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気温の高低差の大きい日々が続いていますが、皆さま体調は如何ですか?
最近は、風が吹けば竜巻、雨が降れば豪雨、日が差せば猛暑………極端ですよねぇ。(T_T) そして関東もそろそろ梅雨入り。。。。 こんな時期には、温度変化や湿度の増加について行けず 夏風邪を引いたり、あるいはいろんな花粉に反応してしまって一年中アレルギーがとれない… なんて方がいらっしゃいます。
東洋医学では、風邪を引きやすい人、花粉症になりやすい人は「気虚」の傾向がある、と考えます。 「気虚」というのは、「気が不足している」状態ですが、 この場合は特に、「気」の働きのうち、体の表面近くを巡って、外から入ろうとする 悪いものから守る働きが弱っていると考えます。
なぜなら、同じように気温の高低差や、あるいは風邪のウイルスのある環境にさらされても、 発症する人としない人がいるからです。
花粉症だって、同じ場所にいても反応する人としない人がいます。 東洋医学では、それはその人のバリヤが弱っているから、と考えるわけです。 では、どうするかというと、 根本的には、五行思想で「気」を司る「肺」を強くしなければいけません。 これは西洋医学でいう呼吸器の「肺」と同じ字ですが、「肺臓」自体を指すものではありません。 この辺ちょっとややこしいので、読み飛ばしていただければと思いますが、 東洋医学では、「肺」的な働きをするもの全般を指したりします。 鍼灸治療では、この「肺」を補うような治療をしますが、 それも、その方のもともとの体質や、季節に応じて、 「肺」を補うためにその母である「脾」(消化吸収的な働きのもの)を補うこともあれば、 「肺経」自体にアプローチすることもあります。 あるいは、「気虚」といっても全身の気が虚しているわけではなく、 気の巡りが悪いために、滞る場所と薄い場所が出来ている場合もあります。 気を巡らすために自分で出来ることといえば、 やっぱり呼吸と運動なんですね〜。 呼吸は今、ロングブレスなんかで話題ですが(笑 太極拳やヨガでは、大昔から呼吸を重視しています。 運動も今、ラジオ体操が見直されていますね! 夏の熱中症を予防する方法の一つとしても、暑くなる前の今の時期から、汗をかく練習をしておくことが 大事と言われています。
それも、サウナや岩盤浴などの方法ではなく、運動することで体温を上げてかく汗の方が効果的だそうです。 こうしてみると、基本的なことばかりですが、 やるかやらないかで、長い目で見ると大きな違いになってきます。 まあ、生活ってすべてそうですけどね。(*^_^*) |
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昨日の「大きな家の小さなおばあちゃん」の話を患者さんにしたところ、
その患者さんが、「私の知り合いなんだけど・・・・」と
教えて下さった話。
その方のお友達は、ご主人が大企業に勤め都内に住んでいたけど、
定年を機に満を持して、少し田舎に引っ越して思い通りの生活をしようと
家を建てたそうです。
関東からは少し離れたとある湖畔に建てた家は、
敷地からモーターボートの発着できるデッキが伸び、
広いリビング、月身酒の出来る掘りごたつ、高い吹き抜け、
庭には立派な木々が。
周囲にはゴルフ場もあります。
ご夫婦の趣味で作った豪邸。お金もかなりかけた。
(注 当然画像と本文は無関係です
「素敵よね。 でもね・・・・・。」
10数年して70も過ぎると、あちこち具合の悪いところも出てくる、身体も家も・・・。
友人たちも年をとって不便なその地に遊びに来てくれる人も減った。
身内でさえ「不便だ」となかなか来ない。
夫婦二人には広すぎるリビングは、冬は寒いし、暖房費がばかにならない。
モーターボートももう乗らないし、広い家の管理がなにより年寄り夫婦では無理になってきた。
その家を売って、新幹線の停まる駅の近くに引っ越そうかとも思った。
でも、お金をかけ過ぎたのと、趣味に凝りすぎた造りで、売るに売れないのだそうです。
この話を教えてくれた方が最後におっしゃったのは、
「だからね、家ってのはもしかすると、自分が住みたい家を建てるもんじゃない、誰もが住みたくなる家を建てるも
のなのかもね。」と。
ふ…深い。
私は趣味で時々、売り中古住宅を検索するのですが、
その中にはかなりの確率で、
「この場所にあって、この敷地の広さで、・・・なんでこの造りになっちゃうんだろう・・・」
という残念な物件が目につきます。
多分、建て主さんの思い入れとか、何かの事情のせいだと思いますが、
くせの強い物件は、やっぱり、
「・・・・売れないだろうなぁ」 と思ってしまう。
でも家は、誰かに住んでもらうために建てられたのだから、住んでもらいたがってる気がして、
なんか不憫なんです。(笑
家も難しいもんですね。
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この春、町内会費を集めるためにブロックのお宅を回りました。
その中の一軒に、前から気になっていた豪邸があります。
塀が高くて中は見えないのですが、立派な煙突があり(ということは暖炉もあり)
お庭の木々も緑緑して、
湯気がホカホカと上がっていることもあります。(露天風呂?)
