|
「戯作者風といってもいろんな人がいるわけで、戯作者必ずしも反権力ではないのだけれど、石川さんの場合にはそういうものであるということがはっきりしてきたわけね。ことに戦後、中村君の言ったように、石川さんはある意味で文壇の中心に近くなったでしょう。その時に、それがはっきりするわけなんです。
文壇の中心に近くなって有名になると戦前とは状況が変わってきて、一つは権力に「取り込まれる」ということ、もう一つは、なんとなく商業主義に取り込まれる――サルトル流に言えばrecupere par la bourgeoisieというか、初めは批判していても、その批判が全体としてブルジョアジーに取り込まれるでしょう。ブルジョアジーというのは基本的に権力と同じことなんだけど、要するに商業主義というか権力に取り込められて、それとの関係がだんだんうまくいくようになって、反権力というか、天邪鬼的な要素が一種の姿勢・売りものになり、商品化されて、ほんとうに徹底しなくなるのが普通なわけね。有名になれば、必ずそうです。
それを見事にうまくというか、徹底してというか、頑固にというか、突っぱねていると思うんだ。はたから見ているとそれがたいへん強く感じられる。石川さんは売れても売れなくてもとにかく商業主義に取り込められてはいないですよ。商品化されていない。権力側のいろいろな網の目のなかにうまく組み込まれていかない。外れ続けるようなことばかりだ。これは実に見事で、その見事さというのが魅力なんだと思うんです。」
1981年2月2日座談会「石川淳論」佐々木基一・中村真一郎・加藤周一
http://www.youtube.com/watch?v=o41UbYmnaUE&feature=related
5:11、5分11秒あたりからをよく視聴して下さい。「みんな」がwe are the world歌ってる同じ舞台で、多分真ん中、最前列にいます。あいつったら、ペロペロ・キャンデー口にくわえて歌ってねえじゃん!お、恐ろしく挑発的です。無言にして強烈な絶叫を聞く様な衝撃です。無言にして百万言よりも雄弁多弁という・・・超高等技術・名人級の話し手である。
これまでの何よりも爆弾です!
君は英雄だ。DAVID BOWIEよりも優れている。ここで決まった。
1985年のwe are the worldの録音に参加しなかった君の真意は、ここで確認された。あんな歌、歌わない、ということだったんだろう。
YES。ここでこれだけの行動とる奴がだ、況や、くだらねえ日の丸スポーツ興行開始前に、「君が代」なんざ、歌うなんてーことは、ありえんわな。
大和魂があるんなら、テレビカメラが構えるど真ん中で、ペロペロ・キャンデー口にくわえて君が代拒否してみせろや。カズ・ダンス君よ!
ペロペロ・キャンデーがこれほど効果的であったことは、史上、未だなかったことだろう。
|