さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

科学と認識

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追記
筑摩書房HPにある『内部被曝の脅威』の感想投稿フォームから、本エントリーのURLを示して同書の誤りを指摘する書き込みをしたところ、編集担当者から要約以下のようなメールが届きました。

おっしゃるとおり、著者の事実誤認によるものです。
誤った情報にもとづく書を出版し、多方面で混乱を招いたことについて、誠に申し訳なく、謹んでお詫び申し上げます。

誤記については2011年4月の段階で判明しており、3刷以降は該当箇所を削除しました。
(初刷りのp115の5行目からp120までを削除。あわせて図6〜9も削除)

ただし、本書全体を貫く肥田氏の問題意識と着眼点そのものは正しいと認識しており、3.11後の状況を鑑みると、肥田氏の主張はますます必要とされていると判断し、誤記を訂正したうえで出版を継続することにいたしました。

周囲の誰も指摘しなかったのかと不思議に思っていましたが、既に訂正されていたということですね。しかし、ウエブ上では、削除されたことを知らずに、本書が暴く最も衝撃的な「事実」として紹介しているサイト・ブログが多数あります。注意喚起は必要なので、この記事も残しておきます。
以上、(3/22)

はじめに
 肥田舜太郎・鎌仲ひとみ共著、『内部被曝の脅威』(ちくま新書 2005)の中で、肥田氏は、1986年のチェルノブイリ原発事故による放射性物質の飛来が東北地方を中心とした6県に顕著に高い乳癌死亡率をもたらした可能性が高いと主張していて、そのことを示すために掲載された二つの図は、いろいろな意味で驚きを持って言及されている。

 一つは、青森・岩手・秋田・山形・茨城・新潟6県の乳癌による死亡率(10万人あたり)の年次推移を示す折れ線グラフ(肥田の図7)、もう一つは秋田地方気象台で観測されたCs-137の降下量を示す図(肥田の図8)である。前者の図を見ると、1996〜98年の三年間の乳癌死亡率が、その前後の2倍に跳ね上がっていて(肥田氏は著書の中で97年からの三年間が異常だと書いている)、その原因が10年前にさかのぼるチェルノブイリ原発事故による放射性物質の降下にある可能性が高いと説明されている(p114-120)。

イメージ 1
肥田の図7(p118)

イメージ 2
肥田の図8(p119)

 その内容をやや詳しく紹介しているサイトがあるので、下記を参照されたい。

 このサイトのように、ウェブ上ではその真偽を問題にすることなく肥田氏に同調した見解を語っているものが多いが、私はこの両方の図に疑問をいだき、いろいろ調べた結果、肥田氏の「行為」に見過ごせない「過誤」を確認することとなった。

 広島の被爆医師として、被曝医療に献身的に奉仕されてきた肥田氏を批判しなければならないことは、まことに辛いものがある。しかし、肥田氏は医師であり、長年この問題に取り組んできた専門家である。その影響力の大きさを考えると、過ちは放置できない。

1)チェルノブイリ原発事故によるCs-137の降下量
 先ず、Cs-137の降下量を示す図8の単位がmCi(ミリキュリー)とだけ書かれていて、測定試料の量が分からない無意味なものになっている(初版の図では左肩に(人)とあるが、これは誤植であろう)。当時の気象研究所の報告書ではmCi/km2の単位で統一されているので、そう読み替えると、今度は同図に示されている核実験グローバルフォールアウト(以下GF)の秋田での値が、実際の観測値と全く合わない。にも関わらず、同図でいかにも意味ありげに目を引くのは、チェルノブイリ事故による降下量が、1963年のGF量の10倍以上にも達するように突出して示されている点である。

 気象研究所地球化学部のまとめによると、関東地方では1963年6月にピークに達した月間のGF(Cs-137で約550 Bq/m2)は、チェルノブイリ事故による年間の積算降下量を上まわっている。

 GFによる、1970年1月1日時点における半減期を考慮したCs-137の蓄積量は、関東地方でおよそ7000〜8000 Bq/m2、東北地方でおよそ8000〜9000 Bq/m2とされている(図1)。もし、秋田におけるチェルノブイリ原発事故によるCs-137の降下量が、この10倍にも達するとなれば、その量は、このたびの東電原発事故による福島市や郡山市などの汚染量に匹敵することになる。

イメージ 3
図1 北半球における1970年1月1日時点のCs-137蓄積量(文献1)

 しかし、実際の秋田地方気象台による観測では、チェルノブイリ原発事故が起きた1986年のCs-137の年間積算降下量は2469 MBq/km2(=2469 Bq/m2 = 67 mCi/km2)であった(図2)

イメージ 4

図2 秋田地方気象台で観測されたCs-137の年間降下量(文献2)

 肥田氏が、このように誤った図を、故意に作成(捏造)したとは思いたくない。しかし、同図はその主張の根幹にかかわるものであり、不注意にも程があると言わねばならない。次に述べる、乳癌死亡率の推移を示す図7についても同様である。

