レフト・シンチーのオペラ

昼は本を読み、歌を詠み、夜は酒を呑む。私です。

政治

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]

最近、いろんなテレビがやってますね。
なかでも外人タレントを呼んで、世界と日本を比較する番組が多いですね。日本の○○はスゴイとか、いけないとか。
そうまでしないと「日本」というアイデンティティは復活できないんですかね。
またそんなことでアイデンティティがよみがえるんですね。
テレビ業界は大変ご苦労様ですね。
一日本国の住民のアイデンティティを鼓舞しているんですから。
一人間のアイデンティティに「日本」を選ぶように宣伝しているんですから。
テレビ業界関係者は本当にご苦労様ですね。
「日本」というアイデンティティはいつからこうなんでしょう。
治安がよかろうとなかろうと、貧しかろうとなかろうと、国家というアイデンティティは統治者との信頼と団結によって成り立っていたはずなのに。
今や一個人の並外れた伝統職人のスゴ技にのみ、国民は信頼と団結を感じるんですね。
私はゴメンです。そんな「日本」というアイデンティティなんて。
もう日本の復活は諦めて、私は哲学の独房にこもりましょうか。
昔は為政者にのみ嫌がられた哲学者も、今では一般人にも邪魔者ですから。
彼らは自分にとって心地いい言葉しか聞かないので。
みんなステレオのような論文の山。
残されたのは「日本語」とういう少数民族の言葉と、忘れ去られた「ジパング」という幸福の国なんですね。
古代史のテストに出るんで、よく覚えておきましょう。

