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千代田区日本橋人形町

き寿司(きずし)
住 所 / 東京都千代田区日本橋人形町2-7-13
電話番号 / 03-3666-1682
営業時間 / 11:45〜14:30 17:00〜21:30
土11:45〜21:00
休 日 / 日曜 ・祝日
交 通 / 地下鉄日比谷線「人形町駅」より徒歩3分
予 算 / 昼・夜:鮨10,000円〜15,000円



三代目の油井隆一さん。東京會舘で3年間フレンチを学んだ、異色の鮨職人だ。

小鰭は2種類の塩を振ってから酢で〆(しめ)る。一つ一つの仕事を丁寧にしないといけない。

鮪のはがし。筋を包丁で取る「き寿司」だけの仕事。握りにすると鮪が舌の上でとろける。

き寿司の小鰭(こはだ)の握りは、薄い絶妙な〆方で、ネタのとろみを残している。

手綱(たづな)巻きは車海老(えび)と小鰭の押し鮨。彩りをきれいに仕上げて芸術品のようだ。

穴子の握り。羽田沖の江戸前穴子をたっぷりの酒で煮込んだ柔らかさが身上。

筋引きした鮪(まぐろ)の握り。大間の鮪がまだ有名になる20年前から使っている。

羽田沖の穴子(あなご)、勝山の鯛(たい)、横須賀のタコ、小柴のミル貝、タイラ貝…。江戸前のネタの数々。

煮蛤(はまぐり)の握り。貝類の仕事も江戸前ならでは。丁寧に作った蛤は美しさが際立つ。

海老(えび)おぼろの握り。酢で〆(しめ)た魚の隠し味としておぼろに手間をかけた。江戸前仕事の代表だ。

イカの印籠(いんろう)詰め。煮たイカに柚子(ゆず)、干瓢(かんぴょう)、生姜(しょうが)、海苔(のり)を刻んだものを詰めた。古くから出していたのはこの店だけ。

卵焼きは芝海老のすり身を混ぜたものを焼いた。しっとりとした味わいがある。

江戸前の巻物といえば干瓢巻き。甘く濃く味付けした干瓢はやわらかく、酢飯によく合う。

鮨の世界では「江戸前」という言葉が今もよく使われている。それでは、本来の「江戸前鮨」とは何か。ネタの魚が江戸前の海で獲られたものであること、握り鮨であること、そして職人が仕事をしていること。この3つが必須条件として挙げられる。

ネタが近くの江戸前であるのは冷蔵庫がなく交通が発達していなかった時代には当たり前のことであった。現在も、江戸前の範囲こそ広がっているが、東京湾で獲れた魚は穴子、しゃこ、ハゼなど旨いネタが多い。

握り鮨が生まれたのは比較的新しく、約200年前。食文化からいうとその前は長らく「熟(な)れ鮨」が鮨であった。近江地方の「鮒(ふな)鮨」のように、飯の発酵作用を利用して魚を漬け込むもので、稲作とともに日本に渡来した。魚を貯蔵するための保存食だったが、室町時代には飯も一緒に食べる飯鮨となり、江戸時代初期に早鮨へと進化した。早鮨は米を発酵させるのではなく、飯に酢を加えることによって短期間で鮨を完成させるものである。

庶民文化が花開いた文化文政の頃に、江戸で握り鮨が考案された。発祥には諸説あって、『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』には文化のはじめ頃、深川六間堀に「松がずし」ができて「世上すしの風一変し」とある。『守貞漫稿(もりさだまんこう)』でも「松の鮨」が最初とされている。これに対して『江戸名物詩』には文政年間に華屋与兵衛の与兵衛鮨が最初と記されている。いずれにしても、19世紀になって生まれ、屋台で食された江戸庶民のファーストフードであった。

鮨屋が増えるにつれて、職人が「仕事」の腕を競うようになったのも江戸前の大きな特徴だ。〆鯖(しめさば)や小鰭(こはだ)、煮ハマなどはもちろんだが、たとえば、海老(えび)おぼろ。茹(ゆ)でた海老を包丁で叩いて当たり鉢ですったものを炒(い)って作ったものである。

どんなに手間がかかっても小粋できれいな仕事をした。それが江戸前の鮨職人の心意気だった。

鮨は他の江戸前料理と違って、屋台の昔から鮨職人と客が向かい合う「見せる」料理である。客の視線で磨き抜かれた職人の立ち姿、握るときの指の動きの美しさ。

何よりも気っ風(きっぷ)のよさ。それが江戸前鮨の魅力となっている。





江戸前鮨とは何ぞやと問われたら、どう答えますか。

主 人 私が昔、親父から教えられたことは、握る以前に酢で〆たり、煮たり、昔の人がそれぞれ工夫した、その仕事だといわれましたね。

-- 江戸前のネタは今も多いですか。

主 人 東京湾はプランクトンが多く餌(えさ)がいいので、江戸前の魚は今も美味しい。どこからどこまでが江戸前かというよりも、魚によって美味(おい)しい場所は違います。穴子なら羽田沖、鯛(たい)は勝山、竹岡、海老は竹岡、しゃこ、ミル貝は小柴。私はスキューバダイビングが趣味なので実際に海に潜ってみるとわかりますが、魚というものは水が澄んだところには少なく、濁ったところに多くいるものです。ただ、何が何でも東京湾で獲れた江戸前の魚を使うということではなくて、品質のいいものは使うことにしています。流通が確立した今は他の産地のもの、たとえば北海道の魚を使うこともあります。

-- 江戸前の味とは。

主 人 酢と塩だけ。砂糖は入れないで、ご飯の甘みと塩をマッチさせる。すっきりとした味が江戸前です。煮たもの、茹でたものには詰めをつけるのが常識です。タコ、煮たイカ、穴子、鮑(あわび)などです。

-- 職人仕事は江戸前に欠かせないものですか。

主 人 昔は魚の数が少ないので、いろいろと工夫したのでしょう。イカにしても生で使う場合も煮て使う場合もあった。氷がなかったので、鮪(まぐろ)のヅケも色が焼けて醤油(しょうゆ)に漬けないと出せなかった。今はうちではヅケは出していません。素材がよければ、そのまま生で握ることも多くなりました。職人の世界は怖いもので、小鰭(こはだ)を開いて裏返してみると真ん中から左右対称に割れているかどうか一目でわかってしまう。昔の職人はこれで包丁の入れ方を覚えたものです。早いより丁寧に仕事しろと、いわれました。

-- 鮨職人は気っ風のよさが売りものですね。

主 人 昔は小学校を出るか出ないかの頃に鮨屋に入るから、鼻っ柱が強くないとやっていけなかった。今は言葉も丁寧になりましたが、真剣勝負であることは変わりませんね。

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