2)乳癌死亡率の年次変化
 次に、東北地方を中心とした6県における乳癌死亡率の年次推移を示す図(肥田の図7)をみてみよう。

 肥田氏は、その著書の中で、「一九九七〜一九九九年の三年間は、青森県十五人、岩手県十三人、秋田県十三人、山形県十三人、茨城県十四人、新潟県十二人と、六県の乳癌死者数が十二〜十五人と突出して増加している」(p115)と説明している。これは大変奇妙な図である。特定の癌による死亡率がある年に突然2倍に跳ね上がり、3年後に突然その半分になるなど考えられない。調べ始めてすぐに、肥田氏の主張を正面から批判するブログ記事を見つけた。


 この中で、ブログ主である富江氏は、「作為的な、捏造に近い、データ選びと説明です」と書いて、全国平均の乳癌死亡率の年次推移のグラフを作成し、肥田氏が突出して高いと主張した6県の「異常値」と、その年の全国平均が同じであることを示した。では、6県において「正常」な年の、低い乳癌死亡率は何であろうか。

 富江氏は、「測定間違いか、統計誤差です」とも書いているが、確率や統計誤差について、初歩的なことでも知っていれば、母数の大きさから、それが統計誤差ではあり得ないことがわかる。このグラフに見られる統計誤差は、「正常年」の折れ線が示す揺らぎに良く示されている。コメント欄で富江氏に質問しても要領を得なかったので、自分で調べてみて、やっと真相がわかった。

 厚労省の人口動態統計においては、女性だけが罹る子宮癌、卵巣疾患などは、女性の人口を母数とした死亡率だけを掲載したものが多い。ところが、乳癌については、少ないながらも男性にも毎年のように死亡例がある。最近の全国平均の男性の乳癌死亡率は、0.1(男性人口10万人あたり)程度である。そのため、人口動態統計における乳癌死亡率のデータには、全人口を母数とした値と、女性人口を母数とした値の両方、またはどちらか一方が示されている。(注1)

 容易に想像できるように、女性人口を母数とした乳癌死亡率は、全人口を母数とした死亡率のおよそ2倍(平均1.95倍)となる(図3)。

イメージ 5

図3 女性人口を母数とした場合と全人口を母数とした場合の乳癌死亡率の推移

 富江氏が作成したグラフは女性人口を母数としたものである。一方、都道府県別データの多くは、全人口を母数として示してあるものが多いので、肥田氏は、図7を作成するにあたって、基本的には全人口ベースの値を用いている。ところがどうした訳か、97年からの3年間だけは女性人口を母数とした死亡率を採用したため、この間の死亡率が、その前後の2倍に跳ね上がり、この間だけ富江氏のグラフと一致することになったのである(図3の緑の線)。

 実際に秋田県の1997年、98年、99年の乳癌死亡率の全人口10万人あたりを母数とした値を調べると、それぞれ、6.1、6.4、8.2となっていて、肥田の図7と異なり、その前後の年との間になんらの異常も認められない。

 私は素人だから、ウェブ上で公開されている厚労省の死亡統計の必要なデータにアクセスするのに、四苦八苦した。そして、上記のことに気づくのにかなりの時間を要した。統計誤差ではあり得ないし、肥田氏が故意に捏造したとも考えたくない。ならば何か根拠がある筈だとの一念である。しかし、肥田氏はその道のプロである。再び、不注意にも程があると書いておく。

 肥田氏は、この本を回収すべきである。そうしなければ、彼がかかわる「運動」の一切に、将来取り返しのつかないダメージを与えることになるだろう。もう、その兆しは顕れているかもしれない。

関連エントリー:「政治が科学を軽視するとき

 肥田氏は、乳癌と放射線被曝の関係に着目した動機として、アメリカにおける乳癌死亡率と原子力発電所立地との関係を暴いたグールドの著書『内部の敵』(1996)に触発されたと書いている。ところが、日本についてまとめようとすると、日本全土が原子力発電所から半径100 kmの範囲にすっぽりと包まれてしまい。地域毎にその影響のあるなしを比較することができなかった。そこで、秋田気象台の「特異なデータ」に注目したのらしい。

 私は、肥田氏の動機と着眼点そのものは間違っていなかったと思う。乳癌による死亡統計データをあれこれ探っている内に、私自身、この癌の特異な年次推移に不思議に思うところができたので、次回は、素人ながら考えたことをまとめてみたい。

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文献1:Aoyama, M., K. Hirose, Y. Igarashi, 2006, Re-construction and updating our understanding on the global weapons tests 137Cs fallout, Journal of Environmental Monitoring, 8, 431-438.

文献2:第41回環境放射能調査研究成果論文抄録集(平成10年度)収録,I−16、小林 正・松岡 稔,秋田における降水全β放射能の年変動,秋田地方気象台,p35-36 )

注1)人口動態調査のページの各年度の「死亡」の欄を開くと、csvファイルのダウンロードページが表示される。その中で、「都道府県(20大都市再掲)別にみた死因簡単分類別死亡率(人口10万対)」や「年次別にみた死因簡単分類・性別死亡数及び率(人口10万対)」などが、関係するデータである。
 原発を運転してはならない最大の理由は、核廃棄物の後始末ができないことにある。
原子力発電の原罪」と題したエントリーに、「この問題を不問に付したまま安全性や経済性の論議に終始するのは茶番である」と書いたが、この問題にきちんと向き合うことは、原発の問題を人類史的な問題(文明論)として捉えるための入り口である。