2009年8月30日は戦後60年の日本政治史において重要な事項が発覚した。まず戦後日本において4年間という定期的な政権運営が交替された。これは初めてのことであった。1993年には細川護煕政権によって自民党は政権の座を追われたのであるが、その非自民七党一会派は1年とたたずに頓挫してしまった。その後の羽田孜政権も数ヶ月と保たなかった。1994年の村山富市政権では首相自身が社会党でありながら、自民党との連立政権であった。つまり、自民党はたった1年しか野党ではなかった。この1993年の政変はまったく政治学上の意義を成していなかった。これは自民党が政治上の立ち振る舞い方のしたたかさを示しただけである。しかし、2009年の総選挙では民主党を中心とした安定した政権が実現したことを意味している。なぜならば自民党への閉塞感や嫌気といった不満感、2007年の自民、民主の大連立構想に世論からの大きな批判があったことから、民主党は自民党と連立を組むことはあり得なくなる。自民党が完全に4年間の下野を宣告されたことになる。これは政治学上、重要な出来事となった。ただし、これは初めての実質的な政権交代が実現したことについての意義であり、日本国民の民主主義に対する意識的成熟が増したかどうかは別の問題である。政権交代が実現したことで、民主主義がより達成されたのだとする見解を示すようでは、その本人が民主主義が何たるかを理解していない証拠である。
2009年の総選挙は2005年のときと比べて、いささか傾向が異なるように思われる。2005年の総選挙は熱狂をもって迎えられた。当時の小泉純一郎政権は郵政民営化という政策に焦点を絞り、それに反対する自民党内の守旧的な抵抗勢力と闘っているのだという自身を演出することにより、ワイドショーを始めメディアの注目を集めた。抵抗者たちの選挙区には同じ自民党からの刺客を擁立し、その方法が自由な報道を選択できるはずのメディアが、自然と自民党の、小泉政権の宣伝をする事態となった。それにより、与党は衆議院の3分の2以上の議席を占めてしまった。しかし、2009年の総選挙では結果こそ民主党が300議席を超える結果となったが、メディアは政権交代に熱狂するどころか、民主党のマニュフェストの検証をしていた。むしろ民主党にマイナスとなるような批判を加えていた。国民の方でも政権交代に沸き立つというよりは、至極冷静に、淡々とことの成り行きを見守っていた。この二つの選挙は結果を真逆にするものであったが、その内容もまったく真逆なものであった。
今回の総選挙で自民党に票を入れなかったことの理由を調査してみると、約半分以上が自民党に対する不満や失望であった。民主党のマニュフェストに期待したことなど、下位の下位であった。まったく政策的な論争がなされることなく、ただこれまでの自民党政権に対する鬱屈した不満が結果として表れたのである。戦後の日本を形づくってきたのは自民党であるといっても過言ではない。第二次世界大戦後、荒野と化した日本のインフラ的な開発と経済生活の向上を実現させた。それは池田勇人や田中角栄に功績が求められるべきであろう。また当時はアメリカとソ連による冷戦の真っ只中であり、自由資本主義を保持するためのイデオロギーとしての闘争も手伝っていた。しかし、1991年にソ連が崩壊すると社会主義という対立軸が失われてしまい、イデオロギーとして保守的である必要性、自由資本主義を保持して行かなくてはならない必要性が失われてしまった。もちろん社会主義である必要もなくなった。そして、現代の日本において、ケインズ的なインフラへの政府投資が効果を示さなくなった。もはや高度経済成長時代のようなやり方では、日本経済を政府の手によって動かすことは不可能となったのである。それは橋本龍太郎政権から森喜郎政権までの大規模な財政出動がまったく効果を上げなかったことが示している。もはや日本はインフラとして開発され尽くしているのであり、従来の発想では放課を挙げなくなってしまった。それを理解していない自民党の歴代首相は失敗を連続させていくのである。また保守主義としての自民党が、日本国において守っていくべき存在が何であるかを示すことができなくなっていた。冷戦の頃は社会主義への反対を示せば良かった。それと闘う社会党が存在していた。しかし、現在はイデオロギー闘争も失われ、成功を収めてきたケインズ的経済政策も失敗し、自民党が日本の守るべき存在を喪失してしまった。小泉政権によって、いくつかケインズ主義の脱却が図られたが、それらは中途な結果に終わり、残ったのはリーマンショックによる深刻な経済混乱だけであった。それへの対処も非常に安直な補正予算を提出し、パイをどのように増やすかや日本の制度としての生活のあり方を映す政策がまったく提示されることがなかった。つまり、パイは政府の手に拠ってでは増えないのであり、民間の技術革新に拠ってしか実現されない。であるならば、パイを増やすような技術開発への投資、そして、こぼれ落ちる国民の社会福祉的救済が政府に求められているのである。それを自民党は国民の要求として理解しきれなかったのである。この現在における政治課題の変化を認識できなかった自民党は、戦後日本における一つの役割を終えたのである。まさに2009年8月30日が、日本の戦後の総決算となったのである。
もう一つ、今回の総選挙で明らかとなったことは、日本には未だ大衆が存在していることである。今回の選挙で、自民党に投票しなかった理由の多くが自民党への不信感であった。そこにはマニュフェストという国家に対する哲学を論じる場が、まったく設けられていなかったことを示している。各政党が発表するマニュフェストとは国家とはこうあるべきであるという哲学が示されなくてはならない。それが全ての政党について、不十分であったことはここで指摘しておく。どの政党についても今ある予算をどのように使うかだけが示されており、国憲や日本国に対する哲学が全く書かれていなかった。これには著者として大きな不満があることを表明しておく。
つまり、今回のマニュフェストはどれも主婦のやりくりを提示しただけであり、論争の主眼が国民生活にのみ終始したのである。そこには何の哲学もなく、シュムペーターが想定したような民主主義の皮を被った大衆のいやしき要求のみしか見えてこない。未だ国民の実際的さ生活にまでしか政治の関心が向いていない。パイの増えること自体や、日本国をどうしたいかなどの問題がまったく議論にされなかった。これは大衆が現在の日本国に巣くっていることを示すのに充分な証拠である。
ただし、それはシュムペーターが考えたような実績による選挙過程が実現されたことでもある。実績が上がらなかった政権に対しては不信任を、その不信任に対しては信任を与える大衆の選挙行動が、ようやく実現した。これから民主党政権によっていくらか政策の実行がなされるであろう。その実績について、応答としての政治が次の選挙に現れるだろう。ただ、それはシュムペーターの政治世界に突入したことだけであり、民主主義の目的そのものには到達していない。
今回の政権交代で日本国民の民主主義への未成熟が表されたのであり、そこに今後の課題が含まれている。大衆的な関心からの脱却が、民主主義の成熟において日本国民が課題とするべきことなのである。