(注 画像は本文と無関係です
どんな人たちが住んでるんだろう。仕事は…?やっぱ会社かなんか持ってるのかな。
ホームパーティとかしそうな門構え(どんなんだ)だなぁ。
などとうっすら想像。。。。(引っ越してきて間もないので、よく知らない。)
仕事が終わった夜の時間しか集金に行けないので、6〜7時頃お伺いするといつも留守。。。
うむ〜、休日の昼間に行くしかないか。
でも急に行って、「あんたなんか見たこと無いけど、ホントに町内の人?」とか言われないかな。
とか、余計な心配もしつつ。
そしてついに。
休日の昼間、監視カメラにしっかり監視されながらびくびくインターホンを押すと、
おばあちゃんの声で、「はい〜」と。
町内会費の集金で来た由伝えると、
「時間がかかりますけど、いいですか〜? お待ちくださいね。。。今門を開けますから〜」
と、リモートで門のカギが「ガチャーン」と開く音。
(おお、信じてくれた!)(いや、ホントだし)と思いながら、中へ。
ギギィ〜、と開くような門から、階段を少し上がって玄関は中二階的なところ。
やたら背の高いドアがまた、「ガチャーン」と開く音がして、出てきたのはちっちゃな品の良いおばあちゃん。
「すみませんねぇ、お待たせして。おいくらかしら。」
「ハイ、半年分で○○円です。」
玄関は吹き抜けでやたら広く、フロアの奥にはでかい階段。
(階段の踊り場にこれまたでかい油絵とか賞状とか?もうよくわかんない 笑)。
ゴルフバッグとか置いてあるから、おばあちゃんが一人で住んでるわけじゃないだろうけど。。。。
夜は物騒だし、出てくるのにこれだけ時間かかるから、誰か来ても出なくていいって家族に言われてるのかも。
玄関も段差あるし。
素敵な豪邸だけど、おばあちゃんにはもしかしたら住みにくいかもしれない。
高齢の患者さんや、デイケアの利用者さんと話していると、
「膝が痛いし、危ないから、2階はもうほとんど使ってない。」
という話はよく聞く。
頑張って建てた、マイホーム。でも・・・
春から夏は、「庭の草取り」で膝や腰を痛めた患者さんがリハビリに次々やってくる。
「駅前の便利で小さなマンションに引っ越したい〜!!」と言いながら。
豪邸に住んでうれしいのは、若いうちの20年くらいのもんなのかも。
経済力があれば家の管理は外注できるけど、
自分の身体の管理は(身の回りのこと・動きを含めて)、やっぱり自分でできた方が良い。
どっちにしろ住めないから、私が心配する事じゃないけど!(笑
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(本の紹介より)
誇るべきところは空気のきれいさ、夕方六時にはグリーンスリーブスの音色。
そんな穏やかな田舎町で起きた、惨たらしい美少女殺人事件。
犯人と目される男の顔をどうしても思い出せない四人の少女たちに投げつけられた激情の言葉が、彼女たちの運命を大きく狂わせることになる
――これで、私の罪は、償えたのでしょうか?
衝撃のベストセラー『告白』の著者が贈る、新たな傑作。
これは「麻子さん」という、経済的には何不自由ないのに身勝手であるがゆえに孤独な女性
(逆かもしれないけど。孤独だったから身勝手に育ってしまった?)
