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矢ヶ崎克馬氏による「内部被曝についての考察」は、特にα線の危険性を訴えるために書かれている。もっとも、このたびの東電原発事故では、α崩壊核種による汚染は、環境中の天然ウランに比べても遙かに低濃度なので、今のところ問題にする必要はない。以下に述べることは、ごく一般的に、その特性を整理するものである。話題の焦点は、α線の放射線加重係数の20という値は妥当なのか・・・、もしかしたら、桁違いに高いのではないかという点にある。
重要なのは、固体の構造におよぼす放射線の影響
大気中で一組のイオン対を作るのに必要な放射線の平均エネルギーは、β線で34 eV, α線で35.5 eV程度である。大気分子のイオン化エネルギーを差し引くと、放出された自由電子のエネルギーは10〜20 eV程度で、やがて再結合し、もとにもどったり、他の中性分子をつくったりする。以上は、気体の場合である。
固体の場合には、その構造におよぼす影響がどのように現れるかで、異なってくるであろう。例えば、生体におよぼす放射線の影響は、主に、高分子錯体としてのDNAの構造を破壊することで発揮される。よく言われていることは、DNAの二重鎖の両方が同時に切断されると修復が不可能になるということである(例えば、こちら)。そこで、DNAの二重鎖の両方を同時に切断する作用の強弱が、放射線の種類によって異なるのかどうかが問題となる。
放射線の生体に及ぼす影響度は、基本的には電離作用の強弱で評価されている。このとき、電離作用の強弱をひとつの放射線が生成するイオン対の総数で表せば、放射線の種類とは無関係にほぼエネルギーだけに比例することになる。一方、電離作用の強弱を比電離(荷電粒子が単位長さ進むときに生ずるイオン対の数)で表せば、放射線の種類によって大きく異なってくる。例えば、同じエネルギーで比較して、α線の比電離の大きさはβ線の1000倍ほどにも達する。矢ヶ崎氏が注目したのはこの点である。α線の、γ線やβ線にない特徴は、他にもある。
多色性ハローについて
α線が結晶構造におよぼす影響を視認できる現象として、多色性ハローがある。特に、ウランやトリウムなどのα崩壊する元素を含む鉱物が黒雲母と接している時に顕著で、放射性鉱物の周囲の黒雲母の結晶構造が放射線によってダメージを受け、メタミクト化し、偏光顕微鏡下で黒く焦げたように見える現象である(注1)。
褐廉石(右上)の周囲の黒雲母(左下)中にみられる多色性ハロー 黒雲母中に含まれるジルコンの周囲にみられる多色性ハロー 写真から、多色性ハローの幅は約20 μmとわかる。ウラン系列とトリウム系列のα線の中で最大のエネルギーのものは、それぞれ、214Poからの7.7 MeVのα線と、212Poからの8.8 MeVのα線であり、それらの黒雲母中での飛程はおよそ50 μmである。多色性ハローの幅がこの飛程より短いことの一因として、α線が放射性鉱物の内部から抜け出す間のエネルギーロスが考えられる。
ウラン系列とトリウム系列はβ線、γ線をも放出するので、それらがメタミクト化を引き起こす能力があるなら、多色性ハローの幅は桁違いに広い筈である。また、黒雲母は主成分としてカリウムを8%ほど含むので、40Kからのβ線とγ線で全体がメタミクト化しても良い筈であるが、そのような報告はない。したがって、多色性ハローはα線のみによって引き起こされていると考えられる。
さて、もし放射線の電離作用がメタミクト化の原因であるなら、α線だけがそれを引き起こす必然性はない。40Kからのβ線・γ線の持つエネルギーも、黒雲母の結晶構造のイオン結合を引き離す能力は十分すぎるほどあるが、一旦解き放たれた(自由)電子も、すぐに再結合してしまうのだろう。α線の電離作用は、その飛程の末端付近で最大になることが知られているが、多色性ハローが周囲へ次第に薄くなっている様子は、その成因が電離作用とは無関係であることを示していよう。
α粒子(ヘリウムの原子核)の最大の特徴は、電子の7000倍以上にもなる大きな質量にある。そのため、α粒子が他の原子と弾性衝突をすると、衝突された方の原子に大きな運動量が分配されることになる。α線の放出に際しての反跳エネルギーが大きいことも同じ理由による。そのため、α崩壊するような重元素であっても、固体表面から飛び出して周囲へ溶け出し、その固体内外において同位体非平衡となったりすることも知られている。
これらのことから、α線だけがメタミクト化を引き起こすのは、その大きな質量のために、直接、力学的に結晶構造を破壊する能力があるからだと考えられる。α線による被曝を考える上では、電離作用が高密度で引き起こされることとともに、無視できない特徴と言えよう。つまり、α線による被曝という現象は、γ線やβ線によるものとは、質的に大きく異なると考えねばならない。