現代においてデモクラシー、つまり、民主主義を語ることは哲学を語ることと同じである。20世紀に議論されてきたように、民主主義が社会統治としての方法論であり、そのための保障されるべき諸権利を内容とすることは、もはや行き詰まりを迎えている。民主主義が単に、選挙や三権分立、基本的権利の保障を内容とするなら、自由主義または共和主義と同一のものとなってしまう。自由主義ではなく民主主義でなくてなくてはならない理由が失われてしまう。シュムペーターが想定したように、民主主義は一つの方法であるとする見解には反対を示さざるを得ない。これは民主主義と民主制を混同した議論であり、両者は明確に分離されなくてはならない。
民主主義の源流は古代ギリシャにおける市民の統治形式と精神であった。統治とは市民のものであり、市民全員によって運営されるべきであった。ここには、市民としての崇高な魂が存在する。これが18世紀のヨーロッパにおいて、再び命を吹き返したとき、時代的、規模的変容を遂げたのである。
まず民主主義は統一性の理論であることをシュミットは説いている。彼は非常にルソー的な考え方でもって、現代における民主主義の姿を描き出した。彼にとって民主主義とは、古代ギリシャそのままの姿でなくてはなかった。ルソーが強調するのは、全員統治による一般意志の発見であった。社会の意思決定とは市民全員で行われなくてはならず、社会への殉奉、すなわち、一般意志を発見することで、民主主義は達成されるのだとした。市民にとっての至福とは社会への奉仕である。自身の利益をかなぐり捨てて、市民として社会に自らの生命でさえも捨てることができることが、市民たる名誉であり、幸福なのである。古代ギリシャにおいて、市民は成人の男子だけであった。それは公共性と責任をもち、良識的な判断をしうるのは成人男子だけであると考えられていたからである。アテナイでは全てが多数決であった。法律はもちろん、裁判でさえ、市民の多数決によって行われた。またスパルタや古代ローマでは全会一致が原則であった。しかし、この多数決にも多数者の意思に従うというアテナイ市民の、社会の意思決定に対する従順性が見てとれる。ルソーにしてみれば多数決でさえ、一般意志の満足に至っていなかった。彼にとって一般意志は最も正しく、まずもってそこにあるものであった。ゆえに一般意志に反する見解を持つ者は、一般意志を理解しうる人々によって矯正される必要があった。それが多数者であれば、少数者の排除、片や少数者であれば、多数者への思想教育が行われて当然であった。なぜなら、一般意志こそが全て正しいのであり、それ以外はまったく受け入れられてはならないものであった。それを議論し、発見するのは市民だけであった。ルソーは、一般意志は可知的であると考え、それを遂げるために古代ギリシャの殉奉精神をもった市民が民主主義のアクターでなければならないと判断したのである。民主主義にとって選挙とは目的に反する行為であり、一般意志を蔑ろにすることであった。こうしたルソーの思想を下に、先導的な少数派による民主主義の実現を目指したのがシュミットであり、ナチスの統治理論へと進むのである。彼の歴史的重要性については本文の主旨とずれるため、別の機会に論ずることにする。
この民主主義に限界があることを指摘したのがシュムペーターであった。彼は現実の政治状況を見据え、ルソーが想定したような民主主義の条件がそろっていないことを指摘し、その思想がもはや時代遅れであると考え、20世紀の新しい民主主義理論が必要であることを提唱している。また一般意志なるものはそもそも不可能であり、絵空事であるとも説いている。前述したように、彼にとって民主主義は方法論であった。それは民主主義にとって求められる市民が、中心的なアクターとして政治を動かしていないことを理由にしている。現代における中心的なアクターとは大衆である。大衆は自分が全ての中心であり、自分の範囲内しか判断することができない。彼の卓越した比喩によって、みごとに大衆の特質を言い当てている。大衆はブリッジをするほどに政治を判断することができない、と。ブリッジとは自分の判断によっては、大損をすることもあれば大もうけをすることがある。大衆にとってそれは慎重を要する行動であり、判断力をとぎすませている。しかし、国政や国際政治となれば、大衆は自らそれをしていることはなく、何か判断したとしても彼個人に重大な影響が与えられることがない。国際政治を議論したところで、彼の預金が減ることはない。大衆はブリッジをするときよりもいいかげんな判断力によって、国政や国際政治という重要な判断を下さなくてはならない。それは選挙によってである。選挙権が拡大したことによって、19世紀にはいたであろう市民に限定されていた選挙の判断が、大衆がその中心的な役割を担ってしまったことに、民主主義の危機があることをシュムペーターは説いている。
