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坂口安吾 僕が小林さんに一番食って掛かりたいのはね、こういうことなんだよ。生活ということ、ジャズだのダンスホールみたいなもの、こういうバカなものとモォツァルトとは、全然違うものだと思うんですよ。小林さんは歴史ということを言うけれども僕は歴史の中には文学はないと思うんだ。文学というものは必ず生活の中にあるものでね、モォツァルトなんていうものはモォツァルトが生活していた時は、果たしてわれわれが感ずるような整然たるものであったかどうか、僕はわからんと思うんですよ。つまりギャアギャアとジャズをやったりダンスをやったりするバカな奴の中に実際は人生があってね、芸術というものは、いつでもそこから出てくるんじゃないかと思うんですよ。
小林秀雄 そうそう。それで?
坂口 僕が小林さんの骨董趣味に対して怒ったのは、それなんだ。
小林 骨董趣味が持てれば楽なんだがね。あれは僕に言わせれば、他人は知らないけどね。女出入りみたいなものなんだよ。美術鑑賞ということを、女出入りみたいに経験できない男は、これは意味ないよ。だけども、そういうふうに徹底的に経験する人は少ないんだよ。実に少ないんだよ。・・狐が憑くようなものさ。狐が憑いている時はね、何も彼もめちゃくちゃになるのさ。経済的にも精神的にも、家庭生活がめちゃくちゃになってしまうんだ。文士づき合いも止めてしまって、骨董屋という一種奇妙な人間達と行き来してヘンな生活が始まるんだよ。それだけでも、結構地獄だね。それに、あの世界は要するに鑑賞の世界でしょう?美を創り出す世界じゃないですよ。どうしてもその事を意識せざるを得ない。この意識は実に苦痛なものだ。これも地獄だ。それが厭なら美学の先生になりゃァいいんだ。
昭和二十三年
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