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続きです
(画像のUP容量が足らずに幕末三藩主を一つの記事で載せる事が出来ませんでした
島津久光公を通り過ぎて・・・・
幕末名君の銅像と同じ敷地内にある「太平洋戦争戦士之墓」
画像では同じ場所付近にあるかと思われますがかなり大きな石の上にありまして石の階段を上がった場所にあります。
「島津忠義公」
「島津忠義」 薩摩藩第12代藩主
敷地内の土はすべて桜島の降灰
自宅付近の降灰をゴミとして出せるのも鹿児島で見れるもの(大変ですね)
もっとゆっくり見たかった(探索)ですね・・・・。
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薩摩大隅
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こんばんは
「照国神社」からバス停に向かった途中で見つけたのが
「島津斉彬公」
「島津斉彬」は幕末維新時の薩摩77万石の第11代藩主。
名君で知られ薩摩藩を富国強兵で幕末にいた諸藩の中で最強の軍事力まで作りだし人材も西郷隆盛を始め数々の志士を育て上げた。
少し歩けば・・・・
「戊辰之役戦士顕彰碑」がありました。
(指が写ってしまってすみません)
「橋口壮助」「有馬新七」らの名は「寺田屋事件」
「有村次左衛門」は「桜田門外ノ変」
誰か見えてきました・・・・
「島津久光公」
「島津久光」は薩摩藩の藩主ではありません。 島津斉彬の異母弟であり斉彬急死後は藩の実権を手中におさめ、小松帯刀・大久保利通などを登用し幕末維新時から討幕までの激動時の藩主と言える。
続く・・・・ |
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鹿児島新港で鹿児島中央駅方面(天文館)へ向かう無料バスに乗車し鹿児島中央駅コインロッカーで荷物を預けてカゴシマシティビューバスの一日乗車券を購入し鹿児島空港へ向かうまで市内探索に出発しました。
鹿児島中央駅出発して・・・・
「西郷隆盛銅像」を撮影し次のバスが来るまで時間があったので、「照国神社」へ行きました
大きい鳥居です。
身体が船酔いではないのに揺れている感じが残っていてまっすぐに歩いているようで画像が斜めになったり傾いているようで申し訳ございません
駐車場の名が「戊辰」とはねぇ〜
鹿児島市内中心部にある神社です。
灯篭が時代を物語っている様子が感じられます。
「日露戦役凱旋記念燈」
「照国神社」にお参りして
神社のお守りなど売っている事務所へ行って狛犬について聞いたのですが・・・・
「ありません!」
・・・・と追い返すような感じでした。
時間が迫っていたのでバス停へ帰ります
狛犬は見つかるのでしょうか・・・・ |
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時化らしき海の荒れが感じなくなったころに目が覚めて、数人しか起きていないロビーから階段をあがって甲板に出てみれば・・・・
「島?」と思えるような感じで見てました。
島ではなく半島「大隅半島」でして後ろを振り返れば
中央に見えるは「開聞岳」でした。
「開聞岳」(薩摩富士)
雲に隠れて頂上から全体の美しい姿は見れず、また今度挑戦したいですね!
天候は曇りらしき空模様
鹿児島市内が見えてきました
桜島も雲に隠れていましたね
朝日が見え始めました
鹿児島新港は工事中の様子・・・・。
鹿児島新港
QPにタラップが来るように合わせるのも見どころがあります。
とりあえず無事に鹿児島に到着したのでした
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おはようございます
続きを書きます! 「亀徳新港」から乗船したのはマリックスラインの「クインコーラルプラス」
鹿児島〜奄美諸島〜沖縄の航路で4隻いるフェリーの中でバリアフリー対応で一番安定感があるフェリーだと知らされている中で乗船したのですが・・・・
港近くでは波も普通でしたが・・・・
奄美大島の名瀬新港に向けて航行中に波が高くなり始めました
二時間前までいた村をフェリーから撮りましたが暗いですね・・・・
荒れ始めるような波が続きます
「クインコーラルプラス」のファンネルが画像と船体模型画像です。
この撮影を終えた後はフェリー好きで負けない自分でしたが、この日の波の揺れには負けてしまいました。 甲板や船内で楽しむよりは2等洋室(ベッド)で寝てました
船内放送で目覚めたら・・・・「名瀬新港」に接岸してました
前日に乗ってきた「フェリーあまみ」では使用されなかったタラップらしき連絡橋がターミナルとフェリーを結んでいたので雨でも濡れずに・・・・また階段もなく乗り降りできるので便利だと思いました
夜の名瀬新港・・・・淋しい気持ちになりました・・・・
雨が激しくなり始めましたのでベッドに戻って
乗船券を撮って 「おやすみなさい」 と寝たのでありました
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