さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

科学と認識

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「科学信仰」について

はじめに
 「信仰」と対極にあるのが科学の営みであるという一般の了解があり、これに対するアンチテーゼとして「科学への信仰」の存在を指摘する議論がある。例えば科学の重要性を力説する言説を評して、それは「科学への信仰告白」であると主張する。

 私は、それは「信仰」ではなく「信頼」であると応える。「信頼」と「信仰」とは、本質的に異なる心の動きを表現する言葉である。例えば自然科学の研究者である私の知人や恩師にも熱心なクリスチャンがいるが、彼女・彼らが科学へ向ける「篤い信頼」と、帰依している宗教へ向ける「信仰」とが、全く異なる<相>に属していることは、その信仰告白を具体的に聴けば明らかである。両者は異なる言葉を用いて表現されるべきものであり、そのこと自体は何も難しい議論ではない。

 「信頼度」は定義できるが、「信仰」はそうではないだろう。また、「信頼度100%」イコール「信仰」ということでもない。心の動きとして、典型的な「信頼」と典型的な「信仰」という二つの端成分があるとき、その両者に共通する領域を表現しようとするなら、別の言葉を用いるべきなのだ。

 この点では、科学の作法やその生態をかならずしも理解している訳ではない者が科学への「篤い信頼」を口にすることがあるとして、それは「信仰」と何が違うのかといった議論は意味があるかもしれない。つまり、「篤い信頼」の理由を問いただして、特定の宗教への信仰告白と同じ言葉を用いて返された時に、それは「信仰」であると言えるだろう。そうでない限り、むやみに「信仰」という言葉を用いるべきではない。

 ところで、上記のような、「信仰」と「信頼」は<主体>と<対象>の観察を通した実体論的な整理によって識別できるとする立場に対して、それこそが科学の方法に依っているのであり、科学への信仰に根ざしているとする指摘がなされうる。この問題の本質はここにある。
まず、科学と信仰のそれぞれについて整理してみよう。

科学の定義と立場
 「科学」とは、外的世界についての認識を深めようとしてなされる<文化的営み>であり、その手段として、外的世界に生起する<事実>を基礎に取り組もうとする<態度>のことである。

 求められる認識の内容としては、外的世界の要素、その要素が造る構造、その構造を造ったり変化をもたらしたりするプロセス、および、そこに潜む法則などがあるだろう。これまで、「人々に共通する問題の解決を目指してなされる」と書いたこともあるが、このことは、科学の発祥に遡っての言及であり、定義上はかならずしも本質的なことではない。

 ここで、「外的世界」を「客観的世界」と言い替えても良い。すなわち、「事実」とは「客観的事実」のことである。当然そこには、人類史的な哲学的課題であり続けた主観と客観の相互浸透という問題がつきまとう。科学および哲学にまつわるあらゆる問題はそのことに集約されると言っても過言ではない。
この点では、「客観的世界」が実在するという信念が正しいか否かにかかわらず、人々が独立に共通の事実認識を得る純粋意識の作用を明らかにしたフッサール現象学の立場が科学の拠り所を支えている。

 この時、共通の事実認識が得られているというその認識そのものが主観にすぎないのではないかといったクレームもまたおこりうる。この主観と客観の相互浸透という問題は、本質的には科学の守備範囲外ではあるが、このことに無謀とも言える挑戦を続けることによって近代科学が成立したこともまた事実である。

 すなわち近代科学は、基本的に「個人の(事実)認識」を信用しないという徹底した懐疑主義の立場に立つ。そのため、科学の学説は、証拠として採用される<事実>が任意の第三者に確認可能であることを保証しようとする体裁を整えた上で発表され(再現可能性)、しばしばその「保証書」にも疑いの眼差しが向けられる。
このような作法が哲学的に正当な解であるかどうかは、ここでの議論とは関係がないが、こうした科学の<生態>は、件の議論に少しだけ関係している。

信仰について
 信仰ということで思い出されるのは、「比較音楽学」を確立して世界的な名声を得た小泉文夫(1927-1983)のことである。小泉は、もともと敬虔なクリスチャンであって、教会活動の中で加古三枝子氏と知り合い、結婚する。その後二十代後半より、世界各地の「未開の地」への命がけの音源採集の旅に出る。そのフィールドワークの途上で、世界の隅々に存在している多様な宗教に接し、そのことを契機として自らの信仰そのものを捨ててしまうことになる。多様な価値観と深い接触をくり返すことで、唯一絶対的・超越的な存在への帰依から脱して価値相対主義へと向かったのであろう。