 事実、再稼働肯定派は、決まってこの問題を不問にする。せいぜいが、既にある核廃棄物はいずれにしても処理しなければならないのだから、処分場や再処理工場に反対するのはおかしいなどと、本末転倒の主張をする。ゴミ捨て場が現にないのにゴミを出し続けてきたことを、犯罪行為として認識できるかどうかという問題なのである。もしそれを犯罪と認識しうるなら、同じ主張をするにしても、その姿勢や言葉遣いは、根本的に違ったものになる筈だ。社会人としての良識に欠けていると言わねばならない。これは科学の問題ではなく倫理の問題である。

 その上で、敢えてここでは、伊方原発のストレステストで発覚した安全上の大きな危惧について書いておく。



 四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の安全評価(ストレステスト)で、想定される最大の揺れ570ガル(ガルは加速度の単位)の1・86倍まで耐えられるとした検討内容が、経済産業省原子力安全・保安院の有識者会議で不十分と指摘され、1・5倍で炉心損傷の可能性があると下方修正されていたことが、四電への取材で分かった。

 四電によると、昨年11月に保安院に提出した安全評価では、燃料損傷に至らない揺れと想定の揺れとの余裕について、最も小さい炉心の電源装置は想定の1・86倍までと評価した。しかし、有識者会議で「揺れへのひずみを考慮する必要がある」と指摘を受け、再度評価したところ1・5倍で機能が失われることが判明、保安院が20日の有識者会議に報告した。四電は「ただちに重大な損傷に至ることはなく、1・5倍でも十分に安全は確保できている。15年度をめどに補強を検討したい」と説明している。

 四電は昨年6月、愛媛県の中村時広知事に、伊方原発の耐震強度は2倍程度を確保すると報告していた。同県の山口道夫・原子力安全対策推進監は「県独自の強度2倍確保を、今後も四電に求めていく」としている。

 伊方原発の問題については、既に昨年5月にふれた。

 そこに引用した、「地震調査研究推進本部」による最新の研究成果によると、伊予灘に伸びる中央構造線の活動によって、伊方原発近傍を震源とするマグニチュード(Mw)8クラスの直下型地震がおこる可能性がある。

 伊方原発の原子炉が耐えられる限度は、570の1.5倍、つまり855ガルということになる。直下型地震と言えば阪神淡路大震災を引き起こした「兵庫県南部地震」が参考になる。そのモーメントマグニチュード(Mw)は6.9で、このときの、地震波の解析による最大加速度は848ガルとされている。

 伊予灘でMw8クラスの地震がおこれば、伊方原発の原子炉は持ちこたえられないということは、誰にでも想像できるはずだ。これは冷却機能が失われるといった生やさしい想定ではない。原子炉そのものが破壊されるということである。

 原子力発電所の耐震性というとき、原子炉の耐震設計だけが議論されてきたが、その盲点をついて起こったのが、2007年7月16日の新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原発の事故である。この時は3号機建屋外部にある所内変圧器から出火し、あわや大事故という危機的状態になり、7号機も放射性ヨウ素約3.12億ベクレル、粒子状放射性物質約200万ベクレルを放出している(いずれもWikipediaの「柏崎刈羽原子力発電所」による)。

 四国新聞の追跡シリーズ「沖合走る中央構造線 伊方原発の耐震は」と題する記事から引用しよう。

 「目の前を走る中央構造線の巨大な活断層が、伊方原発にどういう地震をもたらすのか。福島第1原発の事故を教訓として、見直しの必要性がクローズアップされている」。5月7日、愛媛県砥部町であった講演会。原発の危険性を訴えてきた元京都大原子炉実験所講師の小林圭二さんが警告を発した。
  中央構造線とは関東から九州まで全長1千キロ以上も続く日本最大級の断層だ。そのうち紀伊半島から伊予灘に至る断層は360キロに及ぶ。伊方原発から北側を望んだ海域では、沖合数キロの海底を佐田岬半島と平行して走っている。
  伊方原発を襲う地震で最も怖いのは、東南海・南海地震ではなく、この伊方沖を走る中央構造線の断層による地震。阪神淡路大震災のように、直下型の強烈な揺れが伊方原発を突き上げることになる。
    ◆    ◆
  四国周辺の断層に詳しい高知大理学部の岡村真教授(地震地質学)によると、伊方沖の断層で起こる地震は、マグニチュード(M)8程度が想定される。発生周期は不明だが、「千数百年に1回の間隔で起こっている」と予測する。
  一方、四国電力は伊方沖の断層のうち、沖合8キロの長さ54キロの断層で発生する地震が、伊方原発への影響が最大になると想定する。地震の規模はM7・8で、揺れの強さを示す加速度は最大413ガルを見込んでいる。
  これに対し、原子炉本体や原子炉格納容器など重要な施設や設備が耐えられる揺れの強さ(基準地震動)は570ガルだ。「原発の耐震は十分に余裕がある」と四電は説明する。過去の地震では芸予地震で64ガルを記録。東南海・南海地震の想定は94ガルで、東海を加えた3連動も対応できる見通しだ。
    ◆    ◆
  こうした四電の想定は、考え得る最大の地震を本当にカバーできているのか。岡村教授は「四電は地震の揺れを過小評価している」と疑問を投げ掛ける。
  一つは数百キロに及ぶ中央構造線のうち、長さ54キロの断層だけ切り出して地震を評価していること。「なぜ54キロなのか、根拠が分からない。最悪の事態に備えるなら360キロ、さらに九州西部まで600キロの断層が一度に活動する地震を想定しなければならない」。断層が360キロに延びると、基準地震動は最低でも1千ガルが必要という。
  実際、想定を超える加速度を記録する事態が続いている。東京電力の柏崎刈羽原発は2007年の新潟県中越沖地震で、想定の2・5倍の揺れを記録。東北電力の女川原発も05年の地震で想定を上回った。
  もう一つは震源と原発の距離の近さだ。岡村教授は「伊方原発は地震の発生とほぼ同時に激しく揺れる。四電は揺れを検知すると、自動的に制御棒を挿入して原子炉を安全に停止できるというが、挿入の前にダメージを受ける可能性はないのか」と懸念する。