横軸のLETは、放射線が物質中を通過する際、通路の単位長さ当りに平均して失うエネルギーのことで、「線エネルギー付与」と呼ばれる。これらの図では、媒質が水である場合について、keV/μmの単位で表してある。縦軸のRBEは「生物学的効果比」と呼ばれるもので、標準放射線(ここでは60Coのγ線)が与えるいろいろな生物学的影響を1として、問題となる放射線が同じ線量で与える影響の大きさを相対比で表してある。その大きさは、例えば、マウスの半数致死量であったり、白内障を引き起こす限度量であったりと、観察内容によって異なる値を示すのが普通である。
放射線加重係数は、これらの図で危険率を最大に見積もる実験結果を基に、そのRBEをもって定められている。α線のそれが20になっているのは、図を見れば明らかである。
ところで、同じトータルの被曝線量でも、長期間にわたって少しずつ被曝した場合と、短期間に一度に被曝した場合とでは、後者においてその影響がより強く表れることも知られていて、「線量率効果」と呼ばれている。これはDNA損傷に修復作用があるためと考えられている。線量率が高いと修復が追いつかないのである。
そうであるなら、はやり、「その1」で問題にしたような、微小な高濃度線源が体内の一カ所に留まっているケースでは、局所に集中的にダメージを及ぼすα線源だと、DNAの修復が追いつかず、より危険度が増すと考えられる。ところが、α線源を用いての生物影響を調べる実験は、溶液を注入して放射性核種が体内に拡散するような状況でなされているので、その危険性は充分に解明されているとは言い難い。ただし、α線のような高LET放射線では線量率効果は小さいことがわかっているので、局所に集中した被曝であっても、その危険度が何桁も違っているというようなことはないかもしれない。
今回も字数制限にかかって、これ以上書けないので、また補足記事をあげる予定。
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注1)You Tubeに多色性ハローの動画がアップしてあるが、スケールが不明なので、ここでの議論には役立たない。
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科学と認識
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前回の記事の冒頭に追記したように、コンプトン散乱について補足しておく。
コンプトン散乱とは、γ線・X線などの高エネルギーの電磁波が原子の軌道電子に衝突して、電子をはじき飛ばすと同時にその向きを変えて散乱される現象のことで、このとき、電磁波のエネルギーは減衰するが、消滅することはない。
コンプトン散乱は電磁波と電子の衝突現象なので、これが起こる確率は、軌道電子数の多い、すなわち原子番号の大きな原子ほど高く、軽元素では無視できると考えていたが、軽元素では光電効果が起こる確率の方もさらに低く、結果的にコンプトン散乱の方が主役を演ずるようである(たとえばこちら)(注1)。
137Csからの0.662 MeVのγ線の物質による吸収は、吸収体が鉛の場合は光電効果とコンプトン散乱がほぼ同じ割合、アルミニウムの場合はほとんどがコンプトン散乱のみによってまかなわれる。骨の主成分であるCaや血液に比較的多く含まれるFe(鉄)については光電効果も無視できないが、その他の有機質や水分による吸収は、ほぼコンプトン散乱のみが問題となる。
0.662 MeVのγ線のコンプトン散乱によって弾き出された電子のエネルギーは、散乱される角度によって異なり、散乱角90°の場合の、0.662 - [0.51/(1 + 0.51/0.662) ] = 0.374 MeVを最大値とし、それ以下のいろいろな値を取る。式中の0.51 MeVは、電子の静止質量をエネルギーに換算した値である。また、厳密にはイオン化エネルギーを差し引くべきであるが、ほとんど無視して良い。
ここで弾き出された電子もまた、その近傍の他の原子をイオン化する能力があるが、光電効果によって放出された光電子がγ線のエネルギーの大部分を受け継いでいるのに比べれば、そのエネルギーはかなり低い。人体に進入した一つのγ線光子は、コンプトン散乱を繰り返しながらそのエネルギーを次第に減じ、やがて人体に吸収されてしまう。
この間のイオン対の形成は、γ線の通過経路の途上の何カ所にも別れて起こり、「その1」で述べた光電効果によるものよりもさらに拡散的で、β線によるイオン化とはかなり様相を異にする。したがって、結論は変わらないが、矢ヶ崎氏が力説する被曝の局所化という点で、γ線によるものとβ線によるものの差異も、より明瞭なものとなる。
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注1)この図の説明は、ATOMICAのこちらのページ。
