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(加藤周一ナレーション)
私が初めて米国人に会ったのは、広島に原子爆弾が落とされてから一ヵ月後のことであった。
私は、東京大学付属病院の医者だった。ある日、米国人の将校が訪ねてきた。彼は私に、日米医療団の一人として、一緒に広島まで飛んでくれないかと頼んだ。
あなた方は奇妙に思うかもしれないが、敗戦当時、私は米国人に対して、怒りはそれほど大きくはなかった。
私が最も大きく怒っていたのは、我々自身の指導者たちに対してと、もし、あれほど盲目的にあの指導者たちに日本の人々が従っていなければ、ということであった。
米国人たちは、日本人を屈服させ、解放した。日本の軍隊を潰して、私達の生活の意味を回復させた。
今振り返ると、明白になったことがある。それは、私がある重大な事実を、軽くみていたということだ。
私は敗戦国の一員だった。勝者と敗者の力関係は、その時に定まった・・・そして、そのことは、また表面化することになるのだ。
過去30年間で、私の合州国への旅は今回で10回目となる。日米両国の間にある緊張は常に存在してはいたが、今日ほど、明白でハッキリとしたものではなかった。
今では、その激しさは、あらゆるところに見受けられる。日本の豊かな経済力は、アメリカ人の合州国は世界一だという確固たる自信を失わせているようだ。しかし、日本の強い経済力は、また日本人にとっても危機をもたらしているのである。今私が言っていることは、よく理解してもらえない。豊かな経済力のおかげで、日本人は世界中、どこにでも行くようになった。そしてどこに行こうとも、我々自身の文化が衝突し対立を生むのを発見するのである。
広い意味でいえば、これこそが、この映画で詳しく掘り下げたい事柄なのである。
Frontlineの招待を受けて、私は、合州国にある日本の大企業を見に来た。Frontlineが調査し、それに対して私が日本の作家としての視点を与える、という共同作業になる。
外の世界で広がっている、日本が当事者となっている紛糾の事例研究を共同で行うという映画なのである。
(テレビのニュースで、「松下電器産業が米国の大手映画会社MCA/Universal Pictureを60億ドルで買収」とある)
その日はアメリカの注意を引くことになった。日本企業によるこれまでで最大の買収がなされたためである。多くのアメリカ人にとって、初めて「Matsushita」という名を知った日であった。
しかしPanasonic 、 Nationalというようなブランド名を持つこの会社は、実のところ、世界で12番目という規模の大きさを持っているのであり、この合州国においても付き合いは長く、からみあって厄介な苦い過去がある。
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