 伊方原発は,決して再稼働してはならない。

 上記は、和田誠氏が「反原発ポスター展実行委員会」の求めに応じて出品したポスターにふれてのあるツイートに対する静岡大学理学部坂本健吉教授の批判的感想と、それへの反応をまとめたものである。

 和田ポスターの元画像はこちら。

坂本教授:
和田誠の反原発ポスターを見た。原発周辺で放射能が母子に降りかかっている図柄で印象的。でも、この絵で福島のお母さん達はどれほど不必要に恐い思いをするんだろう。原発については科学的に議論すべきで、こういった叙情的手段での世論喚起は不要だろう。

 いろいろな反応があるが、多くは和田ポスターに批判的だ。
 一方、

原発事故については科学の範疇だから、芸術とかその他もろもろの表現は黙ってろ」ということですね。なんという傲慢。科学ってそんな傲慢なものなんでしょうか。morecleanenergy

は、坂本健吉氏への批判として的を射ていると思う。これに対して、少し騒ぎが大きくなったと慌てたのか、坂本氏は10連投のTWで「弁明」しているが、発端となった発言は、基本的には撤回されていない。

 本題に入る前に、和田ポスターを一見しての私の印象を書いておくと、子を持つ母親という存在へのステレオタイプな表現に、少しがっかりした。かつて誰かが「熊が襲ってきた時、日本の子連れの母親は子供を抱きしめ、熊に背中を向けてしゃがみ込むが、欧米の母親は逆に(子供を背中に隠して)熊に正面を向いて対峙する」と語ったことがあるが、こうした日本の母親像は巷ににあふれている。ステレオタイプな認識というものは、個人の狭い経験に由来する素朴な観念が社会的に肥大化して醸成されるのだろう。しかし、それ以外のことで和田ポスターを批判しようとは思わない。

 上記まとめのコメント欄を読めば、人それぞれに、狭い経験を根拠にいろいろな感想が書かれているように思える。もちろん、個人が経験できることは限られているので、誰でも認識の偏りから完全に自由ではあり得ないのだが。

 さて、タイトルに書いた「「原発については科学的に議論すべき」は、正しいか」という問いであるが、これは、最近の大江健三郎氏の、原発の問題は倫理的に判断しなければならないという趣旨の発言を想起してのものである。

 私がこのブログを通して度々主張してきたことは、科学が社会と切り結ぶ現場においては、「理念としての科学」と、「現実に生かされている科学」を区別して議論すべきであり、場合によっては、科学の理想的な追求を断念して倫理的な判断を優先しなければならないことがあるというものであった。


 科学の現場のことで、そのうち触れようと思いつつまだ書いていない重要な問題に、科学者個人が何を研究テーマとするかの判断は、科学によってではなく価値論によってなされるという現実がある。おそらく誰も異論のないことであろう。この社会で生かされている具体的な科学の営みは、その時々の価値論に縛られている訳である。

 「原発については科学的に議論すべき」というのは、個人の判断であるが、実は、この言説そのものが一つの倫理的な判断であるということも見逃してはならない。そしてまた、倫理的な判断を下そうとする際には、科学の成果を根拠として採用した方が良い場合が、往々にしてあるということも言えるだろう。「科学」と「倫理」はそのような関係にあり、決して対立する概念ではない。

 したがってもし、「原発の問題に価値論を持ち込んではならない」と主張するのであれば、私には全く同意できない。もちろん「理念としての科学」は、何ものによっても束縛されない「人間的自然」の存在であるし、制御しようもないものであるが、科学の成果を現実社会に活かそうとする行為(技術)は、倫理によって制御しなければならない筈だ。

 以上のようなことを思ったのは、最近、かつてお世話になった石川憲彦さんの『治療という幻想』を読み返していたからである。石川さんがこれまで主張してきたことは、ひとことで言うなら、「倫理」の上に「科学」を置く風潮への警鐘であったろう。なかなかまとまった時間がとれないが、もう少し手許にあるいくつかの著書を読み返した上で、いくらか誤解も広まっている石川さんの考えを、自分なりにまとめてみたいと思う。
 福島県浪江町の砕石場で採られた東電原発事故の放射能で汚染された砕石が、福島県内の少なくとも49カ所の住宅のコンクリート骨材などとして使用されていたことが発覚し、問題となっている。昨日(1月21日)の報道によると、福島県は、既に昨年8月5月26日、汚染地域にある砕石などの使用・搬出基準値を示して欲しいと国に対して文書で要望していたのが、5ヶ月間も放置されたままで、今回の事態に至ったという。