この図のタイトルは「図3 γ線のコンプトン効果」となっているが、本文を読めばわかるように、正しくは「図3 鉛とアルミニウムに対するγ線の線減衰係数」とすべきで、図4のタイトルと入れ替わっている。ATOMICAには、このような間違いや誤植が非常に多い。
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字数制限のためにコンプトン散乱に触れずにいたが、重要とわかったので、「その2」の前に補足記事をアップする予定。結論は変わらない。
東電原発事故によって放出された放射能で、今、最も気にすべきは137Csである。これは、一つの崩壊でほぼ同じエネルギーのβ線とγ線をほぼ同じ割合で放射するので、β線とγ線の特性が、内部被曝と外部被曝の危険性にどのように関わるかを例示するのに適してもいる。
線種 エネルギー(MeV) 分岐率
β線 1.180 0.056
β線 0.514 0.994
γ線 0.662 0.851
NHKのETV特集『ネットワークで作る放射能汚染地図』でも紹介されたが、広島大の静間教授らが開発した、葉物野菜などに付着した汚染物質の分布を可視化するタブレットによる観察から、このたびの原発事故によって放出された放射性物質は、微小な固まりとなって降下し、あちこちに斑点状に付着していることが分かっている。
例えば、137Csを10 ng含む微粒子の放射能は32000 Bqである。この1個の埃からの放射線が人体に及ぼす作用を、1)体外の1m離れた位置にある場合、2)皮膚に付着している場合、3)体内に取り込まれた場合で、γ線とβ線に分けて比較してみよう。以下、分岐率の低い1.18 MeVのβ線は無視する。
1)線源が体外の1m離れた位置にある場合
線源が体外の1m以上離れた位置にある場合は0.514 MeVのβ線はほとんど届かないので無視して良い。この埃からは、0.662 MeV のγ線が四方八方へ1秒間に平均32000×0.851 =27200回放射される。そのうち1m離れた人体へ向かうのは全体の1/10だけだとすると、毎秒平均2720個のγ線光子が人体へ進入することになる。
電磁波であるγ線は、物質を構成する原子と確率的に反応して個々に消滅する。その半数が消滅する物質の厚さを半価層、1/10までに減少する厚さを1/10価層などと称する。0.662 MeV のγ線に対する大気の半価層は大変厚いので、1 m の間にはほとんど減衰しないと考えて良い。人体の平均密度を水と同じ1 g/ccと近似すると、137Csから のγ線に対する1/10価層はおよそ26 cmと、ほぼ人体の平均的な「厚さ」に近いので、90%ほどが吸収されることになる。
すなわち、毎秒平均 2450個のγ線光子が人体を構成する原子と反応して、そのエネルギーが吸収される。1秒間に人体が吸収するエネルギーは0.662 MeV×2450 = 1.62 GeVであり、体重60kgの人の吸収線量に換算すると、0.0156 μGy/hとなる。
γ線が原子に吸収されると軌道電子1個が飛び出し(光電効果)、その原子は励起状態となる(イオン化)。この時、γ線が持っていたエネルギーの一部は励起に消費され、残りのエネルギーは飛び出た電子(光電子)の運動エネルギーとなる。人体の主成分元素、H, C, O, Caの中で最も大きな励起エネルギーを要するのはCaのK 殻電子であるが、それもたかだか4.04 keV(Ca-K殻吸収端エネルギー)に過ぎないので、飛び出た電子は、元のγ線のエネルギーの99.4%の0.658 MeVを運動エネルギーとして持つ。この高エネルギー電子は、定義上β線とは呼べないが、そのふるまいはβ線と全く同じである。
この「β線」は周囲にある原子と種々の相互作用を起こして、やはり、その軌道電子を弾き出したり、連続X線を放射したりする。二次的に放出された電子(二次電子)は、50 eV以下の小さな運動エネルギーしか持たないが、衝突した方の電子には余力が充分にあって、進行方向を変えながら、次々と別の原子に衝突して多数の原子をイオン化する。こうして次第にエネルギーを減じる。この間に「β線」が進むことのできる距離は、そのエネルギーと物質の密度で決まり、飛程と呼ばれる。0.658 MeVのβ線の人体中での飛程はおよそ2.3 mmである(β線の飛程の計算ツールを参照)。
また、γ線によって励起された原子も、光電子によって二次的に励起された原子も、電子が飛び出て空席となった軌道へ、その外側の軌道から電子が落ち込んで空席を埋める。この時、軌道遷移のエネルギー差に相当するエネルギーの電磁波(特性X線)が放射される。このX線もまた、その周囲のより軽い原子をイオン化する能力がある。人体を構成する原子からの主要な特性X線の中で最も高いエネルギーを持つのはCa-Kβ線(4.04 KeV)であるが、これは人体組織中を数mm 進む間に構成原子と反応してほぼ消滅する。
