市町村の各種の計画づくりの仕事をしていたころ、最初に市町村に入る時には必ずその前に資料を読み込み、考え得る限りのまちづくり仮説を持つことを若い研究員に求めていました。「仮説なくして質問なし、仮説なくして調査なし」だからです。 また、どの市町村の総合計画でも、基本的に15人ほどのキーマンへのヒアリング調査と、20〜100人のまちづくりワークショップを行っていましたが、店や宿泊施設などでのたまたまの会話から重要なまちづくり提案に出会うこともよくあり、「16人目の恐怖」を若い研究員にいつも教えていました。重要なキーマンが16人目にいる可能性があるからです。 これは狭山事件でも同じで、オセロゲームのように、1つの白石を端に打つことで、その間のすべての石の色が変わる可能性があります。 失敗しないためには、あらゆる仮説の可能性を最後まで残しておき、途中の都合のいいデータのみで即断しないことです。 伊吹隼人氏によって、例えば、私の『狭山事件を推理する』で書いた元担任の吉沢先生が善枝さんに出会った日は4月25日というのは「噴飯もの」と酷評されましたが、今回、「狭山事件・犯人仮説の検討6 4〜5人共犯仮説(伊吹説)」で書いたように、この判断は、当時、吉沢さんご自身の手帳コピーや「狭山市民の会」の調査報告を含む、7つの裏付けに基づいて判断しています。 前著で詳しく書けば良かったのですが、主要な論点ではなく(善枝さんが4月25日も待ち合わせていた事実が明らかになればよかったのです)、煩雑になるのをきらって、結論のみを書きましたが、今回、詳しく掲載しました。 また、伊吹氏は、被害者の性体験について、「被害者の性体験については不明であり、誰もはっきりした事実は掴めていない、というのが本当のところのようである」と結論づけながら、最後の犯人像の推理においては、強姦説に立っています。もし、事実に忠実であろうとするなら、強姦説と和姦説の2つの犯行像の推理を徹底的に行い、比較検討したうえで結果を示すべきでしょう。 伊吹氏は亀井説の「山田兄弟殺し屋説」を大きく変更し、「復讐請負人」にした上で、暴走して強姦・殺害・恐喝を行った主犯に変更していますが、その根拠は山田虎蔵さんが「乱暴者であった」という亀井氏の指摘から一歩も出ていません。 さらに、怨恨から山田兄弟に復讐を依頼したXさん、善枝さんを誕生祝いの食事で呼び出した中学校時代の同級生Yさんを新たに登場させていますが、この2名は氏の調査には影も形もありません。 狭山事件の真相に迫ろうと大変なご努力をされている伊吹氏には大いに期待したいところですが、狭山事件ではこれまでに石川さんを守る会、部落解放同盟、狭山市民の会などの支援者の調査や、弁護団の法廷尋問や鑑定書、開示証拠、関係者調査の長い取り組みがあります。 すでに解明されている事実全体と整合性のとれた犯人像・犯行像の解明を期待します。(121118 甲斐仁志)  にほんブログ村
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