 小泉文夫のその後の活動を振り返れば、特定の宗教への信仰心を捨てるということと、宗教という存在そのものを人類に無用のものとして軽視したり排斥したりする発想とは別物であることに気づく。小泉は後者の態度をとることはなかった。逆に、宗教と音楽との結びつきが人類の文化を深く豊かなものにしているという確信から、世界の民族音楽の普及に命を削って尽くしたのである。両者の違いは、「信仰」という言葉の語法上の範囲にかかわって重要と思われる。「信仰」という言葉を用いるべき守備範囲とはどのようなものだろうか。

 例えば、岩波の「広辞苑」(第二版補訂版)には次のように記されている。

信仰:信じたっとぶこと。宗教活動の意識的側面。神聖なもの(絶対者・神をも含む)に対する畏怖からよりは、親和の情から生ずると考えられ、儀礼と相俟って宗教の体系を構成し、集団性および共通性を有する。
宗教:神または何らかの超越的絶対者、或いは卑俗的なものから分離され、禁忌された神聖なものに関する信仰・行事またはそれらの連鎖的体系。(以下省略)
信ず:(1)まことと思う。正しいとして疑わない。(2)信仰する。帰依(きえ)する。
帰依:神・仏などすぐれた者に服従し、すがること。帰投し依伏すること。

 上記の記述が循環論法に陥っているのは、その世界が閉じていることの証でもある。すなわち、「信仰」とは、ある種の<超越的な存在>を、論理的な理由なしにまるごと信じて<疑わない>心の動きということであろう。このことは、先に整理したように、科学が基本的に懐疑主義の立場に立つことと対立する。そのため、冒頭で述べたように「信仰」を「科学」と疎遠なものと考える伝統的な理解が成立したのだと思う。

信仰の対象と主体
 この問題では、科学者個人、科学者集団、特定の科学理論(学説)などを対象として「信仰」かどうかが議論になることもあるのかもしれないが、あまり本質的なこととは思われない。科学が基本的に、懐疑主義の立場にあることを理解する者であるなら、「信頼」という言葉で十分である。主要な問題は、科学という方法そのものへの信頼もしくは信仰である。

 一般に、科学という方法、あるいは科学の定義そのものの認識が人によって異なっている。すなわち、自らがその時点で正しいと考えて採用している「定義」への態度という議論になる。この場合、自らの着想の正しさについての信念や確信を「信仰」と呼ぶべきでないことは、先に整理した「信仰」の定義上明らかである。この点では「信頼」との表現もなじまないと言われれば、その通りである。

 一方で、科学の定義など考えたこともない者が、特定の科学者や、特定の学説、科学の営みや方法そのものを信頼するということがあるとして、この「信頼」は、「信仰」とどう違うのか。おそらく、そうした「信頼」は、経験的に獲得されたもので、場合によっては、簡単に突き崩すことさえできるものかもしれない。

 冒頭で述べたことをくり返すと、「篤い信頼」の理由を問いただして、特定の宗教への信仰告白と同じ言葉を用いて返された時に、それを「信仰」と呼んでも良いだろう。「信頼」と「信仰」を識別するには、主体と対象の関係についての実体論的な観察を要するということであり、第三者だけでいくら議論してもわからないことが多い。

 このように書くと、そうした発想こそが科学の方法に依拠しようとしているのであり、科学への信仰に根ざしたものだとの指摘がなされることがある。このような切り口の議論は、共通の言葉が適用可能な一つの土俵を超えるので、別の新しい言葉を用いてなされるべきである。それを敢えてしないのは、神の視点から問題を論じようとする態度に他ならい。宇宙論における「人間原理」も同じ問題をかかえている。

 こうした発想が、論理的な議論を不能にすることは、ゲーデルの「不完全性定理」によって論証され、同じことを指してウィトゲンシュタインは、「語り得ぬものには口をつぐむべきである」と述べた。論理的には語り得ぬ議論にも多弁であって良いが、実りはない。

おわりに
 こうした議論は、おそらく、現代科学が巨大化・細分化・高度化され、理解不能なものになっているという漠然とした不安が土壌としてあり、科学はしばしば出しゃばりすぎるとの反発心が契機となって湧き出てくるのだろう。「反科学主義」の台頭、スピリチュアルブームなども同根なのではないだろうか。

 私は、科学に対するそうした誤解を解きたいと思う。そのことは、実は、全ての人々が、自ら科学の方法を用いて日々を暮らしているのであるとの自覚を広めることで成し遂げられると考えている。逆説的だが、科学の方法は、たとえ洗練されてはいなくとも、却って自覚を困難にするほど私たちの日々の暮らしの中に空気のように染み渡っているのである。

