2O4)の結晶も確認されており、これらの結晶粒子は SiO2(〜80wt%)に富むガラス基質中に密に埋め込まれている。CsMP が難容性であるのは、結晶質であることに加え、ガラスによって保護されているからだと考えることができる。珪酸塩鉱物やシリカに富む珪酸塩ガラスは、たとえ微粒子であっても、人のライフサイクルくらいの時間スケールでは生体内や環境中で安定に存在可能である。

 CsMP が U を1wt% 程度含んでいることも重要である。従来 U は不揮発性と考えられていたが、酸化数が上がると 1,900 K で揮発するという。CsMP の生成プロセスについては、γ線分光と SHRIMP を用いた局所同位体分析によって、その概要が明らかにされている。U の同位体比から福一起源であることは明らかである。

 また、Ba と Cs の同位体比から、CsMP に含まれるほとんど全ての Ba は、もともと Cs として取り込まれたものが放射壊変によって Ba に変わったものであり(図1参照)、天然の Ba や炉心に蓄積されていた Ba は、初生的にほとんど含まれていなかったと結論された。このことから、Cs(沸点:944 K) は揮発しても Ba(沸点:1910 K) は揮発しないような温度条件下でのコアーコンクリート反応で形成されたと推定された。また、Ba はイオン半径の大きな二価のアルカリ土類元素で、ポルックス石にもフランクリン石にもそのような陽イオンを配位するサイトがないために CsMP に吸着され難かったと考えられた。U が揮発したのに、Sr(沸点:1655 K)やコンクリートの主成分である Ca(沸点:1757 K)があまり含まれていないのも同じ理由からだと考えられる。このことは逆に、福一から放出された Sr が易溶性のものであることを意味し、それはそれで却って危険である。

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図1.核図表  の Xe-Cs-Ba 付近を拡大した図。矢印は放射壊変を示す。

 ポイントは、この論文の要旨で「CsMP は、放出された放射性核種のうち体内に吸引摂取され得る形態のものを運搬する重要な媒体であった」と指摘されている点であり、また、イントロに書かれている「難容性の CsMP は、東京に最初に降下した Ce の主要なキャリアとして認定された」も重要である。134Cs と137Cs の放射能(Bq)の比が   1:1であるような Cs を 15wt% 含む粒子の比放射能を計算すると、9.03E+11 Bq/g となり、この時の重量濃度は 134Cs が 0.94wt%、137Cs が 14.06wt% となる。この粒子を ここ  で示した図3(比放射能ー存在度図)にプロットすると、天然環境では形成され得ない「ホットパーティクル」の典型例であることが分かる。下の図2にその改訂版を示す。

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図2.比放射能ー存在度図。縦軸はいろいろな物質中の放射性元素の重量濃度(ppm)の常用対数値であり、目盛の6(100%)が上限となる。横軸は比放射能で放射性元素を含む物質の単位質量(1g)あたりの放射能(Bq)の常用対数値となっており、右側ほど半減期が短い。

 ちなみに、最大の放射能(780 Bq)を示した粒子 OTZ3 の形状を、SEM像から、  15 μm × 10 μm × 5 μm の直方体と近似し、密度を 2.5 g/cm3 と仮定すると、その質量は 1.88E-9 g(1.88 ナノグラム)になる。したがって、OTZ3 の初生的比放射能は、780 Bq ÷ 1.88E-9 g = 4.16 E+11 Bq/g(0.416 MBq/μg)となる。
 このサイト(放射線ホライゾン) では、ホットパーティクルの危険性を訴えた別の論文で、1MBq/kg と記載すべきところを、誤って Abstract に 1MBq/μg と記載しているとして、これを良く確認しないままメデイアがセンセーショナルに伝えたことで風評被害が起きていると批判している。0.4 MBq/μg の粒子が見つかった現時点で、この評価はどうなるのだろう。ポルックス石自体の初生的比放射能は1MBq/μg を超えるのだが、実害が生じ得ると警鐘を鳴らす方向に転換するのだろうか。

 この「比放射能ー存在度図」を作成した5年前には、その内「ホットパーティクル」が見つかるだろうと考えていたが、ここまで Cs を濃縮する粒子が生成され得ること、そしてそれが、放出された放射能の主要部分を構成していたことは予想外であった。それは、広島、長崎やチェルノブイリにかかわる研究で、このような粒子について記載した論文を目にしたことがなかったからである。

 核兵器の爆発の場合は、その破壊力に比べて実際の核分裂生成物の量は原発よりはるかに少ないし、メルトダウンに引き続く、コアーコンクリート反応のような、比較的ゆっくりとした反応が進行する時間的余裕もない。実際、大気圏内核実験によるグローバルフォールアウトの人工核種をトレーサーとした海洋の三次元的海水循環の研究(例えば、Eigle et al., 2017 )を参照すると、採水測定によって得られた鉛直方向の拡散速度は、粒子として沈降した成分の存在を否定しており、大部分が海水に溶けていると模擬することでうまく説明できるという。

 チェルノブイリはどうか。これは黒鉛炉であり、メルトダウン時に還元的な雰囲気になった筈で、この点で軽水炉である福一とは反応環境が大きく異なっていたであろう。チェルノブイリ周辺でこのような放射性微粒子を探す努力がどの程度なされたか知らないが、ATOMICA に記載されているチェルノブイリで見つかった粒子  は、本来のホットパーティクルの概念とは異なる性質のものである。もしかしたら、福一から放出された放射性物質の主成分が CsMP であったことは、地球上に本格的な多細胞生物が出現したおよそ6億年前以降、生命が初めて直面する種類の脅威であるのかもしれない。

