あの日のこと…

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6年。。。。。。

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めいったら、最近
 
「けっこんするとき、パパはママに なんて言ったの??」
 
って、プロポーズの言葉を聞いてきました
 
ちょっと前にも めいから
 
「ママは、パパの どんなところが好きになって けっこんしたの??」
 
と真剣な顔で聞かれて、大爆笑しちゃったのですが
 
めいの真剣な顔つきを見て、心がキュンとしちゃって
 
私も真剣に答えました
 
 
私の話を聞いて めいは
 
「…めいは、けっこんする時 シンゴ君に なんて言われるのかなぁ〜
 
って!!
 
シンゴ君からプロポーズされる前提なのが笑っちゃったけど
 
もう、そんなことを夢見る年頃なんだなぁ〜と
 
めいの成長を しみじみ嬉しくなりました
 
 
 
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6年経って、やっと…
 
最近、パパと やっと、めいが入院してた時の事を話せるようになりました
 
命もどうなるか分からない、と言われていたあの時は 本当に辛くて苦しくて…
 
“ 絶対に めいは助かるんだ!!” って信じて頑張っていたけど
 
あの時の話を口に出してするのは私、まだ怖かったんです
 
パパも同じ気持ちだったみたいで
 
お互いに今まで、あの時の話をする事は なんとなく避けていました
 
 
めいは、最近 ものすごく口が達者になってきて
 
生意気な事も言うし、生意気な態度もします
 
でも頭ごなしに怒っても きっと めいには良くないと思うので
 
腹の中は煮えくり返っていても なるべく冷静に
 
「そういう言い方は良くないよ」と たしなめるようにしよう!!とパパと約束していました
 
 
めいが寝てから パパと
 
「まったく!めいったら 何様のつもりなんだろうね!
 
とグチを言い合うのですが、パパがボソっと あの時の めいの話をしだしました
 
 
感染症にかからないように、と、担当医の先生が
 
めいの枕元に加湿器を置いてくれたのですが
 
その加湿器の湯気が 眠っている めいの顔にかかると
 
めいの前髪がフワッと揺れていたんです
 
その めいの姿が…なんだか痛々しくて…愛しくて…
 
どうしようもなく愛しくて
 
どうしても めいを助けたい!私の命と引き換えでもいいから…
 
どうか、めいを助けてください!!と 祈ってみつめていました
 
 
 「…でもさ、めいが眠ってた時に 前髪がフワッと揺れた姿を思い出すと
 
どんな めいでも許せるんだよ。」
 
って、パパが言いました。
 
 パパの その言葉を聞いて、あの頃の めいの姿を私も思い出して
 
涙が止まりませんでした
 
なんだかんだあっても 今、こんなふうに 毎日幸せに暮らしていけてるのは
 
めいが生きててくれてるからなんだなぁ…と
 
本当に心から
 
「めい、ありがとうね」と 思いました。
 
 
 