そして、彼は民主主義の目的を守りながら、現代の大衆存在にいかに対応するべきかを考えた。現代において、もはや市民をもたない民主主義が、いかにして適切に運営されるべきなのか。民主主義が要求していた精神的な部分、つまり、市民の殉奉精神が失われてしまったことで、残されたのは多数決という方法だけであった。市民としての良識的な判断力に依拠していた民主主義は、その拠り所を失ってしまったことで、その体を成すことができなくなってしまったのである。であるならば、大衆が適切にコントロールされればよいだろうとした。いくら大衆が政治上の中心的なアクターであろうとも、市民は少なからず残存しているであろうとし、彼らが大衆のリーダーとしてあるべきだと考えた。
慎重な読者であれば解ることであろうが、シュミットとシュムペーターの結論のどこに違いが見て取れるのだろうか。両者もと、大衆を先導する少数派やリーダーの存在を設けている。しかし、ここには決定的で重要な相違がある。シュミットは一般意志を可知している少数派は、可知できていない愚かな多数派を強制的に矯正することが必要であると説いた。強制的に全会一致を作りあげるような意思決定をすることが、民主主義の目的に資するとしたのである。一方で、シュムペーターはリーダーの存在を重要視はするが、彼が一つであるとはどこにも書かれていない。リーダーはいくつにも存在し、出現する。彼らは大衆に向かって様々な政治を提言する。それは決して崇高な市民の魂ではないだろう。なぜなら、大衆はそうしたことを理解できないのであるから。しかし、シュムペーターにとって民主主義は一つの方法でしかないのだから、結果として人民の生活が向上すれば良いだろうと考えた。大衆に市民足ることを期待するのではなく、いまいるだけの市民が社会のために大衆の要求を実現させつづけることによって、良き政治が達成されるのだとした。つまり、大衆は消費者であり、リーダーはメーカーである。政治を一つの市場に例え、消費者の志向にあった財を供給し、またメーカー同士が競争することによって、量や質の向上が期待できた。政治はリーダー間の競争こそが、人民の生活に役立つものとなり、そして、それを実現できるのはかつてあった民主主義の方法であったのである。大衆が出現したことによって、民主主義の目的がそもそも変容してしまったのである。
この大衆をコントロールするという民主主義論が、20世紀においてまったく間違いであったとはいえない。オルテガがいうように、大衆とは歴史上初めての出来事であり、民主主義を司るべき市民たちは彼らと共生しなくてはならないのである。しかし、民主主義とはアテナイ市民の崇高なる魂を目的としているのであり、それを追求しない大衆民主主義の方法論的見解については、民主主義を充分に体現できていないように思われる。シュムペーターは大衆が中心的アクターになったことで、彼らがアクターであっても良き政治ができるような方法を考えた。そこには一般意志の存在への絶対的な不振があるのであるが。ただ、民主主義の前提が失われてしまったことで、民主主義の本質が変容することとはまったく別の問題である。アクターが大衆に入れ替わったとしても、民主主義の目的は引き継がれるべきであり、追求されるべきである。もはや民主主義が人民の生活向上のみが目的となったようでは、古代ギリシャの市民が嘲笑うであろう。これからの民主主義論に求められるのは、大衆をうまくコントロールすることではなく、全大衆を市民にすることが論ぜられるべきであり、そのための方法論が説かれるべきである。いまいちど、市民の崇高なる殉奉精神を考えるべきである。