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5)認識相対主義の矛盾と害悪
 以上みてきたことから気づくことは、反科学主義の立場に立つ無制限な認識相対主義の珍妙な論理矛盾である。すなわち、「客観的事実」や、大多数の人々が共有可能な「真理」の存在を否定する、その論拠として、特定の科学理論や数学の定理を絶対的な真理として持ち出す。「科学理論と言えども、たびたび否定され、新しい理論に取って替わられてきた歴史が事実としてあるのだから、それを絶対視してはいけない」と切り出して、「だから科学などアテにならない」と結論するのに、その根拠として特定の科学理論を用いる論法は、何と形容したら良いだろう。ソーカルは、彼等が科学理論を持ち出すのは、単なる権威付けにすぎず、かの学界ではそうしたことが実に功を奏するものであることを暴いてみせた。

 価値相対主義は、本来、価値についての<相対的な優劣>の比較を否定するものではない。例えば、AとBの異なる政治体制について、Aの方が優れていると判断するとして、その根拠を問うなら、必ず何らかの<事実認識>に基づく比較が持ち出される。そこで<事実>とされたものが、本当に大多数の人々にとっての「客観的存在」として受け入れ可能なものであるかどうかは、科学の手続きによって仲裁されうる。ところが、「AとBに優劣はつけられない」と強調する歪められた価値相対主義が、「科学」の価値を相対的におとしめる意図を持った文脈の中で語られる時、無制限な認識相対主義が持ち出され、「客観的事実」の重要性が全否定されるのである。

 それが自身の信じる「主義」であり「哲学」であると主張するのは勝手である。ただし、その「主義」を全ての局面において適用してみるなら、結果、「全てのものに優劣はつけられない」という「価値否定主義」へと行き着くだろう。ところが人は生きている以上、何らかの選択を強いられる局面に頻繁に直面せざるを得ない。人生は、絶えまない選択の連続でさへある。そしてその選択の中には、社会性を帯びて、多数の人々を巻き込む選択もある。ことに、政治批判や社会改革の議論の中でなされる選択は、多数の人々の生活に影響を与えるものであるから、そのことに関係する人々の間での議論を通して築き上げるべきものであろう。そこには、議論に参加する人々にとっての何らかの共通の土俵がなければならない。

 科学は、その共通の土俵を「客観的事実」に求める。ここで言う「客観的事実」なるものは絶対的な存在である必要など全くなく、大多数の人々が共通に認識できるものという程の意味で十分なのである。科学はまさに、人々が、そうした意味での共通認識を獲得することを促すような手続き上の工夫をこらして、今日まで発展してきた。

 これとは逆に、<世界>についての全ての事実認識は各々にとってのみ<真実>であるとする無制限な認識相対主義の立場は、そうした共通の土俵の構築のための努力をほぼ完全に放棄するし、そもそも、この社会なり現実なりを分析的に捉える方法論を、原理的に持ち得ない。つまり、こうした無制限な認識相対主義者の発する意見というものは、その当人の信仰告白となんら変わるところのないものである。まともな議論など成立しないのも当然の帰結と言えよう。こうした言説が論壇の中で幅を利かせるのを野放しにしておくなら、我々の社会は取り返しのつかない暗黒の時代を迎えることになるだろう。

 ではなぜ、このような、科学理論を権威付けに用いて恥じない、矛盾だらけで粗野な「思想」が生まれたのだろうか? それは、近代以降の競争原理に曝され、たえず「商品」を生産しつづけることを急かされる職業哲学者の名声欲に求めることができるかもしれない。マルクスの言う「疎外」が、かの世界に顕われたものか。その点では、職業科学者によって営まれている現代科学もまた例外ではあり得ない。しかし、科学は、それが科学であることを担保するための自己規制を、それ自身の手続きとして整備して来た。しばしば、いろいろな捏造問題などが発覚するのは、その自己規制の機能がまがりなりにも作動していることを示しているだろう。哲学の世界では、ソーカルが身を呈して告発しなければ、多くの者はそうした問題について知る事さへできなかったのである。そうであるなら我々は、「思想」や「哲学」についての自身の感受性を磨く以外にはないのかもしれない。

6)哲学上の問題
 こうしてみると、反科学の立場に立つ矛盾だらけの認識相対主義は、結局のところ、何らの「主義」でも「哲学」でもなく、ただ科学に反発したい感情だけに突き動かされてダダをこねているだけだということに気づく。したがって、そうした言説への批判を相対主義批判の文脈で一般化するのは、哲学上の議論としては慎重さを要する。

 例えば、相対主義との親和性を示す社会構築主義は、その系譜を辿れば、少なくとも、ヘーゲルまでは行き着くだろうし、マルクスの理論も同じ線上にある。また、グラムシの「ヘゲモニー論」を直系とする見解もある。いずれの哲学も、人生を賭し苦しみ抜いて綿密に構築されたものであり、安易な反科学論とは縁もゆかりもないものである。「脱構築」を唱えたデリダは、ヨーロッパの伝統に根ざす形而上学的な様々な前提に疑いの目を向け、それらが、必ずしも普遍的な真理とは言えないことを暴き、これらを打破しようと呼びかけた。アルジェリア出身の彼にとっては、哲学的な苦悩の末にたどり着いた必然であったろうし、大きな影響力を及ぼしたが、見方によっては、彼もまた社会構築主義の枠組の中にあると言えるだろう。ただし、彼もまた分析的な方法論の欠如という弱点を持っていて、そのため、ヨーロッパの理性中心主義を批判する以上のことをなし得なかったのではないかとは思う。