の周りで起こる不幸な事件の数々のお話。
「周りで起こる不幸な事件」といっても、「麻子さん」は悪くないのに…といいうわけではなく、
「麻子さん」はかなりの確率で事件の引き金というか原因となっている。
でもそのどれもが、
「あの人ってさぁ・・・ちょっとひどいよね。」「ちょっとねぇ。。。あそこまではねぇ」
とは言われるだろうけど、犯罪というわけでもなく、
実際やるかどうかは別として、一度くらいは誰でも考えるようなことなのに、
めぐりめぐって、おっそろしい事件になってしまうのだ。
「麻子さん」は、4人の少女たちには贖罪を迫っておきながら、
自分の犯してきた罪を贖ったことは無い。
エミリちゃんの死をもってそれを贖わされた、とみるべきか?
『告白』もそうだけど、不幸が降りかかった時、誰でも「何故?」と考える。
「私が何か悪いことした?」「何故私なの」 と。
そこでたいがい一度は誰でも、
「誰かのせい」「何かのせい」にする。
でも、その後本当に「それ」に対して復讐を実行するのは、孤独な人、ではないか。
「麻子さん」は孤独だったから、少女たちに贖罪を迫ってしまった。
「誰も助けてくれなかった」「誰もわかってくれなかった」という思いのために。
少女たちが悪いわけじゃないのにね。
いや、私だってわからないけど。そういう状況に置かれたら。復讐するかもしれないけど、
私が復讐することで迷惑かかる人がいたら、
その人が大切だったら、
そして不幸が連鎖することが怖かったら、
実行できないかもしれない。
湊さんは、小説で何がしたいのかな。
日常生活にちりばめられた少しの悪意、人のバランスを狂わせるもの、
を取り出して増幅してみせて、
「こうならないって言える?」
と言いたいのでしょうか。
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(本の紹介より)
橋本武、98歳。昭和9年、旧制灘中学に赴任。
戦後、1冊の文庫本『銀の匙』を3年かけて読みこむ授業を実践。
公立高のすべり止めだった灘校を一躍、東大合格日本一へ導く。
その後、『銀の匙』の生徒たちはニッポンのリーダーへ。
伝説教師の言葉・人生からひもとく脱「ゆとり教育」への解答、そして21世紀に成功するための勉強法『スロウ・リーディング』の極意に迫る。
「すぐ役立つことは、すぐ役に立たなくなる」
そーだねぇ。そうだと思います。
エチ先生こと橋本先生のスロウリーディングの授業もすごいけど、
多分成果が出たのは、時間をかけたことと、エチ先生の自由な授業を許す環境があったこと
そしてそれ以上に、エチ先生ご自身の考え方が子どもたちの心に届いた事、
届かせる方法論を持っていたこと、届かせようと工夫し続けたこと、によると思います。
ただ知っていることが「知識」で、生活にそれを使えることが「知恵」、とどこかで読んだ気がしますが、
エチ先生は、「知識」を「知恵」に変える技術を、見せ続けたのではないかな。
そういうことって、ただスロウリーディングをやりゃあいいってもんじゃないと思うので、
他の先生たちがやろうとしても、そこが難しいとこでは。
電車の中づり広告に、
「季節の行事をやる家庭の子は成績が良い」
とかいうのもあったと思うけど、それと同じことだと思う。
「食事がきちんとしている(メニューやマナーなど?)家庭の子は成績が良い」とかもあったような。
すぐ成績とか学歴とかで判断するのどうかなとも思うけど、アピールしやすいから仕方ないか。
でもホントは、そういう表面的なことをやりゃあいいんじゃないことは、スロウリーディングと同じで、
その基盤となってる「生活の一つ一つを楽しんで大切にする」という考え方が、子どもを育て、知識を知恵にして
人生に活かすことのできる人にする、ってことでしょ。
そういう意味では、エチ先生はもちろん類まれなる素晴らしい教師でしょうが、
他の先生たちとか、灘校の校風とかもあって、「東大合格日本一」があると思うので、
エチ先生だけがスーパー教師だったわけじゃないんじゃないか。
『銀の匙』を教材に選んだのも、著者中勘助の子供時代だった明治末期から大正くらい?の
生活や風俗が瑞々しく描写されていて、
今よりもずっと、生活の一つ一つを楽しむ術や、時間をかけることの大切さが、
普通の人たちの普通の考え方の中に色濃くあったことが取り上げやすかったから、
選ばれたのではないかしらん。
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