 
…でも
 
ママ、あんまり怒ってるとシワ増えそうだから…
 
…どうぞ ほどほどにお願いします

5年。。。。。

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滅多にお昼寝をしない めいが、ソファーで眠っていました
 
あんまり可愛くて…おもわず めいの寝顔に見とれてしまいました
 
 
めいの右のホッペには、小さな傷跡が残っています。
 
急性脳症の時の入院中、めいが食べ物を食べられなかった時に
 
鼻から胃に管を通して、胃に直接 栄養ミルクのようなものを入れていて
 
鼻から出てるチューブをホッペのところに止めて置くようにテープを貼るのですが
 
ただのテープでは可愛くないので、プーさんが大好きな めいのために
 
看護師さんが、テープにプーさんの絵を描いてくれていました
 
プーさんのテープ、めいのトレードマークになっていましたが
 
毎日貼っていたのでホッペがかぶれてしまい、テープを貼っていた部分にちいさな傷ができてしまいました
 
今ではほとんど見えなくなってるのですが…
 
この傷は、めいが一生懸命に頑張った勲章だと思っています。
 
女の子なのに、ホッペの傷が勲章だなんて…ちょっと変かな
 
 
 めいがICUに入っていた時、夕方の面会時間になると
 
毎日、まるくて大きくて真っ赤な夕日が見えていました
 
ICUに入ってる間、一日も雨が降る事がなくて
 
毎日、毎日…夕日を見ていたんです。
 
本当に藁にもすがる思いで、夕日を見ながらも
 
「めいを助けてください」って祈っていました。
 
 
5年経って…
 
今では、めいは たまにベランダに出て夕日を見つけると
 
「ママ〜〜!夕日がきれい〜〜!!」
 
って教えてくれます。
 
そんな時は めいを後ろから抱きしめて
 
「本当だね〜!綺麗だね〜〜!!」って一緒に夕日を見ています。
 
 私は とっても、とっても幸せな気持ちになります。
 
夕日にも…ありがとうございます という気持ちでいっぱいになります。
 
将来のことなどを考えると、不安になるときもありますが
 
めいと一緒に生きている、今、この時を
 
めいっぱい楽しまなくちゃ!!
 
って思います。
 
 
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めいが障がいを持ってしまった当初、私の心がついていけなくて
 
マチコ母に泣きついた時があります
 
マチコ母には
 
「健常だった めいを5年間育ててきたんだもの。
 
受け入れられるようになるのも、5年くらいはかかるんじゃない?!」
 
って言われました。
 
今年で…その5年になります。
 
 
過去を思い出すことは、心のカサブタをはがすのと同じ、って
 
聞いたことがあります。
 
痒くなって…ついはがしてしまったカサブタ。
 
今まで何度も掻きこわしては 血が滲んで痛んでいましたが今では…
 
掻いてもカサブタが剥がれなくなってきた気がします
 
たまに…少し ムズ痒くなるけどね
 
 健常だった頃の めいのビデオは…やっぱり今でも眩しい。
 
健常だったころの めいと、障がいを持ってしまった めいと
 
私の中では やっぱり、めいは2人です。
 
でも どっちの めいも、大好きです
 
 
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毎年、この時期になると自分のブログの 「あの日のこと…」や「小学校に入るまで」などを
 
全部読み返しています。
 
 私にとって、本当に大変だった時も たくさんの人に支えてもらえたから
 
頑張ってやってこれたんだな…と、心底おもいます。
 
ブログの更新や、ブロ友さんたちとのやりとりが
 
あの頃の私の中で どれほど大きな大きな楽しみになっていたことか…
 
めいのことを記事にしたり、作った料理の写真を撮って載せたり…
 
どんな時でも温かいコメントをもらえて…それが励みになって また頑張れて!!
 
 ブログをやっていて、本当に良かったな〜〜!!って
 
今、改めて思っています
 
みなさん!!本当に本当に ありがとうございます…!!!
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めいのように、後天性の事故や病気などで障がいをもってしまった子たちの親の会があります
 
久しぶりに その会に参加してきました〜〜
 
 
今回は、子供の頃に実際に事故や病気で高次脳機能障害にかかってしまった方からお話を聞く会でした
 
実際にかかってしまった方からお話を聞けるのは初めてだったので…とても楽しみにしていました
 
 
その方のお話では、受傷まもなくは
 
「自分で言葉を使って表現することはできなくても、言われた事などは すべて理解できていた」
 
ということでした。
 
 
めいがまだ、受傷したての頃…私、めいにひどいことを言ってしまったことがありました。
 
私なりに一生懸命「なんとか少しでも できていたことを取り戻したい」と必死になって
 
めいを励ましながら 頑張ってるつもりだったのですが…
 
ある日、トイレでオシッコをし終わった めいが、
 
トイレットペーパーで拭いた後 便器にペーパーを捨てたのですが
 
もう一度拭きたかったのか、便器からトイレットペーパーを拾ったんです
 
私、その光景を見て咄嗟に
 
「なにやってんのよ!汚いでしょ!!…どうしてそんなことするのよ!!
 