単なるお遊びですから気楽に観てください。

東海
静岡1区 民主 牧野聖修
静岡2区 民主 津川祥吾
静岡3区 民主 小山展弘
静岡4区 民主 田村謙治
静岡5区 自民 斎藤斗志二
静岡6区 民主 渡辺周
静岡7区 民主 斉木武志
静岡8区 自民 塩谷立
岐阜1区 自民 野田聖子
岐阜2区 自民 棚橋泰文
岐阜3区 民主 園田康博
岐阜4区 自民 金子一義
岐阜5区 民主 阿知波吉信
愛知1区 民主 佐藤夕子
愛知2区 民主 古川元久
愛知3区 民主 近藤昭一
愛知4区 民主 牧義夫
愛知5区 民主 赤松広隆
愛知6区 民主 石田芳弘
愛知7区 民主 山尾志桜里
愛知8区 民主 伴野豊
愛知9区 民主 岡本充功
愛知10区 自民 江崎鉄麿
愛知11区 民主 吉本伸一郎
愛知12区 自民 杉浦正健
愛知13区 自民 大村秀章
愛知14区 民主 鈴木克昌
愛知15区 自民 山本明彦
三重1区 民主 中井合
三重2区 民主 中川正春
三重3区 民主 岡田克也
三重4区 自民 田村憲久
三重5区 自民 三ツ矢憲生
比例 自民 原田令嗣
   自民 望月義夫
   自民 片山さつき
   自民 藤野真紀子
   自民 鈴木淳司
   自民 川崎二郎
   自民 平田耕一
   民主 橋本勉
   民主 今井雅人
   民主 細野豪志
   民主 斉藤進
   民主 杉本和己
   民主 中根康浩
   民主 大西健介
   民主 森本和義
   民主 森本哲生
   公明 坂口力
   公明 大口善徳
   共産 佐々木憲昭
   共産 瀬古由起子
   国民 青山丘

近畿
滋賀1区 民主 川端達夫
滋賀2区 民主 田島一成
滋賀3区 民主 三日月大造
滋賀4区 民主 奥村展三
京都1区 民主 平智之
京都2区 民主 前原誠司
京都3区 民主 泉健太
京都4区 民主 北神圭郎
京都5区 自民 谷垣視一
京都6区 民主 山井和則
大阪1区 自民 中馬弘毅
大阪2区 無  佐藤章
大阪3区 公明 田端正広
大阪4区 自民 中山泰秀
大阪5区 公明 谷口隆義
大阪6区 公明 福島豊
大阪7区 民主 藤村修
大阪8区 民主 中野寛成
大阪9区 民主 大谷信盛
大阪10区 自民 松浪健太
大阪11区 民主 平野博文
大阪12区 民主 樽床伸二
大阪13区 自民 西野陽
大阪14区 自民 谷畑孝
大阪15区 民主 大谷啓
大阪16区 公明 北側一雄
大阪17区 改革 西村真悟
大阪18区 民主 中川治
大阪19区 民主 長安豊
兵庫1区 民主 井戸正枝
兵庫2区 公明 赤羽一嘉
兵庫3区 民主 土肥隆一
兵庫4区 自民 井上喜一
兵庫5区 民主 梶原康弘
兵庫6区 民主 市村浩一郎
兵庫7区 自民 大前繁雄
兵庫8区 公明 冬柴鉄三
兵庫9区 国民 宮本一三
兵庫10区 自民 渡海紀三郎
兵庫11区 民主 松本剛明
兵庫12区 民主 山口壮
奈良1区 民主 馬淵澄夫
奈良2区 自民 高市早苗
奈良3区 民主 吉川政重
奈良4区 自民 田野瀬良太郎
和歌山1区 民主 岸本周平
和歌山2区 自民 石田真敏
和歌山3区 民主 玉置公良
比例 自民 近藤三津枝
   自民 柳本卓治
   自民 伊吹文明
   自民 井脇ノブ子
   自民 松波健四郎
   自民 河本三郎
   自民 谷本三郎
   自民 谷本龍哉
   自民 二階俊博
   民主 荻原仁
   民主 吉田治
   民主 稲見哲男
   民主 長尾敬
   民主 森山浩行
   民主 辻恵
   民主 向山好一
   民主 石井登志郎
   民主 岡田康裕
   民主 滝実
   民主 大西孝典
   民主 坂口直人
   公明 池坊保子
   公明 西博義
   公明 佐藤茂樹
   公明 竹内譲
   共産 穀田恵二
   共産 吉井英勝
   共産 宮本岳志
   社民 辻本清美
   社民 藤田高景

