福島第1原発事故以来、安全神話を振りまいて悲惨な事故を招き、その後も情報をひたすら隠し、嘘をつき、被曝を拡大させた「原子力村」の住人達への批判が高まっています。 同じ頃、「司法村」もまた、検察官の犯罪が次々と暴かれるとともに、冤罪を容認してきた裁判官たちの責任が問われてきています。 狭山事件について、真犯人像・真犯行像の追求を進めるうちに、石川一雄犯人説という裁判官達の「トンデモ説」のお粗末さは、他の真犯人説どころの比ではない、と思うようになってきました。 狭山裁判に関わった裁判官達の知的判断能力の低さと「事実の認定は想像による」という刑事訴訟法無視、人権意識の低さには絶望せざるをえませんが、石川さんの冤罪を晴らすには、再審に頼る以外にありません。また、同じ様な冤罪を引き起こさないようにするためにも、「警察・検察・裁判村」を監視し、誤判を批判しつづけることは欠かせません。 部落解放同盟を初めとする冤罪事件支援者が口火を切って進めてきた陪審裁判を求める運動は、不十分ながらも裁判員制度という形で市民参加が実現し、裁判官達の恣意的な判断には一定の歯止めがかけられるようになりました。さらに進めて、検察審査会と同様に、裁判官の誤りを問う再審裁判こそ、裁判官抜きの市民による陪審裁判で行われるべきと考えていますが、その実現はまだ先になりそうです。 現在の段階では、「裁判員制度世代」の裁判官達による再審開始を期待する以外にありませんが、そのためには、市民サイドから狭山事件の真相を明らかにする活動がもっともっと必要と考えています。 リタイアを期に取組みを再開し、このホームページ『推理・狭山事件』で旧著『狭山事件を推理する』を復刻するとともに、「新推理・狭山事件」を書き始めましたが、その結果、前著では気づかなかったいくつかの重要な発見があり、真犯人像・真犯行像により肉薄することができたと思います。 特に、多くの人達の文章をチェックし、育成する仕事を続けてきたことから、脅迫状の作文能力の判断について判断基準を持つことができ、脅迫状作成者をより絞り込めるようになったのは大きな前進でした。 また、「CSIシリーズ」や「科捜研の女」「臨場」などのテレビドラマを見る時間がとれるようになり(家族からはかなり嫌がられましたが)、死体を怖がることなく鑑定書をじっくりと分析しできるようになったことも有効でした。「死者の声を聞く」「死体と対話する」「死体を愛する」という検死官や法医学者、科学捜査官の気持ちが少しは分かるようになり、被害者の無念を晴らしたい、という思いがより強くなってきています。 まず、真犯人像・真犯行像を解明するための方法論を明らかにし、前著『狭山事件を推理する』の到達点、「新推理・狭山事件」での新たな解明点、「狭山事件・7つの真犯人仮説」の検討をふまえ、私の真犯人像・真犯行像説の総まとめとして「最終推理・狭山事件」の掲載を開始したいと思います。(121204→1207 甲斐仁志)  にほんブログ村
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