…どうしてそんなことも分からなくなっちゃったのよ?!」って
 
今まで我慢していたすべてのことが、急にあふれ出て めいの前で大声で泣いてしまいました
 
こんなことも分からなくなっちゃった子を、私、育てていけるの?!と…絶望的な気持ちでした
 
 そんな私を…めいは、黙って涙を流して見ていました。
 
 あの時、私が言ってしまった酷い言葉…やっぱり めいはちゃんと理解していたんだ、と…
 
涙が止まらなかったです。めいに…本当に申し訳ないです
 
 
 
見かけや、言ってる事は幼くても 心は育ってきて、プライドだってあったし
 
なんでも親が先回りしてレールを敷いてくれたけど、自分で自立したかった。
 
という、受傷された方の言葉。
 
障がいがあっても一生懸命に生きて、健常者に元気を与えらるような生き方をしたい。
 
『 胸を張って生きなさい。人生はいろいろあるけれど、美しく生きなさい 』 と、尊敬する先生に言われて
 
そのことがいつも、心の中にあります。
 
と、話してくださいました。
 
 
私は親としてまだまだ未熟で…
 
こんな私に育てられる めいはかわいそうだなと思うときがあります。
 
でも、こういう会に参加して 似たような思いを持っているお母さん達と話していると
 
私だけじゃないんだな!とか、私も頑張ろう!って、心が元気になります
 
また、やる気&元気をチャージさせてもらいました
 
 
親たちが話をしているあいだ、子供たちは別室でボランティアの方々や先生方と一緒に
 
自己紹介をしたり ゲームをしたり おやつを食べたりして楽しく過ごしたようです♪
 
帰りに めいは 「またここに来る?! めい、またみんなと遊びたい!!」とニコニコしていました
 

4年。。。。

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めいが脳症にかかってから 4年がたちました
 
 
 4年も経つのに いまだに
 
「すべてが夢なんじゃないか」って思うときがあります〜
 
目が覚めたら、私の隣には 5歳の めいが寝ていて、
 
「…ママね、怖い夢を見ていたよ…めいが脳症にかかってしまう夢だったよ〜」って
 
めいを抱きしめながら「夢でよかった!」って思うときが来るんじゃないか…って
 
 
だけど
 
そうなったら、今の障がいを持った めいはどこに行っちゃうのかな…(●´^`●) ん〜
 
 
今のめいは、後遺症のせいで感情の起伏が激しいです
 
今 笑っていたと思ったら急に泣き出すし〜゚ヽ(*゚´Д`゚)ノ゚。ゥェエエエエェェ…ヾ(・ω・`ヾ)))ォィォィ
 
わけの分からない事で急に怒り出すし〜キィィ━━━ヾ(*`⌒´*)ノ━━━ィィ…ヾ(´・ω・`;)ォィォィ
 
 ごはんを食べ終わったばかりなのに
 
「きょうのごはん、なに?!(゚ー,゚*)ジュルルル 」って聞くし〜┐( −"−)┌ヤレヤレ
 
 
さくら小のお友達は、もうすっかりお姉さんらしくなっていて
 
会話していても「こんなにしっかりお話できるんだ〜…健常児は成長早いなぁ〜(^◇^ ;) ほぇ〜」
 
「めいはまだまだ…保育園の時と たいして変わらない会話しかできないのになぁ…(-∀-。)」って
 
羨ましくなるときもあるけど…
 
 
 
でもね、でもね…
 
この前 風が強かった日に、めいと一緒に空を見上げていたら
 
雲が とっても早い速度で流れていました
 
そしたら それを見ていた めいが
 
「あの雲、お母さんに会いたくて いそいで家に帰るんだね!(〃゚ー゚〃 )」
 
って言いました(〃´艸`〃)
 
 
そんな めいの言葉ひとつで
 
私の ちっぽけな悩みは吹っ飛んじゃって…とっても幸せな気持ちになったんですよ(w´ω`w)ポォォ
 
 
 やっぱり、今の めいが…
 
障がいを持っていても 今 となりで私と一緒に生きていてくれている めいが
 
やっぱり とっても大好きだ!って思いました
 
 
 