こうして、人体を突き抜けずに反応したγ線のエネルギーの大半は、人体を構成する原子を効率的にイオン化(電離)し、分子の結合を破壊するのに使われる。このとき、二次的に発生した高エネルギー電子が電離作用の主たる担い手となることから、被曝影響を放射線の種類間で換算する放射線加重係数は、γ線もβ線も共に1とされているのである。
一方で、もともとの原因となったのはγ線であり、そのことからくる被曝特性も押さえておく必要がある。確かに、γ線と人体を構成する原子が衝突を起こすと、光電子を介しての電離作用は、「衝突」が起こった周囲数mmの範囲に集中する。しかし、その場が人体各所の広範囲に確率的にばらまかれて発生する点は、おおもとがβ線であった場合とはかなり様相を異にする。このことの意味を吟味するのが本稿の目的である。
2)線源が皮膚に付着している場合
線源が皮膚に付着していると、そこから四方八方へ放射されるγ線の半数が身体の側へ向かうことになる。これは、放射線検出器における「線源効率」という概念と同じである。体外の1m離れた場所にあった場合は1/10と仮定したので、そのおよそ5倍の被曝を及ぼすと近似できる。すなわち、毎秒13600個のγ線光子(0.662 MeV)が身体に侵入し、その90%の毎秒平均12240個が吸収され、残りは突き抜ける。人体が1秒間に吸収するγ線のエネルギーは0.662 MeV×12240 = 8.1 GeVである。体重60 kgの人の吸収線量に換算すると、0.078 μGy/hとなる。
一方、β線の方は、体外の1m離れた位置では問題にならなかったが、皮膚に付着していると、やはりそこから放射される半数が体内に侵入することになる。32000 Bqの137Csからは、毎秒16000(32000×0.994÷2)個のβ線が人体へ照射される。この本来のβ線がγ線によって二次的に発生する高エネルギー電子と異なるのは、最大エネルギーを0.514 MeVとして、山形のエネルギー分布となるような確率過程で生み出されることである。最大エネルギーとの差は反ニュートリノが担い、結果的にβ線の平均エネルギーは最大エネルギーの半分以下になる。仮に、その平均エネルギーを0.2 MeVとすると、人体が1秒間に吸収するβ線のエネルギーは、0.2 MeV×16000 = 3.2 GeVとなる。これは、γ線の8.1 GeVの40%に相当する。
では、β線よりγ線の方が被曝の危険度が高いかというと、そうではないというのが矢ヶ崎克馬氏の主張である(注1)。
137Csからのβ線の飛程は、最大エネルギーのもので1.6 mm、多くは1 mm以下となり、ほぼ埃が付着した近傍の皮膚および皮下組織のみによって吸収されてしまう。局所域に集中して継続的にβ線が打ち込まれることによって、そこに損傷した遺伝子が高密度で発生することになるであろう。その密度が修復可能なしきい値を超えると皮膚癌になるかもしれない。γ線による被曝の場合は、たとえβ線と同じ性質を持つ二次的な高エネルギー電子が電離作用の主役であるとしても、その発生は、確率的に人体の各所に分散しておこるので、その危険度は相対的に低いという訳である。
3)線源が体内に取り込まれた場合
この線源が体内に取り込まれた場合、放射されたγ線のおよそ70%が体組織に吸収されることになる。その吸収エネルギーは1秒間で、32000×0.851×0.7×0.662 (MeV) = 12.6 GeVになる。体重60 kgの人についての吸収線量に換算すると0.12μGy/hである。
β線は、その全てが体組織に吸収されるが、その平均エネルギーを0.2 MeVとして同様に計算すると、1秒間の吸収エネルギーは6.04 GeV(γ線のほぼ半分)となる。しかし、β線の場合は、線源となった埃が体内の一カ所に留まる場合と、それが体液に溶けて拡散する場合とでは、既に述べた理由によって、その影響は大きく異なってくると考えられる。
ICRPは、被曝影響が特定の臓器に集中する場合を想定して、「組織荷重係数」を設けている。しかしこれは、矢ヶ崎氏の言う被曝の局所化が、β線の場合は数mmの範囲、α線についてはμmオーダーと、一つの臓器より遙かに小さいスケールを想定していることから、基本的に異なる概念と考えて良い。矢ヶ崎氏は、β線やα線による内部被曝線量を、吸収線量(単位Gy:グレイ=J/kg)を基にICRPの定めた放射線荷重係数や、組織荷重係数を乗してSv(シーベルト)へ換算して求め、γ線による被曝の知見と比較することなどできないと主張しているのである。