 ところで、デリダは、フッサールの現象学から出発して彼の哲学を築き上げたのであるが、認識相対主義への哲学的に最も有意義な批判は、フッサール現象学の立場からなしうるかもしれない。すなわち、外的(客観)世界が実在するという信念が正しいかどうかについての判断を保留したとしても、人々の世界認識のメカニズムそのものは同じなのだから、世界についての人々の認識を一致させることは可能なのである。我々は、その共通認識をもとに社会的な問題に立ち向かうことができる。このことは、私の5月16日の次の論考においても触れておいた。
http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/20696643.html

 ウィトゲンシュタインが述べたように、語り得ぬものには、我々は口をつぐむべきである。「客観的世界」の実在についてもしかり。ただ我々は、大多数の人々が共通に認識したものを土台としてこの世界について語ることはできる。その事を前提とし、分析的な方法論を確立した上で事にあたらねば、我々に共通する問題は本質的に解決しないことだけは確かなのである。科学はまさに、そのように指向し、そのための方法論を磨きあげて来た。

 こうした科学の発想法は、ヨーロッパの「理性中心主義」に根ざした文化の中で生まれたものであり、欧米の経済的優位性が確立された近代以降において、世界が止むなく受け入れざるを得なくなったものという意見がある。この考えは、端的に言って間違っている。これまでにもくり返し述べて来たことであるが、科学とは、この世界について人々の意識の中で共通認識として芽生えた「客観的な事実」を基礎に、物事の真実に接近し、人々に共通する問題の解決に当たろうとする態度のことである。こうした発想は、石器時代の太古より、世界の隅々の人類の文化史の中に発見することができる。すなわち、科学は、人類という種に普遍的な指向性故に、無意識の上に築かれたものである。おそらく、我々の脳の構造自体が、そのようにできているのであろう。

 したがって、我々は、無意識の内に科学の方法を活用しながら日々を暮らしているのである。それはいわば、ごく<自然な>常識的なふるまいとしてなされている。そうでなければ、対人関係さへ危ういものとなるだろう。武谷三男氏は、自身の信じる認識論があるなら、それを、全ての局面においてバカ正直に適用してみることで、それが正しいものかどうかが実践の内に暴かれると述べた。やがて裁判員制度がはじまる。事実を証拠とする科学の方法によって人を裁くことが、ごく自然に納得されている現場で、もし認識相対主義を持ち出したらどうなるだろう。
おわり

4)科学理論の誤った解釈・適用
 前稿で述べたように、認識相対主義の反科学的な主張は、構造主義の後のいわゆるポスト・モダンの思想家達によって広められた。その根拠としてしばしば持ち出されるのが、ハイゼンベルクの「不確定性原理」、アインシュタインの「相対性理論」、ゲーデルの「不完全性定理」などである。言うまでもなく、これらの原理・理論・定理は、認識相対主義者が言うような万人にとっての「客観的実在」を否定するものでは、決してない。

 例えば、物理学の理論としての「不確定性原理」は、素粒子の位置と運動量を同時に決定することはできないというものであり、素粒子のような極微の世界でのみ実質的な意味をもってくる原理である。この原理によって、原子核の周りを回っている電子の軌道についての電子雲という概念が生まれ、素粒子というものの<真実>に一歩接近したのである。事実、この原理から派生した理論を応用した走査トンネル顕微鏡が開発・実用化され、それまでの電子顕微鏡よりももっと微細なレベルで物質表面の観察が可能になった。すなわち、認識相対主義者が引用する意味とは逆に、「不確定性原理」によって、もっと精確な物質の観察が可能になり、そこから新たな事実が次々と明らかにされ、極微の世界の「客観的事実」の中に潜む<真実>に接近することになったのである。同様の観点からの批判は、次のサイトで読むことができる。
「俳句という妄想」
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Christie/6403/ronkou2.htm

 「相対性理論」についても同様である。アインシュタインは、離れた場所での同時性の問題を解こうとして、時間と空間との関係を結ぶ理論として「相対性理論」を完成させた。その中で例えば、物質の質量やサイズは、観測者との相対運動によって異なって観測されることが明らかにされた。認識相対主義者は、絶対的な質量や大きさなど存在しないのだから、「客観的事実」もまた相対的なものだと主張する。こうした主張は、「相対性理論」を誤って解釈し、哲学的な意味へと越境させた典型であろう。慣性系での「特殊相対性理論」は、速度 v で運動している質量 m の物体は、光速度を c としたとき、m/√(1-v^2/c^2) と観測されることを示している。この時、絶対的な質量 m は、相対速度 v を決めることで、ローレンツ変換によって一義的に求めることができるのであり、絶対的な質量の存在を否定するものでは決してない。また、「相対性理論」によって、ニュートン力学では説明が困難であった惑星の公転軌道面の回転という現象が理解され、惑星の運行についてのより精確な予測が可能になり、これらのことによって科学は、広大な宇宙の「客観的事実」の中に潜む<真実>に接近したのである。