大きな地震があり
 
沢山の尊い命と、沢山の幸せな家族が犠牲になってしまいました…
 
大切な家族、大切な人達と一緒に生きていけるのは どんなに幸せなことかと…
 
たくさん考えさせられる事がありました
 
 一日一日を…丁寧に生きていきたい、と思います。
 
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やっと…

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めいが急性脳症にかかって入院していた時に、研修医のN先生がいました。
 
N先生は ICUで眠り続けていた めいのために
 
時間が空くと、そばで手を握ったり 話しかけてくださったりしていたそうです。
 
小児病棟に移ってからも、N先生は めいのことを気にかけてくださっていました。
 
めいの回復を とても喜んでくれて
 
「めいちゃんは、生きてるだけで偉いんだよ。」と、めいに言ってくれました。
 
N先生が小児科での研修を終える時、私は
 
この先生のような方に 小児科の先生になって欲しいな…と、思っていました
 
 
 
それから2年後…
 
小児科外来のところに、この研修医だったN先生の名前が貼ってありました。
 
「N先生、小児科を選んだんだ!」と、とても嬉しい気持ちになりました。
 
 
めいが半年に一度、脳波を撮りに行くときや、予防接種でこの病院に行くたびに
 
「N先生と会えるといいねぇ〜」と めいと話していました。
 
N先生に、こんなに大きくなって元気な めいの姿を見て欲しい。
 
そして あらためてちゃんと、あの頃のお礼が言いたい!と思いながらも
 
大きい病院なので なかなかバッタリ会えることも無く…それからまた1年半が過ぎました。
 
 
 
めいが入院していた時に 親身になって私たち家族を支えてくださった担当医のM先生も
 
他の病院に移ってしまい…
 
このままじゃ、お礼を言えないまま N先生もいなくなっちゃうかもしれない!と焦った私は
 
3ヶ月に一度 後遺症の 抗てんかん薬の処方箋を書いてもらうために
 
N先生が外来に出ている日をねらって小児科外来に行き、
 
「N先生にお願いしたいのですが」と、看護師さんに言いました。
 
処方箋を書いてもらうだけなので、めいは一緒には来れませんでしたが
 
めいが合唱の発表会でステージに立って歌ってる姿の写真や、運動会の写真を
 
N先生に見て欲しくて 持って行きました。
 
 
N先生の診察室から めいの名前を呼ばれ、入って行くと
 
あの頃と変わらない N先生がいました
 
「お久しぶりです。めいちゃん、お元気ですか?」って…
 
さっそく めいの写真を見せると、
 
「もう こんなに大きくなったんですね!」って驚いていました。
 
「N先生が小児科の先生になったと知って、すごく嬉しかったんです」と話すと
 
「小児科医を選んだのは、めいちゃんが きっかけになってくれました」と言ってくださいました。
 
私は…なんて言ったらいいのか分からない気持ちで…泣いてしまいました。
 
N先生の前では、あの頃もたくさん、たくさん泣きました。
 
不安だった日、嬉しかった日、いろんな気持ちで泣いていました。
 
 
 
 「(担当医だった)M先生とも、病院は違っても 会合でよく会うんですよ。」って。
 
M先生は お子さんも生まれて、今は小児救急の方で元気で頑張っているそうです。
 
M先生に会うと、よく めいちゃんの話になるんですよ。って言ってくださいました。
 
 
病院の帰り道、自転車をこぎながら、いろいろ考えました。
 
めいが脳症になって後遺症が残って…
 
私たちの人生は大きく変わってしまい、辛くてどうしようもない気持ちになるときもあるけど
 
だけど…めいの存在は 人に影響を与えているというか…
 
なんだか とても、報われたような気持ちになりました
 
 
N先生に会って お話できて良かった!
 
また頑張って生きていく勇気をもらいました。
 
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