 なぜ国は、その砕石の使用基準値を、福島県に求められたにもかかわらず5ヶ月間経っても決めることができなかったのか。焼却灰や汚水処理場からの汚泥などの埋め立て基準値や、食品の基準値などは早くから決められていたのにである。

 もし今回問題となった汚染レベルの砕石を、搬出・使用できないようにする規制値を定めてしまったら、人形峠のウラン残土問題への対応で国と原子力産業界が一体となって示してきたロジックが崩れ去り、国として大変困ったことになるのではないか。彼らがこの問題を忘れていないなら、砕石の使用基準値など絶対に決めたくないだろう。なにしろウラン残土の問題は、まだ終わっていない。

 まず、前稿の(注4)にリンクした小出裕章氏による「ウラン残土レンガと放射能の基礎知識 」と題する 2008年11月22日付の文書と、「ウラン残土市民会議」のウェブサイトにある土井淑平氏の寄稿文などから、概要をまとめよう。土井淑平氏は、本年最初の記事で紹介した『反核・反原発・エコロジー ― 吉本隆明の政治思想批判 ― 』(批評社、1986年) の著者である。

人形峠ウラン残土問題の概要

 1955年、岡山・鳥取県境にある人形峠においてウラン鉱床が発見される。原子燃料公社が設立されておよそ10年に渡って9万トンの原料鉱石が採掘されたが、低品位であったために閉山。その後、原子燃料公社は動力炉核燃料開発事業団(動燃)に改組され、人形峠に海外からのウラン鉱石が持ち込まれて精錬・濃縮試験が続けられたが、2001年に閉鎖。

 88年、人形峠近辺の岡山・鳥取両県にまたがる複数箇所に、20万m3、ドラム缶100万本分の高放射能の土砂(いわゆるズリ)が、野ざらしのまま放置されていることが発覚。そこでは、最大で年130 mSvの空間線量率の放射線が観測された。坑口からは放射線取扱施設から敷地外に放出が許される濃度の1万倍ものラドンも測定された。動燃は柵で囲い込むなどするだけで、残土の放置を続け、国は安全宣言を出してそれを支えた。

 しかし、鳥取県側の小集落方面(かたも)地区だけは、残土の撤去を求め続けた。私有地の不法占拠を続けることになった動燃は、1990年になって、やむなく残土を人形峠事業所に撤去する協定書を結んだ。ところが、事業所のある岡山県は、それまで残土の安全宣言を出していたのにその搬入を拒み、動燃も岡山県の反対を口実に撤去を先延ばしにし続けた。 

 方面地区住民はやむなく、動燃から改組されていた核燃料サイクル開発機構(核燃)を相手に訴訟を起こし、2002年6月の鳥取地裁、2004年2月の広島高裁松江支部と続けて全面勝訴。2004年10月、最高裁は核燃の控訴を棄却して、方面地区の3000 m3の残土の撤去命令が確定した。

以下、小出氏の文章から引用する(動燃と書かれているのは、核燃のこと)。

 動燃は、そのうちウラン濃度の高い残土290m3を日本国内ではどこにも持ち出すことができず、ついにアメリカ先住民の土地に棄てに行きました。動燃は従来は単なる「捨て石」で何の危険もないと言ってきた残土を突然「準鉱石」だと言い、「商業的」な目的で「製錬」してウランを取り出すのだと言い出したのでした。ただし、この残土は重量にして500トン、平均ウラン含有量は0.03%Uで、含有されているウランを100%取り出したとしても150kgにしかなりません。ウランの価格を33$/ポンドとしても高々100万円です。ところが、この「商業的」な取引きとされる「製錬」のために動燃は6億6000万円支出しました。動燃が行ったことは、自分で始末の付けられなかったごみを他者に押しつける行為で、国境を越えたことを取り上げれば「公害輸出」と呼ぶべきものです。 
 
 アメリカ先住民の土地に押し付けられた290 m3を除いた2710 m3の残土は、人形峠においてレンガに成型焼成され、各所にばらまかれた。その行き先はどこか。核燃と日本原子力研究所を統合して設立された独立法人日本原子力研究開発機構のウェブサイトにある下記二つのページをご覧いただきたい。


 独立行政法人日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構)は、平成22年11月12日、三朝町大瀬地区(三朝温泉入口)緑地帯において人形峠製レンガ約2万個を用いた広場等の完成を祝して歩初め式を三朝町と共同開催いたしました。
 ・・・・
 この広場等は、地元小学生を対象にした公募により「三朝キュリー公園」と名付けられました。
 ・・・・

 放射線ホルミシス効果の宣伝に使うのだという。


 独立行政法人日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構)は、人形峠レンガ加工場で製造したレンガ約145万個を、平成23年6月30日に全て搬出しました。
 お陰様で、多くの皆様にレンガの安全性等を御理解いただき、一般頒布で約93万個、原子力機構の研究開発拠点等に約52万個を搬出することができました。
 ・・・・