 これに対して、数学基礎論の中で生まれたゲーデルの「不完全性定理」は、やや様相を異にする。それは、「論理的に完全に組み立てられた体系は、それ自身が無矛盾であることを、それ自身の論理では証明できない」というものであり、1931年に発表された。このことは、10年遡る1921年に、ウィトゲンシュタインによってまとめられた『論理哲学論考』の中で、数学的な証拠や論理的推論は単なる同語反復(同義反復)にすぎず、何ら新しい発見をもたらすことがないと指摘されたことと関係しているだろう。誤解を恐れずに言うなら、ゲーデルは、ウィトゲンシュタインの指摘を数学的に厳密に証明してみせたのである。数学は<事実>に依拠する学問ではないという意味で、それ自身、科学ではなく、科学をなすツールとして発展してきた。ゲーデルの理論を哲学的に拡大解釈するなら、むしろ<事実>に依拠することにこそ意味があり、科学はそこに価値がある、ということになるだろう。このことは、私の本年5月15日の次のエントリーでも述べたことである。
http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/20653105.html

 このように、ポスト・モンダンの、特に科学社会学の思想家達は、科学や数学の理論・定理を誤って解釈し、哲学的な意味へと越境し、彼等の主張の根拠として用いてきた。その事を痛烈に批判しておこされたのが「ソーカル事件」である。その概要については、堀 茂樹さんによる解説を次のサイトで読むことができる。
「きみはソーカル事件を知っているか?」
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fn/Hori.html

 また、事後にソーカル自身によって書かれた、 ”What the Social Text Affair Does and Does Not Prove”は、田崎 晴明さんによる邦訳(ソーシャル・テクスト事件からわかること、わからないこと )を次のサイトで読むことができる。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fn/norettaJ.html

以下追記(2008年10月6日)

 以上のことは、まがりなりにも哲学や社会学の専門家達が行った過ちについての指摘である。専門家達というのは、自説の真贋について誰よりも良く自覚している訳で、ある意味確信犯である。では、彼等の思想を真に受け、その影響下におかれた一般市民はどうだろう。次回は、認識相対主義を標榜する者は、専門家だろうと、素人だろうと、正常な社会生活を営む上ではダブルスタンダードにならざるを得ず、実は、その説さへ心底信じている訳ではないことを示そう。
(つづく)

はじめに
 世の中の議論でしばしば、「科学理論と言えども、たびたび否定され、新しい理論に取って替わられてきた歴史が事実としてあるのだから、それを絶対視してはいけない」という言説に出会ったりする。文面通り受け取れば、当然のことを言っているだけであり、特に問題視するほどのことはない。ところがこうした主張は、「科学と言えども絶対ではないのだからアテにしてはいけない」とか、「科学は絶対的真理に到達している訳ではないのだから、エラそうなことを言う資格はない。むしろ宗教の方がマシなのだ」とか、「科学的に事実とされているものも疑ってみる必要があるのだから、事実がどうこうと言っても大した意味はない」などと結論したいがために持ち出されることが多い。

 こうした言説は、前回のエントリーで述べた、異なる考えの者どうしが「客観的事実」という共通の土俵に立って問題解決の道を探ろうとする科学の立場そのものを否定しようとしており、そうした主張が次第に幅を効かせてきている昨今、そのことで社会にいろいろな害悪を及ぼすようになってきた。端的にはスピリチュアルブームとして現れ、オウム事件を始めとした怪し気な宗教絡みの問題もそうした情況下で生じたのである。陰謀論の極端な肥大化もこれと無縁ではないだろう。また、政治批判の言論の中にさへそうした発想法が忍び込んでいて、社会改革の運動の将来を考えると、大変危険な状況にさしかかっているというのが、私の基本認識としてある。

 こうした言説は、いわゆる「相対主義」に根ざしていると考えられる。しかしながら、昨今の、反科学主義的な性格を強めつつあるこの種の「相対主義」は、哲学的な苦悩の中から生み出された本来の「相対主義」とは異なって、その中身は実に浅薄なものなのである。そこになんらの真実味はなく、だからこそ社会に害悪となって現われてくる。その中身を詳細に検討すると、こうした言説が、はたして○○主義と言えるような、なんらかのまとまった論理がそこにあるのかということさえ疑わしくなる。したがって、「相対主義批判」という文脈でこうした言説を語るのは、若干注意を要する問題がある。ここでは、そうした諸々の事を記しておきたい。

