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ここで、「ムペンバ効果」を促進させると思われる要因について、思い付く限り書き出しておきたい。まず、これまでの実験で以下の現象が確認された。
A:お湯が常温(20〜30℃)まで冷えるのには比較的短時間ですむ
B:常温から凍結開始までの時間はお湯からスタートした方が若干短い
C:氷り始めてから完全凍結するまでの時間はお湯からスタートした方が若干短い
そこで、上記の3点に分けて、それぞれの現象に関係すると思われる効果を列挙し、評価を付記する。
A:お湯の常温までの冷却を速める要因
1)活発な熱対流
コップ内の温度分布の不均質性はお湯からスタートした方が大きいため、最後まで対流が活発で、水面からの放熱が効果的になされる。この効果は、常温まで冷えた段階で水とほぼ同じになるので、水の冷却温度を追いこす要因にはなり得ないと考えられる。「常温まで冷えると水の対流と同じになる」というのは厳密には正しくない。対流は平均温度ではなく、温度の不均質性によるので、スタートの条件が異なっている限り最後まで違うコースを辿る筈だからである。しかし、その違いは小さいだろう。
2)コップ周囲の冷気の対流
冷凍庫内ではコップの周囲の冷気に対流(上昇流)が生じ、お湯コップの周囲でより強くなる。お湯コップの周囲を冷気の風が包む状態になり、冷却を促進させるだろう。しかしこれも、常温まで冷えた段階で水とほぼ同じになるので水の冷却温度を追いこす要因にはなり得ない。
3)蒸発による潜熱の解放
お湯の方はさかんに蒸発して気化熱を奪われるので、冷却が効果的になされる。しかし、これまた常温まで冷えた段階で水と同じになるので、水の冷却温度を追いこす要因にはなり得ない。
B:常温から凍結開始までを、お湯からスタートした方で速める要因
1)質量の違い(お湯の方が軽い)
水とお湯を「等量」計り取ると言えば、普通は容量をそろえるが、水とお湯とでは比重が異なっているので、同じ容量でもその質量には差がある。水の比重は30℃で0.99565、80℃で0.97180であり、2.4%の質量差となる(お湯だと容器の膨脹も伴われるので、実際には両者の差はもっと小さくなる)。しかし、お湯の蒸発による減少分を加味すると、凍り始めの時点での質量差は無視できない。実際、「実験1」の終了後に室温で解凍した結果、お湯の液面低下は目視ではっきりとわかる2 mm弱程にも達していた。
2)過冷却の程度の違い
なんらかの理由で、お湯より水からスタートした方が過冷却になり易いとすれば、凍結まで時間がかかる。しかし、「実験3」では、むしろ凍結直前の温度はお湯からスタートした方が低かった。これは、温度不均質の効果を最後までひきずった結果と解釈される。
C:凍り始めから完全凍結までをお湯からスタートした方で速める要因。
1)質量の違い(お湯の方が軽い)
B−1)に同じ
2)揮発性成分の含有量の違い
水道水に多量に含まれている揮発性(ガス)成分は、沸騰させると追い出されてしまう。水道水をそのまま凍らせると白く濁った氷になるのは、凍結で分離したガスの小さな泡が多数閉じ込められていて、これで光が乱反射するからである。良く知られているように湯冷ましから作った氷は透明で均質になる。水道水をそのまま凍らせてガスの泡を多量に含んだ氷は熱伝導率が相対的に小さく、放熱を阻害し、凍結を遅らせるだろう。しかし、今回行った実験では、氷の質感の違いは僅かなものでしかなかった。そもそも水道水中の揮発性成分が少なかったのかもしれない。
3)凍り始めの場所の違い
「実験2」の参考にした滝川洋二氏の解説ではこの効果が強調されている。すなわち、水コップでは水面に一様に氷が張り始めるのに、お湯コップでは水面の周囲から凍り始めるという。水面が氷で覆われると、対流による水面からの放熱が阻害されるので、水コップの方が氷の成長が遅くなる。水の比重が一番大きいのは4℃付近なので、凍り始めの時点での内部の温度の不均質性が0〜4℃の範囲におさまった時点で対流はストップし、水面から凍り始めるというのが一般則である。これを破るためには8℃以上の温度差を要する。しかし、これまで行った全ての実験において、この現象は確認されなかった。
以上のような現象が複合的に作用して始めて「ムペンバ効果」が顕れるのかもしれないが、今のところ決定的な要因は思い付かない。NHKの「ためしてガッテン」の実験を監修した北大低温科学研究所の前野紀一名誉教授は蒸発の効果を重視しているようだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/aibaiipo1970/13694607.html
蒸発は、気化熱を奪うことと質量減少を伴うので、二重に効果的である。しかし、常温まで冷えた後は水と同じになるので、お湯から常温まで冷える間の蒸発によって失われる質量の効果の方が大きい。この様子を簡単に計算してみた。計算には、お湯と水の比重の違いも考慮した。
水の比熱容量:4.2 J/g、 気化熱:2,250 J/g
80℃のお湯の比重:0.9718 g/cm^3、 30℃の水の比重:0.99565 g/cm^3
100gのお湯が80℃から30℃まで冷却するのに、その半分の熱量が気化熱によって奪われるとすると、そのために蒸発しなければならないお湯の質量は、4.54 gと計算される。
80℃のお湯と30℃の水では、比重の違いのためにもともと2.38 gの質量差があった。
つまり、30℃まで冷えたお湯は、スタート時点の水より合計6.92 g軽くなっている。
これは、水100 mlの質量の6.95 %に相当する。
この後の冷却スピードは質量に反比例すると仮定し、水が凍結温度まで冷えるのに50分かかるとすると、お湯はそれより3.5分短い46.5分かかることになる。このオーダーの短縮があったことは「実験3」で検証された。
このことは、80℃のお湯の方が30℃の水より早く凍り始めるためには、3.5分以内で30℃まで冷えなければならないことを意味する。これまでの実験では遠く及ばなかった。
蒸発によって失われる質量分率をさらに大きく見積もると、対流などの他の効果の方を無視しなければならなくなるので、現実的ではないだろう。
また、水が凍結開始から完全凍結までに200分かかるとすると、お湯はこれより13.8分短い186.2分かかることになる。C-2)の効果を考慮すると、お湯が挽回する可能性を示唆する。
そこで次回の実験は、蒸発が効果的になされるようプラスチックシャーレなどの口が広く浅い容器でおこなう予定である。
(つづく)
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