中国
鳥取1区 自民 石破茂
鳥取2区 自民 赤沢亮正
島根1区 自民 細田博之
島根2区 国民 亀井久興
岡山1区 自民 逢沢一郎
岡山2区 民主 津村啓介
岡山3区 無  平沼赳夫
岡山4区 民主 柚木道義
岡山5区 自民 加藤勝信
広島1区 自民 岸田文雄
広島2区 民主 松本大輔
広島3区 民主 橋本博明
広島4区 自民 中川秀直
広島5区 自民 寺田稔
広島6区 国民 亀井静香
広島7区 民主 和田隆志
山口1区 自民 高村正彦
山口2区 民主 平岡秀夫
山口3区 自民 河村建夫
山口4区 民主 戸倉多香子
比例 自民 阿部俊子
自民 村田吉隆
   自民 竹下亘
   自民 安倍晋三
   民主 湯原俊二
   民主 小室寿明
   民主 高井崇志
   民主 花咲宏基
   民主 空本誠喜
   公明 斉藤鉄夫
   共産 中林佳子

四国
徳島1区 民主 仙谷由人
徳島2区 民主 高井美穂
徳島3区 自民 後藤田正純
香川1区 民主 小川淳也
香川2区 民主 玉木雄一郎
香川3区 自民 大野功統
愛媛1区 民主 永江孝子
愛媛2区 自民 村上誠一郎
愛媛3区 自民 白石徹
愛媛4区 自民 山本公一
高知1区 共産 春名直章
高知2区 民主 楠本清世
高知3区 自民 中山知意
比例 自民 山口俊一
   自民 塩崎恭久
   民主 白石洋一
   民主 高橋英行
   民主 田村久津子
   公明 石田祝稔

九州
福岡1区 民主 松本龍
福岡2区 民主 稲富修二
福岡3区 自民 太田誠一
福岡4区 民主 古賀敬章
福岡5区 自民 原田義昭
福岡6区 自民 鳩山邦夫
福岡7区 民主 野田国義
福岡8区 自民 麻生太郎
福岡9区 自民 三原朝彦
福岡10区 自民 西川京子
福岡11区 自民 武田良太
佐賀1区 民主 原口一博
佐賀2区 民主 大串博志
佐賀3区 自民 保利耕輔
長崎1区 民主 高木義明
長崎2区 民主 福田衣里子
長崎3区 民主 山田正彦
長崎4区 自民 北村誠吾
熊本1区 民主 松野頼久
熊本2区 自民 林田彪
熊本3区 民主 後藤英友
熊本4区 自民 園田博之
熊本5区 自民 金子恭之
大分1区 民主 吉良州司
大分2区 自民 衛藤征士郎
大分3区 民主 横光克彦
宮城1区 無  中山成彬
宮城2区 自民 江藤拓
宮城3区 自民 古川視久
鹿児島1区 民主 川内博史
鹿児島2区 民主 打越明司
鹿児島3区 自民 宮路和明
鹿児島4区 民主 皆吉稲生
鹿児島5区 自民 森山裕
沖縄1区 国民 下地幹郎
沖縄2区 自民 安次富修
沖縄3区 自民 嘉数知賢
沖縄4区 民主 瑞慶覧長敏
比例 自民 野田毅
   自民 山本幸三
   自民 山崎拓
   自民 福岡資麿
   自民 今村雅弘
   自民 久間章生
   自民 岩屋毅
   民主 藤田一枝
   民主 楠田大蔵
   民主 古賀一成
   民主 山本剛正
   民主 緒方林太郎
   民主 城井崇
   民主 宮島大典
   民主 福嶋健一郎
   民主 網屋信介
   共産 赤嶺政賢
   社民 重野安正
   社民 照屋寛徳

てなかんじです。後半は自民党に予想を付けすぎた気もします。ホントにこの辺りは読めないので、手堅く自民党にしておきました。あと関西は結構本気で予想しました。なるべく当たるといいな。さて、どうなることやら。どれだけあたるかな? 私も解りません。