 一般に「相対主義」と呼ばれているものは、価値相対主義と認識相対主義と呼ばれる本質的に異なる二つの言説を含む。両者は、社会構築主義(社会構成主義)を媒介として、ある関係を結んでいる。

1)価値相対主義:
 社会制度、宗教、思想といった社会的存在としてのあるカテゴリーに属する個々の要素(西洋文化、東洋文化、エスニック文化など)の価値評価についての<相互依存性>を主張する言説。個々のカテゴリーによって、文化相対主義、道徳相対主義、審美相対主義などと呼ばれたりする。

 本来「AとBに優劣は付けられない」および、「AよりBは<相対的に>優れている」の、両方の主張を包む言説である。すなわち、Aの価値を評価するのにBやそれ以外の存在を必要とし(相互依存)、AやBの価値を絶対化しないことにその本質があるが、一般には「AとBに優劣は付けられない」という意味が強調され、あるいは、この意味に限定するような誤解がある。

 価値評価が多分に社会的なものである以上、「価値絶対主義」と呼べるような主張は、少なくとも近代以降は受け入れられなくなっているという現実があり、価値相対主義をことさら強調する意味は、本来はなくなっている筈である。ところが、上に述べたような、「AとBに優劣は付けられない」という主張への批判に対して、「それは価値絶対主義である」と反論するような風潮があり、用語上の混乱を招いている。本来、AとBの<相対的な優劣>を論じる事は、価値相対主義となんら矛盾することではない。

 これに対して、「AとBに優劣は付けられない」と頑迷に主張する態度は何と呼べばいいだろうか。この主張をあらゆる局面で厳密に適用すると、「全てのものに優劣はつけられない」ということになる。これは「価値」という概念の存在そのものを否定している訳であるから、「価値否定主義」とでも呼んでおこう。ところが、後で述べるように、この「価値否定主義」者は、自らの主張やその根拠には絶対的に価値があると信じて疑わないのである。

2)社会構築(構成)主義
 フランスのデュルケームを祖とし、「この世界に現れている全ての<社会現象>は人々の意識の中で造り上げられたもの」という観念を基礎とする。アメリカの社会学者バーガーとルックマンによりポスト・構造主義の文脈で定式化され、あらゆる<社会現象>は、特定の社会(時間、空間的に限られた存在としての社会)の中で暮らす人々の意識の相互作用によって構築されたものであり、それを離れては存在しえないと主張する。あらゆる<社会現象>は特定の社会でのみその意味や価値を評価することができると考える点で、社会相対主義との親和性を示す。

 この主張は、社会的に現れる諸現象(政治や経済の制度、人々に支配的な思想や習慣など)を地域性や歴史性の中で相対化し、そうした現象がなぜその社会に現れたのかを分析的に考察しようとする時に、社会学上積極的な貢献をなしうるかもしれない。時代とともに、地域毎に異なる展開を見せる多様な社会というものを俯瞰する視座を確保する思想であると評価する意見などは、そうした発想に基づいている。しかし、そもそも多様な社会を俯瞰して有意義な分析をなしうるためには、観察者が、実は特定の<社会>の視点からしかアプローチできていないのではないかという原理的な疑い(観測者問題)を払拭できる戦略上の基礎がなければならない。社会構築主義は、そもそもの主張の根幹からしてこの点での弱点を備えており、やがて、様々に変質していく運命にあった。

 特に、ポスト・構造主義のリオタールの系譜にあるポスト・モダンの思想家達の中で、ラトゥールを初めとした科学社会学者の中には、<社会現象>を<あらゆる現実>という括りへと拡張し、科学による<自然的認識>さへも社会的に構築された観念であると主張する者が現われた。<自然的存在>の中に人知を越えた存在があることを認めず、認識できうるものが世界の全てであるというアイデアへ越境した時、自然は<人的自然>という観念へと還元され、未知の問題の解明へ向けての分析的な方法論の構築を放棄する。その意味で、この発想は科学の立場と衝突する。本来の社会構築主義は、「意識の上に現れるものが世界の全て」などと主張したりしないのであるが、こうしたアイデアが生まれる素地は備えていたらしく、ポスト・モダンのエピゴーネン(追随者)達によって盛んに喧伝されることとなった。こうした立場は、次の認識相対主義との親和性を示す。

3)認識相対主義(認識論的相対主義)
 外的世界についての認識は、客体と主体の<相互依存>の関係において生まれると主張する立場。この言説もまた様々な相において語られている。穏健な文脈として読めば、人というものは社会的な影響を受けるものであるし、その中で得られた知識や理論というものが観察という行為に影響をおよぼす(観察の知識負荷性)とすれば、事実の認識にはよほど注意してかからねばならないという、教訓めいていて、実は当たり前の話の一つとして受け止めることもできる。