このことは例えば、人体には放射性の40K(カリウム40)が4000 Bqも含まれていて、その内部被曝線量は年間0.17 mSvになるので、この程度の内部被曝ならどのような態様のものであっても気にする必要はないという主張に再考をうながすものである。カリウムは主に全身の筋肉組織に拡散して分布しているので、カリウム起源のβ線も人体の各所に拡散して生まれる。したがってその被曝影響は、全身にγ線を浴びるのと基本的には同じと考えて良い。しかし、ここで想定するような、微細な放射線源が体内に取り込まれて一カ所に留まるなら、粒子線特有の「被曝の高度な局所化」を招くのは確かである。
私には、このような被曝の局所的集中が生体にどのように作用するかについての知識がないので、これ以上のことは言えないが、矢ヶ崎氏の主張には耳を傾けるべき点があると考える次第である。
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注1)矢ヶ崎氏は、特にα線の危険性を強調しているが、β線にも同じ事情が当てはまる。また、α線には矢ヶ崎氏が指摘していない特殊な振る舞いがあるので、(その2)として稿を改めようと思う。
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100万kW級の原子力発電所では約100トンの濃縮ウラン燃料が使用される。これを1年間稼働するとその3分の1の30トンほどが取り替えられ、使用済み燃料となる。使用済み燃料にはウラン235の核分裂生成物である「死の灰」が含まれる。100万kW級の発電炉を稼働すると、1日あたり3 kgの死の灰が生まれる。これは、広島へ落とされた原爆による死の灰の3倍に相当する。
この死の灰を含んだ使用済み燃料を再処理して再利用する計画は、技術的な目処が立たず、頓挫したままである。使用済み燃料は溜まる一方で、青森県六ヶ所村の中間貯蔵施設の使用済み燃料プールも容量3,000トンが満杯になってしまった。原子炉建屋に併設されている使用済み燃料プールに詰め増し(リラッキング)するなどして凌いでいるが、これも限界に近い。そこで東電は、青森県のむつ市に5,000トンの使用済み燃料貯蔵施設を建設中とのことである。 これまでの原子力発電の事業は、システム全体としての技術が未完成なだけでなく、後始末に必要な経費も将来の世代にツケとして残してきたということになる。一つの技術は、将来にツケを残さないよう、いろいろな方策を整えた上で利用を開始するというのがスジである筈だが、原発は、それが死の灰を生み出すものである以上、将来にツケを残さない方策というものは存在しない。軍事利用にせよ、平和利用にせよ、原子力の利用は、将来の世代にツケを残すことを前提として成り立つのである。 ツケがたいしたことのない規模であれば問題にする必要もないのだが、ツケの内訳がどうなっているかは、国も電力会社も明らかにしてこなかった(注1)。原発の発電単価が、実は言われているほど安くはないということがバレてしまってはマズいとの思惑からなのか? おそらくは、ツケがあまりに巨額で、これまでの原発による経済的繁栄は、単にツケで飲み食いして浮かれていたに過ぎないことであったという本質論が俎上に載せられることを避けたいのだろう。 しかし今や、原発が将来の世代から巨額な搾取をすることで成り立っていることは明らかである。使用済み燃料を再処理して高レベル放射性廃棄物を埋設処分するにせよ、アメリカのように再処理せずに使用済み燃料をそのまま保管し続けるにせよ、何万年もの間管理し続けなければならないことは確実なのだ。そもそも日本では地層処分の受け入れ先がない。それをどうするかという事業計画さえツケとして残されている。 まもなく寿命を迎えて廃炉になる原発が続出することになるが、廃炉の具体的な手続きや経費も明らかでない。事故を起こした福島第一原発の1〜4号機をどのように「処分」したら良いか、今のところ計画さえ立てられない状況である。 原発の本質は、このように、数世代をはるかに超える時間を隔てて社会的な足かせとなる存在であることにある。そのことから派生する問題は、単に経済的なツケを残すということにとどまらない。 例えば、核燃料サイクル計画にせよ、高レベル廃棄物の地層処分の計画にせよ、技術的な目処が立たずに計画は次々と延期され、そこに注ぎ込まれた資金は当初計画の何倍にも膨れあがってしまったのだが、そのことに責任を取るべき人物や組織は、既に引退していたり、この世に存在していなかったりするのである。将来においてもまた、新たな問題が起こったとして、過去に責任が押し付けられ、不問に処されるであろう。 本来、自らの死後の世界については誰も責任をとれないのであるから、将来の世代にツケを残すような事業計画は、そもそも立ち上げてはならない筈だ。 原子力発電は、1日でも、1秒でも、動かすほどに将来へのツケを増やす存在であるから、1日でも1秒でも早く止めるべきである。原発を止めたら日本の経済が立ち行かなくなるという主張は、今の経済さえ良ければ将来の世代はどうなっても良いとの刹那主義に基づく。