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2003年の開業前に、MとHは出会いました。

当時Hは、フリーの仕事をしながら日本酒関係の団体の役員をしていました。

Mは大手外食産業に関する仕事や著述業の仕事をしていました。

Mがその日本酒団体のイベントに出席したのが2人の出会うきっかけでした。

出会ってから2人は意気投合し、後に結婚に至る事になります。

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その少し前のころ、Hはサラリーマンを経験後にフリーランスの立場で、

働いていましたが、同時に中小企業診断士と言う試験に

興味を持って挑戦したことがありました。

それ自体は途中で挫折してしまったのですが、

その関係で中小企業の経営に関して興味がわきました。

そういった人たちとの交流を通じて

経営コンサルタントの事務所の事務の仕事なども短期間行いました。


Hはもともと好きだった酒に関する事と言う事で、

酒業界に強い関心を持っていました。

その流れで、日本酒関係の団体の設立にもかかわると同時に、

ビールに対する関心も強かったのです。

これは小さいところが大きいところにに対抗するために

大きいところではできないであろう

特徴のあるビール作りと言うことで地ビール(現在のクラフトビール)に

強い関心を持っていました。

そのため、Hはビアテイスターと言う資格を取ったり、

インターネットサイトのビールガイドと言う仕事に携わるなど、

そういうものへの志向を強めていました。

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ビアフェスティバル 2001年5月 東京・恵比寿ガーデンプレイス


2000年の夏からは、ビールの会「ベオレ」を自主的に開催。

結果的に店開業を決意する2年間ほど十数回続きました。

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2人が始めてであったお好み焼き屋さんでもビールの会を開催。

MとHが出会って、しばらくしてから

あるイベントを共同で行う機会が生まれました。

その名は「リンポー亭」

これは、Hがネットを通じて知り合った、街づくり関係を専門とするコンサルタントが、

酒販店を元気付けるために街づくりと結び付けようと

地ビールを利用してみようと考え出されたモデルプランが、背景にありました。

ちょうどその中のモデルプランの中に、

酒屋さんで気軽に地ビールが飲めるような場所作りというのがありました。

そういう関連でコンサルタントを通じて知り合った酒屋(Htさん)と

何かできないかと話し合う機会がありました。

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Htさんのところが所有していた元酒屋だった空き店舗がありました。

そこは現在休眠しているというのです。

それなら一度試しにそこで実際にそのビジネスモデルをやってみようと

言う事で始めたのが、「臨時居酒屋がリンポー亭」です。


この時はHとMにHtさんだけではなく

日本酒の団体の代表のTさんの4人が、中心になって参加したイベントでした。

Hは地ビールのセレクトを担当し、Mは料理を担当。

そしてこの当時から今でも続いている

人気メニュー「生春巻(ゴイクン)」は、既にこの時に存在していました。



生春巻き


そんな感じで、過ごしていながら迎えた

2002年の春。結果的には店の開業一年ほど前の事。

Hが定期的に行っていた、ビールの会「ベオレ」が、ちょうど10回目。

それまでは、世界に存在するビールや地ビールの紹介とテイスティングを

楽しむ事がメインでしたが、ここで加えて料理会をするのは面白いのではと、

Mからの提案を受け、Mの住んでいたマンションを借りて、

今までとは違うちょっとリッチなコース料理仕立てで開催しました。


それまでも、ベオレでは料理についても

協力してもらっていたお店の料理を出したりしていたのですが、

「せっかくビールのガイドやらテイスターの資格を持っているのだから

それをさらに生かした意味で、料理とマリアージュというものを

意識したら楽しいのではないか?」

と、Mからのアドバイスを受けて満を持して開催。

ここでの料理はMが担当しました。


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ベオレのイベント自体は問題なく進められ無事に終わりましたが、

Hにとっては少し考えされられる事があったのです。

(そのことが実は後の飲食店開業へ、つながるのです)

それは「所詮素人」と言うような事でした。

単なるパーディではなく、MとHがあたかもお店の立場としての

振る舞いに違和感を感じた参加者がいたようで、そのことをさりげなく感じたHは

会が終わってから少しショックを受けました。


それまでのビールの会ベオレでは、なじみの飲食店を借りて

イベントを行っていて、同時に日本酒のほうの会でもそういう所と

なじみがありましたので、その雰囲気のノリがありました。

そういうところで飲食店を経営している人は一目置かれます。

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そして前記の通り、リンポー亭という居酒屋も

不定期ながら行っていたと言う自負と、当時現場の仕事こそはしていないものの、

大手ビールメーカのインターネットサイトの一部の記事を監修するような

仕事を請けるなど、関連する仕事を多方面に活動していただけに、

一般的に見れば「単なる素人マニア」に過ぎないと

言うことにショックを受けたのでした。

後から考えれば、プロの飲食店の経営者の方々との差とは

歴然と違うことを、この後身をもって体験することになるのですが、

当時Hはそのような事がわかってなかったのです。

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ちょうどMの仕事も飲食業業界のライター業の傍ら

大手チェーンレストランに関するメニュー開発や顧問と言うような

仕事に携わっていましたので、

余計にそのことが気になったこともありました。

そして、このころからHの飲食店への憧れが始まるのでした。

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これは店の工事中の画像ですが、こちらにある赤いソファと

テーブルと椅子が、Mの住居兼事務所として使っていたマンションに

あったものです。(ソファーと椅子の一部は張替えをしながら今も健在

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