この機会に指摘しておきたいことがある。
 まず、2012 年6月14日公開の togetter 「珍説出現、「セシウムホットパーティクル説」って?」 について。発端は、林 衛 @SciCom_hayashi さんが 2012 年6月12 日の tweet で「塊を形成する放射性セシウム」に言及したことにある。福一から放出された放射性物質が塊をなしていることは早い段階から知られていた。例えば美澄博雅さんの「放射能のページ」 には「フィルムを使ったオートラジオグラフィー」による多数の画像が公開されている。その実体が難容性の「セシウムを主成分として含む微粒子」であると分かったのもかなり早い段階であった。そのことは、かつて紹介した最初の論文の投稿が 2013 年6月であったことからも分かるだろう。この間、多数の研究者が同時平行的にセシウムの「塊」の実体解明に努めてきたことも、今回紹介した論文の文献リストで分かる。

 彼らがこの研究に着手したのは、イメージングプレートによる画像を見たことがきっかけになっている。この間の放射能の問題を気に病んできた者なら誰でも一度は目にしたことがある筈だ。これを見たら、どうして塊になっているのか、また、一つの塊でどれくらいの放射能があるのか、その実体を知りたいと思うのは当然であろう。セシウムは地球表層環境中では単体(金属セシウム)として存在できないし、その塩化物は易溶性であるといった高校レベルの知識で止まっているとしたらなおさら、いつまでも塊になっていることを不思議に思う筈だ。ところが、この togetter の人達は、どうやら不思議に思うところがなかったらしい。セシウムのホットパーティクルなんてあり得ないと断じているのである。(8/30、下線部を追記した)

 彼・彼女らも、高レベル放射性廃棄物が長期にわたる安定化のためにガラス固化体として処分されようとしていることくらいは知っている筈だ。NUMO は、ガラスが環境中で長期に安定であることをアピールするために、「発掘された古代エジプト時代のガラス工芸品」の写真をパンフレットに載せている。また、塩化物だけがセシウムの化合物でないことも当然知っている筈だ。なのに、この場ではすっかり忘れているふうであるのは何故だろうか。よく分からないが、可能性として考えられるところは二つある。一つは、目的が、ただひたすら林さんを批判することにあったということ。もう一つは、不思議に思うところがないのは何故か、「セシウムホットパーティクル説」を簡単にバカにできるのは何故かを考えると、何でも分かっていると自負しているからに違いない。もしかしたら、「物理帝国主義者」の残党なのか?

 どれほど物理学や化学に精通していても、物質科学的な思考回路が遮断されていれば、天然の放射能と人工の放射能は物質科学的に違うと言っても、その意味は理解されないだろう。オートラジオグラフィーによって、現に今も、東電原発事故によって汚染された土壌の放射性物質は、その多くが塊をなしたままであることが分かっている。
 この togetter は興味深いので、どうか削除しないでほしい。

 もともと「ホットパーティクル」という概念は、かなり古くからあるが、Tamplin and Cochran(1974)が、難容性の プルトニウム 粒子の吸引による高度に局所化された内部被曝によって、従来考えられていたより10万倍以上も危険度が上昇すると指摘したことで注目された。こちらの togetter  によると、コロラドさんは「ホットパーティクル説」を完全に否定しておいでの様子であるが、私の理解では、否定されたのは 「10 万倍以上」の部分である。しかしそれが、 1,000 倍か、100 倍か、あるいは 10 倍かの危険度の上昇は十分にあり得るとの演繹的推定から、その後も多数の研究が継続して行われ、ICRP 勧告にも不十分ながら反映されてきた、というのが実情のようである。
 10 年前と少し古いが、 ”Hot particle dosimetry and radiobiology--past and present“ と題する論文 (Charles and Harrison, 2007) があり、セシウムホットパーティクルなどが、皮膚、目、外耳に付着した場合や、その摂取被曝、吸入被曝の場合それぞれについて先行研究がレビューされている。径 300μm や 3 mm といったかなり大き過ぎる粒子について検討されるなど、内容的には不十分であるが、この時点では福一が放出した CsMP はまだなかったのだから仕方ないことではある。

 放射性核種毎の内部被曝の預託実効線量換算係数は、パラメーターの一つである生物学的半減期について易溶性のものを前提とした値を採用して算出されている。難容性粒子の吸入であれば生物学的半減期が長くなると予想され、従来の換算係数は再考を迫られる。ただし、生物学的半減期の影響だけであれば、何桁もの変動は考え難い。

 一方、例えばヨウ素を濃縮する甲状腺の被曝において、甲状腺等価線量に 0.04 をかけて全身への被曝影響の尺度としての実効線量へ換算するということが行われる。これは、ある一定量の放射性ヨウ素による内部被曝においては、甲状腺に濃縮しようが体全体に均等に分布しようが、個体全体の吸収線量は同じなので、結果的に確率的影響は組織荷重係数に関わるところ以外は何も変わらない、との判断に基づいているだろう。問題は、高度に局所化された被曝においてもこの仮定を適用して良いかどうかにある。その点はまだ十分には解明されていないが、先のレビュー論文を読むと、少なくとも目の角膜や水晶体に及ぼす深刻な影響は十分に考慮されるべきであることが分かる。「鼻血」をバカにするのも、既に2007年の時点においてさえ、科学的な態度から逸脱していると言える。

(以下、8/30 追記)
 この問題にかかわっては次の二つの論考が大変参考になるのでお読みいただきたい。



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