18年目の今日を迎えました
18年前の1月17日午前5時46分 「阪神淡路大震災」
あの日から18年って早いと思いながらも実感が未だに残るのは自身経験者であるからこそでっしょうか・・・・。
地震の音がいまだに思い出されます。
「ゴォォォォ・・・・」
と聴こえた瞬間に突き上げられた身体が聴こえてくる悲鳴にガラス類や何かが割れる音 電気も照明も何もかも動かない。
父親が持っていた乾電池式の携帯ラジオが地震発生を伝えていた。
ただ聴こえていたのは
「神戸は・・・・・震度・・・・」
分からなかったのだろう
携帯も持っていなかった 家の電話が使えるはずもなく 身内との連絡も出来なかった
朝になって太陽が昇って、家から近くの公園へ行った。
人が神戸中心部の方向を見ていた。
黒い煙が見えた。
かなりの数の黒煙が見えた。
燃えている黒い炭のようなものが幾つも空から舞ってきていた・・・・・・。
「これは・・・・何?」
あの時は分からなかった。
数日後、家から14Km近く離れた友人の家まで歩いた。
交通手段は自らの足だけだった。
リュックに水と家にあった菓子パンを持って・・・・途中で見た光景に全身が震えた。
「空襲見たいや・・・・」
初老の人が言った。
地震発生の前の15日に岡山 16日に名古屋 16日の帰りの新幹線が17時46分発 新幹線の中で見たニュースは神戸製鋼の勝った内容。
新神戸駅降りて、三宮まで歩いて、三宮からJR乗って須磨で降りて市バスに乗って家へ
あの時、見た街は跡形も何も無かった。
すれ違う人も・・・・公園や広場で毛布で過ごす人も・・・・くすぶる煙の中で家族を探す人を見ながら何も出来ない自分が無力に感じた。
ある地区で・・・・数人の人に声を掛けられた。
「水、持ってるか・・・・」
「はい」
答えた瞬間に声を掛けてきた人の声が変わった。
「リュックからすべて置いていけ・・・・」
「はぁ?」
「すべて置いていけ!って言ってるやろッ!」
その瞬間、走った。
リュックにある2リットルの水が重たく感じた。
追いかけてくる人の足音が聴こえた。 どんなに走っても追いかけてくる人が怖かった。 リュックから水を取り出して後ろへ投げた。
投げ捨てた水を奪うようにしていた光景を遠くから見ていた。
奪われそうになった自分を助ける人なんていなかった。
反対に見ている人の視線が怖かった。
近づいてくる人が再び同じような行為をするのではないかと思った。
やっとの思いで、友人の家の近くにある小学校付近で友人と再会した。
会話は数分間しか出来なかった。
再び帰らなければ、どのような事が起こるか分からなかった。
帰り道は、違う道を通った。
警察に道を止められていた事もあって東から西へ歩く道は無理だった。 南へ南へ海沿いを歩き続けた。
震災を野次馬が来ていた。
笑っていた光景が許せなかった。
人をどのように見ていたんだろうか・・・・。
帰宅したのは23時頃だった。
あれから・・・・18年
地震発生後から神戸復興まで神戸にも絆はあった。
しかし、今の神戸に絆が失われいるように思えた。
人と人が助け合う時代が見えていない時代になったと感じた。
年月が流れた中で失われたものを感じるのは自分だけでしょうか・・・・・・。