単なるお遊びですから気楽に観てください。

北海道
北海道1区 民主 横路孝弘
北海道2区 自民 吉川貴盛
北海道3区 民主 荒井聰
北海道4区 民主 鉢呂吉雄
北海道5区 自民 町村信孝
北海道6区 民主 佐々木隆博
北海道7区 民主 仲野博子
北海道8区 民主 逢坂誠二
北海道9区 民主 鳩山由紀夫
北海道10区 民主 小平忠正
北海道11区 民主 石川知裕
北海道12区 自民 武部勤
比例 自民 石崎岳
   自民 今津寛
   自民 中川昭一
   民主 三井辣雄
   民主 小林千代美
   民主 松木謙公
   民主 山崎摩耶
   大地 鈴木宗男

東北
青森1区 民主 横山北斗
青森2区 自民 江渡聡徳
青森3区 自民 大島理森
青森4区 自民 木村太郎
岩手1区 民主 階猛
岩手2区 自民 鈴木俊一
岩手3区 民主 黄川田徹
岩手4区 民主 小沢一郎
宮城1区 民主 郡和子
宮城2区 民主 斎藤恭紀
宮城3区 民主 橋本清仁
宮城4区 自民 伊藤信太郎
宮城5区 民主 安住淳
宮城6区 自民 小野寺五典
秋田1区 民主 寺田学
秋田2区 自民 金田勝年
秋田3区 民主 京野公子
山形1区 民主 鹿野道彦
山形2区 民主 近藤洋介
山形3区 自民 加藤紘一
福島1区 民主 石原洋三郎
福島2区 民主 太田和美
福島3区 民主 玄葉光一郎
福島4区 民主 渡部恒三
福島5区 自民 坂本剛二
比例 自民 吉野正芳
   自民 秋葉賢也
   自民 中野正志
   自民 西村明宏
   自民 遠藤利明
   民主 中野渡詔子
   民主 田名部国代
   民主 津島恭一
   民主 畑浩治
   民主 石山敬貴
   民主 吉田泉
   公明 井上義久
   公明 若松謙維
   共産 高橋千鶴子
   社民 山本喜代宏
   みんな 佐々木重人

東京
東京1区 民主 海江田万里
東京2区 自民 深谷隆司
東京3区 民主 松原仁
東京4区 無民 宇佐美登
東京5区 自民 佐藤ゆかり
東京6区 民主 小宮洋子
東京7区 民主 長妻昭
東京8区 自民 石原伸晃
東京9区 自民 菅原一秀
東京10区 自民 小池百合子
東京11区 自民 下村博文
東京12区 公明 太田昭宏
東京13区 自民 鴨下一郎
東京14区 民主 木村剛司
東京15区 民主 東祥三
東京16区 民主 初鹿明博
東京17区 自民 平沼勝栄
東京18区 民主 菅直人
東京19区 民主 末松義規
東京20区 民主 加藤公一
東京21区 民主 長島昭久
東京22区 自民 伊藤達也
東京23区 民主 櫛渕万里
東京24区 民主 阿久津幸彦
東京25区 諸民 小鮒将人
比例 自民 与謝野馨
   自民 石原宏高
   自民 松本文明
   自民 松島みどり
   自民 伊藤公介
   民主 中山義活
   民主 藤田憲彦
   民主 手塚仁雄
   民主 木内孝胤
   民主 江端貴子
   民主 青木愛
   民主 平山泰郎
   民主 早川久美子
   民主 山花郁夫
   公明 高木陽介
   公明 高木美智代
   社民 保坂展人

