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先日、行ってきた能福寺境内内にある「平相国廟」であります
平清盛公の墓所であり、歴史上の人物の墓所などは各地にありますが清盛公はこの地である神戸市兵庫区にある能福寺にしかありません。
平清盛公とは何かと縁というものがります。
小学生の時に買ってもらった歴史上の人物を紹介した本から一番初めに歴史上の人物の墓所に訪れた時もこの地であります。
その当時には日本三大大仏であった「兵庫大仏」などはありませんでした。
さて、平清盛公は私にとって先祖と言えば先祖であります。
私の母方の母親(祖母)の先祖を調べていくと明治から幕末維新時、江戸時代中期をさかのぼれば薩摩国で廻船問屋を行っていたの事です。
それだけで平家の流れの者とは言えないのですが、他家に嫁ぐときや大事な事があった時や数々の準備とか所用と申しますか言い伝えや小学生の時に「家宝である」と見せられた江戸当時の者などには「揚羽蝶」の家紋とあらゆる赤の道具を本家で見せてもらいました。
それでも先祖を探すのには家系図が大事ですが、その家系図が太平洋戦争やこの時代でありますから本家との連絡や交流なども今は皆無と言った中で、沖縄にいる母方の伯父一族が毎年旧暦の正月にあたる時期に神のお告げを聞く場所へ出向き色々と一年の注意や何かを聞くわけであります。
そんな時にご先祖の話が出たらしく・・・・
「平知盛公の流れを組む者へ・・・・」
とのお告げがあったらしく、それから違う神様のお告げを訪うた時にでも同じような話を母方の叔母が告げられたとお聞きし、一人だけ感激しています。
他の母方の近くて連絡を取っている親戚などにも言っても誰も無関心で信じてくれる方もなく、一人だけで頑張っている訳でありますが・・・・
平清盛公の嫡男である「重盛公」の直系であるご子孫の方が福井県木の芽峠に今も住んでおられます。
歴史会のサークルにて一度、訪問し私が
「平知盛公の流れを組む者などですが」 と伝えてます・・・・と
「調べてみよう」 との返答があり
後日(三か月後)に再び訪問すれば
「平知盛公の末孫である」 とのお教えを戴きまして
今は、一人で「平家の流れを組む者」として嬉しいかぎりの気持ちでいっぱいなのですが、ご先祖が平氏といっても今の世の中では何も変わらない訳でありますが・・・・清盛公はどんな感じで今の世を見ているのかなど気になりますねぇ〜。
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