「洪水は我が亡き後に来たれ」という思想である。 小出裕章氏のように、原子力発電が差別の構造の上に成り立っていることから、これに反対するのであるとの主張もあり、私もそう思うが、資本主義そのものが差別と搾取の構造の上に成り立っているのであり、そうしたことは何も原子力発電に限ったことでもない(注2)。原子力発電に特有の本質的な問題は、子々孫々の世代から時を隔てて搾取することで成り立っているということ、また、そのことが無責任体質を生み出す背景にもなっているということにある。 河野洋平氏が言うように、そうした本質を「不道徳」と断じるのは、ごく普通の感情であろうと思う。だから、原発を推進しようとする者は、この本質をできるだけ隠そうとする。原発をこの先どうすべきかをテーマとした討論企画において、この問題を不問に付したまま安全性や経済性の論議に終始するのは茶番である。 今や、将来へのツケを勘定に入れたら原発は決して安くはないということも明らかになっている。では何故、そうまでして原発をゴリ押ししようとするのだろうか? それは、将来核兵器を保有する選択肢を捨てるべきではないとの動機以外には考えられない。やがて、このことが原発の是非と絡めて語られるようになるだろう。 ----------------------------------------- 注1)濃縮ウラン製造の過程で排出される劣化ウランの管理の問題もなかなか表に出てこない。 天然のウランは99.27%のウラン238と0.72%のウラン235からなる。精製された天然のウラン1トンから、975.4 kgのウラン238(=劣化ウラン)を取り除くと、ウラン235が4%まで濃縮された原発の燃料18 kgができる。原発の燃料1トンを製造すると、同時に54.2トンの劣化ウランが生み出される計算になる。これまでに50万トンオーダーの劣化ウランが廃棄物として「製造」された筈である。それがどこにどのように保管されているのか、いくら調べても全貌がわからなかったのだが、最近、意外なところからみつかったりもしている。 千葉の劣化ウラン管理倉庫 震災コンビナート火災で「危機一髪」 劣化ウランは安全で無害であるとの原子力産業の宣伝に騙されて、つい手を出してしまったために、その処分に困って、何十年もの間無為に保管し続けねばならなくなったことは同情に値する。本件についての幾つかの報道記事には、計算上矛盾する点があるので、再度採り上げることになるかもしれない。
いずれにしても、これからも、あっと驚くような将来へのツケが明らかになるであろう。劣化ウランについては、このブログの以下の記事を参照されたい。思い起こせば、このブログの記念すべき最初の記事が、下記最上段の劣化ウランについてのものであった。 劣化ウラン(DU)の評価についての奇妙なねじれ 劣化ウランと原発用濃縮ウランの放射能は大して違わない 劣化ウランについて(補足:その1) 劣化ウランについて(補足:その2) 注2)原発の差別性を不問にするような反原発運動とは共闘しないとの主張もみかける。差別の上に成り立っている国家的事業は、原発以外にもいくらでもあるが、それらの全てに反対しないような者とは共闘できないと言うに等しい主張である。差別と搾取が資本主義の本質であると考える私からしてみると、この主張は、「資本主義に反対しないような反原発運動とは共闘しない」と同義である。心情的には理解できるが、ここに書いたように、原子力の大規模な利用については、これに反対すべき固有の問題がある。もはや一刻の猶予もないと考えるなら、広く共闘の道を探るのがベターではないかと思う。 |
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はじめに
東電原発事故後の飲食物の暫定規制値についてはこれまで何度か採り上げてきたが、放射線防護のための年間被曝線量の見積もりにとって重要である。ICRPの2007年勧告(Pub.103)では、防護の指針とすべき被曝線量は外部被額と内部被曝の合計に基づくものであることを明確にしている(国内制度等への取入れに係る審議状況についての−中間報告−参照)が、現在の汚染地域では、外部被曝の目安となる空間線量率ばかりがとり上げられている。
