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地ビール醸造所めぐりを行い、確かな手ごたえを感じながら
戻ってくると別の問題が起こっていました。
それはまだガスの工事が行われていなかったらしく
ガスが出てこないと言う状態。湯沸し器への配管等が
できていない状態でした。

これは、特別に格安で工事をお願いしているために
施工業者さんの優先順位が低いために起こった状況です。
(それがある意味条件だったので、仕方が無いことですが)

実はこの日の2日後(4月11日)に試験営業をかねて、
1年半の間、梅田の酒屋の空き店舗で行っていた臨時居酒屋リンポー亭
をこの場所でフィナーレの営業を開始することになっていました。

ですから、ガスが出ないとリンポー亭が行えません。
業者さんに連絡してガスが開通する工事を取り急ぎ依頼
業者さんも理解していただき、
翌日、どうにか配管の工事が終わりガスが開通しました。

http://asianfoods.biz/nikki/014/1402.jpg
つい2ヶ月ほどまで13年近く現役で活躍したガス湯沸かし器。
営業許可をもらうためには、
この湯沸かし器からお湯が出る必要がありました。

これはリンポー亭前日の話ですから2003年4月10日の事。
この日は朝からリンポー亭のための食材の仕入れを行います。
http://asianfoods.biz/nikki/014/1409.jpg
リンポー亭の時代から数年間仕入れ場所として利用した黒門市場。
実はこの画像から見えるエリア「日二会(日本橋二丁目会?)」の
お店を中心に仕入れていました。

最近は、農家直送野菜や木津市場に行くこともあり、
また飲食目的の観光客が増えている関係で
黒門市場自体の仕入れはあまり行っていない状態です。

同時に酒屋さんとの打ち合わせや一部残っていた
外側のペンキ塗りと、兎に角忙しく、あたふたしていました。
料理を担当するのはM。
今でこそシェフと言う立場で完璧なまでの
料理を作ることができましたが、
初めての厨房ですから勝手も違ったようで、結構苦労しているのがわかります。

それでも、リンポー亭当日(4月11日)は新しい厨房で仕込み開始の後、
最後のリンポー亭を行いました。

http://asianfoods.biz/nikki/014/1403.jpg

正式な開業ではありませんが、このリンポー亭が
初めてこのお店の厨房で料理を作ったイベントと言うことになります。
(そして、リンポー亭はこの時をもってフィニッシュ。1年半の歴史に幕を閉じました。)

それまでは2階のエリアにガスコンロを置いて簡単なキッチンを作っていました。
今回のリンポー亭直前にでそれらも1階の厨房に設置したのでした。

その他2Fにあった冷蔵庫も1Fに降ろし、これでいつでも
営業可能と言う状態にまでもっていきました。

http://asianfoods.biz/nikki/014/1410.jpg
こちらの家庭用冷蔵庫。
ここに引越し前、シェフのマンションで利用していたものを
店でも引き続き利用しました。
10年くらいで故障し、しばらく保管庫として利用していましたが、
それも昨年の秋のトイレ工事の際に撤廃しました。

しかし、まだ営業許可の申請(3月下旬)には出していますが、
営業許可は出ていません。それは開業2日前の16日
実はまだ一部の電気工事が残っていたのです。

また、MとH2人だけでは回らないと判断し、
お手伝いを頼みました。ベトナムの留学生(女性)がエントリーしてくれました。
日本語は不安定ですが、面談の結果。
非常に感じが良いと言うことで手伝ってもらうことになりました。

ちなみに彼女以降、現在に至るまで何人かが
手伝ってくれる人が現れては消えていますが、
日本人とベトナム人がほとんどです。
一時期中国人もいましたが、
何故かタイ人は一人もいないと言う面白い結果が出ています。