 ところが認識相対主義を声高に主張する面々は、そうではない。各人の事実認識は、各々にとってのみ事実であり、万人にとっての事実など存在しないと主張する。ここでは、あくまで<事実認識>が問題となっていることに注意すべきである。すなわち、基本的には、<真理>、あるいは<真実>なる価値判断を伴う概念とは切り離して考察すべきことがらである。このような、無制限な認識相対主義は、「客観的事実」の重要性を否定し、事実と作り話に明確な差異はないと主張する。今日、「科学主義」の立場から批判の対象となっているのが認識相対主義のこのような主張である。無制限な認識相対主義は、科学は絶対ではないからアテにならないという理屈で、科学そのものをまるごと否定する文脈で語られることが多いからだ。既に触れたように、このような主張は、ポスト・モダンの科学社会学者によって広められた。本稿の目的は、こうした主張の矛盾と弊害についてまとめることにあるので、次回にもう少し立ち入って検討したい。
(つづく)

1)はじめに
 科学それ自体は良きものでも悪しきものでもない。場合によっては強大な力を発揮して人類滅亡を招くかもしれないし、逆に世界を危機から救うこともありえる。中には、原爆や公害を引き合いに出して科学そのものを絶対悪と決めつける主張もあるが、おおかたのコンセンサスは、使い方次第で良きものにも悪しきものにもなるという立場であろう。

 科学の恩恵や弊害は、多くの場合、科学を積極的に利用しようとすることから生じる。では、科学を無視したらどうなるだろう。そこで、この社会に科学を無視する風潮が蔓延し、そうした風潮に後押しされて、為政者が実際に科学を無視するようになったらどういう社会になるかということを考えてみよう。実際に、「科学は絶対的真理に到達していない」ことを理由に、科学はアテにならないと主張したり、不可知論を振りかざして科学そのものの価値までをも全否定しようとする論調があり、ありえないことではないと考える。

 こうした議論には、科学という文化的営為と「技術」を含めたその成果との混同という問題がつきまとう。また、相対主義や社会構成主義をどう評価するかという論点など、哲学的な課題も潜んでいて、一筋縄ではいかないのであるが、ここでは何もこ難しいことを言いたいのではない。そもそも、「絶対的真理にたどり着けるか」という命題それ自体、我々が日々の暮らしを営む上ではたいして重要なことではない。多くの科学者もまた「絶対的真理」のことなど日々念頭に置いて仕事をしているのでもない。

2)科学の役割
 科学が実社会にコミットする場面では、以下のような議論がなされるであろう。
*この問題への解答には、これこれのデータが不可欠である(判断基準の提示)
*これこれの現象が観測された(「客観的事実」の提示)
*この線までは確かであるがその先は未知数である(しきい値の設定、または部分肯定)
*AやBの真偽については不明であるが、すくなくともCとDはあり得ない(部分否定)
*ある事象の起こる確率はこの条件のもとではこれくらいである(確率評価)

 実際、以上のようなことは、これまでも犯罪捜査や刑事裁判や、公害や薬害や歴史認識を巡る闘いの場で常に議論の焦点となってきたことがらである。一方、科学的な検証の場で絶対的真理云々といったことが表舞台に持ち出されて議論されたことなどない。そうした議論が無意味であることは、ごく常識的なことである。

 科学は、事実についての学問である。「客観的な事実」を基礎に、物事の真実に接近しようとする態度を科学という。別の言い方をするなら、科学とは、異なる考えの者どうしが「客観的事実」という共通の土俵に立って問題解決の道を探ろうとする立場である。「客観的事実」とは、ここでは、大多数の者が事実と認めることのできる事象のことというほどの意味にすぎない。そして、科学の第一の役割は、「客観的事実」それ自体を提示することにある。科学も間違いを犯すことはあるが、多くの場合、新たな事実の発掘によって結論がより精緻なものに修正されるということなのであり、そうして、科学は、真実に少しずつ接近するのである。

3)権力が科学を無視したら
 ところが、権力の犯罪にかかわっては、当の権力者が事実を隠ぺいするということも実際に行われてきた。そこで、権力と対峙する場面では二つの立場があり得る。一つは、あくまで事実を暴くことに力を注ぎ、そのことで権力を追い詰めるという科学の立場であり、今一つは、事実などどうでも良くて、憶測でもいいからとひたすら権力を非難し、評判を貶めて大衆を動員しようとする政治力学の立場である。「9.11自作自演説」を唱える中心的なグループは、いまだに捏造ビデオを売り捌いているところをみると、後者の戦略を採っているのであろう。

