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「日本国民には、みずからの生命財産の安全保障に関して、みずから税金を払って維持する政府と役人に、多くを期待しない習慣がある。また同時に共同体の成員相互の無償の扶助を当然とみなす価値観もある。政府ののろまさに対して激怒し、権利を強く主張するということがない。
他方、無償の奉仕者(いわゆる「ボランティア」)に対しては、限りなく依存する傾向もある。ということは、奉仕の義務をもつ役人と、義務をもたない「ボランティア」とを、鋭く区別しない、ということであろう。おそらくそのことから、危険に臨んでの国民の力も出てくると同時に、日常における危機対策の無力も出てくる
日常における危機対策の最大のものは、国民の生命財産の安全保障のために現実的な政府をつくることである。現実的な政策とは、いうまでもなく、安全を脅かす多くの要因のおこり得る確率の大きさに順って、対策に投じる資源・人員・予算を配分する政策にほかならない。」1995年神戸の地震・加藤周一
「だからいつまでたっても変わらない。
殆どの人が、このままいけばマズイ、失敗したと思ってもまだやってるわけじゃない?
方向転換できないんだ。
で、catastropheになってですね、国中焼け野原になるとか、みんなバタバタ公害で死ぬとか、そういうことになった時にやっと――ちょっとマズイからね――やっと多数派の中で相談して、それでちょっと方角を変えようかってなるわけ。
しかし彼らは長い間そういう意見じゃなかったんだから。
急に、俄かにですね、catastropheになれば、さすがに、変わろうってのは慌ててやるってことね。
だけどcatastropheになる前に避けることが出来ない。
方向転換出来ない。方向転換が非常に不器用。
前の戦争なんかの場合は、後のほうになればね、初めはともかくとして、後のほうになればね問題は無いわけですよ。
多数派だった人だって、もう打つ手は無いってことは知っていたんですよ。
敵も知っていたけど、日本側も知っていたわけですよ。
だけど知っているのにね、何故止めないのかっていったら、なんていうかなー、惰性みたいなもんだけどねー(笑)
惰性を変えるには力が無いわけ。能力が無いんですね。どうして・・・誰にも常識上あきらかに話は決まったんだから、損害を少なくした方がいいんじゃないかって言っても――か〜んたんな常識だ――だけどそれを通す能力が無い。
なぜないかっていうと、少数意見が無いから(ブログ注:つまり個人が無い)
イギリスだったらその時、戦争を止めるという意見が多数になって、原爆をまたなくてもね、止めたと思うんですけどね。
もっと小さな、大戦争じゃなくて、小さなことでも、ますますそうでしょ。
たとえば水俣なんかそうですよね。これは小さな問題、博多湾の汚染だけの問題。
で、それは!わーかってたんだから!そういうことは言ってたんですから。有機水銀中毒だってことは。
で、どうなるかっていうと、およその見当はついてたわけなんでね。
で、ちゃんと言ってるんだけど、聞いてない。人の言う事を(厳しい口調)。
だから少数意見を無視して、会社は医者をいくらか買って圧力をかけて公害じゃないってことを長く言っていたわけですね。
ずーいぶん長いですよ(厳しい顔)。
実際にその、水俣で人が死んで!だからcatastropheだ。
人が死にだしてから、ようやく・・・重症の人も沢山出てきたけど、何人か死んでから、初めて、ついに、気が付いてね(笑)
止めようって言ってね。
やめることなんてどーってことないんだから(笑)
ね、あれでしょ、排水管を止めればいいんだから。
そういうことは何でもないことなんだよね。
だけど何人か死ななきゃ変えられない。で、会社の中には決定機関の中には少数意見が無いでしょ。で、日本型の共同体の中で、少数意見を尊重しない。
それを入れて、少数意見は事故じゃないという考え方ね。
英国人の考え方だけど。私が英国で習ったことの一番大事なことだと思いますね。
英国人の考え方だと事故だと言わないわけだ。当たり前の状態やめりゃいいんだから」2004年加藤周一さん談抜粋
「核エネルギーの問題は先延ばしです。先に行っても安全だから使っているのではなく、先になったときわれわれは死んでしまうから、後は野となれ山となれ ということです。核エネルギー政策というのはそういうものです。あと10年や20年は大丈夫、つまりわれわれの生きているうちは大丈夫だと、賛成する専門家たちはいっているのです。しかし、われわれが死んだ後どうなるかの保障は何もない、どうなるかわからない。たぶん、そういうことも今後の問題となるでしょう。
こういう積み残しを抱えながら、20世紀が終わることになるだろうと思います。」加藤周一
1993年1月第50回オムロン京都文化フォーラムにおける講演
東電は今の所、天災によって人が死んでいるとして、放射能による被害者はまだゼロだからと、たかをくくっているようにみえる。
東電と推進してきた役人と政府の、政官財は、この先、実際に人がバタバタ死んでも、医者をいくらか買って圧力をかけて放射能のせいじゃないってことを長く言うつもりなのだろう。
3万人の自殺者をそれほど重くとらない・とらせないようにされている共同体が、ついに、やっと、ようやく動き出すのは、いつになるのだろうか。
「このまま、いつまでも永久に続くとは、私は思いませんね。このまま永久に続くとは思わない。
だから、この社会というのは変わらないわけにはいかない。どう変わるのかは、それはちょっと分りませんが」2008年最晩年、加藤周一さん談
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