現在の暫定規制値では、汚染された飲食物の摂取による被曝線量に過小の見積もりを与えるおそれがある。最近では、暫定規制値の複雑な導出プロセスをフォローして、いろいろな観点からその問題点を指摘する声も聞かれるようになったが、未だ不十分である。一方、WHOや諸外国の規制値と単純に比較して、日本の規制値は異常に高いと批判する中には、誤った論拠に基づくものもある。 それらのことは、日本の暫定規制値が高くなっている二つの理由に関係するが、やがて、「暫定」という修飾を取らなければならない時期にさしかかると、再び問題になるので、改めて整理しておきたい。 1)日本の暫定規制値が高くなっている理由 例えば、日本の水道水についての暫定規制値は、ヨウ素群で300 Bq/kg、セシウム群で200 Bq/kgであるが、WHOの水道水についてのガイダンスレベルは、いずれも10 Bq/kgと大変小さな値となっている。これは、以下に述べる「やむを得ない理由」と「不当な理由」の二つが合わさった結果である。 やむを得ない理由:「暫定」=「非常時」 まず注意しなければならないのは、WHO のガイダンスレベル(指針、指導値)は、平常時のものとして定められており、非常時における「規制値」とは意味が異なるということ。非常時のものとして定められている現在の日本の暫定規制値が高くなるのはやむを得ないとも言える。 それを受け入れがたく思うのも当然だが、現実問題として、WHOのガイダンスレベルをそのまま適用したら、数百万規模、場合によっては1千万人の「水道水難民」が生まれ、お手上げとなる(対処法がない)。非難を覚悟で敢えて言えば、発がんのリスクが否定できないことを覚悟しつつ、ある程度の汚染はがまんして飲まなければならない事態に陥っているということである。それが原発の事故というものであり、けしからんのは、原発を作ったこととも言える。 汚染対策の前提となる許容されるべき被曝線量レベルを、非常時については「介入線量レベル」と呼ぶが、平常時について定めるWHOの指針では、「個別線量基準」と呼ばれている。両者は、名称も意味も異なる別物であり、単純に比較してその高低を言うだけでは意味がない。 WHOの水道水の個別線量基準は、実効線量0.1 mSvと大変小さな値となっている。しかしこれは、その名のとおり、多数の放射性核種の中の個々の核種に個別に適用される値である。日本の暫定規制値と同じように、ヨウ素群6種類、セシウム群4種類を存在率で重み付けして合計した値に換算すると、およそ0.4 mSvに相当する。他の食品群の汚染を考慮すると、平常時としては決して小さな値ではない。 一方、日本の暫定規制値の前提となる介入線量レベルの水道水の分担分は、ヨウ素群については甲状腺等価線量の50 mSvの2/3を三つの食品群に均等配分した11.11 mSv(実効線量に換算すると0.44 mSv)となり、Sr-89とSr-90を含むセシウム群については実効線量5 mSvを五つの食品群に均等配分した1 mSvとなる。水道水についてのヨウ素群とセシウム群の合計の介入線量レベルを実効線量で表すと、1.44 mSvとなり、WHOの個別線量基準の合計0.4 mSvのおよそ3.6倍となる。非常時としては異常に高い倍率とは言えないであろう。 ところが、日本の暫定規制値はWHOのガイダンスレベルに比べて、ヨウ素とセシウムでそれぞれ30倍、20倍と、さらに高倍率になっている。この差は次に述べる「不当な理由」による。 不当な理由:汚染レベルは減衰するというモデル 暫定規制値の導出法については、ヨウ素群を例に概説した6月29日の記事を参照されたい。この導出法は、飲食物の汚染濃度が半減期に従って次第に減衰するというモデルに基づいており、国際的にみると特異である。 そこでは、例えば、ある産地で規制値に等しい2000 Bq/kgのヨウ素131を含む野菜が見つかったとすると、この産地から8日後に収穫されるものは1000 Bq/kgへ、16日後に収穫されるものは500 Bq/kgへと減り続ける筈であるとの前提で年間の被曝線量を積算した時に、介入線量レベルを下回るとの計算から、初期の汚染濃度の2000 Bq/kgをもって規制値とされている。従って、2000 Bq/kgの野菜を毎日食べても安全であるという意味では決してない。 試しに、ヨウ素131を2000 Bq/kg含む野菜を、日本人成人の一日の標準摂取量である400g、1年間食べ続けたときの甲状腺貯託等価線量(TED)を計算すると、次のようになる TED (mSv) = 年間摂取量(kg) × 放射能濃度(Bq/kg) × 甲状腺等価線量換算係数(mSv/Bq) = 0.4×365 × 2000 × 4.3E-4 = 125.6 mSv ……… 1) この値は、ヨウ素群についての野菜に割り当てられた介入線量レベルとして仮定されている11.11 mSv(甲状腺等価線量)の10倍以上である。 甲状腺の組織荷重係数である0.04(ICRP 2007年勧告値)を掛けて全身への寄与に換算すると、5.02 mSvとなる。他の飲食物や他の核種群による内部被曝や外部被曝を合計すると、決して安全とは言えないレベルに達することが危惧される。 ヨウ素は半減期が短いので特にこの問題が大きく、WHOの指針と大きな開きができる要因となっている。逆に言うと、既に終わった話でもある訳で、年間の内部被曝の見積もりが過去の飲食歴に大きく左右されてくるという意味で、既に取り返しのつかないことになっている。 