 土井氏によると、このレンガの行き先の公開をもとめても応じず、三朝町以外、いまだ非公表になっているという。しかも、ウラン残土の内、撤去されたのは方面地区にあった3000 m3だけ。「人形峠周辺にはいまなお45万立方メートルもの膨大な残土が野済みのまま放置され」ているとのことである。

「原子炉等規制法」からみた「ウラン残土」と浪江町の砕石

 前稿の(注4)において、「日本においては、放射性物質の管理・規制が大変厳しい」と書いた。地質年代測定のための標準試料とするために、僅か0.1〜0.2 gのウランを、来日する留学生に届けさせたことで大学教員が書類送検されたことも紹介した。新聞沙汰になったのである。日本では、ほんの僅かのトリウムの同位体スパイクが入手できないために、ウラン系列の同位体非平衡を利用したトリウム年代測定もできない。トリウム年代は、炭素14年代とK-Ar年代がカバーする年代の間を繋ぐ重要な手法であり、台湾など海外の大学・研究機関に測定が依頼されている。

 文科省のウェブサイトの「使用の許可を要しない核燃料物質の種類と数量」のページにある表1を見ると、ウランについては300 g以下は使用の許可がいらないと勘違いしそうだが、事実は違う。その上の文章を良く読むと、末尾の括弧内の但し書きに「ただし、この場合においても炉規法第61条の3に基づき、国際規制物資の使用の許可を受けることが必要です。」と書かれている。そして、この「炉規法第61条の3」には核燃料物質取り扱いの下限が定められていないのである。そのことが非常に分かりにくくなっているために、いくつか大学のRIセンターなどでは、HPなどで、この点について特別の注意を喚起するページが設けられていたりする。

 以上は、天然のウラン鉱石を精製して得られる核燃料物質についてのものである。原子力と無関係な研究には無意味に厳しい規制が杓子定規に適用される一方、原子力産業だけは気の遠くなるような量のウランを独占的に使用できるよう工夫されている。

 では、天然のウラン・トリウム物質としての「核原料物質」についての規制はどうかというと、こちらの方は逆に、ウラン残土を放置したり、レンガにして全国にばらまいたりしても良いようになっている。文科省のウェブサイトの「天然鉱石の使用の規制について」のページには以下の説明がある。

 ウラン、トリウムの放射能の濃度370 Bq/g(固体)以上で、含まれるウラン及びトリウムの量((トリウムの量)+(ウランの量の3倍))が900 g以上の鉱石を使用する場合には規制を受けます。放射能の濃度の目安としては、トリウム232の場合、含有率4.5%以上、ウラン238の場合、含有率1.4%以上ある場合には、規制対象となります。

 形成後1千万年以上経過した古い鉱石の場合には、ウラン系列もアクチニウム系列も全ての娘核種が放射平衡に達しているので、ウラン濃度0.205%で全体の放射能は370 Bq/gに達してしまう。しかし、定義が「ウラン・トリウムの放射能濃度」なので、娘核種からの放射能を無視すると、370 Bq/gに達するウランの濃度は2.85%であり、1.46%である。文科省の言う1.4%の2倍以上まで許されることになる。文科省の説明にある1.4%は意味不明だが、いずれにしてもウランの濃度1.4%以下なら規制の対象とならないので、平均ウラン含有率0.03%の残土でも、最大ウラン濃度が1.4%以下なら規制されないことになる。(うっかり234Uのことを忘れていたので訂正)

 ところで、平均0.03%(300 ppm)の天然ウランを含む残土の全放射能(全ての娘核種の放射能を含む)を計算すると、53770 Bq/kgとなる。実際にはトリウムも含んでいる筈で、もっと高くなる。

 「放射性物質が検出された上下水処理等副次産物の当面の取扱いに関する考え方」の概要によると、焼却灰や汚泥等の処分については以下のように定められている。

10万ベクレル超:基本的には放射線を遮断できる施設で保管、ただし、周囲をコンクリート壁で覆った「遮断型最終処分場」への埋め立て可、地下水への汚染防止などに万全を期す。

8千〜10万ベクレル以下:管理型処分地に仮置き、又は 個別に安全を評価し、長期的な管理の方法を検討した上で埋立て可能。 

8千ベクレル以下 :跡地が居住等以外の場合管理型処分地に埋立て可能 、跡地が居住等(事務所を含む)の場合個別に安全を評価し、長期的な管理の方法を検討した上で埋立て可能。

 これに従えば、レンガにして一般に配るなどもってのほかということになるが、汚泥は天然物質ではないとの言い逃れがなされるかもしれない。しかし、砕石の方は、基本的には鉱山のズリと同じものなので、その規制値とウラン残土の処分法との整合性は無視できない筈だ。

 どうするつもりなのだろう。

追記(1月22日)
 こちらで紹介されている動画でウラン残土製レンガの行方とその問題が詳しく報じられている。

 放射能レベルの高い残土は低レベル残土と混ぜて薄め、レンガ表面付近の空間線量率が0.2 μSv以下になるように管理・製造された。これが許されるのなら、高レベル汚染米も非汚染米と混ぜ合わせたらOKということか? それは絶対にやってはいけないというのが常識。レンガ一個90円で販売されたとのこと。

