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2002年の暮が押し迫る12月。住環境としては申し分ない

京橋にあったMのマンションから、倉庫である物件に

引っ越すと、希望よりも不安がよぎります。

倉庫ですから本来人が住むように作られていないところです。

それでも、少しずつ住環境が整えられ、パソコンやネットの環境は

無事に構築完了。情報発信は問題なく行えるようになりました。

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入居時の状態。恐らく最も不安だった頃


引越し後初の施工業者さんとの打ち合わせ。

資金が無いことを気にかけてくださり

どうやって低資金での工事が可能か、見積もりを作ってくれました。

当初の予定の3分の1にまで予算を圧縮することができ、

希望の光が差し込みます。


施工業者さんのところに行くと、廃材がたくさんあります。

ちょうど、某スーパー銭湯の改修の仕事を請け負った関係で

そこの廃材がたくさん出てきたのだそうです。
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施工業者さんの計らいで、解体工事で出た廃材を

工事に使うことでコストを極力抑えることにしました。

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こういうものを活用することで、可能な限りの工事費削減を測ります。

「プロで無いとできない水回りや電気配線はお願いするとして

ペンキ塗りなど自分たちでできることは自分たちで・・・」

との思いを強くし、予定より大幅なローコストでの工事をお願い

融資なしでの開業に大きな一歩を踏み出します。

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大型のスーパー銭湯「スパワールド」の改修工事を請け負った際に

出てきた廃材日本風呂で使っていたこの竹状の物が

意外な所で活躍します。



それに合わせてあるプロジェクトの概要を立ち上げます。

その名は「クマミセプロジェクト」

これは資金面が厳しいと言うことで、可能な限り自分たちでできることは

手作りでがんばろうと言うコンセプトの元始めることにしました。

MとHの知人に声をかけて手伝ってもらう手はずもすすめます。

開始は、翌年早々と決めましたが、工事との関連もあり実質的な

開始は3月からとなりました。

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クマミセプロジェクトのシンボル熊「聖・聖吉(ひじり せいきち)」

この熊は、この当時既に10年以上の付き合いがあって、

人間くらいの顔の大きさがあります。

着ている服装も、本来人間が着るために作られたものです。


(て言うか、現在冷静に考えると、この熊の衣装とかってわけがわかりませんね。

当時はそんなことを考える余裕も無く、突き進んでいたのでしょう)


店の「手作り」は資金の節約と言う要素が大きかったのですが

逆にこの「手作り」で行うことで、

店への親近感や愛着がわいたのも事実です。

これは結構重要かもしれません長く続けるのなら

愛着が無い店はいくらそれなりの成績を残していても

「飽きる」と言う形で終わってしまうこともありえるからです。

また、Mの関わる会社(居酒屋チェーン店)の社長の好意で、

「備品にな理想的なを持って帰ってもよい」といってもらえ

アジアっぽいものを主に具体的には棚や竹でできた籠等をもらいました。

これは今でも店の備品として君臨しています。

ちなみに竹籠は裏返して、加工して電球の傘に早変わり!

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ビールの店といいながらこういうアジアっぽいものを持って帰ること自体、

将来のサワディシンチャオになるための予兆だったように今では感じます。

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