北関東
茨城1区 民主 福島伸享
茨城2区 民主 石津政雄
茨城3区 民主 小泉俊明
茨城4区 自民 梶山弘志
茨城5区 民主 大畠章宏
茨城6区 民主 大泉博子
茨城7区 無  中村喜四郎
栃木1区 民主 石森久嗣
栃木2区 自民 西川公也
栃木3区 みんな 渡辺喜美
栃木4区 民主 山岡賢次
栃木5区 自民 茂木敏充
群馬1区 民主 宮崎岳志
群馬2区 民主 石関貴史
群馬3区 民主 柿沼正明
群馬4区 民主 三宅雪子
群馬5区 自民 小渕優子
埼玉1区 民主 武正公一
埼玉2区 民主 石田勝之
埼玉3区 民主 細川律夫
埼玉4区 民主 神風英男
埼玉5区 民主 枝野幸男
埼玉6区 民主 大島敦
埼玉7区 自民 中野清
埼玉8区 自民 柴山昌彦
埼玉9区 民主 五十嵐文彦
埼玉10区 自民 山口泰明
埼玉11区 無  小泉龍司
埼玉12区 自民 小島敏男
埼玉13区 無民 武山百合子
埼玉14区 自民 三ツ林隆志
埼玉15区 民主 高山智司
比例 自民 佐田玄一郎
   自民 赤城徳彦
   自民 額賀福志郎
   自民 丹羽雄哉
   自民 佐藤勉
   自民 今井宏
   民主 柳田和己
   民主 福田昭夫
   民主 富岡芳忠
   民主 小宮山泰子
   民主 松崎哲久
   民主 本多平直
   民主 森岡洋一郎
   民主 中野譲
   公明 石井啓一
   公明 遠藤乙彦
   共産 塩川鉄也
   社民 日森文尋
   みんな 山内康一

南関東
千葉1区 民主 田嶋要
千葉2区 自民 山中華子
千葉3区 民主 岡島一正
千葉4区 民主 岡田佳彦
千葉5区 みんな 田中甲
千葉6区 自民 渡辺博道
千葉7区 民主 内山晃
千葉8区 民主 松崎公昭
千葉9区 自民 水野賢一
千葉10区 自民 林幹雄
千葉11区 自民 森英介
千葉12区 自民 浜田靖一
千葉13区 民主 若井康彦
神奈川1区 自民 松本純
神奈川2区 自民 菅義緯
神奈川3区 民主 岡本英子
神奈川4区 みんな 浅尾慶一郎
神奈川5区 民主 田中慶秋
神奈川6区 公明 上田勇
神奈川7区 民主 首藤信彦
神奈川8区 みんな 江田憲司
神奈川9区 民主 笠浩史
神奈川10区 民主 城島光力
神奈川11区 民主 横粟勝仁
神奈川12区 民主 中塚一宏
神奈川13区 自民 甘利明
神奈川14区 民主 本村健太郎
神奈川15区 自民 河野太郎
神奈川16区 民主 後藤祐一
神奈川17区 民主 神山洋介
神奈川18区 民主 樋高剛
山梨1区 民主 小沢鋭仁
山梨2区 自民 堀内光雄
山梨3区 民主 後藤斎
比例 自民 松野博一
   自民 園浦健太郎
   自民 桜田義孝
   自民 小此木八郎
   自民 田中和徳
   自民 桜井郁三
   自民 山際大志郎
   民主 黒田雄
   民主 村越祐民
   民主 生方幸夫
   民主 奥野総一郎
   民主 金子健一
   民主 中後淳
   民主 三村和也
   民主 長島一由
   民主 橘秀徳
   民主 坂口岳洋
   公明 富田茂之
   公明 古屋範子
   共産 志位和夫
   共産 畑野君枝
   社民 阿部知子

北陸信越
新潟1区 民主 西村智奈美
新潟2区 自民 近藤基彦
新潟3区 民主 黒岩宇洋
新潟4区 民主 菊田真紀子
新潟5区 民主 田中真紀子
新潟6区 民主 筒井信隆
富山1区 自民 長勢甚遠
富山2区 自民 宮腰光寛
富山3区 無  相本芳彦
石川1区 民主 奥田建
石川2区 自民 森喜郎
石川3区 民主 近藤和也
福井1区 民主 笹木竜三
福井2区 民主 糸川正晃
福井3区 民主 松宮勲
長野1区 自民 小坂憲次
長野2区 民主 下条みつ
長野3区 民主 羽田孜
長野4区 自民 後藤茂之
長野5区 民主 加藤学
比例 自民 稲葉大和
   自民 駆浩
   自民 山本拓
   自民 高木毅
   民主 鷲尾英一郎
   民主 村井宗明
   民主 田中美絵子
   民主 篠原孝
   民主 矢崎公二
   公明 漆原良夫
   国民 綿貫民輔

前半はここまでです。東北と北関東はまったく解らないです。ほとんど勘。東京と南関東が当たれば御の字です。心なしか民主党の予想を付けすぎた気がします。

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事