 原理力機構人形峠環境技術センターのHPにあるウラン残土製レンガの販売広告サイト

 ここにリンクされている「人形峠製レンガの安全性」のページで説明されているレンガの放射能濃度「0.57ベクレル/グラム」はウランだけの値。系列娘核種の分を合わせると約14倍になる。「人形峠製レンガの設置・敷設例」のページには、使用例として今でも「室内花壇等」が示されている。


前回書ききれなかった内容に続けて、現時点での私の考えを総論的にまとめたい。

α線による被曝影響に関わるものとして、東京大付属病院の中川恵一氏が毎日新聞に連載していた「がんの時代を暮らす」の20回目(2011年12月26日付)、「DNAを傷つけるラドン」と題されたコラム記事から一部を引用しよう。

「天然の放射性物質であるラドンガスは、ウランがラジウム、ラドンへと「崩壊」するときに発生します。このガスを吸い込むことによって、日本では年平均0.4ミリシーベルト程度の内部被ばくが起こっています。
鉱山労働者に肺がんが多いことは以前から知られていました。体内に吸い込まれたラドンが、肺の細胞のDNAを傷つけ、肺がんの原因となると考えられます。肺がんは、年間死亡数約7万人と、日本人のがん死亡のトップです。肺がんの最大の原因は喫煙ですが、原因の第2位は、このラドンガスなのです。世界保健機構(WHO)によると、肺がんの原因の3 〜14%が、空気中のラドンの吸入による被ばくと言われます。たばこを吸わない人にとっては、ラドンが肺がんの原因のトップになります。
たばこの煙には、ベンゾピレンなどの発がん物質のほかに、ラドン由来の放射性物質が含まれます。ラドンが崩壊してできる「ポロニウム」など大気中の放射性物質が葉タバコに付着するため、たばこを吸うと被ばくするのです。」

 ラドンもポロニウムもα崩壊するが、中川氏は、α線が特に危険と主張しているのではない。なぜなら、線種の違いや、内部被曝、外部被曝の違いを超えて、被曝一般の危険度を統一的に評価する尺度であるシーベルトを用いて説明しているからである。年間0.4 mSvの被曝で、日本で数千人が死亡しているとの説を肯定的に紹介しているのである。

では彼は、常々、年0.4 mSvの被曝でも大変危険だと主張しているのかというと、そうではない。「Global Energy Policy Research」のサイトに寄稿された記事では、以下のように主張する(ここにリンクできなくなっているが、検索していただきたい)。

「2mSv余計に浴びると、200万人の福島県民のうち、がんで亡くなる人が200名増える」などの議論は典型的な誤用である。ICRP自体が、LNTモデルをこうした計算に使うべきではないと以下のように明言している。
「実効線量は、特定した個人の被ばくにおいて、確率的影響のリスクを遡及的に評価するために使用すべきではなく、またヒトの被ばくの疫学的な評価でも使用すべきではない」。そもそも、数mSvの被ばくで、がんが増えると考える“真の専門家“などいない。
上記引用した二つの文章は矛盾している。中川氏は何を言いたいのか、というより、何をしたいのか私にはよくわからない。もちろん後者の文章の全文を読めば、放射線の科学的な「リスク評価」とその防護上の指針(リスク管理)を混同すべきでないと主張していることは良く分かる。

しかしそれは、「はい、よくわかりました」で終わる話だ。汚染地域の住民に、「ところで私は、どれくらいの被曝まで我慢すべきでしょうか?」と訊かれて、彼は何と応えるつもりなのだろう。「疫学的には、100mSv以下の放射線の影響は認められない」と繰り返し書かれているが、まさか、「100 mSv以下なら我慢すべきです」と答える訳でもあるまい。

「100 mSv以下の放射線の影響は認められない」というのは、表現の正確さが求められる事柄であるだけに、問題がある。「100 mSv以下の被曝影響については研究が不十分なために、よくわかっていない」というのが実情であることは、今なら誰でも知っていることだ。そしてまた、多くの人が、年間0.4 mSv程度のラドン吸入による被曝が、肺がん死の原因の第二位になっているとWHOが警告していることも学習している筈である。ICRPによる許容線量の勧告値決定に際しては、原子力産業からのいろいろな圧力によって、科学データの警告する値より高めに修正されてきた歴史も、NHKが特集番組で報じて周知のこととなった。

「我慢量」の判断は個々の価値論に基づくので、そうした状況下では人それぞれ意見が大きく異なるのは当然のことである。一方、人は、価値論的判断を下そうとするときにも、必ずなんらかの根拠や証拠を求めたがるものである。専門家としては、自らの価値論を可能な限り排した形で科学の成果を届けることが好ましいが、それは大変にむずかしい。例えば、量を表す「高い」、「低い」といった言葉そのものにも価値論が忍び込む予知は十分にある。

被曝の危険性よりも避難生活からくるストレスによる健康影響の方が大きい場合があると助言することも必要なことではあるが、汚染地域に留まる場合には、被曝による肉体的な健康影響に加えて、被曝に怯えながら暮らし続けることからくるストレスも無視できない(注1)。そのどちらの負担が大きいかは、当人が判断すべきことである。そして、その判断は尊重されねばならない。