セシウム群については半減期の長いものが多いので、上記の問題は小さいと考えられるが、実は、誘導介入レベルを求める式(6月29日の記事参照)の中のFという項が問題となってくる。これは、半減期の長い核種については、物理的半減期以外にも、汚染物質が雨水によって流出するなどの理由で、汚染地域の年平均の汚染濃度はピーク濃度の半分以下になるとの仮定から導入された項であり、ヨウ素以外の核種群については F = 0.5とされている。その結果、規制値の方はこの項を設けないときの2倍に緩和される。 次に、規制値のこのような導出法が持つ運用上の問題点について整理してみよう。 2)暫定規制値の運用上の問題点 上に述べた規制値の導出法でも、一回のイベントで放出される放射能については問題なく適用できると勘違いされるおそれもある。私も最初はそう考えていた。 しかし、現実におこることを具体的に想像してみよう。今も規制値を超えて出荷できない産地が実際にあるが、やがてそれらの産地のものも規制値を下回って出荷されるようになるだろう。こうして次々と規制値を下回ったばかりの食品が出回るようになると、しばらくの間は規制値ギリギリまでのいろいろな汚染レベルの食品が常に市場に混在するという状況が続くことになる。 計算で示したように、単純に規制値以下であるという理由で、汚染の<初期値>に近いレベルのものを毎日食べてしまったら、想定されている介入線量レベルをはるかに超える被曝をしてしまう危険性がある。 問題の本質は、現在の暫定規制値の決め方だと、一度規制値ギリギリの食品を食べてしまったら、その後は半減期にしたがった減衰曲線以下のものしか食べることができないという、大変複雑なことになってしまう点にある。厳密に言えば、規制値以下のものしか食べたことがなくても、汚染が始まった以降の飲食歴を詳しく調べないかぎり、ある日ある人にとって、ここまでは安全と言える目安が決められないということになる。規制値が汚染の<初期値>をもって定められている以上、そういうことになる。素人はもちろん、専門家にとっても、そうした管理は実際上不可能である。 3)国際的な規制値の導出法 では、国際的な規制値の導出法はどうなっているかいうと、WHOの水道水についてのガイダンスレベルも、国連の食糧農業機関(FAO)による暫定的な放射能対策レベル(IRALFA)の導出法も極めて単純明快で、基本的には前掲1)式を変形しただけの次式による IRALFA(Bq/kg) = 介入線量レベル(mSv)÷ 線量換算係数(mSv/Bq))÷ 食物の年間有効摂取量(kg) つまり、この規制値以下の食品であれば、毎日標準的な量を1年間摂取しても、内部被曝は許容レベル以下に抑えられることになり、極めて単純明快である。そして、問題となる主要な核種毎に、年齢群と臓器に分けて検討した時に、最も影響を受けやすい組み合わせについて求めた値を規制値としているのである(注1)。 さらにFAOでは、放射能汚染事故が起こった最初の1年間を非常時と位置づけ、この1年間に我慢しなければならない被曝線量と、事故が収束した2年目からの許容被曝線量を区別し、2年目以降は1年目の5分の1としていることも重要である。 日本の暫定規制値の基となる介入線量レベルは、FAOの1年目の「我慢量」と等しいが、やがて日本においても、2年目からの規制値をどうすべきかが議論になるだろう。その時、もしFAOと同じ導出法を用いると、規制にかかる産地が再び続出するかもしれない。 原子力安全委員会と食品安全委員会は、最初にボタンの掛け違えがあったことを認め、直ちに再検討に向けた作業に着手すべきである。 ----------------- 注1)この、FAOやWHOと同じ計算式で、日本の暫定基準値を再計算すると、 野菜のヨウ素131について(幼児)
介入線量レベル(mSv)÷ 線量換算係数(mSv/Bq))÷ 食物の年間有効摂取量(kg) = 11.11 ÷ 2.1E-3 ÷ (0.17×365)= 85 Bq/kg 現在の暫定基準値(2000 Bq/kg)は、この値の23.5倍となっている。減衰モデルを半減期の短い核種に適用すると大きな差異を生じることがわかる。 Cs-134とCs-137の合計について(成人) Cs-134について(存在度0.54) = (1×0.54) ÷ 1.9E-5 ÷ (0.6×365)= 130 Bq/kg Cs-137について(存在度0.46) = (1×0.46) ÷ 1.4E-5 ÷ (0.6×365)= 150 Bq/kg セシウム(134+137)= 130 + 150 = 280 Bq/kg 現在の暫定基準値(500 Bq/kg)は、この値の 1.8倍となっている。この違いは主に、年平均値の崩壊定数によらない減衰の項(F値)が0.5であることによる。 |




