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その実績を元に、Tさんと協議してこの「太閤エール」を
作ってくれるブルワリー(ビール醸造所)を探したところ
手を上げたのが、富山の氷見にある「いきいき地ビール」というところです。

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実はこちらの地ビール会社とは以前から付き合いがありました。
それは2001年の暮れに、あるデパートの地下食料品売り場で
地ビールの試飲を手伝う人を探していると言うことでした。

その時、ちょうどHの手が空いていたので、それに手を上げて、
5日ほどその試飲会を手伝いました。
そのビールが「いきいき地ビール」。
しkし、当時は冬場と言うこともあり、ビールはあまり売れず、
すぐ隣にあった酒粕ばかり売れていたことを思い出します。

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それが縁で、翌年(2002年)の1月。北陸に旅行をするタイミングに
この、いきいき地ビールの工場を見学に行きました。
当時は、真冬でしたが雪もほとんど無く、それまで安心していましたが、
富山に来る直前に豪雪に見舞われ、工場のある丘の上に
上がるのに一苦労しました。
しかしそれが縁でこちらの工場長さんとは親しくなり、
後に店開業後もしばらくの間お付き合いがありました。


ちょっとこちら工場長(Mmさん)とは縁があったので、
話は即決し、実際にTさんとMとHの3人で
富山の工場に行き、Mmさんと4人で
この太閤エールを実用の醸造設備で作りました。

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いきいき地ビールの醸造設備。ここで太閤エール作りをTさんを交えて
4人で行いました。

実際のできは、IPAとしてはややアルコール度数が濃い仕上がりになってしまいましたが、これは後から聞けばWIPAと言う種類になるそうで、これを売り出すことになりました。
ちょうどこのころの動きと店の開業時が重なり、開業時の苦難もどうにか乗り切ったのです。
要するに、この太閤エールを「常時販売するお店」を自分たちで作る
という使命感のようなものもあって開業まで踏み切れました。
実際に、企画元「日本マイクロビール」という団体を立ち上げ、
その所在地が今のサワディシンチャオと同じところなのです。
(2階の事務所エリアが事務所)

その流れで店に置くことになります。

このビールをプロのコンテストに出展したところ
2003年から2年連続で金賞をとる事ができました。

10年以上前の事なので、データもほとんど残っていませんが
こちらでかろうじて残っていました。
http://www.homebrew.gr.jp/back/HBUD0306a.html

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ジャパン・ビア・カップ2003結果
フリースタイルビール部門
金:太閤エール[いきいきビール]
銀:ブラウンバイツェン[オゼノユキドケ]
銅:サツマパープル[サツマイモ発泡酒]

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2003年の6月に表彰式が東京でありました。
開業間が無いとはいえ、
これは新幹線で東京に行って授賞式に立ち会いました。

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ビール業態(麦酒食堂BEER&BEAR)時代には
奥にオリジナルの太閤エールののぼりを飾っていた。

その後、わたしたちの店が東南アジアア料理に
業態変換することもあり、ビールを店に置くこともなくなりましたが
ビール自体はしばらく存在していました。

しかし最新の情報では、富山のいきいき地ビールさんは廃業されたとの事。
どうやらもう飲むことはできない幻のビールになってしまったようです。

ちなみに富山には「太閤山」という山があって
かつて豊臣秀吉が佐々成政と言う武将と戦うときに
陣を張った場所らしいのですが、そこからの由来と言う
ことになっているそうです。

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 富山の太閤山ランド

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