 しかし、歴史上のそうした闘いの場面では、常に、「客観的事実」にたどり着いた者のみが勝利をおさめてきた。事実を軽視した闘いが勝利をおさめた例など一つもない。そもそも権力は、事実の重みを理解しているからこそ、都合の悪いときにそれを隠ぺいしようとするのである。公害や薬害追求の歴史を振り返れば容易に納得できることであろう。幸いな事に、少なくとも現在の日本の社会では、国の施策決定や、犯罪捜査や刑事裁判などに際して科学的な吟味・検証の重要性が理解されており、意見の違いが表面化した時に科学の手続きに従って解決しようとの立場が貫かれている。だからこそ「客観的事実」にたどり着いた者が勝利し得たのである。

 そうした場面で権力の側が、「客観的事実」などどうでも良いと開き直ったらどうなるだろう。その上、確たる証拠もなしに憶測でもって誰かを犯罪者扱いしたらどうなるだろう。ナチスの時代の再来である。自ら事実を軽視するような立場に身をおいていては、そこを批判する基軸が失われる。自ら捏造を弄しておいて、今さら「客観的事実」云々などと言っても説得力はない。結果的に、政治的に強い立場の者が勝利するだけの社会に堕し、権力を追い詰めることは不可能になる。

4)施策決定における科学の重要性
 選挙を通じて議会で相対多数を獲得した勢力が政権を運営するという仕組みの日本では、国民の科学リテラシーもまた政権運営に反映されるだろう。もし、国民の中で科学を軽視するような論調が優勢となり、結果、科学を軽視する勢力が議会で多数派を占め、彼等の政権運営によってそうした施策ばかりが実行されるようになったら、この社会はどうなるだろう。

 歴史認識をめぐる運動では、事実などどうでも良いと開き直られて、ひたすら目の前の「国益論」だけが主張され、数々の戦後補償を求める運動はつぶされてゆくだろう。

 薬事法は、医薬品や医療機器の副作用に対する警戒から、その認可の条件として科学的な厳しい試験・調査を課しているが、規制緩和の名のもとに、民間療法や代替医療の安易な導入が進行し、新たな薬害が頻発するであろう。科学的な論証でもって薬害を告発しようとする運動も力を持ち得なくなるであろう。同じように、公害を告発する運動で事実をつきつけても、科学は間違いを犯すこともあるという論法で不可知論がふりかざされ、門前払いとなるかもしれない。

 地震・火山噴火予知や、気象予測の高度化といった自然災害軽減へ直接結びつような施策には、基礎的な科学研究は必要不可欠であるが、そうした分野は軽視されるだろう。地球環境の将来予測といった分野では、いろいろな異論があることを理由に、長期的なヴィジョンに立った準備が放棄されるかもしれない。科学者の海外流出も加速され、様々な分野での国際競争力も削がれて行くだろう。

 科学教育が軽視され、占いや迷信が幅をきかせる世の中となり、ニセ科学に基づく悪徳商法がますます横行し、100年のスパンで社会に大きな歪みをもたらすだろう。今、この時点でも「水伝」なるものがもてはやされ、悪徳商法が下支えされているのである。経済運営でも、客観的データの軽視から恣意的な解釈ばかりが先行して、経済崩壊を招くだろう。空恐ろしいことである。

5)政治批判の節度
 「9.11陰謀論」批判にかかわって、私がしばしば『悪魔の飽食』事件を持ち出すのは森村誠一氏を非難するためではない。この事件では、関東軍731部隊の戦争犯罪を告発する書籍『悪魔の飽食』の一部の写真に誤用が指摘された。そして、歴史認識を巡る闘いの相手陣営からは「捏造本」であるとの激烈な非難が沸き起こった。その時、著者森村氏はどう対処したであろうか。

 森村氏としては、731部隊の犯罪を初めて世に知らしめたという意味で、この本の「本質的な価値」そのものを貶めるものでは決してないと、世に向かって弁明する道もあったかもしれない。しかし森村氏にとっての「本質的な価値」は、別のところにあった。彼は、不注意からであれ、不実を混入したことについての自らの誤りを認め・反省し、記者会見まで開いて謝罪し、出版された書籍を全て回収するという行為に出た。

 そうすることで彼は、歴史認識をただす運動を必死に守ろうとしたのでもある。そうしなければ、歴史修正主義者と同じ思念に堕し、他の全ての歴史認識をただす運動を道連れに足下から掬われて、運動全体が瓦解することを理解していたからだ。私の若い頃におこったこの事件を、今でも忘れることができない。

 科学の立場に背くような、事実を軽視する論調は、ことに政治批判の文脈で語られるとき、実質的に反動的な役割を担うものであって、いくら批判しても批判し過ぎるということはないのである。それに対して内輪もめは止めようなどと諭したりすることは、そうした闘いの真の困難さを理解しない、まことにもってお目出度い言説と言わざるをえない。

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