なお、私自身は、空間線量率が年10 mSvくらいの地域ならストレス無く暮らせる自信がある。なにしろ私も妻もヘビースモーカーである。だからと言って、10 mSvくらいなら我慢しなさいと他人を諭すことなどもってのほかと考えてもいる。他人に煙草を勧めないのと同じことだ。

さて、1976年に出版された武谷三男編『原子力発電』(岩波新書)には、ICRPなどによる被曝許容線量の勧告値が40年間にほぼ1万分の1にまで段階的に引き下げられてきた歴史が、グラフ入りで紹介されている(p 61)。この本が出版された当時の日本の法律では、一般公衆の許容線量として年間500ミリレム(= 5 mSv)の値が採用されていた。もしその当時に原発事故が起きたなら、いろいろな目安として、現在の5倍ほどの数値が飛びかっての議論がなされていたであろう。現在の基準値は5分の1に引き下げられているからといっても、その基となったリスク評価の科学は大変に心許ない(注2)。


 ここにも書いたように、原子爆弾による被曝線量の、特に、入市被ばく者や黒い雨による被ばく者についての見積もりは、疫学的な調査に基づく推定値と、理論的な推定値、あるいは後年の残留放射能の測定に基づく推定値との間に大きな乖離のあることが長年問題視されてきた。それらの被ばく者に顕れたいろいろな急性症状は、理論的・観測的に推測される被曝線量からはとても予想できない深刻なものだったのである。

その辻褄を合わせようとするとき、二つの観点からの検討が必要だろう(注3)。ひとつは、放射性物質の量的な見積もりは間違っていないか、今ひとつは、吸収線量から線量当量に換算するいろいろな係数(放射線荷重係数、組織荷重係数など)やその理論は間違っていないかという点である。

不思議なことに、後者に着目しての研究は長い間なされていない(注4)。例えば、前回の記事に書いたα線の放射線荷重係数(= 20)を導く基となったいろいろな生物影響をまとめたATOMICAの解説にある図2図3は、いずれも1972年出版の教科書に掲載されたものである。個々の実験そのものはもっと古い筈だ。半世紀以上もの間進歩していないということか。

低線量被曝の影響については、研究が不十分なためにいまだに良く分かっていないという現状において、専門家として「疫学的には、100 mSv以下の放射線の影響は認められない」と言いつのることは、単なる怠慢の告白としか映らないだろう。

最後に、低線量被曝の危険性を訴える個人・グループの中には、被曝の健康影響を和らげたり、放射線量を低減させるのに味噌や、ある種のサプリや、EM菌などに効果があるとして、それらを販売しているものがある。商売とは無関係を装って、自らの主張を広めるのとセットに何かを売りつける者には、決して近づいてはいけない。ましてやそれを広めたりしてはいけない。このことは、私の中では、ほとんど「法則」に近い。

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注1)広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」の被爆者援護対象区域を見直す厚労省の有識者検討会ワーキンググループの報告書によると「「黒い雨」の体験者は体験していない人に比べて不安や抑うつなどの精神的健康状態が悪い傾向がみられ、原因は「放射線の健康影響への不安や心配」が考えられる」(1月21日付、毎日新聞)という。

注2)関連して、水俣病発症と摂取水銀の目安である毛髪水銀濃度についてWHOが定める「危険値」に見直しをせまる最新の研究成果がある。岡山大の頼藤貴志准教授(環境疫学)らの研究によると、毛髪水銀値についてWHOが定める危険値の50 ppm未満でも、極めて高い割合で感覚障害など水俣病4件の主要な症状が認められことが分かったという(1月8日付、熊本日々新聞)。

注3)当然だが、被ばく証言者が噓をついているという立場は除く。しかし、(注1)の厚労省有識者検討会のメンバーの中には、影に日にそのことを主張してきた者がいることを、私は知っている。昨日(1月20日)もまた、その範囲拡大を見送る答申がなされた。一連の原爆症認定集団訴訟で、8判決の全てが、国の認める範囲より広域で「黒い雨」による被曝があった可能性を指摘してきたにも関わらずである。

注4)日本においては、放射性物質への管理・規制が大変厳しいという事情も一因としてあげられよう。その実態は極めてちぐはぐである。ウラン・トリウムを含む物質のうち、天然鉱物は「核原料物質」、加工したら「核燃料物質」という括りになるが、「原子炉等規制法」関連の政令によって規制対象となる下限量は、前者がウラン量にして900 g、後者については実際上、下限がない。一般の研究室においては、特に、純粋なウランの固形物質を入手するのは、どんなに微量であってもほぼ不可能だ。
かつて、放射年代測定の標準試料として使用するために、ネットで注文した数mm角のウラン物質(数千Bq)を、中国人留学生に頼んで国内に持ち込んだ大学教員が書類送検されるという事件があった。
 一方、原子力産業に対する規制は大変甘い。岡山・鳥取県境にある人形峠のウラン残土放置問題は記憶に新しいところである。「原子炉等規制法」にかかわる根深い問題については、ここには書ききれないので、そのうち稿を改めて整理したい。
 それにしても、数十万テラBqもの放射能を住民の上にばらまいた東電と政府の責任者は逮捕されねばならない。捜査はどこまで進んでいるのだろう。

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