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テーマ:つぶやき
先程、マスコミを賑わせているニュースについて。
良い意味で賑わせているのではなく、いろんな角度から本論を避けた道に進む。
民放の報道の仕方や、ワイドショーもしかり。
日本人の気質、人をかばうとか、建前。全体を見回して気使いをするという、
本来、ここまで繁栄した日本の、昔なら良い面であったはずの国の正確が、
悪く出た、この出来事の流れ。
実際の事柄について…領土のことや、外交についてはここでは触れない。
何か一つが飛びぬけてはいけないという考えのせいで、
あちこち調整をし、気回しをし、見えない国の内部で、
いろんな駆け引きがあっただろうに。
明確に国民に言えない事柄、言わない事柄というのもあるだろう。
ゲームにシヴィライゼーション「CIVILIZATION (Sidmer's)」というのがあるが、
国レベルのものの動きが、このゲームでよく分かる。
ここ何年もやっていないが、それを学んだ。
さて、太宰治生誕100年は、2009年。
去年の話だが、去年は記念の映画も上映された。
私の太宰歴は浅く、ついこの頃から意識しだしたにすぎない。
新潮文庫の「ヴィヨンの妻」の中に、「家庭の幸福」という短編がある。
最初の1ページ目、なんとよくこの世界を得ているのだろうと思った。
私には、官は人の裏であり、民は表と読める。
「ひとを憎まず愛さず、にこりともせず、」
…その通りだ。これは、仕事がそうさせる、とはあえて言わない。
これは私の感想であり、問題となった映像流出後の、
国のとった対応が、まさにそれと重なる。
それはまるで仮面で、言ってみれば裏である。
そして、逮捕されたほうの現場をみると、
諸所、ほころびが見えるが、これはそれほど騒ぐことではない。
第3者から見ると、上からの命令で動く末端といわれるひとの気持ちが、
どんなものだったか。
日々その仕事だけに人生を捧げるひとへの侮辱に当たらなかったか。
映像流出を議論するより、はるかにそちらの方が大事だった。
国は、本論をはっきり言わないが、
諸外国は、日本がしているように空気を読んでくれるだろうか。
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