開業3日前の3月15日からHは防火管理者講習を受講。
火事の原因や木造より鉄筋のときの火事の
怖さを16日の2日間にわたり、実験などを交えて学びました。
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15日、Mを中心に店内では開業日前日の17日に行う
レセプションパーティ(内覧会)のメニューの計画を立てていました。
その横で地ビールとは別にベルギービールの樽生も用意する予定でしたので、
そちらの設置も行われます。
最後まで残っていた電気工事も業者さんの手により終了。
完全に工事が終わります。


開業2日前の16日、Mはレセプション用の食材の仕入れを行う一方。
Uさんに始めて手伝いに来てもらい。
掃除や店内装飾の作業を行ってもらいました。
そして、保険所の検査の立会い検査がありました。
無事に営業許可を得ました。


正しくカウントダウンの状況になります。
この日TSさんにより看板も出来上がり、
体制が確実に整います。

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TSさんに作っていただいた看板はいまでも
店の後ろ側に置いてあります。
元々酒樽の蓋の部分ですがこれは結構重いです。

開業前日。午前中は酒屋さん経由で
大手ビールメーカーのビールサーバの説明会
にお手伝いの女性Uさんと3人で行って来ました。
ビールサーバの使い方と洗浄方法を学びました。

実は大手ビールを取り扱う予定は当時無かったのですが、
酒屋さんの政治力でねじ込んでくれたというのが真相です。

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こちらの漫画では記憶ミスがありました。
講習を受けた当日にレセプションがありました。
ちなみに今回の開業記を陰で支えてくれたこの漫画は
開業してから5年を過ぎたころに描いた物です。


午後は、この日の夜に行われるレセプションのための仕込みでした。
酒屋さんからビールを主に入れる大型の冷蔵庫も間に合います。

レセプションは、格安で作業してくれた
工事業者さんや酒屋さん、そしてクマミセプロジェクトを
手伝ってくださった皆さんを招待し、料理とビールを振舞いました。
このときに前の週に行ったリンポー亭の経験が
生きたことは言うまでもありません。

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そして、ついに2003年4月18日の開業日当日。
朝早く起き、リンポー亭のときやレセプションの時とは
全く違う気持ちの中で仕入れと仕込みを行いました。

この時点においてもごく一部の店内装飾が間に合いませんでしたが、
それでも無事に開業の時間には完成。

そして夕方17時を過ぎたころにこられた第一号のお客さんは
なんと斜め前の洋食屋さんでした。
厳密には開業時間の少し前でしたが、
事実上これが開業の瞬間といえるでしょう。


http://asianfoods.biz/nikki/014/1408.jpg

その後、来たお客様はリンポー亭で、特にお世話になった人です。

実は「リンポー亭」と言う臨時居酒屋では、あくまで「イベント」の一つでしたから
主にメールなどでつながりなる、知り合いの人に声をかけて行っていました。
ですから、会員制というわけではありませんが何らかのつながりのある人たち
だけで当初構成されていました。

リンポー亭を初めて2・3回の頃でしょうか?
その時に全く接点も無く、本当に一見でこられた方がこの方(K合さん)でした。
それ以降ほぼ毎回リンポー亭に顔を出して会社の同僚とかそういう人たちと
顔を出された方でした。

こうしてついに、構想決意からから半年あまり本当にお店は開業するのでした。


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この時に開業したお店(麦酒食堂Beer&Bear)は、
世界のビールと家庭料理の店というコンセプトで始めたお店でした。
東南アジア料理はありましたが、まだ表に出ていない状態。
これが、東南アジア料理店として表に出たのが
開業4年ちょっとすぎたあたり(アジアごはん麦酒食堂)、
そして屋号を「サワディシンチャオ」に変更したのは、
開業から10年経った2013年の事です。


追記:ちなみに食品衛生管理者講習は、
    実は営業が開始した5日後の4月23日に受けに行き、
    その証明をもらいました。

http://asianfoods.biz/nikki/014/1405.jpg

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    ちょうど13年前のお話。実はここからが本当に大変だったのですけれどね。

    サワディ・シンチャオ

    2016/4/17(日) 午後 10:34

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