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「何やこの店」とか言われてランチ営業のほうは散々な目に
遭ってしまったので、2週間でやめてしまったのですが、
その大きな理由として対照的に夜のほうは比較的順調。
口コミや近所の人が来るようになり
それなりに店として潤うようになっていからこそ可能だったことなのです。

ところでそれは、主に平日の話でした。
週末土曜日は浮き沈みが激しく、極端によい日と悪い日がありました。
してもうひとつの屈辱の言葉
「この店3ヶ月でつぶれる」
といわれたのは、開業1ヶ月が経過したかどうか位の土曜日の悪い日のことです。
イメージ 1

当店のエリアは伝統的に「船場」と呼ばれている地域で
「船場心斎橋商店街」という名前のアーケードが通りにあります。
そして一筋南からは「南船場」という知名になるエリア


その人たちは、この日開業時から静まり返った時間帯の中
路地からこちらのテラス席に「船場の当たりも見ておいて勉強せんとあかんな」
現れたのは怪しいめがねをかけた丸顔の親父と、それに媚ついているような
「師匠」と周りから言われている(後に若者が連れてこられてそう呼ばれていた)
パーマをかけたこちらもめがねをかけている中高年。

現れた直後は、それまで店が静かだったので非常にありがたかったのですが、
これがなかなかの曲者だったのです。
最初はこの二人だけでしたが、その後その親父の経営している
店の若者を連れてきて自慢げに話をするようなことが
2・3ヶ月続きました。
ですから、本当に気に入らなかったり店を論外扱いしたランチの人たちとは
ちょっと違ったようで、彼らは本音では気に入っていたのでしょう。
ただ、不慣れな私たちの店を半分おもちゃにしていたということで、
それに対処できるスキルもない経験不足だったということになります。

そんな中、あることを小耳に挟んで悲しくなりましたのが、上記の言葉です。
屈辱的な言葉ではありますが、それでも彼らの言い分もわかります。
といいますのは、飲食業というのはそれだけ新陳代謝が激しく
最短では3ヶ月持ちません「最初の家賃が払えない」なんて話も普通にあるのです。



そういう時に、この界隈では今までなかったような新しい業態のお店が登場して
得体の知れない世界&の日本の地ビールを扱い、
かつ料理も東南アジアと世界の家庭料理というのは無謀で明らかに
大胆不敵ような存在に移っていたのは事実だったのでしょう。
(今でもちょっと無謀かも。東南アジア料理に絞ったからよかったものの)

その上、ランチ営業をするのがこのエリアの個人店としての必須のような
空気が流れていて、そこで信頼を勝ち取って常連さんを作り
それから夜につながるお客さんを引っ張らないといけないと駄目だと
手前の居酒屋さんに「これでもか」といわれ、洋食屋さんにも似たような
話を聞きました。
そして、当時存在した隣の店も最初の半年間は夜にお客さんが来なくて
非常に苦労したというのも聞いていますから、そういう常識からも外れる
ということは、普通すぐにつぶれる店と映ってしまったのかもしれません。

イメージ 2

でも、はっきり「3ヶ月でつぶれる」と予言のようなことを
いわれるのはさすがにショックでした。
ただ、今となってはこの言葉があればこそ13年以上も続いたというのも
あるのです。「3ヶ月でつぶれる」といわれた以上、受けて立つということでも
ありませんがでは、長期間続けてやるという闘志に火がついたものです。

結果的には、開業が3ヶ月経過しても店がつぶれることもなく、
一昨日の7月18日でちょうど開業13年3ヶ月経過しました。
要するに13年経過した今でもこの予言は外れ続けているということになります。

もう可能な限りこのような予言は外れ続けてほしいですね。

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